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海賊退治での稼ぎ方~その1「浪漫」~

 オヤジが言った。


「海は男の浪漫だ」


 そう言って、オヤジは同意を求める視線を投げかけてきた。それに対して、オレは少し考えてから答える。


「ああ、そのとおりだな」


 娘さんの水着姿を想像しての答えだった。燃える太陽にきらめく海、そして真っ白な砂浜。そこで輝く娘さん(←水着姿)の笑顔。海は男の浪漫だ、確かにそう思う。


「・・・オマエ、何を考えている?」


 オヤジの殺気とともに喉元に冷たい感触を感じる。動くと危険だ、そう思って顔を動かさず視線だけ下に向けると、喉元にはキラリと光る、よく研がれた包丁があった。いつもながら娘さんのこととなるとオヤジは鋭い。冷や汗をかいたオレは口を開く。


「大海原を旅して、色々な国を回るのは夢がある」


 内心の焦りを隠し、冷静を装って誤魔化した。オヤジは暫く動かなかったが、やがて包丁を仕舞う。やれやれ、何とか誤魔化しに成功したようだ。ホッとしていると、オヤジは海の話を続けた。


「そうだろう。昔は新しい大地を発見して、一攫千金の夢を叶えた者もいた。今でも稀に耳にすることがある」


「それは本当か!」


 オヤジの話にオレは身を乗り出して反応する。一攫千金、なんて素晴らしい響きだろうか。ツケを払っても、まだ余りある富が残るだろう。そんなオレをオヤジは満足そうに見た。


「オマエに嘘を言ってどうする? どうだ、船に乗りたくなってきたか?」


「そうだな、一攫千金は夢がある」


「そうか! よし、そんなオマエにピッタリの依頼がある!」


 オヤジは嬉々として紙を渡してきた。それに応じて、オレも嬉々として紙を読む。一攫千金の依頼とは、どんな内容だろう。


 ――求む、海の男! 君も大海原で男を磨いてみないか! 大きな魚に見知らぬ大地が君を待っている! 未経験者歓迎!給金たんまり! 船に乗る期間は、たったの2年!


「・・・」


 その紙にはムキムキな男の絵も添えてある。オレは無言で紙を破いた。それを見て、オヤジは大声を上げる。


「何をする! せっかくの依頼だぞ!」


「これのどこが依頼だ! 単なる漁師の募集だろう!」


「これは立派な依頼だ! ツケを払わない限り、この依頼を受けてもらおう!」


 オヤジはあくまで“依頼”と言い張った。そしてツケを持ち出して、オレに承諾を迫る。いつもなら脅し(ツケ)に屈して、引き受けてしまっているだろう。しかし、今回は絶対に断らねばなるまい。2年もむさ苦しい船の上で過ごすのはご免だ。


「他に真っ当な依頼はないのか。この際、楽で実入りの良い依頼などと贅沢は言わない」


「ない!」


 オヤジは聞く耳持たずに断言した。どうやら本当に他の依頼はないようだ。このままではマズい。2年も魚相手に冒険したくはない。何でも良い、何か依頼はないのか。そうだ、依頼者が来てくれたら。あの宿の扉を開けて、依頼が舞い込んできたら。まるで哀願するように、オレは扉を見つめた。


 ――ガチャ。


 そう思っていると、男性が扉を開けて入ってきた。


「こちら、冒険者の宿でしょうか。依頼をお願いしたいのですが」


 まさか! 本当に依頼者が来た!? この機を逃すわけにはいかない! この依頼者にはオレの2年が懸かっているのだ!


「その依頼、受けよう!」


 オレは藁にも縋る思いで宣言した。


 ◇


 オヤジと娘さんの部屋。そこにオレとオヤジ、そして依頼者が座っている。


「私、隣国の王都の港で貿易商を営んでおります。この度、こちらの王国に商談で来ておりまして。その帰りに寄らせていただいた次第です」


 依頼者は貿易商だった。それなりに裕福なのだろう。身なりもいいし、気品も感じる。


「それで、どのような依頼でしょう?」


 オヤジが依頼者に話を切り出した。いつもなら、まずはオヤジと依頼者だけで話をする。しかし今回はオレが「依頼を受ける」と宣言してしまった。どんな危険があろうと、この依頼を引き受けることになる。今更だが先走ってしまったことを少し後悔していた。


「実は貿易船が海賊に襲われていまして。その海賊を捕まえていただきたいのです。つまり海の安全を取り戻していただくのが私どもの依頼です」


「海賊、ですか」


「ええ。私どもの他に別の貿易商の船も襲われています。不幸中の幸いですが、どちらの船にも船員には被害がありません。ただ私どもは王家の品も扱っております。このままでは王国の信用にも関わるのです」


 この場合の王国は隣国のこと、つまりお姫様に関わる問題だ。親しい人が困っているのであれば助けたくなるのが人情。そもそも依頼を断る選択肢は必要なかったようだ。もちろん目の前の依頼者のためにも全力を尽くす。オレの心から、すっかり後悔の念は消えていた。依頼を果たすため、聞くべきことを聞いておこう。


「隣国の冒険者にも依頼していると思いますが、その成果は芳しくないのですか?」


「仰る通りです。10名の冒険者の方に船の護衛をお願いしたこともあったのですが、残念ながら海賊を追い返すことはできませんでした」


「海賊の規模は分かりますか?」


「全体の規模は分かりかねますが・・・護衛をお願いした冒険者にお話を伺ったところ、船を襲ってきたのは20人ぐらいだったそうです」


 と言うことは、最低でも20人規模か。冒険者が10人掛かりでも、襲撃を防げなかった。もしかすると海賊の中に手練がいるのかもしれない。そうなると思いつく手は1つ。


「手っ取り早いのは、海賊の首領を捕まえることでしょう。そうすれば手下どもは大人しくなるはずです。きっと一網打尽にできます」


「なるほど、そのとおりですね・・・。分かりました、首領を捕らえた場合でも報酬を全額お支払い致しましょう」


 よし、それなら何とかなる気がする。そのための計画も既に思いついている。あとは心配事が残っているが、それはオヤジに任せよう。オレはオヤジのほうを見ると、これで話は終わりと頷く。それを合図にオヤジは口を開いた。


「では、その報酬をお伺いします。こちらとしては依頼をお受けするつもりですが、報酬が幾らでも良いというわけではありません」


「理解しております。ご納得いただけるだけの額をお支払いします」


 それを聞いて安心した。値切られたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていた。これで憂いなく依頼に邁進できる。


「それと・・・」


 依頼者の話は、まだ終わってなかったようだ。他に気がかりなことがあるのだろうか?


「私どもは今、信用に関わる事態に陥っています。もし3日以内に依頼を果たしていただいた場合、2倍の報酬をお支払いすることをお約束します」


 2倍・・・2倍・・・2倍・・・。オレの頭の中で2倍という言葉が繰り返される。依頼(報酬)に対する熱い情熱が一気に湧き上がってきた。これぞ男の浪漫!


「この依頼、改めて引き受けさせていただきます」


 オレは立ち上がると、清々しい笑顔で依頼人と固い握手を交わした。

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