消えた本捜索での稼ぎ方~その6「価値」~
娘さんが叫んだ。
「あー!そ、それ!」
結婚式から冒険者の宿に戻ると、大声に出迎えられた。
何事かと思ったら、オレが持つ本を指差している。
「ほら、前に話した冒険者の本!
直筆の署名が入ってる初版本がそれよ!
お願い、私に譲ってくれない?」
娘さんは興奮気味に詰め寄ってきた。
しかし、この本は司書さんの厚意で貰ったものだ。
おいそれと人に譲っては礼を失することになる。
「悪いが、この本は・・・」
「ツケを全額免除するわ」
さすがに渋るオレを娘さんは魅力的な提案で揺さぶり始めた。
今ここで返事をしないと、娘さんの気が変わるかもしれない。
義理と人情とツケの狭間でオレは苦悩する。
「ちょっと待て!
儂に無断でそんな勝手なことを!」
オレと娘さんの会話を聞きつけたオヤジが口を挟む。
だが娘さんはピシャリと言った。
「お父さんは、黙ってて」
「はい」
娘さんには弱いオヤジだった。
「もし譲ってくれるのなら、今晩のお酒はタダでいいわ」
「交渉成立だ」
娘さんの破格の条件に手を打った。
価値の分からないオレが持っているよりは良い。
きっと娘さんなら、この本を大切にしてくれる。
そんな考えも頭にあった。
本を渡した途端、娘さんは小躍りをして喜び始めた。
初版本を手に入れたのが余程嬉しいのだろう。
そんな娘さんを見ながら、オレはカウンターに座る。
ちょうど良い機会だ、どんな内容なのか聞くとしよう。
「娘さん、同じ本を持っていると言っていたな。
どんな話か教えてもらえないか」
司書さんの依頼から暫く忙しかった。
そのため左団扇計画は中断せざるを得なかったのだ。
だが決して忘れていたわけではない。
今こそ実行に移すときが来たれりだ。
オレからの質問に少し思い出すような仕草をする娘さん。
50年前の冒険者の物語とは、どんな話だろうか。
「そうね・・・いきなり竜を倒したり」
「り、竜!?」
初っ端からとんでもない単語が出てきた。
初めての冒険から早くも竜退治とは。
50年前の冒険者は段階を踏むことを知らなかったのか!?
「途中で山程の大きさの動く石像を倒したり」
「山程の大きさ!?」
もしや50年前の冒険者は今とは体格が違ったのだろうか。
どう考えても、そんな大きさの動く石像を倒すことはできない。
「あとは海の国に行ったり、空の国に行ったり」
「・・・分かった。
そこまでで充分だ、有難う」
娘さんの話を聞いて、オレは項垂れてしまう。
重大な勘違いをしていたことが判明したからだ。
50年前の冒険者の物語。それは自叙伝ではない。
実際は空想の物語を書き綴った本だったのだ。
そうなると文才のないオレが参考にできるわけもなく。
たった今、壮大な左団扇計画は崩れ去ったのだった。
「娘さん、本の交換条件。
早速だが一杯貰えるか?」
「ええ、もちろん」
娘さんはすぐにグラスを出し、笑顔で酒を注いでくれた。
グラスの中で揺らめく琥珀色を見てオレは理解する。
結局、冒険者を続けていくしかないのだと・・・。
そう、オレは冒険者。
依頼を通じて恋人たちの幸せに出会うこともある。
その出会いにこそ価値を感じる――ペンより剣が得意な冒険者さ。
~次の依頼へ続く~




