消えた本捜索での稼ぎ方~その5「二人」~
オレは気づいた。
来たか――
明くる日。
オレは盗人を捕まえるために本棚の死角に潜んでいた。
今、この部屋には誰も居ない。司書さんもだ。
その誰も居ないはずの部屋で床の軋む音がする。
悪い予感が当たり、盗人が本を盗みに来たようだ。
「どこにある・・・。
本が多くて見つけられやしねぇ」
盗人はお目当ての本を見つけようと本棚を漁っている。
この中から1冊の本を見つけるのは手間が掛かるだろう。
ぶつぶつと文句を言いながら1冊1冊確かめている。
オレは潜んでいることがバレないように息を潜めた。
ヤツを確実に捕まえるためには隙きを逃さないこと。
司書さんのため、絶対に逃す訳にはいかない!
そのために全神経を集中していた。
「これか?
ご丁寧に立派な紙箱に入れてやがるぜ。
要るのは本だけなんだよ・・・ちっ、開かねぇ」
とうとうお目当ての本を見つけたようだ。
しかし紙箱から中身を取り出すのに苦労している。
やがて盗人は苛ついたのか、紙箱を引き裂こうとして――
バチン!
無残にも引き裂かれた紙箱が床に落ちる。
盗人は中身を取り出せたのがそんなに嬉しいのか、
両目から滝のような涙を流して指を見つめていた。
そして震えながら口を開く。
「いぎゃーーーーーーーーーーーーー!!」
盗人の指は・・・ネズミ捕りの罠にかかっていた。
「最近のネズミは賢いと聞いていたのだが。
どうやら今日のネズミは違うようだ」
オレは本棚の死角から姿を現した。
盗人は驚いたようで、咄嗟に逃げようとする。
しかし指の痛さのせいだろう、その動きは鈍かった。
そんな盗人を逃がすはずもなく、すぐに縄で縛り上げた。
「白昼堂々、女性の家に忍び込むとは。
見下げ果てたものだな」
そう、ここは司書さんの家。
昨日司書さんの家に戻って事情を話し、泊まらせてもらった。
もちろん恋人のいる女性の家に1人では泊まらない。
「本当に来たのですね・・・」
部屋に入ってきたのは本屋の店長さんだ。
彼にも事情を話し一緒に泊まってもらったのだ。
別の用件で本屋を休みにしているところ悪いが、
盗人を見逃すわけにもいかず無理にお願いした。
「コイツに見覚えは?」
「はい、確かに本のことを聞きに来た人です。
まさか本当に盗人だったなんて」
おそらくオレの話に半信半疑だったのだろう。
実際に盗人を目の当たりにして、少し動揺している。
「な、なんで冒険者が・・・」
縛られた盗人は恨みがましい目でオレを見た。
この家には誰も居ないはずなのに、そう言いたげだ。
「オマエ、骨董品を狙う盗人だな?
そのオマエが古書を狙っていることは知っていた」
質屋の爺さんの情報だがな、そう思いつつ話を続ける。
「この店長さんに聞いたのだろう?
図書館の関係者が本を売りに出していることを。
骨董品を狙うオマエなら、その価値が分かっていたはず」
「ぐ・・・」
「そして昨日、司書さんに目を付けた。
冒険者のオレと出てきたので、当たりを付けたのか?
もしかすると狙いの本を持っているかも、とな」
公園で視線を感じたのは、そのせいだ。
きっと獲物を狙う目でオレたちを見たのだろう。
それをオレに気づかれたのが運の尽きだ。
「ですが、今日盗みに入ると何故お分かりに?」
店長の疑問にオレは答える。
「今日、図書館は本整理で臨時休館日です。
それは図書館の前を通れば、誰でも分かること。
きっと司書さんは夕方まで帰ってこない。
やるなら今日の日中だ、と盗みに入ったのでしょう」
「・・・」
盗人が黙っているところを見ると、どうやら正解のようだ。
はっきり言って証拠は何もなく、冒険者の勘でしかなかった。
何もなければそれで良し、だが盗人はやってきたのだ。
司書さんの本が盗まれなくて本当に良かったと思う。
「さて、自警団に会いに行こうか」
そう言って、盗人を引っ立てる。
指にネズミ捕りが挟まったままだが、このままで良い。
女性の家に忍び込んだ罰として痛みに耐えてもらう。
司書さんの家を出ると、日は天辺に昇っていた。
今ごろ司書さんは本の整理の真っ只中だろう。
「この時間なら大丈夫ですね。
コイツはオレに任せて、図書館へどうぞ」
「はい!」
店長さんは気持ちのいい返事とともに駆けていった。
その後ろ姿を見ながら、ふっと笑う。
「これで万事解決だ」
オレは盗人を連行するため、自警団の詰め所へと歩き出した。
◇
カラーンカラーン。
カラーンカラーン。
鐘の音が鳴り響く中、幸せそうな2人が祝福に包まれている。
「おめでとー!」
「幸せになってねー!」
「羨ましいぞー!」
2人は参列者から祝福の言葉が掛けられていた。
そんな中、赤い絨毯の上をゆっくりと歩いていた。
オレは今、結婚式に参列している。
服装には気を使っているが、どうにも落ち着かない。
場違いではなかろうかと、不安で仕方がないのだ。
そんなオレを見つけた2人が近づいてくる。
「冒険者さん、来てくれたのですね」
「本当に有難う御座います」
2人は司書さんと店長さんだった。
店長さんの求婚が実を結び、晴れて夫婦になったのだ。
オレは店長さんに祝福の言葉を掛けた。
「おめでとうございます。
良かったですね、司書さんに本の意図が伝わって」
「結局、ほとんど自分で言ったようなものでしたよ」
店長さんは照れながら頭を掻いた。
そんな店長さんに司書さんは頬を膨らませる。
「あんな求婚の仕方じゃ分かりにくいわ。
本の題名に文章を込めるなんて・・・」
そう、消えた6冊には意味があった。
本の題名からその本が消えた順番の文字を抜き出すのだ。
1冊目は1文字目、“私のお母さん”の“私”。
2冊目は2文字目、“ふと思い出す昔話”の“と”。
3冊目は3文字目、“紐を結んで遊びましょう”の“結”。
4冊目は4文字目、“今年の婚礼衣装100選!”の“婚”。
5冊目は5文字目、“昆虫を探してみよう”の“し”。
6冊目は6文字目、“両手を振って”の“て”。
並べると「私と結婚して」ということになる。
つまり店長さんからの求婚の言葉だったのだ。
本好き同士なら伝わると思ってのことだったそうだ。
「ははは、許してあげなさい。
彼は驚かせようとしただけなのだから」
そう言いながら、館長さんが話に加わってきた。
すると司書さんは外方を向いて怒り出す。
「もう!館長さんは共犯でしたよね!
本を隠すなんて二度としないでください!」
「ははは、すまないすまない。
良い話だと思って断れなくてね」
司書さんの言うとおり、館長さんは店長さんの共犯者だった。
店長さんに頼まれた館長さんが順番に本を隠す。
本に込められた意味を司書さんが理解して一件落着。
・・・のはずだったが、オレという冒険者が調査に現れた。
大事になってしまったと2人は焦ってしまう。
求婚のための悪戯が大騒ぎになっては敵わない。
道理で自警団にも相談したがらないはずだ。
ちなみに他の司書たちも話を知っていたそうだ。
司書さんに向けていたのは盗人と疑う目ではなく、
いつ意図に気づくのかを待つ期待の目だったのだ。
ある意味、図書館の人たち全員が共犯者だったと言える。
そう考えると、とても大仕掛けな求婚だった。
「あ、そうだ。
この本、貰ってくれませんか?」
消えた本の顛末を思い出し口元を緩めていると、
司書さんがオレに向き直り本を差し出してきた。
その本は盗人に狙われた本だった。
「良いのか?
売って結婚資金にする予定だったのだろう?」
「ぜひ貰って欲しいのです。
依頼の報酬を受け取ってくれなかったのですから」
「依頼を果たせなかったのだから当然だ。
それにオレは盗人の懸賞金を手に入れた。
気にすることはない」
消えた本に込めた意図、つまり求婚の言葉。
それを司書さんに伝えたのは、あくまでも店長さんだ。
オレは消えた本の謎を解けなかった・・・ことにした。
報酬が少しでも2人の幸せの足しになればと思ったのだ。
2人のためのご祝儀、と言えばカッコつけすぎだろうか。
「いえ、それでも貰ってください。
私が持っていると、また狙われないとも限りません」
上手く断ったつもりだったが、司書さんは諦めなかった。
ここまで言われては仕方がない。
「分かった。有り難く受け取ろう」
本を受け取ると、2人はオレに頭を下げた。
そして他の参列者の元へ挨拶に向かう。
参列者と談笑する幸せそうな2人を見て、オレは満足していた。




