消えた本捜索での稼ぎ方~その3「質屋」~
司書さんが言った。
「質屋、ですか?」
オレたちは質屋の前に立っていた。
「もしかすると消えた本が流れているかもしれない」
自分でも児童書がまさかとは思うが、念のため。
物凄く金に困った盗人であれば、ありえない話でもない。
僅かな可能性に賭けて、質屋の中に入った。
「遺跡で何か見つけてきたのかい?」
埃っぽい店内を進むと、奥から声を掛けられた。
声のほうを見ると、眼鏡を掛けた爺さんと目が合う。
値踏みをするような視線をこちらに向けていた。
「いや、今日は別件だ」
実は何度かこの店に遺物を売ったことがある。
強欲な爺さんで、こちらの足元を見るのが上手い。
今日は商売の話ではないが気をつけるべきだ。
上手く話をしないと、情報料をせびられるかもしれない。
「本が欲しくて来たのだが置いているか。
児童書が欲しい」
「児童書ぉ?」
爺さんは怪訝そうな顔をした。
冒険者と児童書の印象が結びつかないのだろう。
その顔を見て、オレは後ろの司書さんを親指で差す。
「ああ、こちらの女性がご所望でな。
色々と見て回っているところだ。
無ければ、他を当たる」
「・・・」
爺さんはオレと司書さんを交互に見始めた。
ただの買い物を装ったつもりだが、嫌な予感がする。
暫くすると、オレのほうへ手の平を差し出してきた。
「・・・握手を求めているのか?」
「アホ言え。
聞きたいことがあるなら、出すもん出しな」
くっ、カンの鋭い爺さんだ。
だが消えた本がなければ、払う必要はない。
そのまま強気で買い物客を装い続けた。
「何の話をしている?
オレたちは児童書を買いに来ただけだ」
「とぼけなさんな。
後ろの別嬪さんの依頼だろ?」
爺さんは全てお見通しと言わんばかりの得意顔だった。
嫌な笑い方をしながら「ほれほれ」と手を差し出してくる。
ここで払うのは癪だが、消えた本が無いとは言い切れない。
仕方がない、ここは交渉をして譲歩を引き出すとしよう。
素直に「はいそうですか」と払うと付け上がりそうだ。
「ここ最近、児童書が入ってきてないか?
払う前に、それだけは聞かせてくれ」
オレの質問に、爺さんは腕を組んで唸りだした。
どうやら頭の中で計算をしているようだ。
答えるが得か、突っぱねるが得かを考えているのだろう。
この業突く張りめ、そのうち痛い目に遭えばいい。
「それも含めてのお代だね」
予想通り、そう来たか。
それならば奥の手を使うとしよう。
「司書さん、すまない。
ちょっとこちらに来てくれ」
司書さんを連れて、爺さんが見えない場所へ移動した。
そこで爺さんに注意しながら小声で相談を持ちかける。
「頼みがあるのだが」
「わ、私にできることなら・・・」
司書さんもオレに合わせて小声だった。
頼みと聞いて、少し緊張しているようだ。
「それなら・・・」
オレは司書さんに、ある頼み事をした。
・・・。
・・・。
・・・。
「そ、そんなことをですか・・・。
わ、私にできるでしょうか?」
司書さんは顔を真っ赤にして後込みしている。
ここは一押しが必要なようだ。
「司書さんなら大丈夫だ。
もっと自分に自信を持っていい」
真剣な眼差しで司書さんを見つめ、力強く答えた。
すると司書さんは頷き、やる気になってくれた。
「分かりました。私、頑張ります!」
そう言って司書さんは爺さんのところへ歩いていく。
そして・・・。
「ねぇん、可愛らしいお爺さぁん♪」
胸元のボタンを多めに開け、前かがみで爺さんに話しかけた。
その目は熱っぽさを感じさせ、爺さんの目を捉えて離さない。
「知ってること、詳しく・・・聞 か せ て?」
そう言いながら、爺さんの胸元で指先を上下させる。
いいぞ、司書さん!その調子だ!
司書さんの攻撃に爺さんの思考は停止している!
「えへ、えへへ・・・。
そ、そうだのう。別嬪さんの頼みなら・・・。
児童書は知らんのだが、古書の話なら知っとる」
「古書?古書の話ってなぁに?
ほらぁ、詳しく話して・・・♪」
欲しいのは児童書の情報であって古書ではない。
聞き出す必要はないのだが、この司書さんの迫真の演技!
ここで止めるのは非常に気が引けるというものだ!
「こ、骨董品を狙う盗人が居るそうでの。
懸賞金が懸かっとるそうなのだが・・・。
ソイツが古書を狙っとるらしい噂を耳にしてのぉ」
「あら、そうなの・・・。
それって、どんな本かしらぁ」
今度は爺さんの顎の下を人差し指の先でなぞる。
完全に爺さんは籠絡されていた。
「へ、へへへ・・・。
どんな本かまでは知らんが、初版本だそうだよ・・・。
知っとるのはここまでだ・・・」
爺さんが全てを吐いた。
知りたい情報ではなかったが、オレは満足感を得ていた。
もちろん司書さんの頑張りぶりに感動してのことだ。
「そう、ありがとっ♪
じゃあ、お礼に・・・」
司書さんの演技は続いていた。
そんな爺さんにお礼なんて勿体ないと止めようとしたその時。
――ちゅーちゅー。
「え・・・何?
あ・・・きゃーーーー!!!」
司書さんは声の主を目にして、オレに飛びついてきた。
司書さんのはだけた胸元が自然と目に入ってくる!
こ、これは・・・想像よりも・・・!
いや、ダメだ!変な目で見てはいけない!
目を逸らそうとすればするほど、オレの目は制御不能に陥ったのだった。
◇
「取り乱して申し訳ありませんでした・・・」
暫くして、服装を整えた司書さんは頭を下げてきた。
それを手で制止して司書さんに伝える。
「いや、謝ることはない。
むしろお礼を言いたいぐらいだ」
「・・・はい?」
司書さんは意味が分からないようだが、それで良い。
それはともかく、オレは爺さんに向き直った。
「掃除ぐらいしておけ。
女性が怖がらせるな」
「ネズミ捕りも置いているんだがのぉ。
最近のネズミは賢くなっていかん」
暖簾に腕押し、糠に釘。
この様子だと今後も掃除には期待できないようだ。
できれば次に来る機会なんてないほうがいいが。
「もう行く。
児童書を持ち込むヤツがいたら連絡をくれ」
そう告げると、司書さんと一緒に質屋を後にした。




