消えた本捜索での稼ぎ方~その2「館長」~
司書さんは言った。
「固くならないでくださいね。
暫くご一緒するのですから」
オヤジと娘さんに見送られ、オレたちは図書館に向かっていた。
推理モノの物語で“現場百遍”という言葉を聞く。
深い考えがあるわけではないが、まずは現場だろう。
「有り難い、それは助かるな。
宜しく頼む」
司書さんの申し出に、すぐに順応するオレだった。
相手の好意を無駄にしてはいけない。
これも冒険者の経験から来る教訓だ。
図書館までの道のりは会話を交わしながら歩く。
冒険モノの本が好きなようで、色々と聞かれてしまった。
大した冒険譚は持ち合わせていないが喜んでもらえた。
もしかすると今すぐにでも本を出せるかもしれない。
司書さんの反応を見て、オレは手応えを感じていた。
そうこうしているうちに目的地へと到着する。
この街唯一の図書館は、それなりに堂々とした建物だ。
司書さんに続いて館内に入ると本の匂いが鼻をくすぐる。
来館者もそれなりに居て繁盛(?)しているようだ。
「こちらが司書の詰めている窓口になります」
案内されたのは本の貸出業務などを行っている場所だ。
今も別の司書が2人、席に座っている。
「いつも何人か詰めているのか?」
「ええ、来館者をお待たせしないように。
最低でも2人は居るようにしています」
「なるほど。
それで消えた本が置いてあった本棚は?」
「こちらと、あちらの本棚です」
司書さんは側にある本棚と歩いて5歩ぐらいの本棚を指差す。
本棚に置かれているのは、ありふれた児童書ばかりだった。
そして窓口から本棚まで視界を遮るようなものはない。
目の前で堂々と児童書を盗むようなことはしないだろう。
もちろん館内で読むために持ち出すことはできる。
だが宿でも考えたが、わざわざ盗むような本ではない。
盗人は一体何の目的で・・・?
「おや、どうしたのかね?
今日は休みだったろう」
考えを巡らせていると、背中から声を掛けられた。
振り向いてみると、温和そうな初老の男性が立っている。
オレには見覚えがないので、司書さんの知人だろうか。
「館長!」
なるほど、この人が例の館長さんか。
司書さんによると自警団への相談を渋っているという。
自警団は冒険者と違って金が掛かるわけではない。
相談するだけなら何も問題はないはずだ。
「館長、こちらは冒険者さんです。
本を探していただくことになりました」
「ぼ、冒険者!?」
司書さんが紹介してくれると、いきなり館長は焦り始めた。
自警団だけでなく冒険者にも来てほしくないようだ。
少し探りを入れるため、握手を求めながら話しかけた。
「初めまして。
司書さんの依頼で本を探すことになりました。
必ず見つけ出しますので、どうかご安心を」
「う、うむ・・・それは頼もしいことですな・・・」
「ところで自警団には相談されないのですか?
図書館での事件なら、きっと快く対応してくれますよ。
探しものなら人手が多いほうが良い」
「いや!そ、それには及びませんぞ!
もし見つからなくても、私が私費で揃えますからな!
わざわざ自警団の皆さんにお願いするほどでも!」
「そうですか・・・館長さんがそう仰るのであれば。
ちなみに盗人に心当たりはありますか?」
「それが全く・・・。
申し訳ないが、私は用がありますので失礼しますぞ」
館長は会話を切り上げ、そそくさと去っていった。
あの動揺ぶり、どう見ても怪しい・・・。
しかし図書館の館長が本を盗むだろうか。
先ほども言っていたが、私費で本を揃えることもできる。
怪しいとは思うが、動機に乏しいのも確か。
「司書さんから見て、館長さんはどんな人だ?」
「そうですね、子供好きな方です。
よく子供に児童書を読み聞かせていますよ。
この本棚は館長のお薦めを集めているぐらいですから。
ここに置いてある本を取りに来る姿をよく見かけます」
子供好きで且つお薦めの本棚を作るほどの館長。
その館長が児童書を盗むとは、やはり考えにくいか。
しかし自警団に相談しないのは逆に引っ掛かる。
子供好きなら児童書が消えたことは許せないのでは?
「・・・」
考え事を止めると、司書さんが俯いていた。
何事かと思ったら、どうも窓口の2人がこちらを見ている。
どうやら司書さんについて何か話しているようだ。
やはり図書館の関係者に疑われているのだろうか。
「出ようか」
そう言って司書さんの手を握り、外へと連れ出した。
とりあえず現場は見られたし、館長の話も聞けた。
今、この場に留まる理由は無い。
◇
「あの、有難うございます・・・」
「ん?何がだ?
オレは外の空気が吸いたくなっただけだ」
図書館を出て、近くの公園までやってきた。
そこでお礼を言われるが、見え透いた嘘で返した。
わざわざお礼を言われるほどのことでもない。
そのまま園内を歩いていると長椅子が目に入る。
少し休もうと提案し、2人で腰掛けた。
「その・・・手を・・・」
「・・・あ!す、すまない!」
手を繋いだままであることをすっかり忘れていた。
慌てて手を離して、司書さんと少し距離を取る。
そして居住まいを正しゴホンと咳払いをした。
何か話題を振らねば間が持たないな。
「ひ、1つ確認したいのだが。
消えた本の名前は分かるか?」
「え、ええ、もちろんです。
1冊目は“私のお母さん”
2冊目が“ふと思い出す昔話”
3冊目が“紐を結んで遊びましょう”
4冊目は“今年の婚礼衣装100選!”
5冊目が“昆虫を探してみよう”
6冊目は“両手を振って”です。
この紙に書いておきましたので、どうぞ」
頬を朱くした司書さんが紙を差し出してくれる。
紙を受け取って、消えた本の一覧を見た。
4冊目だけ児童書ではない気もするが、まあいい。
――!?
ふと視線を感じ、後ろを振り返る。
目に入ったのは散策を楽しむ人たちだった。
気のせいか、敵意のようなものを感じたが・・・。
暫くの間、行き交う人々を見つめる。
「冒険者さん?」
司書さんに声を掛けられ、ゆっくり元に向き直る。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
特に怪しい人物は見つけられなかった。
気のせいかもしれないが、念のため注意しよう。
「そうだ、もう1つ聞きたいのだが。
最初に本が消えたのはいつだ?」
「ええっと・・・10日前ですね。
それから1~2日置きに消えて、6冊目が昨日です」
司書さんは指折り数えて、オレの質問に答えてくれた。
6冊で終わりであればいいが、続きがあるかもしれない。
そうなると可能性があるのは・・・。
「本の整理、次はいつになる?」
「明日です。
当番とは違いますが、明日は図書館の休館日ですので。
図書館整理のための臨時休館日です」
臨時休館日なら関係者以外は立ち入れないはず。
それなら本が消えることはないだろうか。
だが館長のあの焦り様は何かある気がする。
明日も本が消えるのか、それとも消えないのか。
それにしても、あれだけの数の本を整理しようとは恐れ入る。
一度に全てではないだろうが、それでも数が多いだろう。
「普段も当番で整理しているのでは?」
「普段の整理は少しずつ、ですね。
閉館後、30分程度やっています。
掃除などの当番もあって、担当するのは1人ずつです。
ただ・・・」
「どうした?
何か気になることがあるのか?」
「最近は別の司書から当番を代わって欲しいと頼まれまして。
それで、ここ10日間は本の整理が多かったのです」
そうだったのか。
善意で当番を代わっているのに疑われるとは気の毒だ。
何としても司書さんへの疑いを晴らさねば。
「安心してくれ、必ず依頼は果たす」
オレは長椅子から立ち上がり、司書さんに手を差し出した。




