消えた本捜索での稼ぎ方~その1「司書」~
オヤジが言った。
「昔の冒険者を少しは見習え」
溜まったツケの催促で、説教が始まってしまった。
この場を何とか収めたい、その一心でオヤジに言う。
「オヤジ、冒険者の宿の主人も大変だろう。
たまには肩でも揉もうか」
「要らん。いいから、そこに座れ」
浅はかだとは思ったが、やはり失敗だったか。
言われるがままに酒場のカウンターに座る。
こうなると話が終わるまで逃げることはできない。
「楽で実入りの良い依頼が無いのだから仕方がない」
とは口が裂けても言えず。
言ったが最後、きっと火に油だろう。
大人しくオヤジの気が済むのを待つことにした。
「毎朝早く起きて、文句を言わずに依頼を探す。
楽で実入りの良い依頼なんて、そうそうあるものじゃない。
いい加減に現実を見て働け」
「いや、夢を見ているわけではない。
小さな労力で大きな稼ぎ。
効率を重視していると言って欲しい」
はっ、しまった。
大人しく嵐が過ぎ去るのを待つつもりだったのに。
ついつい心の声を口から出してしまった。
オレの反論を聞き、オヤジは震え始めた。
怒りが込み上げているのだ、それ以外にない。
火に油を注いだことを察知し、咄嗟に耳を塞ぐ。
「馬鹿もん!!
それが夢を見とるというのだ!
さっさと働いて、ツケを払え!」
嵐どころか雷まで落ちてしまった。
口は災いの元、まさにその通りだった。
「全く・・・。
オマエも本が売れる立派な冒険者になってくれ」
「本?」
突然の単語に思わず聞き返してしまった。
立派な冒険者になると本屋に転職できるのか?
「知らんのか。
もう50年以上前に冒険者が書いた本だがな。
最近になって、その本が人気になっているそうだ。
初版本には価値が付いて、今じゃ高価らしい」
自叙伝というやつか。
オレは本に書けるような、そんな御大層な冒険はしていない。
それに文才もないから本なんてとてもじゃない。
どうやら無縁の話・・・いや、待てよ。
「その本の名前は分かるか?」
「なんだ、興味があるのか?」
「温故知新、とでも言っておこう。
読んでおけば何かの役に立つかもしれない」
口ではカッコいいことを言ったが、真意は別にある。
参考にするのは本当だが、要は真似をしたいだけだ。
似たような冒険をすれば、オレも本を出せるのではないか。
自分では書けないが、物書きの目に留まれば良い。
あとは何もしなくても手数料が入って左団扇だ。
「気持ち悪いな、ニヤニヤしおって。
まぁ、良い。確か“あんまり腕の”・・・」
「お父さん、お客さんよ」
オヤジの話の途中で、娘さんが宿の扉から現れた。
見かけないと思ったら、外に出かけていたのか。
手に食材を抱え、後ろに女性を連れている。
“お客さん”ということは、その女性は依頼者のようだ。
「あの、本を探していただきたいのですが」
その女性は開口一番、そう言った。
◇
「お父さんと何の話をしてたの?」
娘さんは食材を片付けながら訊いてきた。
今、オヤジと女性は酒場に居ない。
奥のオヤジと娘さんの部屋で依頼の話をしているのだ。
「ああ、50年前の冒険者の本の話だ」
本当はツケの話だったが、そこは伏せておいた。
「あ!あの本ね!
とっても好きで、1冊持ってるわ。
私、作者も好きなのよ。だから初版本が欲しくて」
「初版本は価値が付いて高いのだろう?」
「あら、よく知ってるわね。
初版本には直筆の署名が入ってるのよ」
オヤジから聞いた話で利いた風なことを言ってしまった。
それにしても署名1つで、そんなに価値が上がるのか。
オレも本を出すときは署名を入れて、自分で持っていよう。
価値が上がったときに売れば、さらに左団扇だ。
「どうしたの?ニヤニヤしちゃって」
「い、いや、何でもない」
明るい未来を思い浮かべ、それが顔に出てしまったようだ。
この壮大な計画が漏れないようにしなければ。
誰かに先を越されては元も子もない。
「おい、入ってこい」
顔を引き締めていると、オヤジから手招きされる。
先ほどの女性の依頼を回すつもりなのだろう。
さてさて楽で実入りの良い依頼だと良いのだが。
さらに本の題材になるような依頼であれば最高だ。
「こちら、図書館の司書さんだ」
部屋に入ると、椅子に座る女性の紹介を受ける。
すると女性は立ち上がり、挨拶をしてきた。
「初めまして。宜しくお願いします」
図書館の司書さんか。
キチッとした身なりに、眼鏡を掛けている。
責任感の強い真面目そうな印象を受けた。
「どうぞお掛けになってください。
オマエも座れ」
オヤジに促され、テーブルの椅子に腰掛ける。
女性も椅子に座るのを見て、オヤジは話し始めた。
「司書さんの依頼は本探しだ。
図書館から消えた本を探してほしいそうだ」
「図書館から消えた?
盗まれたということか?」
「それが・・・分からないのです。
盗まれたと考えるのが自然かもしれませんが」
オヤジの代わりに司書さんが答えてくれた。
そのまま話の続きを聞こうと先を促した。
「所在の分からない本は6冊です。
その本は全て司書の席から目の届く範囲にありました。
ですので盗まれたとは考えにくいのですが・・・」
「とは言え、本が独りでに動くはずもないですね」
「ええ、その通りです」
「本は貴重なものですか?」
「いえ、本屋で買えるような本ばかりです。
特に値段の高い本でもありません」
行方不明の本は、わざわざ盗むような本ではなさそうだ。
オレが盗人だったら高く売れそうな本を狙う。
まさか家で読むためというわけでもあるまい。
それなら貸出申請をすればいいだけの話だ。
やはり図書館から本を盗む理由にはならない。
ここは少し角度を変えて質問してみるべきか。
「本が消えたことに気づいたのは誰でしょう?」
「私です。
本が消えたのに気づいたのは、本棚の整理中です。
その整理は司書が当番制で行っています。
そして本が消えたのは私の当番のときだけなのです」
そう言って、司書さんは俯いてしまう。
その姿を見て、オレとオヤジは目を合わせる。
もしや司書さんは疑われているのだろうか。
それで冒険者の宿に来たのかもしれない。
「自警団には相談されました?」
「いえ、お話していません。
館長から止められていまして」
・・・自警団に相談しないのは何故だ?
その館長は自警団が絡むと困ることでもあるのか?
怪しい気もするが、まだ被害が小さいからかもしれない。
今の段階で疑ってかかるのは早計だろうか。
とりあえず、この場で思いつく疑問は確認した。
あとは一番重要な話をしなければならない。
オレは真剣な眼差しで司書さんを見た。
すると司書さんが先に口を開いた。
「あの、それで報酬なのですが。
この依頼は図書館からではなく私個人からです。
それで、あまり多くは支払えないのですが・・・」
司書さんは本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
報酬は期待できないが、本の題材にはなるかもしれない。
本を見つけ出し盗人を捕まえれば、面白い話になるはずだ。
そう考えて、オレは真面目な表情で答えた。
「お任せください。
きっと本を探し出してみせます」
そんなオレをオヤジは涙を流しながら見つめていた。




