黒猫探しでの稼ぎ方~その5「夢現」~
少女は言った。
「ありがとう、冒険者さん!」
オレは少女の家を訪ね、黒猫を手渡した。
そのときの少女の喜びようは、言葉では言い表せない。
黒猫を抱きしめたりオレにお礼を言ったり大忙しだった。
それにしても道すがら、やけに黒猫は戯れてきたな。
娘さんの言うとおり、猫は温かいことが分かった。
これなら寒いときに抱きたくなる気持ちも分かる。
そう思いながら少女と黒猫を見つめていると、
ふと少女がスカートのポケットに手を入れた。
「これ、お礼なの」
冒険者の宿で差し出してきた小銭入れ。
それを少女は再びオレのほうへ差し出してきた。
その姿を見て、オレは首を振る。
「オヤジも言ったが、気にしなくていい。
そのお金で猫のご飯でも買ってあげてくれ」
そう告げると、うん!と少女は大きく頷いた。
そして少女は黒猫を抱き上げる。
無事に依頼を果たしたことを実感した瞬間だった。
「では、オレは行く」
「うん、ありがとう!
冒険者さん、ばいばーい」
別れの挨拶をすると、冒険者の宿へ帰るべく少女に背を向ける。
そんなオレに少女は言葉を続けた。
「ほら、エニシダも“ばいばーい”って!」
――エニシダ!?
少女の言葉に思わず振り返る。
少女は黒猫の前足を握って、横に振らせていた。
猫にもお別れをさせているようだった。
オレはそのあどけない仕草を見ながら問いかけた。
「猫の名前、まだ付けてなかったのでは?」
「冒険者さんにお願いしてから考えてたの。
エニシダっておかしい?」
不安げな少女と黒猫の目がオレを見つめる。
オレは目を閉じ、ふっと笑うと少女に答えた。
「いや、とてもいい名前だ」
そう言って、今度こそ冒険者の宿に向かって歩き出した。
◇
冒険者の宿に入ると、空気が暖かった。
やはり外とは大違いだ。
「おかえりなさい、寒かったでしょう?」
「馬鹿だから大丈夫に決まっとる」
娘さんとオヤジ、それぞれの言葉で出迎えてくれる。
オヤジのいつものトゲのある言葉を聞いて少し安心した。
どうやら風邪の具合は良くなったらしい。
依頼を果たしたことを伝えてから訊いてみた。
「医者はどうだった?」
「注射を打ってもらってな。
かなり良くなった」
「そうか、それは残念だ」
「・・・何か言ったか?」
小声で言ったつもりだったが、聞こえてしまったか。
良くなったというのは本当のようだ。
「お父さん、注射で泣いたそうよ」
オレとオヤジの会話を聞いて、娘さんが冗談めかす。
それを聞いて「本当か?」という眼差しをオヤジに向けた。
するとオヤジは真っ赤になって反論する。
「ば、馬鹿もん!
いい年して、そんなはずなかろう!」
「焦るところが怪しいな」
「何を言っとるか!」
とうとう怒り出してしまった。
からかうのは、ここまでにしたほうが良さそうだ。
そこで会話が途切れると、オヤジは咳払いをする。
「とは言え、好きになれるものでもないな。
注射の前のアルコール消毒は特に、な。
あのヒンヤリする感覚はどうにも慣れん」
「注射はともかく、アルコールの消毒は好きね。
肌がスーとして気持ちいいわ」
酒瓶!アルコール消毒で思い出した!
慌てて荷物袋に手を当ててみるが酒瓶の感覚がない。
酒瓶は確かエニシダが飛び込んできたときに落として・・・。
割れた瓶もあの場に捨てた・・・やはり村の出来事は・・・。
「そう言えば、医者が言っていたのだが」
オヤジの声に、ハッと我に返る。
「まだ流行り病の患者は居ないそうだ。
珍しいこともあるものだな」
瘴気・・・流行り病・・・。
酒瓶・・・消毒・・・。
村の出来事とオヤジの話が繋がるように思えた。
この奇妙な一致は本当に偶然なのだろうか。
暫く考え込んでみるが、答えが出るはずもなく。
ただエニシダからは報酬を受け取っている気がする。
それだけは不思議と信じて疑わなかった。
やがて何となく可笑しくなり、つい笑ってしまう。
するとオレの前に酒の注がれたグラスが置かれた。
頼んでもいないのに酒が出るとはどうしたことだ。
「オヤジ?」
「今回の報酬だ。
儂らと・・・あの子からだ」
オヤジは銅貨を1枚、グラスの横に添えた。
そうか、少女を送る途中で受け取ってしまったのか。
少女にせがまれる困り顔のオヤジが目に浮かぶ。
添えられた銅貨を手に取ると重みを感じた。
きっと少女の感謝の思いが込められているのだろう。
銅貨をポケットに仕舞うと、グラスを取った。
「頂くとしよう」
オヤジと娘さんの顔を見てからグラスを傾けた。
酒が喉を通ると、少女とエニシダの笑顔を思い出す。
オレは自分が冒険者であることを確かに感じていた。
そう、オレは冒険者。
たとえ外が寒かろうが、やらねばらないときがある。
だからこそ暖かな報酬には目がない――火の子の冒険者さ。
~次の依頼へ続く~
オヤジ「酒瓶が3本足りないが、知らんか?」
娘さん「ううん、私は知らないわ」
オ レ「・・・(汗」
風邪やインフルエンザなどにはお互い気をつけましょう。
ちなみに私もオヤジと同じで注射は苦手です。by 作者




