黒猫探しでの稼ぎ方~その4「酒瓶」~
オレは言った。
「悪い、娘さん」
しゃがみ込み、荷物袋に手を入れると酒瓶1本が割れていた。
娘さんに申し訳なく思いながら、割れた瓶と残りの2本を取り出す。
割れたほうはその場に捨て、それから剣を支えに立ち上がった。
「う・・・っ」
しかし体の不調に蹌踉めいてしまい、剣を取り落とした。
カランと乾いた音を立てて、地面に倒れる剣。
拾おうかと思ったが、瘴気に剣は通じない。
『ギャイギャァ』
剣を手放したオレを見て、また瘴気が笑った気がした。
もうどうすることもできない、そう思われたのだろう。
実際、剣以外の武器は持ち合わせていなかった。
遣る瀬なくなり、酒瓶の栓を開けると中身を口に含む。
こんな状況でなければ、きっと楽しめたのだろう。
悔しい思いで胸が詰まり、酒瓶を天高く放り投げた。
「お願いです、お逃げください!
早くこちらへ!」
『ギャイアアアアア!!』
悲痛の叫びを上げるエニシダと奇声を上げる瘴気。
ふと上を見上げると、酒瓶が空を舞っていた。
琥珀色の中身を盛大に撒き散らしながら。
それをぼんやりと眺め、当たり前のことを考える。
――やはり酒は飲むものだ。
やがて撒き散らされた酒が周囲に降り注ぐ。
『ギャァァァァァァ!!??』
瘴気は叫び声を上げ、揺らめき始めた。
それはまるで・・・怯えているかのようだった!
すかさず残った酒瓶を振り回し、更に酒を撒き散らす。
『アギャィィィィ!!』
よし、思ったとおりだ!
瘴気が動きを止めたのを見て、オレは確信した。
理由は分からないが、やはり瘴気は酒が弱点らしい!
気づいたのは、荷物袋を落とした後の追撃だった。
瘴気の速さなら簡単にオレを攻撃できたはずなのだ。
しかし漏れた酒に怯んで攻撃できなかったのではないか。
そう当たりを付けたが、どうやら正解だったようだ!
オレは手を上げると、放り投げた酒瓶を受け止めた。
そのまま瘴気へと近づくが、瘴気は小さくなって動かない。
オレたちの周辺には酒が撒き散らされていたのだ。
もう瘴気に逃げ場は無かった。
「勝負あったな」
小さくなった瘴気を見下ろす。
心なしか震えているように見えた。
「さて、人の言葉は分かるか?
オレは無益な殺生を好まない。
聞くと、オマエは村人の命を奪ってないそうだな。
だから二度と村に近づかないと誓うなら見逃そう」
瘴気に話しかけながら、少し中身が残っている酒瓶を振った。
脅迫は好まないが、交渉材料は有意義に使うべきだろう。
人の言葉が通じなくとも、自分の状況は分かるはず。
『ギィィ...』
瘴気が項垂れたような気がした。
それを見て、羽織っていた外套を脱ぎ地面に敷く。
「行け」
『ギィィ!』
一声の奇声を上げると瘴気は一目散に逃げていった。
すると視界を悪くしていた靄が徐々に晴れていく。
空を見上げると、黒雲の間から光が差し込み始めた。
――あの瘴気はこの村に二度と現れない。
変わる景色を見て、そんな思いが胸に浮かんでいた。
「勇者様!」
逃げた瘴気が見えなくなると、エニシダが背中に飛び込んできた。
体の不調もあり、勢いに耐えきれず倒れてしまう。
手に持った酒瓶をその拍子に落としてしまった。
「ああ、申し訳ありません!
大丈夫ですか、勇者様!」
「大丈夫、と言いたいところだが。
すまない、肩を貸してくれるか」
「ええ、もちろんです。
さ、お掴まりください」
エニシダの手伝いで、何とか立ち上がる。
だが頭痛や悪寒などで体は限界を迎えていた。
エニシダ諸共、また地面に倒れ込んでしまう。
「勇者様、ご安心ください。
きっと、きっと私が連れて帰りますから」
そう言って、またオレを立たせようとしてくれる。
不甲斐なくてすまない、そう思ったが言葉にはならなかった。
エニシダの言葉を最後に、オレの意識は途絶えたのだ・・・。
◇
「にゃーん」
猫の鳴き声が聞こえ、ぼんやりと意識を取り戻す。
ここは、と周囲を見ると街外れの丘の上だった。
その丘で大の字になって横たわっている。
ひゅぅと風の音がすると、身震いした。
「にゃーん」
また聞こえた猫の鳴き声に、視線を体に向ける。
すると腹の上に座った黒猫と目が合った。
猫が座っている腹に温かさを感じる。
「オマエが温めてくれたのか」
「にゃーん」
言葉が通じる訳ないが、猫が返事をしたように感じた。
ゆっくりと体を起こすと、猫は肩に登ってきて座る。
そのまま顔をオレの頬に擦り寄せた。
猫髭のくすぐったさに思わず笑みを浮かべた。
・・・いや、のんびりしている場合ではない!
エニシダはどこだ、オレは村外れに居たはずだ!
瘴気との戦いも思い出し反射的に立ち上がろうとすると、
限界を迎えたはずの体にどこも異常がないことに気づく。
頭痛もしなければ、悪寒もない。
軽く腕を振ってみたが、関節も痛くはなかった。
そのまま横穴があったほうへ目を向けてみる。
そこに穴はなく、雑草が生い茂っているだけだった。
もしやオレは夢を見ていたのだろうか。
「にゃーん」
肩の上の猫が鳴き、少女の依頼を思い出す。
体はどこも悪くない、横穴も見当たらない。
きっと夢だったのだ、そう思うことにした。
そして立ち上がると、街のほうへと歩き出す。
相変わらず肩の上には猫が乗ったままだった。




