黒猫探しでの稼ぎ方~その3「瘴気」~
黒髪の女性は言った。
「エニシダとお呼びください」
自己紹介をしながら、エニシダは飲み物を出してくれた。
その温かな飲み物に、心まで暖かくなる。
「ありがとう。
それで先ほどの“勇者”というのは?」
最初に声を掛けられたときの言葉が気になった。
冒険者なら分かるが、勇者とは大げさだ。
他に聞くべきことはあるが、まずは相手に合わせよう。
「この村に古くから伝わる言い伝えがあります。
この村が窮地に陥ったとき、勇者が現れると。
それも、どこからともなく」
通ってきたはずの横穴が消えていたのだ。
オレが突然現れたように見えてもおかしくはない。
途方に暮れた冒険者が言い伝えの勇者に見えたとは。
情けなくて、本当のことを話すべきか迷ってしまう。
一先ず質問を続けることにした。
「と言うことは、何か困りごとでも?」
「はい、魔物が村を襲ってくるのです。
立ち向かった者もおりましたが、倒せませんでした。
その者たちは今、床に臥せっております」
「魔物?
失礼だが、妖魔ではないのか?」
「戦った者が“魔物”と譫言のように言うのです。
それ以外のことは何も分かりません。
今は無理に聞き出すこともできませんので・・・」
妖魔ではなく魔物、この稼業も長いが見たことがない。
しかも今の話だと、手強い相手のようだ。
カッコよく引き受けてあげたいのは山々なのだが、
命あっての物種が信条のオレとしては悩みどころ。
返答に困っていると、エニシダが口を開いた。
「本当でしたら、まずお礼を用意すべきなのですが、
ご覧の通りの小さな寂れた村ですので・・・。
勇者様の体を暖めて差し上げることぐらいしか」
「体を暖める!?」
いや、待て待て待て。
突然の報酬話に驚いたが、変な意味ではないだろう。
きっと風呂を沸かしてくれるとか、そういう意味・・・。
「ええ、私の体で暖めて差し上げることしかできません。
大したことができなくて、本当に心苦しいのですが」
「!!??」
いや、待て待て待て。
おそらく膝枕とか、そういう話だろう。
この清楚そうな女性に限って、そんな美味しい話を・・・。
「生まれたままの姿で暖めるしかお礼ができません。
本当に申し訳ありません・・・」
「う、生まれたまま!!??」
・・・。
・・・。
・・・。
「その魔物、オレが退治しよう」
「本当ですか、勇者様!」
冒険者として村を救わねば、その一心だった。
そのため聞かねばならないことを失念していた。
そう、この村の場所や帰る方法などを・・・。
◇
村外れ、そこにオレは立っていた。
相変わらず冷たい風が吹き、霧のせいで視界は悪い。
例の魔物が遠くから攻撃するタイプなら厄介だ。
いかなる状況にも対応できるよう、周囲に気を配った。
「勇者様・・・」
エニシダの心配そうな声が背中から聞こえる。
足手まといになると止めたが、彼女は付いてきた。
話によると、魔物との戦いで命を落とした者は居ないそうだ。
だから何かあったときはオレを村まで連れ帰る。
その言葉に心に打たれ、やむなく同行を許してしまった。
今回も今までと同じであれば良いのだが。
オレはともかく、エニシダの身が心配だった。
そう思いながら霧を睨んでいると、影が蠢くのが見えた。
魔物のご登場のようだ。
「どうやらお出ましだ。
エニシダ、下がっていてくれ」
オレの言葉に頷き、エニシダはオレと距離を取った。
そのことを足音で確認したオレは剣を抜く。
すると霧の中の影は見る見るうちに大きくなり、
猛烈な勢いでオレたちのほうへと接近してきた!
「これが魔物なのか!」
影ではなくその姿を視認できたとき、オレは叫んでしまった。
確かに妖魔などではない、黒紫の瘴気の塊のようだった。
その瘴気の中心には目のような穴が2つ開いていた。
「気をつけてください!」
エニシダの言葉を合図に、オレは地面を蹴った。
そして剣の届く距離まで詰め、大きく縦に剣を振り下ろす!
――ガキン!
しかし全く手応えはなく、剣が地面を叩く音だけが響く。
ヤバいと咄嗟に判断して、後ろに下がろうとした。
が、相手はそれを見て蠢き始める。
『ギィエエエエ!!』
奇妙な叫び声とともに、瘴気の一部が纏わりついてきた。
いや纏わりつくだけでなく、オレを覆おうとしている。
だが掴まれている感触はない、そのまま後ろに下がった。
幸いなことに難なく瘴気から離れられた。
危ない、あと少しで覆い尽くされるところだった。
それで何がどうなるのか今のところ分からない。
分からない以上、避けるに越したことはないはず。
ふぅと息を吐き、軽く呼吸を整える。
さて、どうすべきか。
おそらく剣での攻撃は瘴気に通じないだろう。
対策を立てなければ、いずれはジリ貧の気がする。
「勇者様、足元です!」
エニシダの声に、すぐに下を見る。
足元には瘴気から伸びた一部が充満していた。
すぐにその場を離れようとしたが、一足遅かった。
『ギャイアアアアア!!』
瘴気の叫ぶと、足元の瘴気が一気にオレを覆う。
何だ、これは?一体、何をしようとしている?
傷つけられるわけでもなく、拘束されるわけでもない。
黒紫の瘴気で少し視界が塞がれたぐらいだった。
オレは大きく息を吸い込み、一気に後ろに飛んだ。
瘴気と距離を取れたことには安堵したが、不安は付き纏う。
瘴気は何を狙っているのだろうか。
無意味な行動を繰り返しているわけではあるまい。
次で瘴気の真意を見極めようと、相手の出方を伺う。
すると瘴気の目が動いた。
『ニィ』
笑った――!?
そう思った瞬間、オレはガクンと膝をついた。
その拍子で荷物袋が地面に落ち、ガチャンと音をたてる。
中身が漏れたのか、荷物袋が液体で濡れ始めた。
「大丈夫ですか!?」
必死に叫ぶエニシダの姿が目に映る。
た、立てない・・・頭痛と悪寒がする、関節に痛みを感じる!
体に傷は付けられていない、一体何をされたのだ?
オレは今までの戦いで起こったことを思い返した。
まさか・・・瘴気自体が毒なのか?
毒を塗った鏃で敵を攻撃する方法は知っている。
だが瘴気自体が毒だとは考えもしなかった。
未知の魔物と戦うのだ、あらゆることを想定すべきだった。
「ああ、また来ます!」
反射的に地面を転がった。
こんな動きでは避けられるはずないと覚悟したが、
瘴気の攻撃範囲を越えたのか意外にも無事だった。
しかし、これは一度きりの幸運だろう。
何とか立ち上がり、瘴気のほうを見た。
落とした荷物袋も自然と視界に入る。
瘴気の興味はオレだけなのか、荷物袋は手付かずだ。
荷物袋の周囲に瘴気は無い、今なら取り戻せるはず。
「酒瓶だけは・・・取り返さないと」
オレは娘さんの顔を思い浮かべ、力を振り絞って走り出した。




