表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/53

黒猫探しでの稼ぎ方~その3「瘴気」~

黒髪の女性は言った。


「エニシダとお呼びください」


自己紹介をしながら、エニシダは飲み物を出してくれた。

その温かな飲み物に、心まで暖かくなる。


「ありがとう。

 それで先ほどの“勇者”というのは?」


最初に声を掛けられたときの言葉が気になった。

冒険者なら分かるが、勇者とは大げさだ。

他に聞くべきことはあるが、まずは相手に合わせよう。


「この村に古くから伝わる言い伝えがあります。

 この村が窮地に陥ったとき、勇者が現れると。

 それも、どこからともなく」


通ってきたはずの横穴が消えていたのだ。

オレが突然現れたように見えてもおかしくはない。

途方に暮れた冒険者が言い伝えの勇者に見えたとは。

情けなくて、本当のことを話すべきか迷ってしまう。

一先ず質問を続けることにした。


「と言うことは、何か困りごとでも?」


「はい、魔物が村を襲ってくるのです。

 立ち向かった者もおりましたが、倒せませんでした。

 その者たちは今、床に臥せっております」


「魔物?

 失礼だが、妖魔ではないのか?」


「戦った者が“魔物”と譫言(うわごと)のように言うのです。

 それ以外のことは何も分かりません。

 今は無理に聞き出すこともできませんので・・・」


妖魔ではなく魔物、この稼業も長いが見たことがない。

しかも今の話だと、手強い相手のようだ。

カッコよく引き受けてあげたいのは山々なのだが、

命あっての物種が信条のオレとしては悩みどころ。

返答に困っていると、エニシダが口を開いた。


「本当でしたら、まずお礼を用意すべきなのですが、

 ご覧の通りの小さな寂れた村ですので・・・。

 勇者様の体を暖めて差し上げることぐらいしか」


「体を暖める!?」


いや、待て待て待て。

突然の報酬話に驚いたが、変な意味ではないだろう。

きっと風呂を沸かしてくれるとか、そういう意味・・・。


「ええ、私の体で暖めて差し上げることしかできません。

 大したことができなくて、本当に心苦しいのですが」


「!!??」


いや、待て待て待て。

おそらく膝枕とか、そういう話だろう。

この清楚そうな女性に限って、そんな美味しい話を・・・。


「生まれたままの姿で暖めるしかお礼ができません。

 本当に申し訳ありません・・・」


「う、生まれたまま!!??」


・・・。

・・・。

・・・。


「その魔物、オレが退治しよう」


「本当ですか、勇者様!」


冒険者(人肌)として(人肌)村を救(人肌)わねば(人肌)、その一心だった。

そのため聞かねばならないことを失念していた。

そう、この村の場所や帰る方法などを・・・。


 ◇


村外れ、そこにオレは立っていた。

相変わらず冷たい風が吹き、霧のせいで視界は悪い。

例の魔物が遠くから攻撃するタイプなら厄介だ。

いかなる状況にも対応できるよう、周囲に気を配った。


「勇者様・・・」


エニシダの心配そうな声が背中から聞こえる。

足手まといになると止めたが、彼女は付いてきた。

話によると、魔物との戦いで命を落とした者は居ないそうだ。

だから何かあったときはオレを村まで連れ帰る。

その言葉に心に打たれ、やむなく同行を許してしまった。

今回も今までと同じであれば良いのだが。

オレはともかく、エニシダの身が心配だった。


そう思いながら霧を睨んでいると、影が蠢くのが見えた。

魔物のご登場のようだ。


「どうやらお出ましだ。

 エニシダ、下がっていてくれ」


オレの言葉に頷き、エニシダはオレと距離を取った。

そのことを足音で確認したオレは剣を抜く。

すると霧の中の影は見る見るうちに大きくなり、

猛烈な勢いでオレたちのほうへと接近してきた!


「これが魔物なのか!」


影ではなくその姿を視認できたとき、オレは叫んでしまった。

確かに妖魔などではない、黒紫の瘴気の塊のようだった。

その瘴気の中心には目のような穴が2つ開いていた。


「気をつけてください!」


エニシダの言葉を合図に、オレは地面を蹴った。

そして剣の届く距離まで詰め、大きく縦に剣を振り下ろす!


――ガキン!


しかし全く手応えはなく、剣が地面を叩く音だけが響く。

ヤバいと咄嗟に判断して、後ろに下がろうとした。

が、相手はそれを見て蠢き始める。


『ギィエエエエ!!』


奇妙な叫び声とともに、瘴気の一部が纏わりついてきた。

いや纏わりつくだけでなく、オレを覆おうとしている。

だが掴まれている感触はない、そのまま後ろに下がった。


幸いなことに難なく瘴気から離れられた。

危ない、あと少しで覆い尽くされるところだった。

それで何がどうなるのか今のところ分からない。

分からない以上、避けるに越したことはないはず。


ふぅと息を吐き、軽く呼吸を整える。

さて、どうすべきか。

おそらく剣での攻撃は瘴気に通じないだろう。

対策を立てなければ、いずれはジリ貧の気がする。


「勇者様、足元です!」


エニシダの声に、すぐに下を見る。

足元には瘴気から伸びた一部が充満していた。

すぐにその場を離れようとしたが、一足遅かった。


『ギャイアアアアア!!』


瘴気の叫ぶと、足元の瘴気が一気にオレを覆う。

何だ、これは?一体、何をしようとしている?

傷つけられるわけでもなく、拘束されるわけでもない。

黒紫の瘴気で少し視界が塞がれたぐらいだった。


オレは大きく息を吸い込み、一気に後ろに飛んだ。

瘴気と距離を取れたことには安堵したが、不安は付き纏う。

瘴気は何を狙っているのだろうか。

無意味な行動を繰り返しているわけではあるまい。


次で瘴気の真意を見極めようと、相手の出方を伺う。

すると瘴気の目が動いた。


『ニィ』


笑った――!?


そう思った瞬間、オレはガクンと膝をついた。

その拍子で荷物袋が地面に落ち、ガチャンと音をたてる。

中身が漏れたのか、荷物袋が液体で濡れ始めた。


「大丈夫ですか!?」


必死に叫ぶエニシダの姿が目に映る。

た、立てない・・・頭痛と悪寒がする、関節に痛みを感じる!

体に傷は付けられていない、一体何をされたのだ?

オレは今までの戦いで起こったことを思い返した。


まさか・・・瘴気自体が毒なのか?

毒を塗った(やじり)で敵を攻撃する方法は知っている。

だが瘴気自体が毒だとは考えもしなかった。

未知の魔物と戦うのだ、あらゆることを想定すべきだった。


「ああ、また来ます!」


反射的に地面を転がった。

こんな動きでは避けられるはずないと覚悟したが、

瘴気の攻撃範囲を越えたのか意外にも無事だった。

しかし、これは一度きりの幸運だろう。


何とか立ち上がり、瘴気のほうを見た。

落とした荷物袋も自然と視界に入る。

瘴気の興味はオレだけなのか、荷物袋は手付かずだ。

荷物袋の周囲に瘴気は無い、今なら取り戻せるはず。


「酒瓶だけは・・・取り返さないと」


オレは娘さんの顔を思い浮かべ、力を振り絞って走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ