黒猫探しでの稼ぎ方~その2「横穴」~
オヤジが言った。
「行ってくる」
少女の手を引いて歩いていくオヤジを、オレと娘さんは見送った。
少女を家まで送り、その足で医者に行くと言っていた。
2人の姿が雑踏に消えると、オレたちは宿に入る。
「猫探しの話だったから驚いたわ。
ちょうど話をしていたものね」
「これも“噂をすれば影”かもしれない。
現れたのは依頼を持ってきた少女だが」
「ふふ、そうね」
娘さんと軽く会話を交わし、自分の部屋に戻る。
いつもの装備の他に、寒さ対策のため外套は必要だろう。
猫探しに大げさかと思うが、剣などの武器も持つ。
街の外に出るのだ、万が一も無きにしもあらず。
準備を手早く整え、酒場に降りた。
娘さんは自分の部屋に引っ込んだのか、姿が見えない。
しんと静まり返る酒場も珍しく、ふと見回してみる。
すると否応なしに酒瓶の並ぶ棚が目に入った。
この寒さだ、体を暖める必要があるかもしれない。
長丁場になる可能性を考え、3本の酒瓶を拝借した。
これも依頼達成のために必要な準備なのだ。
きっとオヤジも分かってくれるに違いない。
酒瓶を荷物袋に入れると、後ろから声を掛けられた。
「あら、もう行くの?」
心臓が飛び出るかと思ったが、声の主は娘さんだった。
どうやら荷物袋に忍ばせた酒瓶には気づいていないようだ。
危ない、鋭いオヤジだったらバレていただろう。
「あ、ああ。早いに越したことはない」
「そうね、夕方も冷えるものね。
風邪を引かないように、早く帰ってきてね」
疑いもせず気遣ってくれる娘さんに少し罪悪感を覚える。
だが娘さんの言葉に解決の糸口を見つけた。
そう、早くお目当ての猫を見つけて帰ってくればいい。
寒くなる前に終わらせれば、酒に手を付けずに済むだろう。
「では、行ってくる」
「いってらっしゃい」
いつもなら娘さんの笑顔の見送りは嬉しいものだが、
後ろめたさを感じるオレはそそくさと宿を後にした。
許してくれ、娘さん・・・。
◇
街外れの丘の上、そこは街より冷たい風が吹いている。
風を遮るものはなく、オレは野ざらし状態だ。
「寒い・・・」
のんびりしていると、オヤジのように風邪を引いてしまう。
急いで猫を見つけて、早く宿で暖まらなければ。
その一心で、周囲の雑草を掻き分け始めた。
この丘は木が生えておらず、見晴らしがいい。
雑草の茂みぐらいしか隠れそうな場所はない。
とは言え、如何せん捜索範囲が広すぎる。
何か猫を誘き寄せる手はないものか。
よく耳にするのは、マタタビか。
街に戻れば、どこかで買えるものだろうか?
だが今から戻るとなると、遅くなってしまう。
買えるかも分からないものに時間を取られたくない。
そうすると、猫の鳴き声の真似か。
こちらが「にゃーん」と真似れば、返事が来るか?
手間も掛からないので、試してみる価値はある。
問題は大の大人が恥ずかしくないか、と言うことだ。
だが、この寒空の下にいつまでも居たくない。
しかし誰かに見られたら、冒険者の沽券に関わる。
とは言え、依頼のためには形振り構っていられない。
いやいや、子供に見られたらトラウマになる可能性が。
・・・。
・・。
・。
「にゃ、にゃーん」
周囲に誰も居ないことを何度も確認し、鳴き真似をしてみた。
寒い風が吹き付けるにも関わらず、オレの顔は真っ赤だろう。
こんな姿、娘さんには見せられん!
とりあえず耳を澄ませてみるが、何も聞こえてこない。
(恥ずかしさのあまり)声が小さかったのかもしれない。
今度はもう少し大きな声で真似てみよう。
「にゃんにゃん、にゃにゃーん」
さようなら、オレの大人の威厳。
半ば自棄っぱちに、鳴き声を連呼してみた。
これで徒労に終わったら、酒に逃げよう。
そう、これは酒の勢いだったのだと・・・。
「にゃー」
ん?
「にゃーにゃー」
オレの鳴き真似ではない、本物の猫の鳴き声がする!
良かった、猫からの返事が返ってきた!
これで猫の鳴き真似は気の迷いではなかった、と。
計算しつくされた冒険者の作戦だったと堂々と言える!
オレは意気揚々と、だが静かに鳴き声のほうへ近づく。
その間も鳴き声は聞こえ続けていた。
これなら早めに少女の元へ連れていけそうだ。
・・・と思ったのだが、鳴き声の場所に猫は居なかった。
おかしい、周囲を見回してみるが猫は見当たらない。
そこで雑草を掻き分けてみると、小さな横穴を見つけた。
どうやら、その奥から猫の鳴き声が聞こえるようだ。
中の様子を伺ってみる。
鳴き声は聞こえるが、姿までは確認できない。
この寒さで奥のほうに入り込んでいるのだろう。
仕方がない、迎えに行くとしようか。
オレは腹ばいになり、目を慣らしてから横穴に入った。
体が入らないかと心配したが、何とか進める。
まだ猫の鳴き声は続いているので、真っ直ぐ進む。
思ったより深い。
5分ほど進んでも、まだ猫は見つけられない。
やがて向こうに薄っすらと光が見えた。
まさかと思ったら・・・やはり出口だった。
◇
「ここは、どこだ?」
横穴から這い出て、辺りを見回してみる。
先ほどまでの丘とは違う、平坦な土地が続いていた。
晴れていたはずの空は、どんよりとした黒い雲が覆う。
冷たい風は変わらずだが、霧が立ち込め視界が良くない。
改めて一周ぐるりと見回す。
――!?
無い!通ってきたはずの横穴が消えている!
馬鹿な。穴から這い出て、まだ1分と経たない。
地面を靴底で踏みつけるが、返るのは固い感触だけ。
横穴があったような形跡もなかった。
「お待ちしておりました、勇者様」
突然の声に、オレはその場から飛び退いた!
そして振り向きざまに相手の姿を確認すると、
立っていたのは長い黒髪が美しい女性だった。
全く気配を感じなかったことに、動揺が走る。
女性とは言え、いきなり現れた相手に油断はできない。
武器の類いを隠し持ってないか、女性を注視した。
「そんなに見つめられると、恥ずかしいです」
頬を朱く染めて、女性は俯いた。
女性らしいその仕草に、図らずもときめいてしまう。
「す、すまない。
あまりに美しいので、つい見とれてしまった」
「そ、そんな・・・」
注視の意図を誤魔化すために口から出た言葉だった。
とは言え、嘘をついたつもりも毛頭なかった。
ますます頬を朱くする女性を見て、緊張を解く。
どうやら敵意はないらしい。
「1つ聞きたいことがあるのだが・・・。
この辺りで黒い猫を見なかっただろうか?」
「この辺りで・・・猫の姿は見かけてませんね」
やはり猫は居ないか。
そうなると、ここはどこだろう。
女性に聞きたいことが山ほどあった。
「立ち話もなんですから、こちらへどうぞ。
私達の村へ案内します」
女性が指差す先に、家の影が幾つか見える。
行く宛もない、オレは女性の後ろを付いていくことにした。




