黒猫探しでの稼ぎ方~その1「少女」~
オヤジが言った。
「へっくしょん!」
・・・くしゃみだった。
無理もない、朝晩は冷え込むようになってきた。
今朝も寝床から出るのが億劫で仕方がなかった。
暖かな毛布に幸せを感じる時期になったものだ。
「こういうときは酒に限る」
「馬鹿もん。
依頼を受けて、少しは体を動かせ。
そうすれば自然と暖まる」
暖を求める方法に、些か見解の相違があった。
だがオレは子供ではないので、風の子ではない。
大人には大人の暖の取り方がある。
「こういうときは猫を抱きたくなるわ。
猫って、とても温かいのよ」
オレとオヤジの話が聞こえたのか、娘さんが加わってきた。
猫か、それは思いつかなかった。
「それならこの宿でも猫を飼えばいい。
そんなに世話も掛からないと聞いたことがある」
自分で飼ったことはない。
聞きかじった話で、娘さんに提案した。
娘さんが猫を抱いている姿も悪くないと思ったからだ。
「そうしたいけど・・・ほら、酒場だから」
娘さんの言葉に、オヤジがウンウンと頷いている。
食事を扱う以上、衛生面には気を遣うということか。
残念、猫を抱く娘さんの姿に癒やされたかった。
いや、待てよ。
むしろオレが娘さんに抱きつけば良いのではないだろうか。
そうすれば娘さんだけでなくオレも暖かくなる。
まさに一石二鳥・・・素晴らしい考えではないか。
そのまま寝床までご一緒できれば、更に良い。
「オマエ、何を考えている?」
声を掛けられて、めくるめく妄想から目覚めた。
顔を上げると、オヤジは手に包丁を握って震えている。
その震えの原因が怒りであることは想像に難くない。
オヤジは娘さんのことになると異常に鋭くなる。
ここは話を逸らしたほうが良いだろう。
「世界平和について考えていた。
オレたち冒険者は平和のために何ができるだろうか」
「嘘をつ・・・へっくしょん!」
またくしゃみだ。
これ幸いと体調を気遣った。
「風邪か?風邪は引き始めが肝心だ。
すぐに医者に見てもらったほうが良い」
これで医者に行ってくれれば、上手く逃げられる。
オヤジに好印象を与えつつ、この状況からの脱出。
我ながら、素晴らしい閃きだった。
「そうだな、そうするか。
流行り病でなければいいのだが。
この時期になると、罹る人も多いからな」
よし!誘導成功!
これでオヤジは暫く宿を空ける。
あとは娘さんに抱きつくことができれば完璧だ。
「オレも注意しよう」
今後の行動に頭をフル回転させながら、合いの手を入れた。
するとオヤジは怪訝そうな顔をする。
「オマエは心配ないだろう。
風邪になんか罹るはずがない」
おかしなこと言う。
誰にだって、体調の良いときがあれば悪いときもある。
それが自然なことだろう。
「オレだって人間だ。
二日酔い以外でも体調が悪くなるときもある」
至極真っ当な反論を試みた。
対するオヤジの答えは。
「馬鹿は風邪を引かん」
その言葉に娘さんがクスクスと笑うのが聞こえた。
娘さんの中でのオレの評価はどうなっているのだろう。
めくるめく妄想を実現する前にやるべきことがある。
その現実を知って、オレは項垂れた。
と、そのとき宿の扉が開く音がした。
「あの、冒険者さんにお願いがあるの・・・」
宿に入ってきたのは寒さに頬を赤くした少女だった。
◇
「これ、飲んでね。温かいわよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
その少女は娘さんの出したカップを手に取った。
カップの温かさに頬を緩めてから、口を付ける。
「さて、冒険者にお願いとは何だね?」
カップの中身を飲み干すのを見て、オヤジは声を掛ける。
いつもなら依頼の話はオヤジと娘さんの部屋でする。
この酒場で話を始めたのは、少女への配慮だろう。
オヤジと娘さんの部屋で2人きりだと緊張するに違いない。
幸いなことに他の冒険者は出払っていて、ここには4人だけだ。
ちなみにオヤジは依頼者の老若男女を問わない。
依頼者が悪党でなければ、どんな相手の話も聞く。
この少女はそのことを耳にしていたのかもしれない。
「猫を探してほしいの」
「お嬢ちゃんが飼ってるのかい?
その猫の名前は?」
オヤジの質問に少女は首を振る。
「まだ飼ってないの。
近所で見かけてて、ご飯あげたりしてた猫。
昨日お母さんに頼んで飼えることになったの。
だから、まだ名前は付けてないの」
「そうなのかい。
そうすると家に連れて行く前に居なくなったのかな」
「うん、そう。
飼えることになったから、家に連れて行こうとしたの。
でも、いきなり走り出しちゃって・・・」
追いかけたが、見失ってしまったというところか。
猫は名前を呼べば寄ってくるものなのだろうか。
もしそうであれば、名前が無いのは痛い。
「それじゃ、猫の見た目を教えてくれるかい。
毛色や大きさ、何でもいいよ」
「うーんとね、色は真っ黒。
私が抱っこできるぐらいの大きさ」
少女は手ぶりを交えて説明している。
その話を聞いて、オヤジは質問を続ける。
「最後に見た場所はどこだい?」
「街の外。丘のあたりだよ」
「そんなところまで追いかけたのかい。
危ないから、1人で街の外に出ては駄目だよ?」
「うん、お母さんもいつも言ってる。
でも、猫を追いかけてたら・・・」
泣きそうになる少女をオヤジが宥め始めた。
こういうとき、子育て経験があるのは強みだ。
オレだったら、どうしようもない。
「と言うことだ。話は聞いていたな?」
少女を宥めながら、オレに話を振る。
今、この酒場にはオレしか冒険者が居ない。
つまり最初から、そのつもりだったのだろう。
「受けるのは吝かではないのだが・・・」
「ツケを少し待ってやろう」
こちらの言いたいことは先読みされたようだ。
だが、これで良かったのだと思う。
さすがに少女から報酬を貰うのは気が引ける。
「あの、これ・・・」
少女が恐る恐る口を挟んできた。
その手に何かを持って、こちらに差し出している。
少女が手にしているものは・・・小銭入れだった。
子供の前で“報酬”なんて言葉は口にしなかったが、
少女はオレたちが何の話をしているか察したらしい。
そもそも報酬が必要なことを知っていたのかもしれない。
オヤジは少女のいじらしい姿を見て、やんわりと話しかける。
「いいんだよ、お嬢ちゃん。
お金のことなんか気にしなくても。
この冒険者が、お嬢ちゃんの猫を探してくれるから」
「本当に!」
少女の期待の眼差しが心に刺さる。
そんなオレが口にすべき台詞は決まっていた。
「もちろんだ、任せておけ」
オレは少女の期待に必ず応えようと、力強く約束した。




