女妖魔からの依頼での稼ぎ方~その4「呼称」~
オレは言った。
「・・・殺気が消えた」
槍を叩き落としたとき、妖魔は戦意を失ったようだ。
妖魔を避けて地面に突き立てた剣を抜き、鞘に収める。
そして倒れた妖魔に手を差し出して、起き上がらせた。
ところどころ妖魔の体から血が滲み出ているが、
この妖魔の屈強さなら、命に別状はないだろう。
その様子を見て、女妖魔は胸を撫で下ろしている。
「さて、この茶番の説明をしてもらおう」
オレは女妖魔をジロリと睨んだ。
先ほどの女妖魔が叫んだ言葉から察するに、
おそらくこの妖魔とは浅からぬ関係のはず。
その妖魔とオレを戦わせるとは、どんな理由だ?
「ごめん、強き者。
その妖魔、私を産んだ番いの片割れなの」
睨まれて意気消沈している女妖魔が答えた。
私を産んだ番いの片割れ・・・つまり父親?
言い方が回りくどいにも程があるな。
この妖魔は父親か。女妖魔の父親・・・。
「ち、父親!?」
ようやく言葉に頭が追いついた。
回りくどい表現に言葉とその意味が結びつかなかった。
オレは女妖魔の父親と戦っていたのか!
「あ、それ。父親。そう、父親
でも、人間の言う親子と妖魔の親子は違う気がする」
この際、妖魔の親子論や子育て論は脇に置いておこう。
問題は何故、オレが女妖魔の父親と戦う必要があったのかだ。
まさか「儂の娘は嫁になどやらん!」とか、そういう話か?
いや、結婚に結びつくような話は一切していない。
それとも「父の屍を越えていけ」という女妖魔の試練?
助っ人が1人だけ認められる条件なら頷ける。
あれこれ考えていると、オレの前で妖魔と女妖魔が跪いた。
これは妖魔式の挨拶なのだろうか。
こちらも何かしら反応を返したほうが良いのか?
とりあえず、その行為の意味を聞いてみた。
「いきなり、どうした?
それは妖魔の挨拶のやり方なのか?」
「違う。お願いがある。
私達、強き者の“奴隷”になりたい」
【奴隷】とは――。
道具のように使われる者たち。
一般的に人としての権利や自由などは与えられない。
主人に対して色々な意味で奉s・・・。
ちょっと待て。
奴隷とは、これはまた随分な単語が出てきた。
先ほどのことも考えると、おそらく言い間違いだろうが。
「その“奴隷”だが、他の言い方はあるか?」
女妖魔に尋ねてみると、頭を悩ませ始めた。
暫くすると思いついたようで、その言葉を口に出す。
「たぶん“配下”」
配下か。オレの部下になるということか。
何故そういう考えに行き着くのか、全く分からない。
強者には従う妖魔の本能は分かるのだが・・・。
事情があるのかもしれない、理由ぐらい聞いておこうか。
「オレの配下になりたいのは何故だ?」
「前、人間の国に行ったこと。
何故あんなことをしたのか分からない。
突然、何かに頭を乗っ取られたようだった」
巨大な妖魔の一団を率いていたときの話のようだ。
あの行軍は女妖魔の意志ではなかったのか。
さらに話は続く。
「あのときは強き者がいたから元に戻れた。
でも、父親は戻らない。だから強き者にお願いした。
私も父親も、あんなのイヤ。だから強き者に従いたい」
戦っていたときの父親は正気ではなかったのか。
そういうことなら最初から理由を話してほしかった。
「言いたいこと分かる。強き者を騙した。
でも、父親は強い。下手すれば強き者が死ぬ」
「その通りだな。
すまない、“茶番”などと言ってしまった」
「ううん、いい。
最初に嘘ついたの、私」
これで事情は分かった。
おそらく、より強い妖魔の影響だろう。
その妖魔によって強者に従う本能を利用されたのではないか。
憶測にも程があるが、そういうことと今は理解しよう。
いきなり見も知らぬヤツに操られるのは確かに不愉快だ。
それならオレのほうが、まだマシということか。
ここは助けるという意味でも、女妖魔の提案を受けるべきか。
「悪いが、配下にはしない」
だが、オレの口から出たのは拒否の言葉だった。
それを聞いて女妖魔は食い下がる。
「お願い、強き者!
私、何でもする!父親も何でもする!」
必死に訴えるが、オレは首を振った。
ただの冒険者のオレが、配下やら部下やら烏滸がましい。
だから、女妖魔に言った。
「配下は無理だが、仲間なら良い」
「仲間・・・仲間・・・」
言葉の意味が分からないのか、ひたすら反芻している。
だが暫くすると理解できたようで、ぱっと笑う。
「分かった!仲間!私、強き者の仲間!
それが良い!」
これで一件落着したことを、その笑顔が証明していた。
色々と大変だったが、依頼は果たせた。
あとは報酬を持ち帰れば完璧だ。
そう思いながら、一面に散らばる金剛石を見遣った。
そんなオレを見て、女妖魔が言う。
「あ、強き者。報酬か?
それなら早くしたほうが良い」
「早く?
これだけあるなら、ゆっくりでいいだろう」
おかしなことを言うものだ。
他に誰も居ない。奪われる心配もない。
時間を掛けても問題ないはずだ。
「父親が言っている。
さっき暴れすぎた。この洞窟、危ない」
「・・・はい?」
突然、地面が揺れ始めた。
それと同時に天井から岩がどんどん落ちてくる。
こ、これはもしかして・・・。
「早く逃げたほうがいい」
「オレの報酬ーーーー!」
女妖魔たちが先に走り出しているのを見て、オレは絶叫した。
◇
後ろを振り返ると、洞穴は見事に潰れていた。
「ああ、オレの報酬が・・・」
「光っても、石は食べられない。
無くても大丈夫」
がっくりと項垂れるオレに、慰めにならない言葉を掛けてくれる女妖魔。
妖魔には無価値かもしれないが、人間にとっては違う。
これで娘さんのご機嫌を取る計画は水泡に帰した。
ツケも払えない、一体オレは何のために苦労したのだ。
「強き者、強き者」
絶望から立ち直れないオレを女妖魔が呼ぶ。
顔を上げてみると、期待に満ちた目をしていた。
光を失ったオレの目とは大違いで羨ましい。
「強き者、お願いがある」
「何だ?
今のオレにできることは少ないぞ・・・」
意気揚々とした声に意気消沈した声。
そんなことはお構いなしに、女妖魔は続けた。
「名前、強き者だけが呼ぶ名前が欲しい。
父親がそうしろと言ってる」
呼び名のことか?自分で決めればいいと思うが。
それに人の呼び名なんて考えたこともない。
「自分で考えればいい。
決まったら、そう呼ぼう」
「それじゃダメ。
強き者が決めて、お願い」
人に決めてもらうのが、妖魔の決まり事なのか?
断っても永遠に頼み込まれそうな気がする。
父親に代わってもらいたいが、言葉が通じないから無理か。
仕方がない、と少し考えてみる。
女妖魔に相応しい呼び名か、何が良いだろう。
「カカラ」
これで良いかと確認するため口に出した瞬間、
女妖魔の中から光が溢れ出し、それは弾けた。
突然のことに、呆気に取られていると。
「私、カカラ。
私の全ては強き者の全て。
強き者の全てが私の全て」
女妖魔、もといカカラは落ち着いた感じで短く言葉を発した。
何が起こったのか、人であるオレには理解ができない。
そんなオレのほうに、カカラはゆっくりと近づいてくると。
「うわ!」
いきなり押し倒された!
例によって顔や喉元を舐める、甘噛する!
それだけじゃない、今回は服を脱がそうとしてくる!
「父親が見ている前で、止めろーーー!」
当の父親は穏やかな目でオレたちを見ている。
親なら娘にお淑やかさというものを教えておけ!
そう思いながら、カカラを引っ剥がそうと必死だった。




