女妖魔からの依頼での稼ぎ方~その3「殺気」~
オレは言った。
「ここが妖魔の地・・・」
空を覆う漆黒の雲、そこから大地に落ちる雷。
その大地は荒廃し、恐ろしい妖魔が溢れ返り、
ありとあらゆる場所で恐怖の悲鳴が聞こえる。
・・・という想像とは違っていた。
おどろおどろしい雰囲気かと思ったが、普通の景色だった。
人の手が入っていない分、むしろ自然が美しかった。
心配した妖魔も全く見当たらない。
自分の故郷を間違えるはずないとは思うが、
万が一を考え、念のため女妖魔に確認する。
「妖魔がいないが、ここが故郷なのか?」
「私達の故郷。
でも、この辺りは私の土地。誰も入らせない」
やはり、ここで間違いないようだ。
それにしても妖魔にも縄張り意識があるのだろうか。
もしかすると他の場所は想像通りなのかもしれない。
その気はないが、間違っても遠くには行くまい。
さて、観光気分はここまでにしよう。
オレは依頼で、この地に来ている。
「問題の洞穴はどこにある?」
オレが聞くと、女妖魔はスッと指差した。
その指の先には、丘の麓に空いた穴が見える。
オレと女妖魔は、その穴に向かって歩き始めた。
◇
洞穴は自然にできているものだった。
特に罠などは見当たらず、松明を灯して進んでいた。
軽く上り勾配になっていて、それだけが面倒だった。
そして、この中に女妖魔の敵がいる。
油断は禁物と肝に銘じながら、周囲に注意を払う。
物音も遠くまで響く。足音にも気をつけなければ。
そう思っていると、向こうに光るものが見えた。
もしや洞穴の向こうの出口に着いたのだろうか。
そう思っていたが、それは間違いだった。
「これは・・・金剛石か!」
そこは洞穴の最奥だった。
目映いばかりの光に溢れている。
壁一面に金剛石がびっしりと生えていたのだ。
「強き者、報酬足りる?」
「依頼を受けるときにも言ったが、多すぎだ」
女妖魔の質問に、呆気に取られながら答えた。
これだけの金剛石があれば、オレの一生を何回繰り返せるか。
この輝きを見れば、欲に眩む気持ちも分かる。
だが、そういう訳にもいかない。
何故なら――。
「そこのヤツ、出てこい」
オレの位置からは見え難い奥のほう。
そこに向かって、足元の石を投げつけた。
「・・・」
すると、ゆっくりと何者かが出てくる。
オレよりも大きい、2mは優にある・・・妖魔か?
断定しないのは、ソイツが外套で覆われているからだ。
女妖魔のときのように、目だけは確認できる。
厄介な相手だ、と直感した。
外套に覆われていても、容易に屈強な体つきが分かる。
それに何と言っても、ただならぬ気迫を感じる。
その目はオレを見据えて、微動だにしない。
「コイツが敵か?」
「うん、コイツ」
こちらも目を離さず、女妖魔に確認した。
そして答えを聞いて、オレは剣の柄に手をかける。
と言っても、オレは平和主義者。まずは説得だ。
話し合いで済むなら、それに越したことはない。
「ここを出ていく気はないか?
この辺りは、この女妖魔の土地だそうだ」
そう話しかけたが、反応がない。
この距離だ、聞こえてないはずはない。
「強き者、人の言葉は通じない」
そうか・・・失念していた。
女妖魔とは普通に会話ができるので、自然に話しかけてしまった。
妖魔に恥ずかしがっても仕方がないが、顔が熱くなってしまう。
「今言ったことを、アイツに話せるか?」
「できるけど無駄。
前にもう試した」
既に説得は失敗済みだったか。
そうなると残る手は、気の進まない力ずくのみ。
何とか誘導して、洞穴から外に出せれば依頼達成だ。
「オレが前に出る。援護を頼む」
「任せて、強き者」
女妖魔の返事を聞くや否や、オレは剣を抜いて飛び出した。
距離を詰めて、まずは外套を剣で斬り裂こうとする。
あの中に何が隠されているか分からない。
まずは相手の得物を確認しようと考えた。
だが、そんな必要はなかった。
相手に接近する前に、外套の隙間から武器が出てきたのだ。
それは巨大な・・・槍だった。
「くぅ!」
槍の間合いに入る直前に、地面を蹴って横に飛んだ。
その次の瞬間、槍が空を切っていた。
瞬時の判断が功を奏した、この機を逃す手はない。
槍を突き出した今を狙って、相手の懐に飛び込み剣を薙ぐ!
・・・が、今度はこちらの剣が空を切っていた。
当初の目的の外套を剥ぐことができただけだった。
相手には、かすり傷一つ付けていない。
マズい、手強いなんて話じゃない。
オレは剣に纏わりついた外套を手で払う。
そして相手の姿を見定めようとした。
ドクンッ――!
鼓動が激しくなるのを感じる。
相手の・・・いや、敵の姿を見て鼓動が激しくなる。
どんどん血液が熱くなる。頭に血が上る。
「う、ぐぁ・・・!」
喉から声を絞り出す。
息が苦しい、喉が渇く、声が掠れる。
「強き者、大丈夫?」
誰かが背後からオレに心配そうな声を掛けている。
だが誰だ・・・?誰だ?誰だ?誰だ?
分からない分からない分からない。
でも、今はどうでもいい。
今、1つだけ分かっていること。
目の前に居るのは・・・。
――敵だ。
「男の・・・人型の妖魔ァァァァァァ!!!!」
◇
私は見ていた、強き者の戦いを。
突然叫んだかと思うと、相手を攻撃し始めた。
それも物凄い力で、物凄い速さで、物凄い気迫で。
周囲のあらゆるものを巻き込みながら、攻撃している。
だが、あれは本当に強き者なのか?
あんなに激しい憎悪の形相を私は見たことがない。
あの形相は人だから?それとも強き者だから?
私と戦ったときは、あんなではなかった。
あのときの戦いで私は強き者に恐怖を感じた。
でも、あのときの恐怖とは全くの異質。
殺気がある。いや、殺気しかないのだ。
妖魔同士の戦いでも、あんな・・・あれではまるで・・・。
「悪鬼のよう・・・」
それでも強き者の戦いから目を離さなかった。
私は強き者から援護を頼まれたのだ。
いざというとき、強き者を助けなければ。
戦いは最後まで分からないのだから。
ガィィィンッッッ――
もう何度目か分からない、剣と槍の交わる音がする。
強き者が徐々に押し始めているのが分かる。
このまま行けば、強き者が勝つだろう。
しかし、最後には・・・。
「妖魔ァァァ!!!」
強き者が絶叫しながら、相手を地面に蹴り倒した。
地面に倒れた相手はその体勢から槍を突き出したが、
強き者が剣を薙ぐと槍はその手から離れてしまった。
強き者は倒れた相手を見下ろす。
そして剣を握る手に力を込めるや、大きく振り上げた。
その光景を見て、私は強き者に叫んだ!
「待って!強き者!
その相手、その妖魔は――!!」
私の声は強き者に届くのだろうか・・・。




