女妖魔からの依頼での稼ぎ方~その2「詐謀」~
オヤジが言った。
「本当に行くのか?」
洞穴の場所を知り、オレを思い留まらせようとしていた。
場所が場所だ、その必死な気持ちが身に沁みる。
しかしオレの考えは変わることがなかった。
オヤジが必死になる理由、その洞穴の場所は・・・。
「洞穴は私の故郷にある。
たぶん人は知らない妖魔の地。
この部屋と故郷を魔法で繋ぐ」
オレが自分の部屋に戻ると、女妖魔とオヤジも付いてきていた。
準備をしながら女妖魔に洞穴の場所を聞いたのだが、
その答えが予想だにしない「妖魔の地」だった。
洞穴の場所を知って、もちろんオレは震えた。
だが一度は依頼を引き受けると口にした以上、
今さら断ったとあっては冒険者の名が廃る。
「大丈夫だ、オヤジ」
「しかし、オマエ・・・。
もし相手の妖魔が・・・」
安心させようとするオレに、思うところ有りげなオヤジ。
オヤジの言いたいことは痛いほど分かっていた。
「オレは命あっての物種が信条の冒険者だ」
だから、いつもの台詞を戯けたように言った。
程なくして、オヤジはふぅと息を吐く。
「分かった、もう止めはせん。
必ず帰ってこい」
そうして、いつもの目でオレを見る。
そんなオレたちを見て、女妖魔は話しかけてきた。
「もう良いか、強き者。
そろそろ行きたい」
女妖魔の催促に、オレは相槌を打った。
それを見て、女妖魔は何やら不思議な言葉を紡ぎ出す。
「op.n!t.e!i.wa.t...la.d!」
同時に見たこともない紋様が女妖魔の周囲に浮かびだした。
女妖魔を中心に幾重にも円を描いているような、そんな感じだ。
徐々に言葉と紋様の動きが速くなる。
「GATE」
最後の言葉を発すると、空間に扉のようなものが現れた。
そして、ゆっくりと中央から左右に分かれて開く。
その中には紫の靄みたいなものが掛かっていた。
果てしなく続いているように見え、出口は見当たらない。
「強き者、私の手を握って。
決して目を開かず、ゆっくり歩いて。
何が聞こえても、絶対に手を離しちゃダメ」
オレは言われたとおりに女妖魔の手を握り、
気になって仕方がないことを確認しておく。
「離すとどうなる?」
「二度と外に出られない。
だから絶対に手を離しちゃダメ」
聞くべきではなかったと後悔した。
余計なことを知ると、不安に駆られてしまう。
しかし要は手を離さなければ良いのだ。
それぐらいなら親の手を握る子供にもできること。
「絶対に離さないと誓おう」
オレが意を決すると、女妖魔は扉の中に入る。
その後ろに続いて、オレも入っていく。
「早く帰ってこいよ」
背後からオヤジの声が聞こえると、扉の閉まる音がした。
◇
滑るような空気が肌に纏わりつく。
目を開けられない不安も手伝って、一層不快に感じた。
たまらずオレは口を開く。
「まだ着かないのか?」
「まだ・・・」
随分と歩いた気がする。
とにかく道は平坦で、全く変化がない。
同じ動作を繰り返していると、余計に不安が募る。
「どれぐらい掛かる?」
「もうちょっと・・・」
その答えでは具体的な時間や距離が分からない。
妖魔の「ちょっと」は、人の感覚と同じ程度なのか?
何も分からないと、気が焦ってくる。
ダメだ、これでは自滅してしまう。
何かが起こっているわけではない、ここは落ち着こう。
冷静になろうとすると、感覚が研ぎ澄まされてくる。
今のオレが感じられるのは、女妖魔の手のぬくもりだけ。
そのことに気づくと、緊張して手に汗が出てきた。
妖魔とはいえ女性、握る前に手を洗っておけば良かった。
女性に対する配慮が足りなかったと考えていると。
「お、なんだ。もう帰ってきたのか」
右のほうからオヤジの声が聞こえた。
何だ?一周して、冒険者の宿に戻ったのか?
女妖魔もドジなところがあるじゃないか。
「目を閉じて、どうしたんだ?
早く来い、オマエの好きな酒が待っているぞ」
聞き覚えのある声に安心して、オレは声のほうへ足を向ける。
そしてオヤジの姿を目に映そうとした。
「目を開けちゃダメ!!」
女妖魔の突然の大きな声に、思わず足を止めた。
一体、どうしたのだ?戻ってきたのではないのか?
戻ってきたのなら、目を開けても良いはずだ。
「強き者、ダメ。
私を信じて。他所へ行かないで」
何を言っている?
いや、まさか・・・。
「そこにオヤジは居ないのか?」
オレの質問に、女妖魔はオレの手を強く握る。
「私以外、誰も居ない。
不安になる気持ち、分かる。
でもダメ。私を信じて」
“何が聞こえても”と言っていたのは、このことか。
オレは心臓の鼓動が早くなっているのを感じていた。
まさか騙そうとする声が聞こえるとは思っていなかった。
大きく首を横に振り、頭を落ち着かせる。
ここから先は何があっても、女妖魔を信じて前に進むだけ。
扉に入る前の約束を守る、それだけだ。
そう思うと、迷いは晴れてきた。
「すまない。先を急ごうか」
「強き者なら、きっと大丈夫」
女妖魔の応援が素直に嬉しかった。
そのまま後ろを一心不乱に付いていく。
よし、この調子なら行ける。
これなら無事に抜け出せるだろう。
◇
「着いた。目を開けて大丈夫」
女妖魔の声がすると、空気が変わった。
滑るような不快なものではなく、そよ風が吹いている。
そして暖かな陽の光を全身に感じられた。
だが、まだ目を開けることはできない。
オヤジの声の次は娘さん、その次は新米、お姫様・・・。
果てには、女妖魔の声で騙そうともしてきたのだ。
しかも嘘は金や男の弱みに付け込むような内容だった。
何度も目を開けそうになったが、何とか乗り切った。
今なら悟りを開いた聖職者にだってなれる気がする。
これほど自分を褒めてあげたい気になったのは初めてだ。
という訳で、簡単に信じるわけにはいかない。
声の主が本物の女妖魔かどうか確かめる必要がある。
そこでオレは一計を案じて、声を掛けた。
「手を離してくれないか」
「・・・イヤ」
本物の女妖魔であれば、手を離すはずだ。
目的地に到着したのだ、手を握っておく必要はない。
やはり声の主は偽物か。騙されはしない。
「手を離さないのなら、偽物だ。
本当はまだ扉の中なのだろう」
「違う。本物。
私の故郷に着いたから大丈夫」
ちなみに扉の中でも似たような嘘を付かれた。
だが、全身に感じる爽やかさは今までと違う。
もう一度だけ声を掛けてみようか。
「手を離してくれないか」
「・・・イヤ」
やはり偽物のようだ。
この爽やかさもオレを騙すための幻術なのだろう。
こんな手に引っ掛かるとでも思ったのか。
「信じない?」
今度は少し悲しそうな声で訊いてきた。
心が動きそうになるが、ここで情に流されてはならない。
「手を離さないのなら、信じられないな。
目を開けられないと、依頼は果たせないぞ」
「分かった」
きっぱりと拒絶すると、素直な返事が返ってきた。
意外だったがオレを騙すのは諦めたのだろうか。
そうであれば一安心だ、と思った瞬間。
「私は本物。強き者に分からせる」
いきなりオレは押し倒された!
そして容赦なく顔を舐められる!喉元は甘噛される!
こ、この感触には確かに覚えがある。
「分かった、信じる!
だから止めてくれーーー!」
カッと大きく目を見開き、オレは大空に向かって叫んだ。




