女妖魔からの依頼での稼ぎ方~その1「漠然」~
オヤジが言った。
「悩みがあるなら、相談に乗るぞ」
その言葉に、オレは即座に食いついた。
オレの悩みなんて、たった1つしかない。
「溜まったツ・・・」
「馬鹿もん」
無下にもなく却下された。
しかも全てを言い終える前に。
「・・・相談に乗るというのは?」
「金の話は別だ」
親子の間でも金の話は関係ないとは聞くが、世知辛い世の中だ。
とは言え、「ツケをチャラにする」なんて言われたら、
逆にオヤジのほうに悩み事があるのかと思ってしまう。
期待したのが、そもそもの間違いだったのだろう。
そうなると今のところ大した悩みは思いつかない。
「突然どうした?
悩み事相談でも始めたのか?」
「そんなワケなかろう。
オマエに客が来たから、呼びに来たんだ。
何と言うか、見るからに怪しい感じでな」
「怪しい?」
見るからに怪しい・・・はて、心当たりがない。
依頼で懲らしめてやった奴等が仕返しに来たのか?
そうであれば、心当たりはごまんとある。
「何をしている?」
無言で窓の縁に足を掛けたオレに、オヤジが訊いてきた。
あまりの心当たりの多さに、窓から逃げ出そうと思ったのだ。
その体勢のまま、振り返らずに答える。
「会わないほうが身のためかと思ってな」
「もし仕返しに見えたら、オマエを呼びには来ん」
それもそうだ。
さすが冒険者の宿の主。頼りになる。
そうなると、やはり怪しい輩には心当たりがない。
「降りてこい。
ワシの部屋で待たせてある」
そう言われ、オレはオヤジの後ろを付いていこうとする。
「ところで、悩みがある思ったのは何故だ?」
「ソイツと変なことに手を出すのではと思ってな」
随分と信用のないことだ。
◇
オヤジと娘さんの部屋へやってきた。
そこに立っていたのは娘さんと・・・見るからに怪しいヤツだった。
頭の天辺から足の爪先まで届く、黒く大きな外套を纏っている。
しかも目以外は顔が全て覆われているので、表情を伺えない。
だが、その目はオレをじっと見つめていた。
オレが部屋に入ってから、ずっとだ。
「オレに用があるそうだが、一体何だ?」
見つめ合っていても、話は始まらない。
向こうから話そうとしないので、こちらから口火を切った。
「強き者」
強き者?どこかで聞いたような台詞だ。
思い出そうとしていると、怪しいヤツは外套を脱ぎ始めた。
徐々に顕になるその肌と姿形を見て、オレは戦慄した。
「オ、オマエ・・・あのときの・・・!」
頭に生えた角と赤褐色の肌、そして槍。
何より人型ではあるが、人ではない。
そう、コイツは妖魔の一団を偵察したときの女妖魔!
「強き者、会いたかった」
そう言うと、女妖魔はオレを押し倒す。
そして顔や喉元を舐めたり甘噛したりしてきた!
や、止めろ!(気持ちいいけど、ここでは)止めてくれ!
「随分と仲が良さそうだな。
オマエ、命を狙われているんじゃなかったのか」
ああ、オヤジと娘さんの視線が痛い!
オヤジたちには、じゃれ合っているように見えているのか。
「ま、待ってくれ!これは違う!」
言い訳をさせて欲しい、そう言いたかった。
だが、娘さんはまるで汚いものを見るような目で言う。
「そういうことは自分の部屋でお願いね」
とてもドスの利いた、低く冷たい声だった。
オレの顔は女妖魔の唾液だけでなく、冷や汗でもびっしょりだ。
「頼む、信じてくれーーーー!」
オレが叫ぶ間も、女妖魔は決して止めなかった。
◇
「人の言葉を覚えたのか?」
「強き者にまた会うために学んだ」
オレの質問にコクリと頷き、女妖魔は答えた。
――あれから10分後。
ようやく女妖魔を引っ剥がすことに成功したオレは、
必死の思いでオヤジと(特に)娘さんに言い訳をした。
その甲斐あって、何とかこの場は収まった。
娘さんの視線がまだ痛いのが切ないが。
「それで何の用だ?
オレに用があって来たのだろう?」
オレは憂鬱な気持ちで女妖魔に確認する。
娘さんの視線が背中に刺さるのを今だに感じていた。
早く話を終わらせて、娘さんの誤解を完全に解こう。
「うん、強き者に頼みたい」
そんなオレの気も知らず、女妖魔は普通に話を続ける。
「私の住む土地に洞穴がある。
そこに敵が住み着いた。追い出したい」
妖魔の敵・・・想像もつかない。
それに、この女妖魔が助けを求めるぐらいだ。
かなり厄介な相手だと考えたほうが良い。
楽で実入りの良い依頼だとは言えないだろう。
とにかく詳細を聞かないと受けるかは決められない。
そう思って、オヤジのほうを見た。
頷くところを見ると、どうやら同意見のようだ。
オレは女妖魔に質問をしてみた。
「その敵の武器や特徴は?」
「強い」
・・・。
「その敵がいる洞穴の構造は分かるか?」
「深い」
・・・。
人の言葉を完全に学習できたわけでないと理解しよう。
何も情報を得られないことは分かった。
しかし、もう1つ・・・最も大事な質問が残っている。
「報酬は払えるか?」
これだけは確認しなければならない。
エルフに金銭が無かったのだ、妖魔も同じかもしれない。
オレを頼りにする女妖魔から報酬を取るのは気が引けるが、
こちらにも止ん事無き事情があるのだ、理解してもらおう。
「大丈夫。ちゃんと学習してきた。
強き者は冒険者。守銭奴」
「それは違う」
当たらずと雖も遠からずの気もするが、念のため否定しておいた。
人のことを学ぶのは感心するが、少しズレている気がする。
とりあえず冒険者は守銭奴でないことを説明しておいた。
「分かった。学習した。
強き者が言う報酬、人の金銭はない。
でも、洞穴の奥に光る石がある」
光る石、と言えば金剛石のことか!?
そんな高価なもの、ツケに喘ぐオレは見たことがない。
いや、待てよ? これはチャンスなのではないか?
娘さんへの贈り物にすれば、誤解もきっと・・・。
すぐに飛びつきたかったが、それでは品がない。
ここは大人の対応を見せようと、努めて冷静に言った。
「そ、それでは多すぎる。
他には何か無いのか?」
「思いつかない。
だから光る石で良ければ、それでいい。
私には価値がない」
そういうことなら、こちらは大歓迎な報酬だ。
ツケも返せるし、一石二鳥になるかもしれない。
これで報酬の件は解決だが、やはり情報が漠然としている。
オレは女妖魔に本音を告げた。
「正直、今の情報だけでは依頼を果たせるか分からない。
いざとなったら、オレたちの命を優先する。
それでも良いのなら、この依頼を受けよう」
もちろん報酬は依頼を果たしたときに貰うつもりだ。
女妖魔が頷くのを見ると、オレは荷物袋を取りに部屋へ戻った。




