神獣の見立てでの稼ぎ方~その5「神託」~
村長は説教する。
「神獣様、今後は量を守って・・・」
祠の前、大勢のエルフたちの前で神獣は項垂れていた。
――次の日、神獣は全てを話してくれた。
或る夜、小腹が空いて倉庫に忍び込んだそうだ。
そこで目に入った干し肉を食べたが、塩気で喉が渇く。
「ならば水を」と思って飲んだのが瓶に入った御神酒。
一口で水でないことに気づくが、塩気と御神酒が妙に合う。
これは止められないと、飲み干してしまった。
そして、その明くる日は見事な二日酔い。
原因が御神酒にあることは分かるが、エルフには言えず。
その日も誘惑に負けてしまい、日を空けて、また次の日も。
その途中で迎え酒に気づき、さらに・・・。
「妙な親近感を覚えるな」
オレは神獣の話を聞いて、素直な感想を口にした。
神獣なのに俗物っぽいところが気に入った。
気持ちが分かるので、責めるに責められなかった。
「良いですか、御神酒というのは・・・」
しかし村長の説教は未だ続いていた。
この村で一番偉いのは神獣かと思っていたが、違うのか?
さすがに可哀想になってきたので、助け舟を出すことにした。
「犯人がダークエルフでなくて本当に良かった。
道理で水晶にも映らないはずだ!」
村長に聞こえよがしに、大きな声で言った。
すると村長はピタリと説教を止め、俯いてしまった。
そのまま反省の言葉を口にする。
「確たる証拠もなく、ダークエルフを疑うとは。
村長としてお恥ずかしい限りです・・・」
「お気持ちは察しますが、あまり落ち込まないでください。
誰にでも間違いはありますので」
こうして村長への心配りも欠かさないのがコツだ。
これで暫くは神獣も説教から逃れられるだろう。
さて、やっと依頼の真の目的に辿り着いた。
御神託が出れば、リリィの命は助かるのだ。
ようやく肩の荷が下りた感じだ。
「神獣が回復した今、御神託も下る。
そうすればリリィは助かるのだろう?」
そう言うと、リリィは不思議そうにオレを見る。
「何の話ですか?」
この空気・・・会話が噛み合ってないようだ。
少し嫌な予感がしてきた。
「“別れの時期”で命が危険ではないのか?」
「・・・」
「・・・」
リリィと話を聞いた村長が呆気に取られている。
暫くすると、大きな声で笑いだした。
「あはは!冒険者さん、それは違いますよ」
「“別れの時期”とは、そういうことではありません」
予感的中、恥ずかしい勘違いをしていたようだ。
この場から逃げ出したくなってきた。
「“別れの時期”は、村を出て旅に出ることです。
その目的の場所を御神託で教えていただくのですよ」
親切な説明、有難う。
それを聞いて、ますます恥ずかしくなってきたよ。
顔から火が出るとは、正にこのことだ。
だが、勘違いをしてしまった理由もある。
それをリリィに問いただした。
「畑で胸が辛そうにしていたのは?」
「それは・・・!
そ、そうでした!忘れてました!
私、冒険者さんに怒ってます!」
オレの質問に動揺したかと思うと、怒り出してしまった。
はて、何か怒らせるような真似をしただろうか。
「神獣様の見立ての後のことです!
冒険者さんったら何も言わずに首を振って・・・。
もう助からないのかと思ってしまいました!」
なるほど、そういうことか。
あれは「何もする必要はない」という意味だったのだが。
あのときリリィが泣き始めて、こちらも驚いてしまった。
そんなに胸が苦しいのかと気が気でなくなったオレは、
すぐさま彼女を抱きかかえて医者へと駆け込んだのだ。
医者に診せても「大丈夫」の一点張りで心配だったが、
それもそのはずだ、それもまた勘違いだったのだから。
それにしても、上手く話をはぐらかされた気がする。
だが、無理に聞き出すこともないだろう。
胸が苦しかった訳でなかったのなら、それで良い。
そう思っていると、村長がリリィに声を掛ける。
「リリィ、神獣様の準備も整いました。
御神託の儀を始めます」
◇
『リリィ...汝ニ神託ヲ下ス...』
「はい」
村長の言う「御神託の儀」が始まっていた。
とうとう神獣の御神託が下されるようだ。
旅の目的地と言っていたな、どこになるのだろう。
神獣に緑の淡い小さな光が木々から降り注ぐ。
その光が徐々に1つに重なり、大きくなっていく。
やがて完全に1つになると、それは弾けた。
『オオ...コレハ稀有ナ...
汝、森ヲ出ル必要ナシ...』
「ど、どういうことでしょう!?」
神獣の言葉を聞いたリリィが少し取り乱している。
それだけではない、他のエルフたちもざわめき始めた。
わざわざ森を出なくても良いのなら、そのほうが。
そう思っているのは、この場ではオレだけのようだ。
すると神獣がオレを見ているのに気づく。
周囲も気づいたようで、視線がオレに集まる。
この村のエルフは全員女性・・・自然と鼓動が早まる。
『リリィ...
汝ノ縁ハ、ソノ人ノ子ニ繋ガッテオル...』
「本当ですか、神獣様!」
縁?何のことだ?
リリィは飛び跳ねて喜んでいるが、オレも喜んでいいのか?
話の見えていないオレを余所に、神獣は話を続ける。
『ダガ、ソノ人ノ子ノ嚮後ハ朧ゲ...
掴メルカハ、汝次第デアロウ...』
「分かりました、神獣様!
私、頑張ります!」
そう言って神獣に頭を下げると、リリィはオレを見つめる。
そして駆け出したかと思うと、オレの胸に抱きついてきた。
彼女のとびっきりの笑顔と、胸に当たる2つの柔らかな感触。
エルフの美貌は天をも惑わす――
あの話、やっぱり本当なのかもしれない・・・。
◇
振り返ると、森の前でリリィが手を高く上げて振っている。
オレもリリィに手を振り返すと、街に入った。
「きっと会いに行きますね。
冒険者さんも、また村に来てください」
別れ際に再会の約束を交わした。
エルフが魔法を使えば、いつでも会える。
そう考えると、オレは心が弾んだ。
自然と足取りも軽くなり、すぐに冒険者の宿に着いた。
扉を開けると、オヤジと娘さんに出迎えてくれる。
「あ、おかえりなさい」
「エルフの村はどうだった?」
酒場のカウンターに座り、依頼達成を報告する。
報酬の薬草もオヤジに渡し、売り捌いてもらうことにした。
当分、ツケには困らないだろう。
「それは?」
オヤジは荷物袋から出した革水筒を指差す。
「特別報酬の御神酒だ。
物欲しそうな顔をしていたら、是非にと言われて頂いてきた」
「また飲むのか、懲りないヤツだ」
そう言いながらも、オヤジはグラスを出してくれた。
そのグラスに御神酒を注ぎながら、こう返す。
「依頼者の意向に従うのが冒険者だろう?」
そう、オレは冒険者。
依頼者の期待に応えるために、飲れることをやる。
そのためには二日酔いも厭わない――医者の不養生の冒険者さ。
~次の依頼へ続く~
二日酔いは辛いですよね。by 作者




