神獣の見立てでの稼ぎ方~その4「良薬」~
オレは囁いた。
「村荒らしのお出ましだ」
村荒らしを捕えるため、深夜の倉庫の外に潜んでいた。
この場所からだと、倉庫の出入り口がよく見える。
そして今、その村荒らしが倉庫に入っていくのを確認したのだ。
「まさか、そんな・・・」
この声の主は、一緒に倉庫を見張っていたリリィだ。
どうやら自分の目にしたことが信じられない様子。
口元を押さえ、驚きの表情を見せている。
村荒らしの正体を見てしまったのだ、無理もない。
リリィはヨロヨロと立ち上がると、倉庫へ向かおうとする。
オレはそんな彼女の手を掴み、ゆっくりと座らせた。
それから安心させるように、優しく言う。
「大丈夫だ、すぐに終わる」
言葉で答える代わりに、リリィは手を握り返してくれた。
そうして5分ほど経った頃――
「ギャーーーーーー!!」
倉庫の中から劈くような叫び声が聞こえた。
それと同時に、もんどり打って倉庫から飛び出してくる影が1つ。
その影はそのまま地面に落ちると、ピクピクと四肢を痙攣させた。
「くっ・・・」
オレはその姿を見て、口から声を漏らしてしまう。
リリィのほうはオレの腕にしがみつき、不安そうな顔だ。
先ほどの大きな叫び声を聞いて、少し動揺しているのか。
倉庫から飛び出した影を見て、他のエルフも姿を現した。
「まさか村荒らしが・・・」
その場の皆が狼狽えていると、倒れた影が跳ね起きた!
目を血走らせ、体をワナワナと震わせている。
そして天を仰ぐと叫び出した!
『苦イーーーーーーーーー!!』
「あーーーーーはっはっは!!」
オレはとうとう耐えきれず、腹を抱えて笑い転げた。
まるで口から火を吹いているような姿が面白すぎる。
目から涙が止まらない!
「神獣様!」
影の正体を叫びながら、村長が瓶を持ったエルフを連れてきた。
その瓶を神獣の前に置かせると、慌てて中身を伝える。
「瓶の中は水です!お早く!」
その言葉を聞いた神獣は、瓶に顔を一気に突っ込んだ。
きっと必死で口を濯いでいるのだろう、水飛沫が跳ねている。
それを見て、オレはまた笑いがこみ上げてきた。
「冒険者殿!」
おっと、村長に睨まれてしまった。
神獣を笑いの的にするのは、ここまでにしておこう。
そのまま待つと、ようやく神獣が瓶から顔を出した。
「“良薬口に苦し”だったか?」
オレは何とか笑いを堪えて、神獣に話しかけた。
当の神獣はまだ調子が悪いようで、村長の膝に頭を預ける。
その姿勢のまま、頭に返事を返してきた。
『人ノ子、汝ノ仕業カ...』
「ああ、そうだ。
磨り潰した薬草を水に混ぜて、瓶に入れておいた。
少しは懲りたか?」
『グ...!』
肯定も否定もしなかったが、答えは分かりきっている。
もう“村荒らし”が現れることはないだろう。
これで万事解決、依頼達成だ。
「村荒らしのことは分かりました。
でも、神獣様の容態は・・・」
まだ肝心なことが解決していない、と。
そう言いたそうな顔で、リリィはオレを見た。
そうか、神獣の見立ての話をしていなかった。
「リリィは“二日酔い”を知っているか?」
「二日酔い?」
リリィの頭の上に疑問符が浮かんでいる。
御神酒を嗜む程度の健康的なエルフには当然の反応か。
この村の医者に神獣の見立てができなかったのも頷ける。
オレは苦笑しながら、説明する。
「正直、知らないほうが良いことだ。
酒を浴びるほど飲むと、次の日に地獄が待っている。
頭痛、吐き気、倦怠感、胸焼けが体を襲う。
それと大きな声を出されると頭に響く」
「そんなに恐ろしい病なのですか!」
リリィはおろか、村長を含め他のエルフたちも驚愕している。
その反応ができるエルフの生活が少し眩しい。
「実はリリィに会ったとき、オレも二日酔いだった。
だから・・・」
「なるほど!分かりました!」
オレが言い終わる前に、リリィは神獣の側に駆け寄る。
そして癒やしの魔法を使い始めた。
だがオレのときのようにはいかないようだ。
困惑する彼女に、その理由を教えた。
「神獣は二日酔いと迎え酒を繰り返したはずだ。
すぐには治らないだろう」
「その“迎え酒”とは何ですか?」
今度は村長が訊いてきた。
そうか、迎え酒も説明しないといけないか。
「迎え酒というのは、二日酔いのときに飲む酒だ」
「それでは容態が悪化するではありませんか!」
思ったとおりの反応に、オレは再び苦笑した。
「普通に考えるとそうなのだが・・・。
迎え酒をすると何故か気分が良くなる。
だが二日酔いと迎え酒を繰り返すと、身を滅ぼすことになる」
そう言って、神獣を見た。
「少し痛い目に遭ってもらったのは、そういう訳だ」
『ウヌ...』
狐の表情は分からないが、反省しているようだ。
そして自分で言っておきながら、自分の耳が痛かった。




