神獣の見立てでの稼ぎ方~その3「死期」~
村長が言った。
「冒険者殿、少しお話が」
神獣の元へ向かう途中、オレたちは呼び止められた。
この状況だ、やはり調査についてだろう。
「今から神獣の見立てに向かうところです」
「そうでしたか。
今の私達にとって、神獣様のことが何より気がかりです。
何卒、宜しくお願いします」
エルフにとっては、神獣のほうが村荒らしよりも重いようだ。
だからと言って、どちらも手を抜くつもりはない。
「もうじきリリィにとって大事な時期。
そのために神獣様の御神託が必要なのです」
リリィの大事な時期?御神託?
気になるが、外部の人間が根掘り葉掘り聞いてもいいものか。
しかし手がかりになるかもしれない、ここは確認するべきか。
どちらが良いか悩んだが、オレは村長に聞くことにした。
「大事な時期と御神託とは何のことでしょう?
近いうちに何かあるのですか?」
「実は・・・リリィの“別れの時期”なのです」
村長の言葉に驚いて、リリィを見る。
オレと目が合うと、彼女は俯いてしまった。
エルフの寿命は永遠に近いが、不死ではない。
もしや村長の言う「別れ」とは死期のことか!?
そして、その回避に神獣の御神託が必要・・・。
この依頼の真の目的を察し、顔を引き締める。
「分かりました。
この依頼、全力を尽くします」
必ず解決しなければ、とオレは決意を新たにした。
◇
神獣は村の奥の祠にいるそうだ。
オレはリリィの後ろを歩き、そこへ向かっていた。
「これは薬草か?」
途中、畑に草が群生しているのを見つけた。
少し興味が湧いて、リリィに聞いてみた。
「ええ、そのとおりです。
この辺の薬草は磨り潰すと苦いのですよ」
ペロッと舌を出しながら、戯けた様子で教えてくれた。
そんな彼女に肩を竦めながら応じる。
「まさに“良薬口に苦し”だな。
ところで、この薬草は盗まれたのか?」
「いえ、薬草に被害はありませんでした」
エルフの薬草は高価と聞く。盗むなら真っ先のはずだ。
だが、ダークエルフであればどうだろう?
あくまで高価と有り難がるのは人だ、エルフではない。
そうなると目もくれないのは当然か。
「この薬草が冒険者さんの報酬になりますよ」
そう言ってリリィは畑に入り、笑顔で薬草を摘み始める。
だが依頼を果たさなければ、報酬は貰えない。
そう思って、声を掛けようと思った矢先。
「あっ」
「どうした?」
リリィが突然声を上げたので、何事かと駆け寄った。
見てみると、指先から薄っすらと血が滲んでいる。
どうやら薬草を摘むときに、切ってしまったらしい。
「見せてくれ」
オレはそう言って、荷物袋から水と治療薬と包帯を出した。
水で洗い流し治療薬を傷に塗り、それから包帯を巻く。
小さな傷に大げさかもしれないが、これぐらいは必要だ。
「有難う御座います・・・」
手当てをしていると、リリィがお礼を言ってくれた。
だが、オレは申し訳ない気持ちだった。
「お礼なんて必要ない。
報酬のために怪我をさせてしまって、すまないぐらいだ。
それに・・・」
「それに?」
包帯を千切ろうと歯で切れ目を入れるため、言葉が止まった。
途中で止められると気になるのか、リリィが先を待つ。
「こんなに綺麗な指だ。
跡が残っては、オレが後悔する」
手当てが終わり、リリィの手に触れながら言った。
そうだ!この綺麗な指に少しでも跡を残してはならない!
しかも、その原因がオレとあっては死んでも死にきれん!
例え大げさと言われようが、完璧に治療せねばなるまい!
・・・そんな熱い想いを、オレは心の中で叫んでいた。
もちろんリリィに気づかれないよう、表向きは平静を装って。
心の叫びを一通り終えると、ふぅと息を吐く。
そこで先ほど伝えそびれたことを思い出した。
「報酬は依頼を果たしてからでいい。
今は神獣のところへ向かおう」
オレはリリィに先の案内を促した。
だが、リリィは指先の包帯を握ったまま俯いている。
「痛むのか?」
包帯を強く縛りすぎたのかと心配になって声を掛けた。
すると、予想だにしなかった返事が返ってきた。
「少しだけ・・・胸が・・・」
胸が痛むのか・・・。
それを聞いて、リリィにここで待つように言った。
あまり歩き回るのは、体に障るかもしれない。
オレは1人で祠へと歩き始めた。
◇
「コイツが神獣か」
祠までやってきたオレは、その大きさに驚いていた。
見た目こそ白い狐だが、人と同じぐらいの大きさだ。
神獣とはいえ“獣”、小動物程度かと思っていた。
もしかするとオレを丸呑みできるかもしれない。
今は病に臥せってるとはいえ、怒らせないほうが良いだろう。
様子を窺ってみると、どうやら今は眠っているようだ。
オレは起こさないように、静かに神獣に近づこうとした。
『人ノ子カ...』
・・・早速、起こしてしまった。
この神獣は人語を話すことができるようだ。
とりあえず挨拶すべきか謝るべきかで悩んでいると。
『立チ去レ...』
いや、違う。言葉を発しているわけではない。
カラクリは分からないが、頭に直接語りかけてきている。
それならば、こちらも・・・。
『オレはエルフの村の依頼で来た。
病で臥せっていると聞いているが治らないのか?』
オレも頭の中で語りかけてみる。
『立チ去レ...』
すると返事は返ってきたが、取り付く島もなかった。
『知っていると思うが、アンタの御神託が必要なんだ!
オレにできることがあれば、何でもやろう!
頼む、話を聞いてくれ!』
リリィのことを思うと諦めることはできない。
頭の中で神獣に向かって叫んだ。
「グォォォォ!!!」
「うわっ!」
こちらのしつこさに頭に来たのか、神獣が吼えた。
その風圧で、オレは後ろに吹き飛ばされてしまった。
木に体を打ちつけ地面に倒れ込み、思わず咳き込んでしまう。
力づくで言うことを聞かせるか――
そんな考えが頭を過ぎった。
病に臥せっている今なら、何とかなるかもしれない。
オレは剣の柄に手を伸ばした。
が、掴むことはなかった。
コイツはエルフの村の大切な神獣だ。
力で言うことを聞かせても、リリィたちは喜ばないはず。
ここは平和的解決だ、話し合いで収めよう。
まずは気持ちを落ち着かせるため、ゆっくりと立ち上がる。
それから深呼吸をして、徐々に呼吸を落ち着かせた。
最後に鼻で大きく吸って、口で息を吐く。
そして、オレはこの場にいても無意味なことを悟った。
神獣に背を向け、来た道を引き返す。
暫くして、薬草畑で待っているリリィを見つけた。
「神獣様の見立てはどうでした?」
小走りで駆け寄ってきたリリィは、期待に溢れた目で訊ねる。
だが、そんな彼女にオレは首を横に振った。
「そんな・・・!」
期待に溢れていたリリィの目から、今度は涙が溢れ出したのだった。




