神獣の見立てでの稼ぎ方~その1「珍客」~
オヤジが言った。
「全く情けない」
ズキズキ痛む頭を抱え、オレはベッドに横になっていた。
流行り病にやられたわけではなく、実は単なる二日酔いだ。
酒は百薬の長というのに、この二日酔いだけはどうにもならず。
飲んでいるときは最高だが、何故こんな置き土産を残すのか。
「オヤジ、酒を頼む・・・」
斯くなる上は迎え酒だ。
このやっかいな病を治すには、それしかない。
「馬鹿もん」
「また二日酔いになるだけよ」
オヤジと水を持ってきてくれた娘さんに窘められる。
オレはその水を飲みながら、ある疑問を投げかけた。
「娘さんは何ともないのか?」
「ええ、もちろん。
私、そんなに飲んでないから」
絶 対 に 嘘 だ。
昨晩、盛り上がった酒場で闘飲が始まった。
成り行きで娘さんも参加することになったのが、
意外や意外、優勝したのは娘さんだったのだ。
しかも並み居る挑戦者を寄せ付けない、圧倒的勝利。
その量たるや、推して知るべし。
「これがザルか・・・」
「何のこと?」
意味が分からなかったようだが、説明する気力もない。
飲み干したコップを返し、また横になった。
水分を摂ったお陰で、少しは楽になった気がする。
「これでは使い物にならんか」
そう言って、オヤジが溜め息をつく。
使い物、と言うことは依頼だろうか。
「どうした?」
「依頼者が来ていてな。
他の奴等は出払っていて、オマエにと思ったのだが」
やはり、か。
楽で実入りの良い依頼であれば受けたいが、
今のオレに何より必要なのはベッドと休息だ。
今回は縁がなかったということで・・・。
「珍しい依頼者でな」
「珍しい?」
オヤジの一言に、オレは体を起こす。
「ああ、依頼者はエルフだ」
◇
病中の身に鞭打って、オヤジと娘さんの部屋へとやってきた。
中に通されると、依頼者と思しき女性と目が合う。
金色の髪から覗く長く先の尖った耳、本当にエルフだった。
エルフ――。
曰く、その寿命は永遠に近しく。
曰く、その知識は海よりも深く。
曰く、その魔力は地を揺るがし。
曰く、その美貌は天をも惑わす。
そう言われているが、どこまでが本当だろうか。
少なくとも美貌が天を惑わすのは、嘘だと証明された。
このエルフの女性の美しさは、安らぎを与えるものだ。
天や人を惑わすようなことは決してあり得ない。
それが分かっただけでも病中の身に鞭打った甲斐がある。
「依頼を受けてくださる冒険者さん?」
エルフの女性は笑顔で話しかけてきた。
こちらも笑顔を返そうと試みるが、如何せん病中の身だ。
どう頑張っても、爽やかな笑顔を見せられそうもなく。
「冒険者さん、ご気分が優れないようですが・・・」
やはり気づかれてしまったか。
情けないことに立っているのも辛くなり、椅子に座る。
するとエルフの女性が側に来て、オレに手をかざした。
その手が淡く光りだすと、優しい感覚がオレを包み込む。
「これは・・・?」
「癒やしの魔法です、動かないでください」
あっという間に、不快な頭痛が消えていく。
光が収まる頃には、かなり体調が良くなっていた。
「私、魔法を見るのは初めて!」
様子を見ていた娘さんが驚きの声を上げる。
もちろんオレも自分で体験するのは初めてだ。
「冒険者さんに元来備わる回復力を少し高めました。
ご気分は良くなりました?」
「ええ、かなり。助かりました」
エルフの女性はオレの答えに微笑んだ。
そのやり取りを見て、オヤジが口を開いた。
「依頼の話に入るぞ」
それを聞いて、エルフの女性が間に入る。
「それは私から話しましょうか。
まず私のことは、リリィとお呼びください。
それと堅苦しいのは苦手なので、どうぞお気を使わずに」
「それは助かる。こちらも堅苦しいのは苦手だ」
オレが合いの手を入れると、リリィは話し始めた。
「冒険者さんにお願いしたいことは2つあります。
1つは我が森に住む神獣様の見立て。
もう1つは村荒らしの調査です」
森に住む神獣・・・?
それに見立て(=診察)とは、どういうことだ?
「儂も昔聞いた話なのだがな。
エルフが住処とする森には神獣が住むそうだ。
リリィさんの森にも神獣がいて、病に臥せっているらしい」
察してくれたのか、オヤジが説明してくれた。
なるほど、村荒らしの調査を冒険者に依頼するのは分かる。
だが、神獣の見立ては冒険者の範疇ではないだろう。
頼むべき相手を間違えているのではないだろうか。
そう伝えようと思ったが、オヤジに遮られた。
「オマエの言いたいことは分かる。
冒険者は医者ではないと言いたいのだろう?」
「その通りだ。
ということは、何か理由があるのか?」
オヤジは答える代わりにリリィを見た。
「私の村にも医術に覚えがある者がいます。
ですが、どうしても原因が分からないと言うのです。
そこで冒険者さんにお願いに来た次第です」
「見聞が広い冒険者なら何か分かるのでは、と。
そういう訳で、冒険者に白羽の矢が立ったわけだ」
リリィの説明とオヤジの補足で理由は分かった。
あまり期待されても困るが、見立てをするだけなら可能だ。
何かの役に立てば良し、ダメな場合は村荒らしだけでも何とかする。
報酬さえ折り合えば、受けられない依頼ではなさそうだ。
「ただ1つ問題があってな」
「何だ?」
オヤジが苦笑いを浮かべている。
そしてリリィのほうも困った表情を浮かべている。
「実は、私達エルフには金銭という概念がありません」
「・・・はい?」
「“富”という考え方がないと言ったほうが早いでしょうか。
私達には生きていくのに必要な量さえあれば良いのです」
それは素晴らしく平和な世界だ。
確かに素晴らしいとは思うのだが、自分は身を置きたくない。
そう思ってしまうのは、人の業だろうか。
「そこで報酬ですが、村で薬草を栽培しています。
人には貴重な薬草もあると思いますので、それで如何でしょうか」
そう言えば、エルフの薬草は高価だと聞いたことがある。
それであれば、報酬としては充分過ぎるのではないか。
これで断る理由はなくなった。
「分かった。この依頼、引き受けよう」
ようやくオレはリリィに爽やかな笑顔を見せることができた。




