スリの押送での稼ぎ方~その3「隠密」~
オレは言った。
「どこに隠していた?」
引き攣った表情を浮かべながら、デイジーが出した紙を受け取った。
「女には色々と“引き出し”があるもんさ」
デイジーは悪びれもせず、飄々と答える。
これぞ女性の神秘、ということで納得しておこう。
この場合、あまり褒められたものではないが。
オレは狙われた原因がデイジーにあると考え、
自警団に渡された窃盗品の証拠を調べてみた。
だが、どれも普通の金目のものばかり。
悪い奴等からしか盗まないのであれば、仕返しの線はある。
とは言え、いきなり命を狙うだろうか。
まずは盗まれたものを取り返すほうが先だろう。
やはり命を狙われるほどの理由が思い当たらない。
そう悩んでいると、デイジーが紙を差し出したのだった。
その紙を見てみると・・・これは符牒か?
1枚の紙を4つに破った紙片の1つと思われる。
元は何かの絵のようだが、それ自体に意味はないだろう。
「どこで、いや誰から手に入れた?」
符牒を使うということは、何かの取引があると考えた。
もちろん真っ当な商売ではなく、ヤバいほうの取引だ。
そうでなければ、命を狙われたりはしない。
「たぶん・・・裏組織の幹部だと思う」
悲しいことに当たりだった。
しかも困ったことに、正解の景品は命の危険ときた。
これでデイジーが道中、大人しかった理由は分かった。
隣国に連れて行かれれば、無事では済まないかもしれない。
そのことに怯えていたのだ。
「なぜ言わなかった?」
「あのとき、正直に言ったら信じてくれたかい?」
そう言われると、その通りだ。
「スリの言うことなんて」と誰も取り合わなかったろう。
特に財布をスられそうになったオレは絶対に信じなかった。
逃げ出す口実ぐらいにしか考えなかったはずだ。
「アンタ、アタイを守ってくれるかい?」
デイジーは怯えた目でオレにすがる。
もちろんオレの答えは1つだった。
「任せておけ、オレは冒険者だ」
自信たっぷりに宣言すると、もう隣国の王都は目の前だった。
◇
王都に入ると、人がごった返していた。
「デイジー、離れないようにしろ」
「そんなこと言ったって!」
外壁の門で聞いたが、王家のパレードらしい。
本当は門でデイジーを引き渡そうとしたのだが、
このパレードで手が回らないと言われてしまった。
やむを得ず、王都の警務隊の詰め所を目指している。
この人の多さでは、真っ直ぐ歩くことさえ難しい。
人を掻き分け掻き分け、何とか進んでいる有り様だ。
一刻も早く詰め所に着いてほしい、そう考えていると。
コツン――
頭に何かが当たった。
コツン――
まただ。
何事かと思って、周りを見回してみる。
すると、俄には信じがたい光景が目に入った。
「んー!んー!」
デイジーが細い脇道で男に捕われている!
この黒山の人だかりで、そんな行動に出るとは・・・。
衆人はパレードに夢中で、脇道の出来事に気づかないのか。
オレは自分の浅はかさに悔悟を噛み締めた。
すると男は口に人差し指を立てる。
それから手招きをし始めた。
大人しく、こちらに来いということのようだ。
デイジーを人質に取られては逆らうこともできない。
男の要求どおり、騒ぐことなく脇道に入った。
「ご両人を招待している方がいる」
男に近づいたところで、そう告げられた。
悪い予感しかしないオレの頭に、麻袋が被せられたのだった。
――その少し前。
「む、あの御方は・・・!」
パレードを走る豪華な馬車の中で声を上げる少女がいた。
◇
「ようこそようこそ、我が根城へ」
オレとデイジーは頭の麻袋を剥ぎ取られた。
すると少し離れたところに男が立っているのが見える。
コイツが裏組織の幹部か?
「私は・・・まぁ、察しはつくだろうね」
「女に鼻の下を伸ばして、大事なものを無くした小悪党だろう」
バキッ!!
軽口を叩いたオレは、近くに立っている男に殴られた。
幹部が苛立ったように言う。
「そういう冗談は好きじゃないのだよ」
デイジーに鼻の下を伸ばしたのかは聞いてなかったが、
この幹部の反応だと、どうやら図星だったようだ。
近づかないと、スリはできないからな。
「時間が惜しい、手短に要件を済まそうか。
符牒はどこにある?」
符牒はデイジーが“引き出し”の中に持っている。
だが、渡すことはできない。
渡したが最後、ここから出ることはできないからだ。
オレは素早く状況を整理する。
手も足も縛られ、身動きできない。
もちろん武器は奴等に奪われている。
それに手下だろうか、ソイツらの数が多い。
縦しんば手足が自由になっても、逃げることは難しい。
こうなれば、とオレは口を開いた。
「この根城・・・だな」
「何だと?どこだと言った?」
ボソボソと話したので、聞こえなかったようだ。
なので、今度はハッキリと言ってやった。
「聞こえなかったのか?もう一度言ってやろう。
この根城、良いところにあるのだな。
案内してくれて、感謝するよ」
「何のことだ!何を言っている!?」
突然の話にたじろぐ幹部。
それを確認して、オレは話を続ける。
「オレは王直属の隠密だ。
ここの情報は既に仲間に伝わっている」
「嘘をつくな、ただの冒険者だろう!
それに隠密なんて聞いたことがない!」
その言葉に、オレはやれやれと大きな溜め息をつく。
「よく考えてもみろ。
市井に存在を知られるようでは隠密とは言えない。
それに、ただの冒険者に重要証拠を握るスリを押送させるか?
オマエたちが馬車を狙ってくるのも分かっていたことだ」
「ぐ、ぬ・・・」
幹部はもちろん、手下どもにも焦りが見え始めた。
「オレは身分を明かした、早く解放してもらおうか。
王直属の隠密に手を出したとあっては、タダでは済まんぞ。
もちろん幹部だけじゃない、ここのいる全員だ!」
王直属どころか、騎士様に喧嘩を売る馬鹿はいない。
ましてや、その一員でも亡き者にしたとあっては、
一族郎党がどのような目に遭うか想像に難くない。
ようやく手下どもは戦意を喪失し始めたようだ。
しかし、幹部は諦めてはいなかった。
「くっ、女がどうなってもいいのか!」
「構わん、好きにするといい」
ありきたりな脅し文句に、オレはあっさりと答えた。
「ア、アンタ・・・」
デイジーが泣きそうな顔でオレを見る。
「オレの任務は、この根城を発見することだ。
それ以外は任務に含まれていない」
「そんな・・・アタイを騙したんだね!
アンタのこと、信じてたのに!」
「知ったことではない」
吐き捨てるように言った。
そんなオレたちのやり取りを見て、幹部は尻餅をつく。
「本当に王直属の隠密・・・そんな・・・」
最早、幹部としての威厳は見る影もない。
手足は縛られているが、今や完全に立場は逆転した。
何とか立ち上がって、周囲に叫ぶ。
「さぁ、早く解放してもらおうか!
オレの仲間が突入してからでは遅いぞ!」
この場にいる全員が怖じ恐れているのをオレは感じていた。




