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スリの押送での稼ぎ方~その2「標的」~

自警団が言った。


「大変、失礼した!」


冒険者の宿で、ようやくオレは拘束を解かれた。

まさか無実の罪で捕まえられることになろうとは。

今後は気をつけて、まずは作り笑いの練習でもするべきか。


「お勤め、ご苦労さんですな。

 コイツは確かに、うちの冒険者です。

 いや、誤解が解けて何より」


オヤジが自警団と話をしている。

オレとしては、自警団に文句の一つも言ってやりたいところだ。


「それで、お詫びと言っては何なのだが。

 そちらの冒険者に依頼をお願いしたい」


いや、一先ず前言撤回。

楽で実入りの良い依頼であれば、全て水に流そう。

広い心を持ってこそ、大人というものだ。


「その依頼とは、どういった内容でしょう?」


冒険者の宿の主人として、オヤジが話を進め始めた。

楽で実入りの良い依頼であれ。

楽で実入りの良い依頼であれ。


「このスリなのだが、どうも隣国でもやってたようだ。

 盗品と思しき品に隣国の王都の住所を記すものがある。

 そこでコイツを隣国の王都まで押送してもらいたい」


このスリ、隣国から流れてきたのか。

向こうで仕事(スリ)をしすぎて、ヤバくなったのだろうか。

いずれにせよ、オレの財布に手を出したのが運の尽きだ。


それにしても、隣国の王都は少し遠い。

自腹で馬車を使うのは遠慮したいので、お断りの方向か。


「もちろん移動には馬車を使ってくれて構わない。

 押送中の宿賃、食費一切も引き受けよう」


なんと自警団のほうから、これ以上ない条件を提示してくれた。


「その依頼、受けましょう!」


「それを判断するのは儂だ。

 だが、せっかくの依頼をお断りする理由もないな」


オレは好条件な話に浮かれ、オヤジの背中から声を上げた。

オヤジは冷静だったが、引き受けることに変わりなかった。


「では、お願いする」


自警団はそう言うと、腕を手縄で縛られたスリの背中を押す。


「押さないでよ!」


スリは自警団に文句を言うが、そこまでだった。

暴れてもどうしようもないことは分かっているだろう。

この調子で道中も大人しくしてくれると良いのだが。


それはそれとして。


「確認したいことがある」


「何だね?」


オレは真面目な顔で、自警団に話しかけた。

呼応して顔を引き締める自警団。


「泊まる宿で一番高い酒を頼んでも構わないか?」


「馬鹿もん」


自警団の代わりに、オヤジが即座に答える。


「お、お手柔らかにお願いする」


引き締めた顔を引き攣らせながら、自警団も答えた。


 ◇


馬車の荷台の上で、オレは寛いでいた。

オヤジと娘さんに送り出され、もう数日が経つ。

今日中に隣国の王都へ到着する予定だ。


周囲の目もあって、スリの手縄は解いておいた。

大人しくしているので、何も問題は起こらず。

大人しすぎて、逆に違和感を感じるぐらいだ。

何か企んでいるのではないだろうかと勘ぐってしまう。


「おい」


この馬車にはオレたち2人しか客が乗っていない。

なので、気兼ねなくスリに声を掛けた。


「アタイは“おい”じゃない」


「どうしてオレの財布に手を出した?」


スリの主張は無視して、聞きたいことを聞く。


「・・・。

 アンタがあのお嬢ちゃんに悪さをしてると思ってね。

 天罰を下そうと思ったのさ」


お嬢ちゃんとは、娘さんのことだろう。

もしやオヤジからの贈り物と聞いて、俯いていたときか。

あの場面だけを見れば、勘違いするかもしれない。


「その天罰がスリか。

 天罰を受けたのはオマエのほうだったが」


「ふん!」


スリは鼻を鳴らすと、そっぽを向いた。

そのままオレは話を続ける。


「どうしてスリをやっている?

 他に真っ当な仕事があっただろう」


オレの言葉にスリは目を閉じた。


「・・・尋問かい?」


「いや・・・すまない。

 聞かなかったことにしてくれ」


誰にだって、人それぞれの過去がある。

他人に知られたくないことが1つや2つあっても、おかしくない。

自分の無神経さに思い置いていると、スリがポツリと呟く。


そんな(真っ当な仕事)の・・・なかったさ」


その言葉で会話は途切れた。

気まずい雰囲気に、オレは景色へと目を逸らす。

穏やかな風に身を任せる木々が目に優しい。


そんな寛やかに流れる景色に、キラリと光るものが見えた。


「・・・!伏せろ!」


オレはスリに飛びついて抱きしめ、荷台の上を転げる。

その次の瞬間、スリの居た場所に矢が刺さった!

こんな王都の近くに野盗がいるのか!?


そんなこととは露とも知らないスリが騒ぎ出す。


「こんな真っ昼間から何すんだい!」


「伏せて、頭を低くしてろ!」


荷台に刺さった矢を顎で示し、スリに状況を教える。


「えっ・・・!」


少しは状況が飲み込めたようで、大人しくなった。

そして伏せたまま、矢を放ってきた場所を見る。

が、既に木々以外に目に付くものはなかった。

どうやら危険は去ったようだ。


オレは安堵の息を漏らし、矢を見て考えた。

野盗の類いなら、この矢だけで終わるはずはない。

それに矢の位置・・・スリを狙っていたのか?

そして失敗したと見るや、すぐに撤退した。

これは本職の仕業なのかもしれない。


「おい、スリ。

 オマエ、何をやらかした?」


オレに狙われる理由がない以上、原因はスリだろう。

心当たりがないか、聞いてみた。


「アタイは“おい”じゃないし、“スリ”でもないよ」


質問の答えになっていない。

しかもオレの財布をスろうとしておいて、何を言っている。

そう思ったが、一応聞き返した。


「では、何だ?」


「アタイは悪い奴からしか盗らない・・・義賊さ」


「普通、自分で言わないだろう」


冷静なオレの突っ込みに、スリは顔を赤くする。


「う、うるさいね!

 とにかく“おい”なんて呼ばないどくれ!」


「では、何と呼べばいい?」


「そうさね・・・“デイジー”とでも」


スリ・・・もといデイジーの目線の先に野花が咲いていた。

デイジー、確か寒い地方に咲く花だったと記憶している。

北のほうの出身なのだろうか。


「分かった、そう呼ぶとしよう」


「そうしとくれ。

 それと・・・助かったよ」


「気にするな。

 デイジーを王都まで連れて行くのが依頼だ」


少しだけオレとデイジーの距離が縮まった気がした。


「あー、お客さん?」


御者がオレたちに声を掛けてきた。

荷台でバタバタ暴れるのが迷惑だったのだろう。

そう思って、御者に詫びを入れようとすると。


「仲が良いのは結構ですがね。

 そういうのは他所でお願いできませんかね」


オレは今、デイジーを抱きしめ荷台に伏せている。

そのことに気づき、オレたちはパッと離れて居住まいを正す。


「いや、誤解しなくでくれ。

 これには訳があってだな」


「若いもんはこれだから・・・」


勘違いされたまま、馬車は王都へと進んだ。


それはそれとして気になることがある。

デイジーは悪い輩にしか盗みを働かないと言った。

つまり財布をスられようとしたオレは・・・。

さらに自分に自信がなくなってきた日だった。

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