スリの押送での稼ぎ方~その1「誤認」~
「幽霊退治での稼ぎ方」を先にご覧になると、登場人物の理解が早まります。
オヤジが言った。
「娘と出かけてこい」
「喜んで、お義父さん」
・・・。
・・・。
・・・。
「誰が“お義父さん”だ!
何をトチ狂っとる!」
「待て、それはオレの台詞だ。
オヤジが娘さんとの逢引きを勧めてくるとは。
何か変なものでも食べたのか?」
オレとオヤジはお互いに相手の正気を疑う。
「誰が逢引きを勧めとる!
いや、待て。このままでは話が進まん」
オヤジは深呼吸して、自分を落ち着かせようとしている。
スーハースーハーと数度繰り返した後、口を開いた。
「オマエに依頼だ。
娘と出かけて、機嫌を取ってこい」
「機嫌?
娘さん、何か不愉快なことでもあったのか?」
「う、うむ・・・娘の大事なものを、ちょっとな・・・」
「壊したのか」
バツが悪そうな様子で、オヤジが頷く。
理由を聞いてみると、娘さんの大切なものを壊したそうだ。
それで娘さんは怒ってしまい、昨晩から絶縁状態とのこと。
オレもこの冒険者の宿には世話になっている身。
オヤジと娘さんが不仲なままでは困る。
ここは橋渡し役をやるべきだろう。
「他ならぬオヤジの頼みだ、引き受けよう。
だが、依頼と言ったからには報酬は頂く」
「今晩、酒を奢ろう」
「ついでに、もし次にツケても少し待ってくれ」
「分かった分かった。
オマエ、意外と足元を見る奴だな・・・」
オヤジは渋々だが、こちらの条件に了承した。
それぐらい娘さんとの仲直りが大事なのだろう。
そのことがよく分かった。
「更に言うと、軍資金があると話を進めやすい」
「持っていけ!」
オレはオヤジが財布から出した金を受け取り、
酒場の奥、オヤジと娘さんの部屋の扉を叩いた。
◇
街の盛り場、オレと娘さんは連れ立って歩いていた。
さすがに人の往来も多く、賑やかな雰囲気だ。
「見て。あの花、綺麗ね」
「ああ、そうだな」
娘さんは上機嫌で、あちらこちらを見て回っている。
どうやら不機嫌の矛先は、オヤジだけのようだ。
だからこそ、逆に話を切り出しづらい。
このままでは本当に単なる逢引きで終わってしまう。
どうしたものか、思案しながら店の陳列窓を眺める。
大切なものを壊してしまったのだから、贈り物が良いだろう。
娘さんが気に入るものは何だろうか。
「大道芸をやってるわ。見ていきましょう!」
「楽しそうだ、そうしよう」
オレは娘さんが大道芸に夢中になっている間、
その場を少し離れ、彼女への贈り物を買った。
そして何事もなかったように戻る。
「面白かったわね・・・あら、それは?
何か買ったの?」
娘さんがオレの手荷物と花一輪に気づいてくれた。
「ああ、これは娘さんへの贈り物だ」
「え、でも・・・」
贈り物は嬉しいが、理由が分からないといった顔だ。
律儀な娘さんは、理由もなく人から物を受け取ったりしない。
そこでオレは正直に理由を話した。
「オレから、と本当は言いたいところだが。
これはオヤジから娘さんへ」
「・・・そういうこと」
贈り物の理由が分かるや、娘さんは俯いてしまった。
しまった、お詫びの贈り物作戦は失敗だったか?
食事のほうが良かったのかもしれない。
別の手を考えねば、と頭をフル回転させていると。
「いいわ、これでお父さんを許してあげる」
娘さんは顔を上げて、贈り物を受け取ってくれた。
良かった、これでオヤジの依頼は完了だ。
ちなみにオヤジからの軍資金は、この贈り物に使った。
オレは意味もなく人に金をせびったりはしない。
「開けてみてもいい?」
娘さんが聞いてくる。
その贈り物はオヤジからのものだ。
オレの許可なんて必要ない。
「もちろん。気に入るとい・・・!?」
懐に違和感を感じたオレは、とっさにその原因を掴む。
「痛っ!」
・・・掴んだのは腕だった。
そして、その手にはオレの財布が握られている。
「何すんだい!」
「それは、こちらの台詞だと思うが。
財布を返してもらおう」
声の主は背の高い若い女だった。
よく見てみると女盗賊といった服装だ。
ホットパンツにショートタンクトップ、マントを羽織っている。
「手を離しな!」
「この状況で離す馬鹿はいない」
見当違いな要求をするスリと当然の答えを返すオレ。
その言い争いに興味を惹かれたのか、周囲に人が集まってきた。
「どうしたの?」
「痴話喧嘩か?」
「どうやら三角関係のもつれらしいぞ」
男1人に女性が2人。
事情を知らない周囲が、あらぬ方向に誤解し始めていた。
「きゃー!助けてー!手を離してー!
アタイを娼館なんかに連れてかないでー!」
さらにスリがとんでもないことを叫びだす。
「あの男、酷いやつだな」
「女の敵ね、本当に!」
「早く自警団を呼んでこい」
いかん、完全に悪者扱いされている!
とにかく周囲の誤解を解かねば!
「待ってくれ、コイツはスリなんだ。
コイツの手に持っているのがオレの財布だ」
オレはあるがままの事実を周囲に説明した。
「誰が信じるものか!」
「女の敵ね、本当に!」
「自警団はまだか?」
悲しいかな、全く信用されていない。
オレはそんなに悪人面をしているのだろうか。
自分に自信がなくなってきた。
「ま、待ってください!
この人は、うちの宿の冒険者で・・・」
助かった!娘さんが説明してくれる!
これなら周囲も信じるだろう。
これでこの騒ぎも収まる、と思ったのが甘かった。
「何事だ!」
自警団がやってきてしまった。
そして騒ぎの中心にいるオレたち3人を見る。
「コイツがオレの財布・・・」
オレはすぐに事実を伝えようとした。
「この男がアタイに乱暴するんだよ!」
しかしスリのほうが声が大きかった。
その声を最後に、辺りは静寂に包まれる。
そして自警団はオレとスリを交互に見やると。
「捕まえろ!」
何となく予想していたが、自警団が一斉にオレに飛びかかる!
「待て、待ってくれ、本当に違うんだ」
「うるさい、大人しくしろ!」
「違うんです、その人は・・・」
「アタイの手を離せー!」
自警団にもみくちゃにされながらも、オレは決してスリを離さなかった。




