妖魔の一団偵察での稼ぎ方~その4「忠誠」~
女妖魔が言った。
「サラ、バ」
驚いたことに、巨大妖魔たちと共に帰ってくれることになった。
ダメ元で言ってみただけなのだが、すんなりと了承してくれた。
強者の言うことには従うという、妖魔の本能なのかもしれない。
この辺は人間と違い、単純で助かる。
巨大妖魔たちが歩み始めるの見て、馬上で女妖魔が振り向く。
「マタ、会い、タイ」
「いつでも来ると良い」
しまった、ついOKを出してしまった。
面倒事だけはご免だが、口から出たものは仕方がない。
それにしても、妖魔に人の区別が付くのだろうか。
そう考えていると、女妖魔は馬から降りてオレに近づく。
「ッ!?」
いきなり首元を牙で甘噛された。
しかも少しだけ舐められた・・・。
「匂い、味、覚エた」
匂いはまだしも味とは一体!?
会いたいというのは、食べに来るということか!?
オレは早くもOKしたことを後悔し始めた。
「強キ者、マタ」
女妖魔は馬に跨がり、巨大妖魔たちを追うように去っていった。
できれば、「また」は無いほうが嬉しい。
心の中で、そう思わずにはいられなかった。
兎に角。
もともと情報収集の偵察だったが、もう情報は必要なくなった。
何と言っても、危険自体が去ったのだから。
これは報酬の上乗せも期待できるのかもしれない。
心が弾む思いで、騎士様に声を掛ける。
「さて、オレたちも王城へ戻ろう」
だが、騎士様は無反応だ。
どうしたのかと思っていると、へなへなと崩れ落ちた。
「貴君・・・すまない。腰が抜けてしまった」
「可愛らしい騎士様だな」
その姿を見て、素直な感想を言ってしまった。
この状態では、騎士様は1人で馬に乗ることができないな。
オレは騎士様を自分の馬の後ろに乗せ、王城へ向かう。
その道中。
「貴君、1つ良いか?」
「どうした?」
「あの妖魔は首領だけあって、とてつもなく強かったはずだ。
だが、それを安々と退けた貴君の強さは一体?」
オレの腰に回した手に力が入るのを感じた。
聞いてよかったのだろうかという迷いが伝わる。
「冒険者が依頼者を守るのは当然だ」
「そうか・・・」
答えになっていなかったが、それ以上は聞かれなかった。
◇
「これは美味い!」
王城に帰り着いたオレは料理と酒を振る舞われていた。
妖魔の一団が去ったことを伝えると、新米は目を白黒させた。
これだけなら良いのだが、喜ばしいことばかりではない。
人語を解する首領と考えられる妖魔の存在。
そのことも知りうる全てを伝えておいた。
何にしても、ひとまず危機は去ったのだ。
当然ながら、内密の依頼なので公にはできない。
なので顕彰式などを開くことはできないそうだ。
勲章に興味はないので、飯と酒のほうが有り難かった。
「この程度のお礼で申し訳ありません、師匠」
「いや、そんなことはない。
美味い料理に酒、そして女性2人が花を添えてくれる」
「相変わらず、お上手ですね」
「前にも言ったが、偽らざる本音だ」
新米とは話が弾むが、騎士様は黙っている。
まだ本調子ではないのかもしれないと心配になる。
「騎士様、料理の美味さに腰が抜けたのか?」
「そんなわけなかろう!」
「そんなに怒らないでくれ。
やけに静かなのが気になっただけだ」
「少し考え事があってな」
騎士様の言葉に思い当たることは1つ。
「女妖魔のことか?」
「それもあるのだが、別のことだ」
まだ他に悩むようなことがあるのだろうか。
「オレで良ければ相談に乗る。
乗れる話であれば、だが」
「いや、むしろ貴君にしか相談できないことだ」
はて、オレにしかできない相談とは。
報酬も貰えるので、ある程度なら金銭の話も大丈夫だが。
まさか騎士様に金銭の悩み事はあるまい。
本人に聞いてみないことには分からないか。
「言ってみてくれ」
「うむ、実は・・・」
さて騎士様の相談したいこととは――。
「私と子を成さないか?」
「は?」
時が止まった。
視線だけ動かすと、新米も固まっているのが見える。
だが暫くすると、ゆっくりと立ち上がり・・・。
「ななな、何を言っているの!」
激しく動揺した様子で、騎士様を叱咤する。
当の騎士様のほうは、至って大真面目な様子だ。
「お待ち下さい、王女様。
私は騎士です。未来永劫、王家に仕えたく存じます」
「そ、そのことと、その・・・子供とは・・・」
新米の声、最後のほうは小さくなっていた。
初心な振る舞いに、オレまで恥ずかしくなってしまう。
それでも騎士様は至って大真面目な様子だ。
「私一人では未来永劫お仕えすることは叶いません。
頼り甲斐のある強い男子との子が必要なのです」
こんなにも忠誠心の厚い騎士がいるのだ、王国も安泰だろう。
だが、オレを巻き込むのは止めてほしい。
一方で、騎士様相手なら悪い気はしない。
むしろ諸手を挙げて大歓迎ではある。
「師匠が頼り甲斐のある男性なのは認めます・・・。
ですが駄目です、駄目!絶対に許しません!」
残念、新米の許可が降りなかった。
しかし、騎士様は諦めずに食い下がる。
「何故でしょうか、王女様?
これは王家に貢献できる話のはずです」
「そういう問題ではありません!」
「ですから・・・!」
「何度も言って・・・!」
オレは2人を横目に、飯と酒に戻った。
そんな中、いつまでも女性の戦い(?)は続いたのであった・・・。
◇
オレは冒険者の宿のドアを開けた。
「お、帰ったか」
「おかえりなさい」
オヤジと娘さんの声が聞こえる。
この声を聞くと、この宿に帰ってきたことを実感する。
「無罪放免か?」
オヤジの中では、まだ犯罪者ネタが続いていたようだ。
仕方がないので、軽口で答える。
「無罪放免どころか、金一封だ」
「数日はツケの心配がなさそうだな」
そう言って、オヤジが笑う。
もちろん金一封なんて額ではないが、ここは黙っておこう。
「それで、依頼はどうなった?」
オレはオヤジに今回の顛末を話した。
「なるほど、人の言葉を話す妖魔か」
「ああ、驚いたよ」
「他の冒険者たちにも伝えておこう」
さすがは冒険者の宿の主人。
真っ先に冒険者の心配をしている。
何やら思案しているようだが、オレを見るなりニヤリと笑う。
「先ず以て気をつけるべきはオマエだな。
いの一番に会いに来るかもしれん」
「危ないときは、騎士様に助けてもらうさ」
「オマエ、冒険者だろう・・・」
呆れられてしまった。
そう、オレは冒険者。
今回の依頼で女妖魔に縁ができてしまった。
食べられる前に女性騎士様に助けてもらいたい――頼りない冒険者さ。
~次の依頼へ続く~




