妖魔の一団偵察での稼ぎ方~その3「首領」~
騎士様が言った。
「貴君、恐ろしくはないのか?」
ここは国境の大河、その上に架かる橋の上だ。
その橋の上に、オレと騎士様は立っている。
もちろん他に誰も橋の上には居ない。
「新米のためにカッコよく依頼を引き受けた手前、
情けないところを見せるわけにもいかないだろう」
つまり逃げ出したかった。
「それは頼もしいな、貴君!」
残念、騎士様には真意が通じていなかった。
もちろん逃げ出さないのには、真面目な理由がある。
「あの新米の表情を見れば、逃げることもできないさ」
オレに依頼の話をする新米の表情は冴えなかった。
他に冒険者を知らず、唯一の伝手を頼ったのだろうが、
思うに依頼を断って欲しいと考えていたのではないか。
影武者にしては、少し優しすぎるな。
「それにしても、どう偵察するつもりだ?
橋の上に立っていては、すぐに見つかってしまうぞ」
騎士様が至極当然の疑問を呈した。
「要は“首領”と“一団以外の敵”の存在を確認すればいい。
それであれば、潜入することだけが手段ではない」
「と言うと?」
橋の向こうに巨大な妖魔たちが見えてきた。
それを確認したオレは答えた。
「こうするのさ」
「なっ・・・貴君!?」
オレは大きな白旗を頭上で左右に振った。
この大きさなら、妖魔たちの目に映っているはずだ。
さて、どうでる?
「何をやっている、貴君!
それでは妖魔に標的にしてくれと言ってるようなものだ!」
「騎士様、剣を抜くな。この距離なら大丈夫だ。
もし襲いかかってきたら、全力で逃げればいい」
戦闘態勢に入ろうとする騎士様を諌め、オレは白旗を振り続ける。
やがて橋に差し掛かった妖魔たちは。
「止まった?」
騎士様の言うとおり、妖魔たちは歩みを止めた。
「つまり、妖魔には白旗の意味が分かる存在が居る」
「そ、そうか!さすがだ、貴君!」
オレたちの知っている妖魔は猪突猛進が大好きだ。
獲物と見れば白旗に目もくれず襲ってきただろう。
だが、白旗の「降参」「攻撃するな」の意味を知っている。
冷静に行動できる妖魔がいるに違いない。
そう思っていると、巨大な妖魔たちが左右に分かれた。
その間から馬(?)に乗った妖魔が現れ、こちらに向かってくる。
やはり首領と思しき妖魔がいたと考えるべきか?
近づいてくるその妖魔を、よくよく観察する。
どうやら女性型の妖魔で、ほぼ人間と同じ体型だ。
角が生えていることと、赤褐色の肌を除けば。
そして槍を携えている。見える武器はそれだけだ。
「人間、話、あるノカ?」
目の前まで来た女妖魔が言葉を話した。
「妖魔が言葉を!?」
騎士様が驚きの声を上げる。
すると、女妖魔が騎士様を睨み付ける。
「ウル、サイぞ、メス」
その瞬間、騎士様が金縛りにあったように動きを止めた。
「あ・・・あ・・・」
ヤバい、何かの魔術・・・いや、眼力か?
この女妖魔には知能があって、言葉が話せることも分かった。
その上、騎士様に恐怖を与えるほど強いのか!
とにかく話だ、これはあくまで偵察だ。
「待ってくれ!話がしたいだけだ!」
オレは慌てて、女妖魔に声を掛ける。
女妖魔がオレの声に振り向くと、騎士様は膝をついた。
「はぁ、はぁ」
良かった、ひとまず助かった。
「何ダ、早く、イエ」
「オマエは後ろの妖魔たちの首領なのか?」
「首領、とは、何ダ?」
どうやら言語レベルは高くないようだ。
「後ろの妖魔たちより強いのか?」
「そう、ダ」
「後ろの妖魔だけか?仲間がいるのか?」
「居、ない」
素直で助かるが、信用できるのかは分からない。
と言っても、その判断をするのはオレではない。
オレへの依頼は偵察で、情報を持ち帰ることだ。
あとは、このまま穏便に引き下がれば良い。
「貴様たちは、このまま王国へ進むのか!
そうであれば断じて許さん!
今すぐ引き返すがいい!」
騎士様が立ち上がって、女妖魔に叫ぶ。
ダメだ、騎士様!この場で要求を出すのはマズい!
「何、ダと。
命令、スル、のか」
やはり、そう取られたか。
妖魔の行動原理を考えると、次に来るのは・・・。
「弱い、メス、命令、スるな。
私、強サ、見セル」
女妖魔は騎士様を敵と認識してしまった。
槍を握る手に力を込めているのが分かる。
次の瞬間!
キィィィン――!
オレは騎士様に向かって突かれた槍を剣で払った。
「何・・・ダト」
槍を払われたことが予想外だったのだろうか。
女妖魔に驚きの表情が伺える。
それもそのはず、突きは目にも留まらぬ速さだった。
騎士様は、ようやく払われた槍の穂先に目をやるほどだ。
「騎士様、大丈夫か!」
「・・・」
ダメだ、放心してしまっている!
彼我の戦力差に頭が追いついていないのか。
「オス、倒ス・・・!」
女妖魔の標的はオレに変更されたらしい。
逃げ出たくて仕方がないが、騎士様は放心状態。
手を引いて走ってなんていたら、あっという間にお陀仏だ。
こうなっては仕方がない。
「受ケ、ろ」
今度はオレ目掛けて、疾風の槍が突き放たれる!
ギィィン――
「エ・・・?」
先ほどと違い、今度は本気だったのかもしれない。
その槍をオレは再び剣で払った。
「コノ、オス!」
プライドが傷ついたのか、女妖魔は何度も槍を突いてくる。
だが、オレは悉く剣で払う。
女妖魔は驚愕、いや恐怖の表情を見せ始めた。
「人間、オス、ガァァァァ!」
叫びながら突かれた槍の柄を、オレは掴んだ。
そのまま力の流れを利用して槍を引っ張り、
女妖魔を馬(?)の上から引きずり降ろす!
どぉっと音がして、女妖魔は地面に倒れ込んだ。
「き、貴君・・・」
騎士様がオレに声を掛ける。
女妖魔が落馬した音で正気に戻ったようだ。
目の前の光景が信じられないといった顔をしている。
それを見て、女妖魔に近づく。
「来る、ナ・・・来ナ、イデ」
完全に恐怖の目で、震えながらオレを見ている。
「安心しろ、大丈夫だ」
剣を鞘に収めて、女妖魔に手を差し伸べた。
だが、行為の意味が理解できないらしい。
無理もない、妖魔たちは敵同士になったが最後、
どちらかが討たれるまで戦いは終わらないと聞く。
休戦や和解の概念がないのかもしれない。
危害を加えないと説くこと、数十分。
何とか理解してもらえたようで、女妖魔は立ち上がった。
女妖魔の眼差しは、もう敵を見る目ではなかった。
「強キ者、オマエ、ハ?」
「冒険者だ」
オレは内心、安心していた。
女妖魔を馬(?)から引きずり降ろしてしまったので、
それを根に持たれたらどうしようかと思っていたからだ。




