遺跡探索での稼ぎ方~その4「神変」~
白蛇が叫んだ。
「グアアアア...!!」
・・・。
・・。
・。
が、何も起こらない。
ゆっくりと目を開けてみると、白蛇が動きを止めている。
「グ、グ...」
一体、どうしたことだろう?
オレたちを睨みつけているが、何故か襲っては来ない。
巫女様が動かない白蛇を見ながら、恐る恐る聞いてくる。
「これは、どうしたことですの?」
「いや、オレにも分からない」
何にせよ、この機を逃す手はない。
白蛇が襲ってこないか警戒しつつ、巫女様を庇いながら後ずさりした。
突き当りまで来て曲がり角を曲がり、白蛇が視界から消える。
そこで、ふと思った。
もしや曲がり角や狭い通路で身体が閊えたのか?
ヘビは身体をくねらせることで前進する生き物だ。
くねらせる隙間がないところで、ハマってしまったでは?
予想を元に通った通路を確認すると、まさしくその通りだった。
曲がり角や狭い通路では、身じろぎさえできなくなっている。
あちらこちら走ったのが、逆に良かったのかもしれない。
「逃げるが勝ち」、図らずも言葉通りになってしまった。
◇
「さて、覚悟は良いか?」
白蛇が動けなくなった場所へ戻り、剣を握った手に力を込める。
「グ...」
白蛇は後退しようとしているのだろうか。
身じろぎをしているが、それは叶わない。
オレはゆっくりと距離を詰める。
「冒険者さん」
そんなオレを見て、巫女様が声を掛けてくる。
そうだな、そうだった。
「説得なりなんなり、方法を考える約束か」
「ええ、そうですわ」
巫女様はオレの言葉を聞いて、微笑みかけてくれる。
そして白蛇のほうへ歩み寄った。
「白蛇様、私達の守り神になっていただけませんこと?」
とんでもないことを言い出した。
「守リ神...」
「そうですわ、守り神ですわ。
白蛇様さえ宜しければ・・・」
「我ノ命ヲ取ラヌノカ...」
「守り神になっていただけるのなら、そんな必要ありませんわ」
「...」
いきなり守り神になれと言われたら、誰だって戸惑うか。
白蛇は考えているようだが、ようやく口を開いた。
「ヨカロウ...
敗者ハ勝者ノ言ウトオリニシヨウ...」
動物の論理が単純で良かった。
正直、突拍子もない申し出に怒り出すのではないかと思った。
これで一件落着か。
「有難うございます・・・ですわ。
ここを出て、村の皆さんに事情を話してきますの。
きっと白蛇様のことを助けてくれますわ」
そうだ、まだ全てが終わったわけではなかった。
この神殿に閉じ込められていることを失念していた。
外に出られる方法といえば。
「やはり空気穴か」
オレと巫女様だけでは届かないが、あれが使える。
そう、奥の部屋に祀ってある祭壇だ。
あの祭壇を足場にすれば、空気穴まで届く。
そして、ここは森の神殿だ。外には木が生い茂っているはず。
それを伝っていけば上手く出られる・・・と信じたい。
そうと決まれば、早速行動。
石の祭壇なので、運ぶのにかなり苦労する。
願わくば、一発で当たりだと嬉しい。
「あります、ありますわ!
すぐそこに丈夫そうな枝がありますわ!」
祭壇を足場したオレの肩の上に立つ巫女様が声を上げる。
良かった、何度も祭壇を移動させずに済んだ。
そのまま巫女様は空気穴へよじ登り、外へ出た。
そして、ひょっこり顔を出して。
「お二人とも、少しお待ちくださいませ。
すぐに助けを呼んでまいりますわ!」
「ウム...」
「ああ、頼む。待ってい・・・」
ピシッ――
待っていると言いかけたところで、床から嫌な音がした。
次の瞬間、足元が崩れ落ちる!
「わああああ!」
遺跡のときと同じ感覚に襲われ、意識を失いそうになる。
「冒険者さ~~~ん!」
オレに向かって叫びながら、必死に手を伸ばす巫女様。
その姿が目に入ったのを最後に、目の前は真っ暗になった。
◇
「もし・・・もし!」
女性の声が聞こえる。
軽く身体を揺さぶられている感覚もある。
「う・・・」
「良かったですわ、お気づきになられまして?」
オレはゆっくりと目を開けた。
そして目の前の女性を見て、こう言った。
「女神様が目の前に・・・ここは天国か」
すると女性は頬を紅く染めた。
「嫌ですわ、ここは神殿の中ですわ」
どうやら、まだ生きているらしい。
巫女様が助けに来てくれたようだ。
「巫女様、助けに来てくれたのか」
「ええ、随分と遅くなってしまいしたわ」
そんなに長い間、意識を失っていたのか。
オレは身体を起こして、周囲を見る。
ここは巫女様と白蛇のいた神殿ではないようだ。
窓から日が差し込んで、周囲がはっきり見える。
人を拒むどころか、むしろ開放的な作りになっている。
「ここは?」
「冒険者さんが私を助けてくださった神殿ですわ」
「そうは見えないが・・・」
「ええ、もう数百年も経っておりますの」
数百年?巫女様流の冗談か?
「ようやく、これをお返しできますわ」
そう言って差し出してきたのは、オレの上着。
だが随分と長い間、誰も着ていないような。
まるで代々受け継がれてきたような・・・。
「まさか・・・」
「この時を待っておりましたわ、冒険者さん!」
巫女様がオレの胸に飛び込んでくる。
勢い余って、2人で床に倒れ込んでしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
突然過ぎて、理解が追いついていない。
先ほどの神殿での出来事は、“先ほど”ではないのか」
「そういうことですわ」
「衝撃の事実を軽く答えないでくれ・・・。
巫女様は?触ることのできる幽霊か?」
「白蛇様のお力添えですわ。
この時代に輪廻転生いたしましたの!」
◇
私は神殿の前で、冒険者さんに金貨袋を差し出しました。
「冒険者さん、これは調査隊の報酬の代わりですわ」
しかし、冒険者さんは首を振るのです。
「オレは冒険者だ。
依頼を果たさなければ、報酬は受け取れない」
分かっていましたが、素直に受け取ってくれません。
「では、これは私からの報酬ですわ。
白蛇様と私を救う方法を説得なりなんなり考える。
それが私からの依頼でしたわ」
「・・・分かった。
巫女様の依頼を果たした報酬として受け取ろう」
強引なこじつけでしたが、冒険者さんは納得してくれました。
そろそろお別れのときです。
「また会いに来てくださいまし」
「必ず会いに来る」
冒険者さんは約束を守ってくれる人。
きっとこの神殿を訪れて、私に会いに来てくれる。
そう確信しながら、冒険者さんの後ろ姿を見送っていました。
「行カセテ良イノカ...」
「白蛇様・・・」
肩の上の小さな白蛇様が問いかけてきました。
私にしか見えない小さな白蛇様。
「ええ、今は・・・ですわ。
冒険者さんには、今は今の生活がおありですわ」
「...」
私は胸元の水晶のお守りに、そっと触れたのです。
そして宣言しました。
「でも、いつか一緒に幸せな家庭を築いてもらいますわ!」
◇
これが今回の冒険の顛末だ。
時を超えた冒険、そして出会い。
そんなことがあるのだろうか、と今でもオレは思っている。
もちろん巫女様を信じているが、何とも不思議な感覚だ。
きっとオヤジに話しても信じてもらえないだろう。
それとオヤジから聞いた昔話は、最後の部分が変わっていた。
――大蛇に捧げられた巫女は、勇敢な若者によって救われた。
――そして、このときより。
――困っている人々を救う者たちを「冒険者」と呼ぶようになった。
そう、オレは冒険者。
可憐な巫女様が生贄になるなんて許せない。
その一心で悲しい昔話の結末を変えたのかもしれない――不思議な冒険者さ。
~次の依頼へ続く~




