遺跡探索での稼ぎ方~その2「生贄」~
オヤジが言った。
「穴に落ちるなよ」
冗談めいた台詞だが、いつもの真剣な眼差しだ。
初めて入る遺跡なのだ、命に関わる危険がないとは限らない。
オヤジはその眼差しで、発破をかけてくれる。
「ああ、足元には充分注意する」
あらゆるケースを想定して、今回はいつもより大荷物だ。
厚手の上着に多めの食料、火を起こす道具もある。
何かあっても、節約すれば5~6日は生きていけるだろう。
その間に助けがなければ、オレも遺跡の永遠の住人だ。
「言ったとおり、森の前に集合だ。
調査隊には話を通してある」
「分かった」
「気をつけてくださいね。
それと、これを持っていってください」
娘さんが綺麗な水晶のお守りをくれた。首飾りになっている。
それを首にかけてくれて、そっと手を握ってくれた。
温かな気持ちが有り難い。
「行ってくる」
冒険者の宿に背を向け、オレは歩き出した。
◇
松明の炎が通路の先を照らす。
調査隊と合流したオレは、遺跡の中に入っていた。
もちろん事前に入念な打ち合わせをしている。
オレが先頭を進み、後ろから調査隊がついてきた。
オレにはロープが繋がれていて、その先を調査隊が持っている。
いざというとき、そのロープを引っ張ってもらう手はずだ。
オレが落とし穴に落ちたときの安全策でもあるし、
後方の調査隊に何かあったときの合図でもある。
「気をつけて、足元に窪みがあります」
後ろの調査隊に注意を促す。
それにしても空気が澱んでいる。
随分と長い間、人の手が入っていないことが分かる。
そして、オレたち以外の気配は感じない。
オヤジの昔話では大蛇が居たはずだが、そんな気配もない。
もちろん昔話なので、そんなことは信じていないが。
通路は今のところ、真っ直ぐしか進めない。
迷子になることがないので、その点は安心だ。
だが、もし敵が来ても隠れることはできない。
真正面からの真っ向勝負になってしまう。
優に大人3人は横並びになれる通路だ。
複数の敵が来たら不利になることだけが気がかりだ。
非常時のことを考えていると、ロープの緩みに気づいた。
ハッとして、すぐさま後ろを振り返る。
馬鹿な!誰も居ない!つい先程まで後ろに居たはずだ!
しかも松明の炎も見えない、これは異様だ!
「どうしました!
聞こえたら、返事をしてください!」
調査隊に大声で呼びかけた。だが、返事はない。
細心の注意を払いながら、ゆっくりと元の道を戻る。
落とし穴のようなものは見つからない。
一体、何があったというのだ。
突然、松明の炎が消える。
辺りが暗闇に包まれ、身動きが取れなくなる。
そして足元が崩れ落ちるのを感じ、オレは意識を失った。
◇
「もし・・・もし!」
女性の声が聞こえる。
軽く身体を揺さぶられている感覚もある。
「う・・・」
「良かったですわ、お気づきになられまして?」
オレはゆっくりと目を開けた。
そして目の前の女性を見て、こう言った。
「女神様が目の前に・・・ここは天国か」
すると女性は頬を紅く染めた。
「嫌ですわ、ここは神殿の中ですわ」
どうやら、まだ生きているらしい。
そうすると、この女性は助けに来てくれたのか。
穴に落ちたと思ったが、運良く発見されたらしい。
オレは身体を起こしながら、聞いてみた。
「調査隊の人はどうなりました?」
「調査隊?」
女性は質問の意味が分からないという顔をしている。
そう言えば、ここはどこだ?
オレが調査隊と一緒に入った遺跡ではないようだ。
雰囲気は遺跡と似ているが、作りが真新しいのだ。
しかも松明の炎が無くても、周囲がはっきり見える。
「ここは、どこでしょう?」
「神殿の中ですわ。
驚きましたわ、私しか人は居ないはずなのに。
貴方が倒れているのを見つけて、思わず叫び声を上げましたの」
落とし穴が別の遺跡・・・神殿に繋がっていたのか?
上を見上げてみるが、穴らしきものは見えない。
遺跡と同じように通路しかない閉鎖空間だ。
考えがまとまらないが、とにかくここを出なければ。
幸いなことに、装備と荷物は全てあった。
「見つけてくださって、有難うございます。
出口までご一緒させていただけますか?」
助けてくれたお礼を言って、ここから出ることを提案した。
だが女性は俯き、予想外の答えを返してきた。
「それは・・・できませんわ」
できない?どういうことだ?
まさかとは思うが、この女性は迷子になっているのか?
「できない、とは?
出口が分からないということでしょうか?」
「いえ、私はここから出ることはできないのですわ。
そして、それは貴方も同じなのですわ」
出ることができない?
この神殿には何かあるのか?
「事情をお聞きしても?」
「私は白蛇様に捧げられた供物なのですわ」
◇
彼女の話を聞くと、この神殿近くに住む巫女様なのだという。
そしてこの神殿の主、白蛇の怒りを鎮めるために生贄になったのだと。
「何という時代錯誤な話だ」
白蛇が怒っているということだが、オレの怒りはそれ以上だ。
怒りに我を忘れ、口調が元に戻ってしまっているぐらいだ。
「貴女のような可憐な女性を生贄にとは。
世間が許しても、オレは許さない」
「そんなこと・・・ないですわ」
再び女性の頬が紅く染まる。
いや、今後は巫女様と呼称することにしよう。
そのほうが(オレにとって)夢と浪漫があるからだ。
「オレが何とかしよう」
「え?」
夢と浪漫に奮い立ったオレは、巫女様に宣言した。
いきなりの宣言に巫女様は、キョトンとしている。
「その時代錯誤な白蛇を退治する」
「そんなこと、絶対に無理ですわ!
白蛇様を一目見れば、敵わないことは直ぐに分かりますわ!」
オレの決意を聞いて、巫女様は必死で止めにかかる。
人間、やってやれないことはない!
オレも必死で巫女様を(根拠のない根性論で)説得しようとした。
「それに・・・」
巫女様がポツリと言う。
「白蛇様にも言い分はありますわ。
命を奪って解決するなんてできませんわ」
さすが巫女様。
自分が命を奪われるであろうに、その相手を気遣うとは。
こんなにも心優しい女性を生贄になんかさせない。
ますますオレは決意を固めた。
「分かった。
だが、巫女様の命は必ず助ける。
説得なりなんなり、何かしら方法を一緒に考えよう」
「有難う御座います・・・ですわ」
オレは立ち上がって、巫女様に手を差し伸べる。
立ち上がらせると、希望を信じる明るい笑顔を見せてくれた。
そんな巫女様の肩に自分の上着をかける。
「そんな薄手の服では風邪を引く」
「え、あ・・・きゃ!」
目の保養もできたオレは、全身に気力が充実していた。




