幽霊退治での稼ぎ方~その5「約束」~
オレは言った。
「まるでウサギだな」
足首もロープで縛られた誘拐犯たちは、ぴょんぴょん跳ねていた。
物置部屋にあったロープで縛り、数珠つなぎで連行中だ。
悪運が強いのか、骨折などはしていなかった。
坊主が捕まっていた別荘で背中を蹴り飛ばした誘拐犯も一緒だ。
倒れたときの打ちどころが悪かったのか、また気絶していた。
お陰で逃げられることもなく数珠つなぎの一員になっている。
辺りは、すっかり暗くなっていた。
1階に落ちた靴は見つからず、坊主をおんぶしている。
「ふぅ」
背中から溜め息が聞こえてきた。
まだ何か心配なことでもあるのだろうか。
「どうした?
もうすぐ家だ。嬉しくないのか?」
「実は家出の最中なのです」
オレの問いかけに、坊主はポツリと答えた。
子供は子供で色々とあるのだろう。
「理由を話してみろ。
場合によっては力になれるかもしれない」
「窮屈な生活に嫌気が差して。
変装をして屋敷を抜け出したら」
「拐われてしまった、と」
「はい・・・」
どこかで聞いたお姫様のような話だ。
もしかすると本当によくある話なのか。
「でも、冒険者さんが助けに来てくれたので戻ります」
「そのことなのだが・・・。
実は別の頼み事で、ここまで来ていた」
正義の味方気取りだったことは伏せておいた。
それを口にするのは、さすがに恥ずかしい。
どちらにしてもガッカリさせてしまうかと思ったが。
「それでも良いのです。
助けてくださったことには変わりありませんから」
「次は白馬に乗って助けに行こう」
またカッコつけてしまった。
◇
街明かりが見えてきたところで、坊主が話しかけてきた。
「何かお礼をさせてください」
「子供が余計な気を遣うことはない。
だが、そうだな。この街にお姫様が来ているだろう?」
「は、はい」
「そのお姫様が、いつ出発するか知らないか?
次の街で御一行を一目見ようと待ってる人がいる」
「そうですか・・・。
おそらく明日早くに出発すると思います」
それはマズい。
それでは娘さんだけで御一行を見ることになる。
そうなれば好印象を得るも何もない。
やはりお姫様が予定通りに来ていれば・・・。
「どうかしましたか」
「何でもない。ただ世の無常を感じていただけだ」
「はい?」
子供に説明しても分からないだろう。
そうこうしているうちに、坊主の案内する屋敷の前に着いた。
この街で一番大きい屋敷かもしれない。
やはり良いとこの坊っちゃんだったようだ。
「助けてくださって、ありがとうございました」
「気にするな。事の成り行きだ」
「いえ、このご恩は決して忘れません。
なので冒険者さんも約束を忘れないでくださいね!」
そう言って、屋敷の中に駆けていく。
はて約束とは。何か交わしただろうか?
疑問に思いながら、冒険者の宿へ戻った。
「おや、遅かったね!
本当に幽霊が居たのかい?」
酒場に入ってきたオレを見て、主人が話しかけてきた。
「コイツらが幽霊だ」
数珠つなぎになっている誘拐犯たちを親指で差す。
事の顛末を説明すると、主人が依頼書を剥がして持ってきた。
「もしかして、この誘拐団じゃない?」
・・・まさしくその通りだった。
翌日、オレは意気揚々と誘拐犯たちを自警団に引き渡した。
これで報酬が貰える、そう思ったのだが。
「すまないが、これは広域の依頼だ。
王都に報告しないと報酬は払えない決まりだ」
6日も待たされた。
◇
待ちに待った報酬を貰い、オレは帰途に着いていた。
懐は暖かく、足取りは軽く。
「オヤジの言うとおり、仕事をしたことになるな」
早くオヤジの驚いた顔が見たいものだ。
そう考えながら歩いていると、向こうから一団がやってくる。
もしやお姫様の御一行のお帰りか?
目を付けられても困るので、道の端に避けた。
すると、とある馬車がオレの前を通り過ぎたところで止まる。
そして馬車の扉が開き、誰かが降りてこようとしている。
目を付けられるような身なりだったろうか。
おかしなことにならないと良いが・・・。
「冒険者さん?」
馬車から降りてきたのは、これぞお姫様!というお姫様だった。
騎士様の作法に明るくはないが、とりあえず膝を付いておく。
思わずやってしまったが、これで良かっただろうか。
「そんなに畏まらないでください。
私と冒険者さんの仲ではありませんか」
「はい?」
いかん、思わず口に出てしまった。
それにしても、お姫様の知り合いなんて居ない。
誰かと間違えているのか?
「ああ、そうでした。
助けていただいたときは、変装をしておりましたからね」
「変装?」
「ええ、だから言ったではありませんか。
私は“坊主ではないと”」
・・・まさか。まさかまさかまさか。
「そして、こうも言いましたよね。
私の父は隣国の王なのです、と」
「あ、あのときの坊主・・・」
「ですから、坊主ではございませんよ」
思ったことを口に出してしまったオレは戦慄した。
これはヤバい。助ける際の数々の無礼な物言い。
もしかしなくても極刑に処されるのではないか?
数日ぶりに背中に冷や汗が滝のように流れていた。
「あのとき。そう、あのときです。
矢が当たらないよう抱きしめられたときに思ったのです。
いえ、心に決めたと言ってもいいでしょう」
「(必ず死刑にしようと心に決めたのか!)」
背中を流れる冷や汗は留まるところを知らない。
「この男性こそが私の王子様なのだと」
「はい?」
再度、思わず口に出た。
「あのときの冒険者さん、とても素敵でした・・・」
これはヤバイ。今度は別の意味でヤバい。
お姫様のこの目は、古より語り継がれる伝説の――
恋する乙女の目
あのとき急にしおらしくなったのは、こういうことか!
「初恋は実らないとのことでしたが、今回は違いますね」
オレに微笑みかけるお姫様を見て、慌てて説明しようとした。
「いや、待て。いや、待ってください。
あのときは坊主、じゃなくて、お姫様を助けようと」
「ええ、分かっております」
分かってない!全く分かってないぞ!
「恋は盲目」と言うが、この直向きさには恐れ入る。
大人として、年端もいかない子供を傷つけることはできない。
そう考えると上手く説明ができず、埒が明かない。
「姫様、お早く」
馬車の中から、女中らしき女性が声を掛けてくる。
「分かりました。今、参ります。
冒険者さん、きっと白馬に乗って迎えに来てくださいね」
お姫様が乗り込むと、馬車は颯爽と駆けていった。
あとに残るは、呆然と立ち尽くす冒険者・・・。
そう、オレは冒険者。
家出したところを拐われるお姫様とそれを助ける王子様。
そんな物語の主人公になっていた――都合のいい冒険者さ。
~次の依頼へ続く~
だが逆玉も捨てがたい。 by 冒険者




