幽霊退治での稼ぎ方~その3「正体」~
オレは言った。
「幽霊は居らんかね」
我ながら恥ずかしい台詞を口走ってしまった。
誰も居ない廃屋の見回りなので、全く緊張感がない。
念のため、いつもの装備は持ってきているのだが。
それも、どうやら無駄になりそうだ。
オレは宿の主人に場所を聞き、街外れの元別荘地に来ていた。
ここで三軒目になる豪華な別荘の中を調べている。
「ここは物置部屋か」
部屋の扉を開けてみると、そこには掃除道具やロープなどがあった。
庭の剪定のためのハサミも見える。
大した金にはならないので捨て置かれたようだ。
物置部屋を見たオレは、2階に上がる。
一つ一つ部屋を確認して、最後に大広間の中に入った。
「おっと!」
部屋の中央あたりで、足元の床を踏み抜いてしまった。
危ない危ない。オレは部屋の隅を歩くことにした。
大広間の右奥にある小部屋の中も確認し、屋外に出た。
以前はそれなりの別荘だったのだろう。
朽ちてはいるが、壁が白かったことは分かる。
白い壁の別荘か。掃除も大変だったろう。
そんなことを考えながら、次の廃屋へ向かった。
「!」
廃屋と言うには惜しい、まだ住めそうな別荘。
その2階の窓、何かが動いたように見えた。
子供の言うことも、あながち冗談ではなかったか。
幽霊であればまだ良いが、妖魔かもしれない。
オレはできるだけ気配を消して、慎重に別荘へ近づいた。
裏口の扉に耳を当てる。
よし、扉の向こうには誰も居ない。
素早く中に入り、周囲を確認する。
オレへの頼みは、あくまで見回りだ。
先ほど見えたモノの正体が幽霊であればいい。
神父様のお清めの出番で、オレはお役御免。
だが妖魔だった場合、話は変わってくる。
なぜなら、オレはこれでも冒険者だからだ。
晩飯と酒瓶1本に多少の上乗せはしてもらうがな。
「・・・!・・・!」
「・・!・・・!」
少しずつ奥へ進んでいくと、2階から声が聞こえる。
世の中には話せる幽霊も居るかも知れない。
だが、その線は薄いようだ。
多くはないが複数、何かが居る。
「このガキ、素直に吐きやがれ!」
「何度も言ってるであろう!
私の父は隣国の王だ!」
「頭がオカシイのか!
隣国に王子が居ねぇのは知ってんだよ!」
2階に上がり、会話が聞こえる部屋の前に来た。
何かが動いたように見えた窓の部屋だろう。
中で言い争っている。大人と子供の声だ。
「その上等な服を見れば、良いとこの坊っちゃんなのは分かる。
早くどこの家か言え!」
「だから何度も言っているではないか!」
「いい加減にしやがれ!」
分かった。
中に居るのは人間の子供と人間の大人だ。
幽霊は身代金の要求先を聞き出そうとはしない。
要求先を聞き出せていないのも、今の会話で分かった。
子供のほうが話をはぐらかしているようだ。
さてと。聞こえてくる大人の声は1人分。
単独犯だからオレだけでも何とかなるが、問題は子供だ。
不意を突いて飛び込んでも、まだ向こうのほうが子供に近い。
盾に取られて、身代金の要求先が2つになっても困る。
オヤジに何と言われるか分かったものではないし、
こんな失態を見せれば娘さんとのお出かけはご破算だろう。
さて、どうする・・・。
「不毛な議論で喉が渇いたぞ。水を持て」
「ちっ。
持ってきてやるから、飲んだら素直に吐けよ」
素晴らしい子供だ。
まるでオレの心の声が聞こえているような見事な誘導だ。
誘拐犯がこちらに近づいてくる気配を感じながら、
オレはゆっくりと剣の柄に手をかけた。
そして。
「ぐはッ!」
誘拐犯は部屋を出たところで、床に崩れ落ちる。
安心しろ、柄で後頭部を殴っただけだ。
上手く気絶させられたのを確認して、剣を鞘に収める。
万に一つとは思うが「ごっこ遊び」の可能性も捨てきれない。
遊び相手を殺しました、では子供にトラウマを植え付けてしまう。
部屋に子供しか居ないことを確認して、中へ入る。
子供は椅子に縛られていたので、まずはロープを解いた。
「ちょっと待っていてくれ」
オレは解いたロープで、気絶させた誘拐犯を縛る。
さらに猿ぐつわをして、大きな声を出せないようにする。
よし、これで目を覚ましても大丈夫だろう。
「そなたは?」
子供が不安そうな目で聞いてきた。
「冒険者だ。助けに来た」
本当は成り行きだが、正義の味方のように答えておいた。
この台詞を一度は言ってみたかった、ただそれだけだ。
「一応聞いておくが、コイツに拐われたのか?」
「そうだ」
「そうか。よく頑張ったな、坊主」
「無礼な!坊主ではない!」
どうやら誘拐犯が話していたとおり、良いとこの坊っちゃんのようだ。
上から目線の態度を、ありありと感じる。
ここは一つ、大人として大切なことを教えねばなるまい。
「坊主、助けてもらったお礼は?」
「坊主ではないと言っておるだろう!」
「・・・坊主、お礼は?」
「・・・」
「では、オレは先に帰る。
そろそろ日も沈む頃だ。早く街に戻らねば」
「ま、待て。一緒に・・・!」
「お礼は?」
「た、大儀であった」
まだ上から目線を感じるが、こんなところだろう。
実際、日が暮れ始めているので、早く戻る必要がある。
お礼の言い方については、また次の機会にしよう。
オレは誘拐犯を起こして、前を歩かせた。
もちろん誘拐犯と繋いだロープをしっかりと握っている。
1階へ降りながら、ふと誘拐犯と坊主のやり取りを思い出した。
「隣国の王の息子なんて誤魔化し方、よく思いついたな」
純粋に感心して、坊主を褒めたつもりだった。
「本当のことだ!」
だが、まだ坊主は隣国の王の息子設定を続けている。
オレもまだ信用されていないのかもしれない。
怖い目にあったのだ、無理からぬことか。
安心させようと、明るく坊主に話しかける。
だが、オレは気づけなかったのだ。
「家まで送ろう」
子供が見せる表情の僅かな緊張に。
「こんな時間だ。
帰りが遅いのを、きっと心配してる」
そしてオレは見落としていたのだ。
「帰ったら、まず風呂に入ると良い。
気分が落ち着く」
別荘の扉を開ける、このときまで。
「「「あ・・・」」」
――誘拐犯が単独犯ではない可能性に。




