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私は、幸せでした。  作者: 凸守ハル
3/3

プロローグ3

──数分後

「到着!」

 森を抜けたすぐ先、川のほとりにある──暗くて外観はよく見えないが──立派な木造の平屋に着いた。

 周りは何事にも形容しがたい、異様な雰囲気に包まれている。

「ここは?」

 その怪しげで、場違いなほど立派な建物を見遣りつつ、訝しげな表情で尋ねた。

「私の家だよ。周りには風の結界が張ってあるからかなり安全さ」

 シーナは相変わらず高いテンションで答え、私をおぶりながら意気揚々と家の中に入りベッドの上に寝かせ明かりをつける。家の内装はお洒落なナチュラルモダンで、一人で住むには十分すぎるほど広い。そして目の前には緑色のワンピースに四つ葉のピアス、そして綺麗なアッシュブロンドのロングヘアーを編み込みハープアップにした可憐な少女の姿があった。

 この少女は何者なのだろうか。悪い人ではないのだろうけれど、得体の知れない人に治療されるのはものすごく怖い。

──恐る恐る、怖々とした声で聞いた

「あなたは……一体、何者なんですか……?」

 くるりと踵を返し、私を見て然知ったりと言わんばかりの表情を浮かべ

「あー、そういえば自己紹介してなかったね」

「私の名はアオス・シーナ。『風神の加護』の使い手だよ」

「気軽にシーナって呼んで!」

 シーナは優しく、そして暖かい春風の様な笑顔でそう言った。

 早速治療を始める──シーナはベッドの横の椅子に腰掛け両手を重ね、私の胸元に当てた。

「風神の加護には治癒力もあるから、傷を全て治してあげるよ」

 シーナはパッチリとした大きな瞳を可愛らしさを助長する二重瞼で覆う様に目を瞑る。

 ──刹那、湖畔に吹くそよ風の様な心地良い風が全身を包み込む。

「あ……。あぁ……」

 あまりにも優しい風と、気持ち良さで声が漏れてしまった。

 それと同時に、先ほどまで身体中を縛り付けていた痛みが気化する様に全身から抜け、傷もまるで存在すらしていなかったかの様に元通りになって行く。

「──治療完了」

 シーナは清風の様な清々しい笑顔でそう呟き私の胸に当てた両手をゆっくりと離す。

 ありがとうございます。──私は恭しく礼を述べゆっくりと上半身を起こし、両手を何度か開閉する。

 完全に痛みは消えていた──それどころか天高く飛べそうな程身体が軽い。

「なんてお礼をしたらいいか分からないけれど、この恩は必ず返します」

 シーナの薄緑色の目を見て言った。

 お礼なんていいよ。そう一言いうと

「代わりに君のことを教えてよ」

 シーナは凱風の様な、柔らかく暖かい笑顔でそう言った。

「私のこと……?」

 自分のことを思い出そうとした瞬間──頭の中で水面(みなも)の波紋が広がっていく様に痛みが響く。

 痛みで顔を(しか)めながら側頭部を右手で押さえた。

「言いたくないなら言わなくていいよ」

ショートヘアの綺麗な白髪を微弱に揺らしながら苦痛に歪む顔を見て、シーナは周章狼狽しながら言った。

「違うんです……。私は、自分の事が分からないんです」

少女は元の色白な顔を蒼白させながら話す。

「思い出そうとすると、まるで何者かに拒まれるように頭痛が起きて、思い出せないんです。すみません……」

「何者かに拒まれる様に?」

 シーナが懐疑的な表情を浮かべ鸚鵡返(おうむがえ)しをする。

「はい……。イメージ的にはそんな感じです」

「そっかー……」

 ──刹那の沈黙

「自分の名前は──」

「名前も思い出せません」

 少女が伏し目がちで食い気味に答えた。

 なるほど。とシーナは呟き

「じゃー、名前つけてあげるよ」

 と、笑顔で不意に提議した。

「え……?」

 予想外の言葉に少女が動揺する。

「名前がないと不便でしょう?」

「それはそうですけど……」

「考えるから、ちょっと待ってて」

 そう言って、可愛らしい口元に手を当て先ほど──傷を癒してくれた時みたいに──目を閉じる。

 ──数分時が経ち、シーナは徐に口を開く。

「──楓風ってのはどう?」

「フウカ?」

「そう!『楓』と『風』で楓風」

 シーナが得意げに嬉々とした表情で名前の説明をする。

「『楓』の花言葉には『大切な思い出』『美しい変化』『遠慮』の三つがあるの」

「そ、そうなんですか」

 シーナはうんうんと頷き

「君は謙虚で奥ゆかしい良い子だ。だから君の変化を『風』として一番近くで見ていたいし、大切な思い出の一部になりたいんだ」

「楓風……。良い名前ですね」

 微笑を浮かべ、その名を噛みしめる様に呟く──名前をもらうのはこんなにも嬉しい事なんだと。

 何もかも無くした少女は名前──存在を認識し、識別し、証明できる、この世に一つの、そして意味のある呼称──を貰い受け

「行くあてもないなら私の家に住めば良いし、時が来たら一緒に楓風の記憶を探す旅に出よう」

 優しい眼差しで楓風の頰に右手を添え、穏やかに言う。

「本当に……いいんですか?」

「えぇ」

シーナは柔らかく頷く。

「じゃあ……よろしくお願いします」

 楓風は目に大粒の嬉し涙を浮かべながら笑顔で言った。

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