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「暗いから、足元に気をつけてね」

「はい」

 ぺしゃりと、私たちは降り立った。

 何というか、競技場のような場所だった。天井のない平坦な広場の周りに、壁を隔てて一段上がって、すり鉢状の観客席が並んでいる。

 そして、べらぼうに広い。真ん中辺りに着陸したのだが、壁まで四方二百メートルはある。

 それから、

「水?」

「ええ。ここは水棲生物の特徴を持った人たちが、運動場として使っていたそうね。といっても、今ある水は私が張ったものだけど」

 水は足首に届くかどうか、とても浅くて泳げたものではない。泳ぐ人ももういないのだろうけど。

 あと、水をどうやって張ったのだろう。神様ともなれば、それくらいできるものなのか。

 そんな疑問をよそに、みーちゃんはにやりと笑った。いつもの優しげなものとは違う、どこか挑戦的な笑みだった。

「さて。では、始めましょうか」

 そう言って、みーちゃんはすうっと息を吸った。


 みーちゃんは静かに詠い始めた。

「……誰も知らない命の行方を、星に訊ねるほかはない」

 吟じるように朗々と、ささやくようにひそやかに。黒い水面と暗い夜に、染み渡るように響いていく。震えるような音韻は、夜の世界に如実な変化をもたらした。

 ざあっと、風が吹いて。

 雲が、晴れる。

 都市を覆っていた雲が、潮の引くように消えていく。あるいは幕が開くように、秘密が暴かれるように。

 雲は別に、空のすべてを隠していたわけではなかった。昼間は青空がよく見えて、それは夜でも変わりないはずだ。

 なのに、濃い霧が晴れたようだった。ぱあっと全天が輝いた。幾万幾億の星々が、まばゆいほどにきらめいて、瞬いていた。

「けれど星は天に高く。呼び声が届かないのなら……」

 みーちゃんはぴしりと足元を、水の浸った床を指差す。

 星が灯る。

 ぽつぽつ、ぽつぽつ、雨が波紋を広げるように、星の光が宿っていく。すぐに水面は、まるで二つ目の夜空のように、星の輝きで満たされて、ぼうっと発光しているようになった。

「今だけ、降りてきてもらいましょう」

 みーちゃんはもう一度、にやりとした笑みを浮かべると、やがてそれを優しげな微笑みに変えた。大きく翼を広げ、右手を空に、左手を地面に差し伸べる。

 それは、神秘の儀式だった。

 天地の別なく銀河を映して、壮絶なまでの星光が満ちる星の海。かがやく水面の只中で、まばゆい夜空を背負って、みーちゃんは白い翼をばさりと広げる。そして、ふわふわと浮遊し始めた。

「願いなさい」

 ぶわりと、光が舞った。

 蛍のような燐光が、水面から無数に立ち昇る。それはゆったりとした流れの中で、みーちゃんの翼を取り巻いた。光を纏うみーちゃんは、疑いようもなく、神々しいまでに神さびて、神聖なほどに神がかった、正真正銘の神様だった。

「みーにゃん、願いなさい。星に伝えるのよ。あなたの家族が、どんな人だったかを」

 みーちゃんは静かに言った。私は導かれるように息を吸って、夢のような一歩を踏み出した。

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