8
「暗いから、足元に気をつけてね」
「はい」
ぺしゃりと、私たちは降り立った。
何というか、競技場のような場所だった。天井のない平坦な広場の周りに、壁を隔てて一段上がって、すり鉢状の観客席が並んでいる。
そして、べらぼうに広い。真ん中辺りに着陸したのだが、壁まで四方二百メートルはある。
それから、
「水?」
「ええ。ここは水棲生物の特徴を持った人たちが、運動場として使っていたそうね。といっても、今ある水は私が張ったものだけど」
水は足首に届くかどうか、とても浅くて泳げたものではない。泳ぐ人ももういないのだろうけど。
あと、水をどうやって張ったのだろう。神様ともなれば、それくらいできるものなのか。
そんな疑問をよそに、みーちゃんはにやりと笑った。いつもの優しげなものとは違う、どこか挑戦的な笑みだった。
「さて。では、始めましょうか」
そう言って、みーちゃんはすうっと息を吸った。
みーちゃんは静かに詠い始めた。
「……誰も知らない命の行方を、星に訊ねるほかはない」
吟じるように朗々と、ささやくようにひそやかに。黒い水面と暗い夜に、染み渡るように響いていく。震えるような音韻は、夜の世界に如実な変化をもたらした。
ざあっと、風が吹いて。
雲が、晴れる。
都市を覆っていた雲が、潮の引くように消えていく。あるいは幕が開くように、秘密が暴かれるように。
雲は別に、空のすべてを隠していたわけではなかった。昼間は青空がよく見えて、それは夜でも変わりないはずだ。
なのに、濃い霧が晴れたようだった。ぱあっと全天が輝いた。幾万幾億の星々が、まばゆいほどにきらめいて、瞬いていた。
「けれど星は天に高く。呼び声が届かないのなら……」
みーちゃんはぴしりと足元を、水の浸った床を指差す。
星が灯る。
ぽつぽつ、ぽつぽつ、雨が波紋を広げるように、星の光が宿っていく。すぐに水面は、まるで二つ目の夜空のように、星の輝きで満たされて、ぼうっと発光しているようになった。
「今だけ、降りてきてもらいましょう」
みーちゃんはもう一度、にやりとした笑みを浮かべると、やがてそれを優しげな微笑みに変えた。大きく翼を広げ、右手を空に、左手を地面に差し伸べる。
それは、神秘の儀式だった。
天地の別なく銀河を映して、壮絶なまでの星光が満ちる星の海。かがやく水面の只中で、まばゆい夜空を背負って、みーちゃんは白い翼をばさりと広げる。そして、ふわふわと浮遊し始めた。
「願いなさい」
ぶわりと、光が舞った。
蛍のような燐光が、水面から無数に立ち昇る。それはゆったりとした流れの中で、みーちゃんの翼を取り巻いた。光を纏うみーちゃんは、疑いようもなく、神々しいまでに神さびて、神聖なほどに神がかった、正真正銘の神様だった。
「みーにゃん、願いなさい。星に伝えるのよ。あなたの家族が、どんな人だったかを」
みーちゃんは静かに言った。私は導かれるように息を吸って、夢のような一歩を踏み出した。