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「……私は、キユウ・ミニヤ。実験体癸酉-328番」
神様という自称を、私は驚くほどすんなりと受け入れた。さもありなん、という感じで、むしろ、あの異質さを既知の概念で分類できたことに、安堵してさえいた。
それはともかく、
「ミニヤちゃん。みーにゃんね」
「ぇと……はい」
やけに声が近くて、私は少し身を縮ませた。居心地の悪さを誤魔化すように、膝の上の熱源を撫でる。尻尾の羽で床を掃く。
かー。
私の膝には、白いカラスが。みーちゃんの膝には、私が載っている。なぜこうなったのかと言えば、押し負けたからとしか言いようがない。
体格差は文字通り大人と子供。私の上半身は、みーちゃんにすっぽりと抱え込まれてしまっている。私の身長が120センチとして、彼女は160を超えるだろうか。
私を抱えたみーちゃんが、わざわざ耳元で囁く。更に肩を狭めた私は、けれども、すぐに答えを探して頭を働かせることになった。
「じゃあ、みーにゃん。あなたはどうしてここに来たの?」
どうして、ここに。
それは私がみーちゃんに聞いたことだ。そして、私にも一つの目的がある。その目的を果たすために、果てしないほど広い海原から、この都市を見つけ出して訪れた。
けれども、それを彼女に話してしまっていいものか。
迷う時点で何かあると言っているようなもので、みーちゃんはそこで押してきた。抱っこのことといい、こういう人格なのだろう。
彼女は優しく微笑んで、私に提案をした。
「じゃあ、話してくれたらその目的を手伝ってあげる。どう?」
その言葉は、彼女とは少し違った意図で、私に決心をさせた。つまり、私の目的を告げたとき、神を名乗る彼女はどうするのか。雲を掴むように茫洋とした、途方もない私の目的を。
困るだろうか。戸惑うだろうか。それはごく小さな悪戯にも似ていて、けれど、裏返しの期待がないとは言えなかった。
私は言った。
「お母さんとお姉ちゃんたちを、知りませんか?」
「私が生まれてすぐ、お母さんはお姉ちゃんたちと一緒に、この都市にやって来たそうです。私は物心ついたときから、ここでしたけど」
私と同じ五枚の翼を持った、二人の母と五人の姉たち。みんな揃って、白い髪と白い羽に、白い肌と白いスク水。
そして、真っ赤な瞳をしていた。
「都市での暮らしは、正直そんなに覚えていません。私はまだ空を飛べなくて、手を繋いで歩いて、子供らしく遊んで暮らしていました」
あの小さな公園。大きな交差点。立派な歩道橋。低い視点からの景色を、断片的にだけ、記憶している。
「今思えば、この都市には変な人が……つまり、人と人でない生き物の特徴を併せ持った人が、たくさん暮らしていたように思います。そして母や姐たちが、生まれ故郷の話を頑なにしようとしなかったことも」
それは傍証に過ぎなくて、直感でしかない。ただ、
「私たちは、逐われて逃げてきた。他の人もみんな。そして、だから、本物の人間がこの都市を滅ぼしにやって来た……んだと、思います」
黒い轟音と、赤い熱気。怖くて震える私の手を引いたのは、母でも姉でもなかった。それでも、その導きに従って、私は飛んだ。生き延びた。
私だけが。
「もしかしたら、どこかで生きているのかもしれない。会えないのは、互いの場所が分からなかったり、怪我をして動けなかったり、忙しかったりするのかもしれない」
何度も何度も自分に言い聞かせてきた言葉だった。そして、すぐに意味をなくした言葉でもあった。
自惚れでなく、末っ子の私は愛されていた。きっと探しに来るはずだ。私たちには、大きな翼があるのだから。
けれど、何年経っても、誰にも会えなかった。
「でも、ここで死んでしまったのなら……私は、確かめたいんです。生きているかも、なんて、忘れていられない。みーちゃんが神様なら、何か知りませんか?」
私は体をひねって、みーちゃんの方を振り向いた。その時初めて、太陽の光が窓から消えて、教会が真っ暗闇に沈んでしまっていることに気づいた。
その真っ暗な中で、私はみーちゃんの赤い瞳をじっと見つめた。スク水の知覚補助は暗視にも対応している。
母のような、姉のような瞳を、見つめた。
「みーちゃん、お願いします。どうか、お願い」
みーちゃんもまた、私をじっと見つめていた。暗い教会は、音さえ閉ざされたようだった。
長いのか、短いのかも分からない時間の後、
「……いいでしょう」
みーちゃんは、しずかに微笑んだ。