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 さり。さり。しょり。しょり。

 静まり返った街並みに、足音はやけに大きく響く。白く砂塵に汚れた道路を、私は歩いている。

 矛盾する物言いだけれど、汚れている割には、道路はけっこう綺麗だった。つまり、罅や割れ目がなくて、壊れていない。ただし、中央の白線はひどく薄れて、見て取ることは難しい。

 段差のついた歩道はレンガブロックで舗装されている。淡い色味は輪をかけて褪せ、砂に覆われて、今は寝ぼけたような白。けれども、草がぼうぼう伸びていたりとか、破損とかはほとんど見られない。

 道はあの頃のままだった。私は記憶の中の世界へ、色味のぼけた夢として迷い込んでいるのではないか。そんな考えが過ぎるくらいに。

 それはひどく不思議なことだった。道の左右に並ぶ建築物はことごとく破砕され、更地とまではいかないが、三階より上の階層を残しているものは稀だ。それなのに、道には傷一つなく、また瓦礫や砕片などの落下物も全く見られない。まるで綺麗に掃き清めてから、わざわざ砂を撒いたかのようだった。

 そして何よりも、そんな不思議を異様と思えない私がいることが、最大の奇妙だった。まさに私は、夢を見ているように違和感を麻痺させて、目の前の光景を受け入れていた。

「……なんか、ね」

 私は小さく呟いて、歩を進めた。さり、さり、音は響く。やけに大きく、少しだけ小気味良く。

 耳が痛くなるような、気の遠くなるような静寂の中、白い風景が古びた記憶と重なっていく。私は埋もれそうな足音をよすがに、ささやかな現実感を歩き続けた。


 記憶を頼って、足に任せて辿り着いたのは、さほど大きくもない公園だった。

 鉄棒が三種類の高さ。滑り台が一つ。ブランコが二人分。遊具ではないが、小さな東屋と水飲み場。あとは砂地があるばかりの、小ぢんまりとした遊び場だ。

 遊び場だった。

「ああ……」

 私は嘆息を留め得なかった。鉄棒も滑り台もブランコも、ひどく錆びて、腐り落ちていた。白い砂塵を被って、覚めることのない眠りについていた。

 しゃり。

 踏み固められることのなくなった砂地は、少しやわらかく感じた。私にはそれが、ぐんにゃりと力を失った皮膚のような、どこか不吉なものに思えた。

 しゃり。しゃり。

 私は公園の片隅に足を向けた。記憶の中、青葉の茂る木陰にあった焦げ茶色の東屋。まばらな木漏れ日と、青い空。擦りむいた膝の痛みと、泣く私と、優しく抱きしめてくれた微笑み。

 今、樹木は一本もなかった。東屋は帽子のような屋根を失って、雨晒しの座席も、寄りかかって肘をかけるのにちょうどいい高さの外壁も、白い砂塵で覆われていた。

 白く汚れた、清浄な眠り。それが、私の記憶のことごとくを舗装していた。私はもう理解した。この都市の全てが同じ状態にあって、私だけがそうではないということを。

 ふと見上げた青空ばかりは、あの頃のままだったけれど。

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