1.ヒトゴト
第1話
白井青年が見かけた事故。
いつも通りがそうじゃなくなる瞬間だった。
ニュースをみて知る、薄情な自分の姿を。
コレは17歳の俺が体験した
奇妙奇天烈摩訶不思議で
キラキラした
忘れられない夏の話。
自慢したくってさ、話すから。
よかったら聞いてよ。
「幽霊ユウコは良い女」
キキーッ!!……バァーンッ!
それはハリウッド映画の様な派手な衝撃音ではなく
確かに生身の人間と、車という鉄の塊が
"ぶつかった"という音だった。
「事故か。うーわ、ありゃやべーっしょ。
ライブ前だってのに、不吉なもん見たなー」
数百メートル先で響き渡った音と
一瞬の静寂の後にわらわらと集まる
野次馬の景色を見つめた後
白井 新はライブハウスへ向かった。
その日のライブは可もなく不可もなし。
手応えもない内容で終わり自宅へ帰った。
明日の学校は起きれた時間で
行くか行かぬか決めようかな。
なかなかにタルんだ性格の新は
ボンヤリと明日のこと考えながら
ヤニ臭い服を洗濯機にぶちこみ
汗とホコリでベタついた体をシャワーを浴びてリフレッシュした。鼻の奥に残るタバコの香りは後で歯磨き粉のミント味に変えよう。
新はこの時間が割と好きだった。
時刻は1時過ぎ。
家族を起こさないように自室に戻り
ギターを軽く磨いてベットに沈んだ。
電気を消す。
ふと、ライブ前に見た事故の光景がよぎった。
あかの他人だとこうも興味が無いものか。
「人間とゆー生物は、薄情ですねぇ〜」
ボソり独り言、携帯のアラームをセットし…
「あれ、充電切れてたか。まいーや」
そのまま、すばやく、ぐっすり眠りに落ちた。
…。
夢を見た。
女の子が走ってる。
息を切らしながら夜の街を。
確かに前を見つめていて
苦しいはずなのに
どこかワクワクしているのかな。
口元は笑っていて。
視線は彼女に移って
リアルな情緒が漂うこのシーンで
遠く、遠くで光る月がとても愛しく見える。
頬をつたう涙が…顔は…。
目が覚めた。
夢を見ていた。
内容は起きた直後だからうっすらと残っていた。
なんとなくエモーショナルな感じ。
この感覚は久々だ。
そう思った新はボサボサの髪をそのままに
一ヶ月分は積み上げられた週刊少年誌の山の間から
"題名のないノート"を引っ張り出して
ドラマ仕立て、閃き科学者のごとくペンを走らせる。
「…よーし。」
書き終えると、
絶対に誰にも見られたくない
思春期男子の赤裸々ノートを閉じて
携帯を開ける。時間を確認するためだ。
「あ、充電切れっぱだったか。」
"題名のないノート"と銘打たれた新の"秘伝"は
有名な名言やふと浮かんだフレーズ
心に響いた名セリフなどなどを書き溜めておく
いわゆる赤裸々ノートで、
かれこれ一年は使っているがまだ半分残っていた。
白井 新17歳は
千葉県船橋市の高校に通う二年生。
基本的にはズボラでテキトー
しかし気弱で目上の者には逆らえない。
身長180cmと高身長だがガリガリで
色白でいつも眠そうな雰囲気の新は
「もやし日本代表」略してもやしと呼ばれている。
サブカル真っしぐらのバンドマンだ。
昨日はそのバンドでライブがあり
ライブハウスでの精算などを終えメンバーと飯を食い
その日の反省会をする訳でもなく
あーだーこーだ喋って
0時過ぎに家に帰って眠りこけていた。
カーテンを開けると
夏の近い6月、日本を駆け足で蒸し上げる
太陽の光が部屋を満たした。
なんとなくわかった。10時半くらいだろう。
マンション暮らしの新は
家に誰もいないこともなんとなくわかった。
とりあえず時間を確かめるために
手っ取り早くリビングに行こう。
そう思い立ち上がると
ある程度充電が完了した携帯が一人でに再起動した。
切れてる間に届いたメールを自動受信する。
ブーブー 一通
ブーブー 二通
ブーブー 三通
あ?
ブーブー ブーブー ブーブー ブーブー
その後も立て続けになっていた。
「昨日来てくれた人達からかなぁ。
お礼言わずに寝ちったよ…。」
そう思ったが確認せずリビングへ。
テレビの電源を入れる。
9時45分。
「そこそこ寝たなぁ〜。
…あ?これ昨日俺が見た事故じゃね」
終わりかけの朝のニュースが
足早に報道をしていて
とりあげているニュースの一つが
昨日新がたまたま見かけた事故だった。
「千葉県市川市で昨日、
居眠り運転をしていたトラックが信号を無視。
通りを渡っていた17歳女性と接触し
近くの病院へ搬送されましたが亡くなりました」
「うわ、同い年かよ。」
「被害にあった女性は
千葉県船橋市 叶高校に通う
まだ高校二年生の女性でした。」
「…え?」
「…マジかよ」
トリハダという言葉を考えた誰かさん。
今私の肌は間違いなく鳥に負けない肌触り。
そんな事を頭に浮かべつつ気を取り直す。
テレビに反射した自分は
とても不謹慎で非常識な若者に見えてしまい
偏見の眼差しで見つめ返した。
ニュースキャスターが続ける。
「本当にこういう事故が後を絶ちません
歩行者がルールを守っていても起こる。
これじゃ防ぎようがないですよね?
ドライバーの皆さんもそうですが、
雇う企業もその体制を見直して…」
定型文は途中で耳から遠のいた。
身近な人の出来事を、ものすごく近くで
他人行儀に見流したのだと痛感した。
「あ!携帯!」
思い出したように部屋に戻る。
ご冥福をそっと祈る。
メールの内容は大体想像ついた。
立ち会うデキゴト。
心はヨソゴト。
そうは行かない、不思議な夏の入り口。