奴隷を夢見たぽんこつウサギ1
お父さんとお母さんが帰ってこない。
もう何日も帰ってこない。
どこへ行ったの。
「お腹すいた……」
キノコも木の実も、もう残ってない。
このままじゃ元気が無くなっちゃう。
なにか食べたい。
ラビもお外に出ないといけない。
でもお外には怖い魔物がいるから絶対に出ちゃダメだってお母さん言ってた。
でもお外に出ないと食べ物がない。
でもお外に出ちゃダメ──。
ううん。
大丈夫。
この長い耳で怖い魔物が近くにいたら分かる。
「だからお外に出る」
出た!
ドキドキする。
な、何だか凄く悪いことしちゃった気がする。
お外に出たことがバレたら怒られるかな。
でもしょうがない。
お外に出ないと食べ物がないからしょうがない。
怒られたらいっぱいごめんなさいしよう。
お手伝いいっぱいすればきっと許してくれる。
早く食べ物を探しに行こう。
まずは耳を澄ませて、魔物がいないか調べてみる。
ん……。
魔物の気配はない。
大丈夫。
でも食べ物はどこにある?
森にある?
木がたくさん生えているし食べ物もありそう。
うん。
森にいく。
10歩も歩けば森がある。
木がいっぱいあって先がぜんぜん見えない。
耳だけがたより。
それにしても。
「ふう……」
何だか気持ちが良い。
ずっと外に出てなかったから。
空気がきれい。
とても落ち着く。
やっぱり外にはちょくちょく出たい。
ラビのおうちは暗くてジメジメしてるから、尻尾にカビが生えそうだった──。
あれ?
誰かいる。
お父さんとお母さんかな?
「ふひぇひぇ。こんにちは。ウサギさん」
「えっ? おじさんだれ?」
「ワタクシはアナタをさるお方のところへエスコートさせて頂く者です」
たゆんたゆんお腹が揺れてる。
知らない人だ。
この人は何を言ってるんだろう。
「えすこーと?」
「これは失礼。アナタをさるお方のところへご案内させて頂くモノです」
「ご案内? どこかに行くの? でもでも、お父さんも、お母さんも知らない人と口きいちゃダメだって言ってたからダメ」
「それは困りましたねえ」
でも、口をきかないだけでこの後どうすればいい?
そこまで、教えてくれなかった。
ラビも困った。
ぐぅう……。
あっ、お腹が鳴いた。
「お腹が空いているのですかね? ではこれを差し上げましょう。ビスケットですよ」
「いいの? ありがとう!」
「ふひぇひぇ。これでもう知らない人じゃないですよね?」
確かに。
たゆんたゆんのおじさんは食べ物をくれるいい人。
このビスケットはカリカリしていて美味しい。
悪いおじさんならこんなに良いものくれないと思う。
「さて、お腹はいっぱいになりましたかね。ああ、そうだ。アナタお名前は?」
「ラビ」
「そうですか。いいお名前ですね。ラビ。アナタには奴隷になって頂きたいのです」
「どれい?」
「そうです。奴隷です。とある方と家族になっていただきたいのです」
「でも、ラビにはお父さんもお母さんもいる」
帰ってこないけど家族はいる。
「もっと、親しい仲になるんですよ。さるお方は凄い人ですので贅沢できますよ?」
「凄い人? ぜいたく?」
「ええ、奴隷になればお腹一杯食べられるし、綺麗な服も着られるし、気持ち良いこともいっぱいしてもらえますよ」
奴隷凄い。
「ラビ凄い人の奴隷になる!」
「そうですかそうですかではこれをどうぞ」
「この首輪と鎖はなんなの?」
「ふひぇひぇ。奴隷である証ですよ。王様の王冠みたいなモノです」
たゆんたゆんのおじさんはそれからいろんな事を教えてくれた。
奴隷は本当に凄い。
「でも何でラビなの?」
「ブラウンラビッ種はこの島にしかいない特別な種族。アナタは特別に選ばれた存在なんです」
「特別? 選ばれた?」
ラビは特別。
ラビは選ばれた存在。
だからたゆんたゆんおじさんが迎えに来てくれた。
ラビは凄かったんだ。
「はー。何だか今なら何でも出来る気がしてきた!」
「えっ? ああ、はい。立派な奴隷になりましょう」
「でも奴隷って何を頑張れば良いの?」
家族って言われてもピンと来ない。
お手伝い頑張れば良い?
「ふひぇひぇ。いつも元気で明るく過ごしていればそれで良いんですよ。簡単でしょう?」
「そんな簡単な事なの?」
「それが出来ない奴隷が多いんですよ。出来ればもっと良くしてもらえるんですけどねえ」
じゃあ頑張って明るく元気に奴隷する。
ラビは絶対に立派な奴隷になる!
「ふひぇひぇ。アナタはパンケーキにバターを乗せた様な肌と髪の色をしていてとても美味しそうですからね」
「ぱん? ばたー? えっ、ラビを食べるの?」
「それだけ魅力的だという事です。笑顔を心掛ければもっと可愛らしく映えますよ」
ラビの見た目も特別?
立派な奴隷になる為には笑顔も必要。
うん。
やってみよう。
「にこぉ」
「あ、ダメですね。不自然極まり無いです。向こうに着くまでに練習しましょう」
「えっ?」
ダメだった?
結構自信あったのにダメなんだ。
「頑張る。でも向こうって何処に行くの?」
「海を渡るんです。そろそろ、納得頂けたみたいですし、行きましょうか」
海を渡る?
泳ぐの?
あんまり水に入ったことないから自信ない。
「チッ。説得できたんですかい?」
「力づくで連れていけばいいのによ。ぺっ」
「だ、誰?」
知らないおじさんが増えた。
舌打ちおじさんとツバ吐きおじさん。
変な人たち。
「がらが悪いですが、用心棒です。怖い魔物からアナタを守ってくれますよ」
「大人しくしてるんだぜ? おれぁ、バカだからよ、すぐキレちまうぜ? ぺっ」
「チッ。ガキ相手に何言ってんだバカかお前」
なるほど。
こうやって舌打ちしたり、ツバ吐いたりして魔物を威嚇してるんだ。
だって近寄りがたい。
しかも、二人で威嚇しあい始めた。
「さあ、行きましょうか」
チッ、チッ、ぺっ、ぺっするおじさんたちは張り切って魔物を威嚇してくれている。
これなら安心出来る。
お父さんとお母さんに何も言わずに出ていったら怒られそうだけど、ラビは特別。
だからしょうがない。
ラビが行かなきゃダメ。
新しく増えたおじさんたちの後について行こう──。