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第五奏 妖精になった少女

時刻は昼を過ぎていたが、酒場食堂にはまだ活気が溢れていた。


ここは料理や酒を提供するのが主だが、王立都市であるミラバーンの政府が発行する依頼書を掲載する公認斡旋所も兼ねている。


依頼書とはつまり仕事の依頼が掲載されている紙のことである。その依頼書に記載されている要件をこなす代わりに、報酬を受け取る仕組みだ。


内容は政府からの大規模な作戦への参加公募から私的な依頼まで多岐にわたる。昨夜の倉庫管理も依頼書を通した仕事だった。


イルヤはエーヴィアの姿が他の人に見られることがないよう、食堂の片隅の席に座っていた。


その小さな身体のどこに収めているのか、信じられない速度で料理を腹の中へと収めていくエーヴィアを眺めながら、イルヤは考え込んでいた。


「さっきの話、本当なんですか?」


イルヤは先ほど、エーヴィアのことでいくつかの質問をした。エーヴィアはイルヤの質問に全て答えた。


それによると、エーヴィアは妖精になる前はもともと人間だったと言う。さらに、人間だった頃は"バード"という職業の最高位ランクの存在で、かなり有名な人物であったらしい。


「ほんとだよ! あ、さては信じてないな?」


「そういう訳じゃないですけど」


「あと丁寧な言葉遣い禁止ね!」


「あっ、えっ……」


「今から禁止ね! はい、スタート!」


そうエーヴィアに言われ、イルヤはひとつ咳をしてから再び話し始めた。


「いや、何というか、あまりに突飛な話だったから……」


まず妖精がそもそもは人間だったというのにも驚いたし、バードという単語には聞き馴染みが無く、エーヴィアという名前の有名人にも心当たりは無かった。


「そういえば昨日の夜も、バードの能力がなんたらって言ってたけど、バードって何なんだ?」


「バードのこと知らないの? 本当に?」


エーヴィアはまだ納得していないようだった。


イルヤが首を縦に振ると、エーヴィアは「やれやれ」と言って説明し始めた。


「まあ、簡単に言うと、音の力を使って、モンスターや動物を扇動したり沈静化して、パーティの中で戦闘を有利に進めていく職業なんだ」


「扇動っていうのは、対象を怒らせたり、呼び寄せたり、要するに意のままに操ることね」


「イルヤが昨日の夜、奏器(ダウ)を使ってマトラの群れを呼び寄せたよね? あれは、マトラが助けを呼ぶ時の鳴き声を奏器(ダウ)で再現したの」


「それだけが全てじゃないけど、"バード"は、モンスターの特性の知識と、演奏や音楽の知識、この両方を兼ねそなえた高度な職業なのよ」


「なるほど……」


昨夜のマトラの群れの暴走については、今ので説明がついた。楽器を演奏してモンスターや動物に対してそういった“扇動”が出来るということも分かった。


そういった知識があることから、エーヴィアもかつて“バード”だったということも嘘じゃないのだろう。


「……で、どうして今は妖精の姿に?」


「うーん、それが分かんないんだよな~。気付いた時には木箱の中だったし……」


結局のところ、重要な疑問については何一つ分からないということのようだ。


希望の鳥(ウィッシュバード)になると人は本当の鳥になる、ってことなのかも? 鳥ってか妖精だけど」


希望の鳥(ウィッシュバード)とは職業“バード”における最高位ランクの名称のことらしい。イルヤにとっては何度聞いてもピンと来ない話だった。


「その希望の鳥(ウィッシュバード)というのに到達した人間は、エーヴィアが初めてなのか?」


「いや、あと二人いるよ。私は三番目」


「じゃあ、その二人は妖精になった?」


「うーん、どうなんだろ……ここだけの話、今の姿になる前のことって殆ど覚えてないんだよね」


話は一向に核心に近づく気配が無かった。


イルヤがエーヴィアに再び話しかけようとした時、背後で大きな音が響いた。誰かが机を強い力で叩いたのだ。


振り返ると、酒場の中央付近で男たちが睨み合っていた。いや、正確には一人の男が、テーブルに座っている男たちを一方的に睨みつけているようだった。


「あぁ? てめぇ、弱小ギルドのくせに何調子乗ってんだ?」


「勘弁してくれよ。俺たちはただ冗談のつもりで喋ってただけで……」


イルヤは思わず顔をしかめた。その中の一人に見知った顔が居たからだ。


良く鍛えられた身体に、全身を上級の鎧で固めている。その肩からはマントがなびいており、羽の形を模した剣の紋章がマントに大きく印刷されている。


「うるせえ! てめえらここから今すぐ出てかねえと潰すぞ!」


「ちょっと待ってくれよ。俺たちだって客なんだから、そりゃないだろ」


「なんだと? この……」


会話はどんどんと熱を帯びていき、周囲の者たちも徐々にそちらに視線を向けているのが分かった。


イルヤはため息を吐きながら立ち上がり、いきり立っている男に近づいて肩を叩いた。


「その辺にしとけよ、ヴェルナー」


イルヤにヴェルナーと呼ばれたその男は、その視線で人を殺せるのではないかという程の睨みをきかせたまま、イルヤの方を振り向いた。


「あぁ? なんだ、てめえかよ。こいつらは今、天人の聖剣セレスティアルブレイドを馬鹿にしてたんだぞ」


天人の聖剣セレスティアルブレイドはギルドの名前だ。この大陸では最大規模のギルドで、戦士、魔術師、全ての職種が上位数%の実力を兼ね備えた者たちで構成されている。


公認ギルドの1つだが、実績だけを見れば、王立ギルドをも凌駕するほどである。だが、その実績の裏には良くない噂も多く流れており、評判は賛否両論だ。


「そう目くじら立てるなよ。他の人も怖がってんだろ。ただでさえお前の顔は怖いんだからさ……」


「ふん、天人の聖剣(ウチのギルド)から逃げ出したお前に文句を言われる覚えはない」


「そう言うなよ。ほら、こっちで話そうぜ」


そう言ってイルヤはヴェルナーの腕を取ろうとしたが、ヴェルナーはそれを乱暴に振り払った。


「やめろ! 負け犬と話してられるかよっ」


ヴェルナーはそう言い放った後、先程絡んだ男達をもう一度睨んでから、酒場食堂から出ていった。


「はぁ……」


「助かったよ、あんた」


絡まれていた男の一人がイルヤにそう感謝の言葉を述べたが、イルヤはそれを無視してもとの席の方へ戻った。


「イルヤって、意外と度胸あるんだね」


テーブルの下に隠れていたらしいエーヴィアが顔だけをテーブルの上に出しながらそう言った。


「別に……あいつは前の職場の同僚だっただけだ」


そう、イルヤも昨夜の倉庫番のような仕事をする前は、天人の聖剣セレスティアル・ブレイドのギルドメンバーだったのだ。


半年前にそのギルドを脱退してからは、他のメンバーはもちろん、あのヴェルナーとも一度も顔を合わせたことが無かった。


「へぇ、天人の聖剣セレスティアル・ブレイドだっけ。なんでやめちゃったの?」


「……」


イルヤはエーヴィアの言葉に答えずに、ただ「そろそろ行こう」と言って席を立った。


「あれ、ちょっと〜」


エーヴィアはふわふわと低く飛んで、イルヤの鞄の中へと飛び込んだ。


「どこ行くの?」


「……職探し」


イルヤは酒場食堂の重たい扉を開けながら、そう答えた。

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