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【短編集】気ままに新たな自分を探して

娘攫いの鬼と謳

作者: 春風 優華

 昔々、その村にはこわーい“鬼”がいました。でもね、その鬼は実は……優しい優しい鬼だったのです。



 娘はどうした。

 はい。今も屋敷の奥に……。

 そうか、私もたまには様子を見に行こうかな。

 いえ、旦那様をそんな危険な場所にお連れするわけには。

 山奥にある村の、首長が住む屋敷。その奥深くに続く薄暗い廊下の先で、二人の男が言葉を交わしていた。

 一人は旦那様と呼ばれる、豪奢な着物を身にまとった四十後半の男。もう一人は使用人らしく、常に低姿勢で一歩後ろをついて行く三十前半の男。二人は、屋敷の最深部にある、隔離された一室に向かっているようだった。

 この十年間、娘を閉じ込めてからというもの村には何の災いも起きてはおらぬ。おそらく術士に張らせた結界のおかげだろう。それも、常に二人以上の術士を娘のそばに置いている。ならば何の憂いもない。たまには私も様子を見てみたいというものだ。

 しかし、伝承にも語られる特殊な力を持った娘。何が起きてもおかしくありません。この村の主であるあなた様にもしものことがあっては……。

 なに、おそれることはない。こうして札も用意したのだから自分の身くらい自分で守れるさ。娘の方も、結界によって力が弱まっているのかもしれないな。もし、力が全て消滅したなら、その時は開放してやろうではないか。あの災害も、娘の故意ではなく力が抑えられなかったせいだというしな。

 あぁ旦那様はなんと心の広いお方でしょうか。それからこの村がすぐに復興できたのはすべてあなた様のおかげです。

 口元に笑みを浮かべ上機嫌で歩を進める男に対し、使用人はやけに怯えているようだった。それほどのことを、その娘は十年前にしたのだろうか。しかし、使用人の抵抗むなしく、二人は廊下の端までたどり着いた。使用人は観念したように強く瞼を閉じると、男のためにふすまを開いた。

 なんと……。

 男は目を見開き、言葉を漏らす。

 そこには、六畳ほどの広さがある鉄の檻があった。中には、真っ白な肌に真っ赤な着物をまとい、長い黒髪を毛先で束ね、おとなしく座っている少女の姿が。しかし、その目は白い布で覆われ、札が貼られている。よく見ると檻の周りにも札が点々と存在していた。

 これは、私が前に見た時よりも酷い……。

 男がややおののいた声で言うと、使用人が膝をつき、頭を垂れた状態で説明する。

 術士の話によりますと、最近娘の力が急に増してきているそうです。それだけならまだしも、昨日“鬼”が訪れるというお告げを受けた者がいまして、そのため今は特に警戒を強めているのです。

 “鬼”というのは、村の昔話にある人食いの鬼か?

 そこまでは分かりません。ですが、まったく無関係とも言えない状況にございます。元より娘の存在自体も、伝承でしかなかったのですから。

 男はしばらく無言で考え込むように瞼を閉じると、深く息を吐きながらゆっくり首を縦に動かす。その顔は、何かやりきれない思いのあるようで、開いた瞼の奥で瞳も揺れていた。

 分かった。そういうことならば、仕方ないだろう。私はこの娘にも幸せな暮らしをと思ったが、しかし、まだしばらくここから出すわけにはいかないようだ。後のことは頼んだ。術士にも、苦労をかける。また必要なものがあれば声をかけなさい。私は失礼するよ。

 苦しげにそう言い、男が娘の折に背を向けたその時、急に立ちくらみがしたかのような感覚に覆われた。それは男だけではない、側にいた商人も同じ。空間が、不意に歪んだのだ。

 どこからともなく部屋に数人の術士が現れ、娘の居る折を囲うように座ると、それぞれ札を手に術を唱え始める。

 男は、首だけを娘の方に向けた体制で、動けなくなった。正しくは、動こうと思えばそうできたのだが、娘から目を離す気になれなかったのだ。まるで意識を無理やり、集中させられているような、それでいて自分の意思で娘を見ているような感覚。

 術士の唱える呪いが遠ざかり、やがて、湧き水のようにつめたく透き通った歌声が男の脳内に響き渡る。


鬼さんこちら 私の謳へ

耳を澄ませて こちらへおいで

赤い目光らせ さぁおいで

鬼さんこちら 私の謳へ

迎えがおそい はやくいらして

花を食らえよ さぁはやく

鬼さんこちら 謳よ届けと

いつまで謳う 私は謳う

鳥籠からさぁ 連れ出して


 歌声がやんだ途端、周囲の空間がまた歪みを修正するかのように重く動いた。そして閉じられた場所であるはずのその部屋に、僅かながら風が舞い込んだ。それは血を這うような、ささやかな風。檻の中にいる娘の前髪と札が擦れ合う。

 術士の声が再び聞こえ始めたところで、男は荒く呼吸をした。歌声が響きだしてから今まで、時が止まったかのような錯覚に陥り、無意識に息を止めていたのだ。

 大丈夫ですか、旦那様!

 使用人が立ち上がり、男の体を支える。そのまま部屋から廊下へと背中を押して連れ出し、急いで襖を閉めた。そして、まだ胸を押さえて息を切らす男の肩に手を添え、ゆっくりとした足取りで明るい方へ廊下を進む。

 暖かな日差しが差し込む場所まで来ると、使用人はもう随分と落ち着いた様子の男から手を離し、足元に正座した。

 無礼を承知でこのようなことをいたしました。申し訳ありません。

 使用人は深々と頭を下げる。

 いや、お前は悪くない。私も少し驚いただけだ。しかしあの歌は……。

 この村に古くから引き継がれているわらべ歌です。ここ数年、時折娘が歌っておりました。当時は娘がまだ普通に生活していた頃のことを思い出しているのだろうと気にも留めませんでしたが、しかし、数ヶ月ほど前から、先ほどのように不思議な感覚に囚われる様になりました。旦那様を危険な目に合わせてしまい、誠に申し訳ありません。

 男は一つ息をつくと、口元を緩め、腰をかがめて使用人の肩をそっと触れる。

 詳しい説明をありがとう。お前は何も悪くない。今日は付き合わせて悪かったな。お前にも苦しい思いをさせた。通常業務に戻りなさい。

 ありがとうございます、旦那様。

 男は頷き、その場を去った。また、長としての仕事をしに、陽の当たる世界に戻っただけ。使用人も、男の足音が聞こえなくなるまでそこで頭を伏せ続け、やがて廊下に静寂が訪れたところで音もなく立ち上がると、軽く着物の裾を整え屋敷のどこかへと姿を消した。

 

鬼さんこちら 私の謳へ

耳を澄ませて こちらへおいで

赤い目光らせ さぁおいで

鬼さんこちら 私の謳へ

迎えがおそい はやくいらして

花を食らえよ さぁはやく

鬼さんこちら 謳よ届けと

いつまで謳う 私は謳う

鳥籠からさぁ 連れ出して


 その夜、娘は一人、檻の中で謳い続けた。術士は休み番の者も総動員で呪いを唱え続けるも、檻の中には届かない。

 札が、娘を中心に一つ二つと舞い落ちる。やがて、一際強い風が、部屋に降り立った。娘が風の中心へ顔を上げると、ひとりでに目を覆っていた白い布が外れていく。いや、何か大きな存在によって丁寧に外されたのだ。

 娘が微笑み、大きな存在に語りかける。

 遅いですよ。

 大きな存在は気まずそうに頬をかきながら返す。

 少し、寄り道をしすぎました。

 娘はゆっくりと何年ぶりかに瞼を開き、その光なき瞳で一点を見つめた。黒き瞳に、赤が刺す。

 さぁ食らいなさい、人食いの鬼よ。私の力は鳥籠では抑えきれず、今まで封じられていた分が今にも溢れ出しそうなの。

 では遠慮なく、あなたの身に余る力のみを、このわたくしが食らい尽くしましょう。その代わりに、あなたの全てをわたくしにお預けください。

 娘は、これ以上ない笑みを見せると、大きな存在に飛びついた。強大な力を持つ、その非力な体で。

 赤い着物の袖口から、白雪の様な細腕が覗き、空気に溶ける。

 もちろん。私を連れ出して、赤い目をした、人食い鬼さん。

 檻を粉砕し、散らばった札を巻き上げ、畳を裏返し、襖を吹き飛ばし、娘がいた場所を中心に放たれた衝撃波とも言える猛風に、その暗い部屋は跡形もなく消え去った。そして、光の一切刺さなかったその場所に、淡い月光が差し込む。あとには気絶した術士たちだけが残されていたそうな。

 その後その村がどうなったのか、知る者はいない。



鬼さんこちら 私の謳へ

耳を澄ませて こちらへおいで

赤い目光らせ さぁおいで

鬼さんこちら 私の謳へ

迎えがおそい はやくいらして

花を食らえよ さぁはやく

鬼さんこちら 謳よ届けと

いつまで謳う 私は謳う

鳥籠からさぁ 連れ出して


 子どもたちが、公園に集まり遊んでいます。今日はわらべ歌。おばあさんに教えてもらったばかりの、新しい遊び。

 歌声合わせ、手を繋ぎ輪になり、皆楽しそう。近くでおばあさんも微笑ましげに見つめています。

 おや、おばあさんの側に小さな女の子が駆け寄ってきました。どうやら、昔話をご所望のよう。おばあさんはいたずらな笑みを浮かべると、もったいぶりながら昔々と話し始めます。

 するとその声を聞きつけて、わらべ歌で遊んでいた子どもたちもやってきました。

 じゃあ今日は、鬼の話をしましょうか。

 それはね、とってもこわーい“鬼”さんで悪い子は連れて行って食べてしまうんですって。けれど本当はね、とってもとっても優しい“鬼”なんですよ。ずっと自分を待ってくれている一人の女の子を、一生懸命探し出し、女の子の願いを叶えてあげるの。お茶目な交換条件付きでね。

 ここまで読んでくださりありがとうございます。予想外に短くて童話な話が出来上がりました。作者びっくり。

 読みにくいとか、なんだこの書き方は! という文句は甘んじて受け入れます。が、修正はいたしません。いろいろなことに挑戦してみたく、また書き出したらなんだかしっくりきちゃったのもあったので、あくまで小説は論文と違って作者の自由が許される世界ということで耐えてください。寧ろここまで読んでくださる方は乗り越えてきた精鋭ばかりなので問題ないですね。


 イメージはどこかにありそうな昔話。夏だから微ホラーを書こうと思っていた私はどこへやら。ホラーは難しいですね。鬼がどうしても私の中でいいやつにしかならなかった。そして私は和風で娘を特殊な状況に置いたり閉じ込めたりするのが好きな傾向にあるようです。和服幽閉とか愛おしさしか感じないだろ。連れ出して我がものにしたいだろ。

 はい、作者の趣味は置いといて。以降はちょっとした裏話。飛ばしていただいても全く問題ないです。


 これは友人とのお題小説で、相変わらず私は新しい世界で物語を作ってしまいました。友人と真逆なのでそこが面白い。お題は「鳥かごじゃ生きられない」です。は? もうちょっとひねって私は話を書けなかったのか?

 そんなわけでなんとか目標としていた八月中に書ききれましたが、ひよったのかというくらい短い……申し訳ない。なんか勝手にまとまってくれちゃったんです。今回は登場人物がおとなしすぎた。でも個人的には新たな試みにも挑戦できたし結構満足です。


 まったく書く気が起きない、なんて甘えている場合じゃないので、少しでも喝を入れたい今日この頃です。



 それではまた。


2016年 8月31日(水) 春風 優華

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