あたしの兄はオカン系ヤンキーだ
他のシリーズとは別世界です。
あたしの兄ちゃんは、顔は整っているが強面のヤンキーだ。
小さい頃はその顔のせいで遠巻きにされ、結果やさぐれてちょっと横の道へと踏み出してしまった。
だが、今ではヤンキー友達とかも出来て、ぼっちではなくなった。
というか、囲まれすぎて割とガチで心配していたりする。
「オカンーーーーッッ!!!」
「誰がオカンだ!!」
「腹減ったぁーーー!弁当ちょーだい!」
「俺も俺もー」
「さっき体育でサッカーやって、つい熱くなってさ。疲れて腹減ったんで、メシをくれ」
「ふざけんな!まだ3時間目終わったとこだろーが!つーか、そんな泥まみれで食べるつもりか!手ェ洗ってこい、むしろ身体を洗ってこい!」
「「「はーい」」」
「「ママー!聞いて聞いて聞いてー!」」
「テメェらなんぞ産んだ覚えはねぇ!!」
「昨日ママ作ってくれたおやつ食べられたぁー!ヒドイでしょー!?」
「でもその前に僕はママにもらったおやつ食べられてるんだよー!おあいこだよねー!?」
「ピーチクパーチク喋んなうるせぇ!前に食べられた分は新しく作ってコイツも謝って仲直りしただろうが!食べたオメェが悪い!ちゃんと謝れ!じゃねぇと、もう作ってやんねぇぞ!」
「えぇ!?それはヤダぁー!ごめんねぇ、食べちゃって」
「ううん。僕も前に食べちゃったし、こんなやなことなんだね。ごめんね」
「仲直りしたなら、さっさと教室戻れ。授業始まんぞ」
「さっきは助かった。ありがとう」
「は?何が?」
「授業に遅れた俺を批難する教師から庇ってくれただろう?」
「はぁ?何言ってんの?お前の気のせいだろ」
「嬉しかった、ありがとう」
「……別に。ところでオメェ、仕事中毒も程々にしとけよ。集中すんのはいいけど、授業に遅れるくらいのめり込んでっから、さっきみてぇなことになんだよ」
「む。確かに生徒会長がこれでは生徒に示しもつかないな。すまない」
「悪いことしてねぇのに謝るんじゃねぇよ!ボケッ!」
「……ふふっ、そうだな」
「何沈んでんだよ、ウゼェ。メシが不味くなるだろ、どっか行け」
「……振られた」
「またかよ。マジで続かねぇな、オメェ」
「お前のせいだよ!」
「弁当いらねぇんだな、分かった」
「ごめんなさいすみません申し訳ありませんでした許してくださいお母様」
「誰が母だゴラァ!!」
「お前のご飯が美味しすぎるのが悪いんだよ。お陰で舌が肥えて、彼女のご飯が全部微妙。家事だって気配りだってお前の方がよっぽど…」
「キメェ」
「うぅ…、今日のも美味い。めっちゃ美味いっすお母様」
「ツブすぞゴラ」
「相変わらず乱れた格好だな、はしたないと思わないのか」
「うるっせぇなぁ」
「そんなに肌を出して、襲われたらどうするつもりだ」
「ツブす。他に被害が出る前に俺んとこでツブす」
「君は本当に警戒心がなってないな。そんな風に乱れていたら誘っているとしか思われないぞ。風紀委員長として指導しなければ。だから風紀室へ来い。今なら誰もいない」
「そろそろマジで黙れよ変態、近付くんじゃねぇ」
「やー、オカン。今日もモテモテだねー」
「あ?」
「え!オカン、モテモテなの!?彼女作るの!?」
「んなもんいらねぇよ、メンドクセェ」
「良かったー。俺、オカンのこと好きだからさ。彼女出来たら弁当とか作ってもらえなくなりそうだから、彼女作んないでね」
「オメェ、そろそろ自分で作れるようになれよ」
「いやー、流石にあのダークマターを食べたらヤバイ気がすんだよね」
「……好き発言スルー」
「……というか気にしてもない感じ」
「……聞き慣れてるってこと?サイコーね」
「「「腐ふふふふふふ」」」
「あら、お母様」
「ホントだ、お母様だ」
「こんにちは、お母様」
「テメェら……、毎度も言わせんな!俺を母と呼ぶんじゃねぇ!!」
「あら、でもお母様はお母様ですから」
「だよね。会長様たちのお母様だもんね」
「うん。私たちファンクラブはお母様なら皆様の妻になっても許せます」
「何だ妻って!!!俺は男だ!!ふざけんのもいい加減にしろよオメェら!!!」
………………。
あたしたちの両親は幼い頃に事故で亡くなった。
叔母ちゃんの家に引き取られたけど、叔母ちゃんは忙しい人で家に滅多に帰って来なくて。
泣くことしか出来ないあたしの手を引っ張ってきてくれた兄ちゃん。
当時の兄ちゃんが何を思っていたかは知らないけど、多分あたしを守るとでも思ってたんじゃないかな。
今まで外遊びばっかで家事の手伝いなんてしたことがなかった兄ちゃんが料理をし始めた。掃除や洗濯も。
最初に食べた料理は不味かったけど、何故か母ちゃんを思い出して、泣いたのを覚えてる。
母ちゃんの代わりに家事をしてくれて、褒めてくれて、父ちゃんの代わりに遊んでくれて、叱ってくれて。
両親の代わりを1人でしてきてくれた兄ちゃん。
最終的にはご飯だけじゃなく、おやつも全部手作りで与えてくれるようになった兄ちゃん。
兄ちゃんの中ではまだ泣くだけのガキかもしんないけど、あたしはこれでも心配してるんだ。
いつか、嫁として攫われるんじゃないか、って。
中学校に入ってから、兄ちゃんは自分の分以外の分の弁当を作り始めた。
何で?って聞いたら、ダチが食べたいって言ったからと返ってきた。
その時はふーん、と納得した。兄ちゃんの料理はその頃には既に一流シェフの域に達していたから、その『ダチ』さんも食べたくなったのだろうと。あたしも給食早く終われと思っていたし。
「兄ちゃんのメシ美味いもんね!あたし大好き!」
「……あっそ」
その日の夕食はあたしの好きな肉じゃがと炊き込み御飯だった。
そして、気付いた時にはもう遅かった。
元々兄ちゃんは早起きして弁当を作っていたし、あたしは小学生だ。起きるのは7時頃だった。
中学に上がり、朝練で早起きし始めた時に、ようやく気付いた。
兄ちゃんが作っている弁当が2人分以外に、五つほどあることを。
すぐさま兄ちゃんの『ダチ』のところへ行った。
どういう了見だと。
「同級生にたかってんじゃねぇよ!!テメェらの母ちゃんじゃねぇんだぞクソヤロウ共が!!!」
先輩とかヤンキーとか関係ない。
いくら兄ちゃんのメシが美味いからって、兄ちゃんが面倒見よすぎるからって、あれはない。
兄ちゃんも叱った。
心配だからって、与えればいいもんじゃない。自立させていかなきゃソイツの為にならないと。
兄ちゃんは根が素直なので、二つ返事で納得してくれた。
「あたしも料理は駄目だけど、他の家事なら手伝えるし頑張るから!」
「別にいい。オメェは部活に集中してろ」
「あたしがしたいの!兄ちゃんにばっか甘えてらんないだろ!」
「……別にいい。そのままで」
兄ちゃんは妹の自立心をもうちょっと快く促してくれてもいいと思う。
とにかく、これで大丈夫だと思ったが、すぐに問題が発生した。
暴動だ。
年下の女に叱られても、ヤツらは兄ちゃんのメシを食べたいと言い張った。
今までもらってきた分も合わせて金払うから、弁当をくれと。
なので、遠慮なく金取ってやった。こちとら叔母ちゃんの仕送りでやってんだよ、ワガママ言う奴に遠慮なんてするもんか。
兄ちゃんにどうすんのって訊いたら、不摂生ばっかするから出来るならやりたいって言ってたし。仕方ないなぁ、兄ちゃんは。
弁当箱持参、材料費プラス手間賃を前払いで、昼食の弁当を作る。
ただし、ワガママ言って食わしてもらってんだから、万が一腹壊しても何も言ってくるなと脅…ゲフンッ釘を刺しておいた。
まぁそんなことになるわけないが。兄ちゃんのメシだし。ウイルスが流行ってる時はその食材買わないし。
兄ちゃんにとっては量が増えただけでそんな変わんないし、あたしは兄ちゃんの手伝いをしてお駄賃を貰えるようになった。
そのお駄賃で買うのは、もっぱら兄ちゃんへのプレゼントや一緒に食べるためのお菓子だったけど。
それは、高校に入ってからも続いた。続いてしまった。
最早あたしが入学した時にはもう遅い。
泥で汚れたまま突進してきたヤンキー仲間を叱ったり。
小学生のように、おやつ云々を言いつけに来たソックリな顔の2人を仲直りさせたり。
無表情がデフォルトな生徒会長と気楽に話しながら笑いあったり。
風紀委員長からは性対象というか、ぶっちゃけ惚れられていて虎視眈々と狙われていたり。
腐った頭の女子からは完璧にニャンコと認識されてたり。
会長とかの全ファンからは兄なら隣に並ぶのを認めると公式に宣言されてたり。
何か知らないけどイケメンばっかの生徒会や風紀委員やヤンキーに取り囲まれて、ハタから見たら兄ちゃんを奪い合ってるとしか思えないこの状況が日常。
2歳差がこんな憎かったことはない。
兄ちゃんを男として見る女はおらず、普通に話せる女子は大体腐ってるかファンクラブの子。
兄ちゃんは『オカン』の名を欲しいがままにしていた。
嗚呼、兄ちゃんの青い春は何処……。
「兄ちゃん」
「あん?」
「……嫁ぐ時はちゃんと報告してね、誰が相手でも祝福するから」
「誰が嫁ぐかっ!!!」
大丈夫。
兄ちゃんなら、どこに出しても恥ずかしくないよ。
でも、花嫁衣装は似合わないと思うから、そこは要相談で。
友「オカンー!今日こそは家に食べに行っていい!?」
兄妹「「絶対来んな」」
友「えー」
兄「(妹と何か間違いがあってからじゃ遅ぇからな)」
妹「(これ以上兄ちゃんに近付けてなるもんか)」
そういう理由で家に誰かが食べに来たことはないそうです。
☆★☆
・妹
目元が鋭くてキツイ印象を与える美人。
女子より女子力が高すぎる兄が、男に囲まれすぎていて将来を本気で心配している。
兄想いの良い子。兄の為ならヤンキーだろうとカリスマ生徒会長だろうと喧嘩売る。
兄は、兄であり母であり父である。
義姉は無理だろうと最近諦めかけてる。同意の上で兄が幸せなら何でもいい、という感じになりつつある。
好物は兄ちゃんのメシ。特に肉じゃがと炊き込み御飯。
・兄
強面ヤンキー。顔は整ってるが厳つい。
女子力が異常なまでに高い。妹の為に頑張った結果。
妹は小さいからと、安心安全の食事を心掛けてたら、国産、無農薬は当然。インスタントや冷凍食品も一切ナシ。市販の菓子もアウト。最終的に毎日3時のおやつは自分で作ってた。今はおやつは土日だけ。
妹を育ててきた自負があるせいか、他に対しても面倒を見てしまうように。
それが巡り巡って現在に至る。
好物は特にない。妹や他が美味そうに食ってたら満足。
・ヤンキー仲間
諸悪の根源。
母親に恵まれてない奴とか厄介者扱いの奴とか偏食とかの集まり。
それをほっとけなかった兄。
そして胃袋を掴まれた。むしろ囚われた。
妹の正論に絶望して、駄々こねた。
・生徒会
登場は、無表情の会長とチャラい会計。
常に無表情で笑ってる姿など誰も見たことがない、と言われていた会長と普通に笑って話してる姿を見た人間の衝撃は計り知れない。ハイスペックチートの仕事中毒。好物はハンバーグ。
ヒモ状態で女のところをフラフラしてる家出息子だが、オカンのメシに囚われ、女遊びが減りつつある。好物は筑前煮。
・風紀
登場は、風紀委員長のみ。
厳しくて平等の精神を持つが、兄に対しては全てが愛に変わる。服装を注意し続け、ひょんな拍子に兄作の菓子を食べて虜に。乱れてると言っているが、適度に着崩してる程度。つまりは目と脳内がヤバイ。好物はベイクドチーズケーキ。
・クラスメイト
ダークマター製造機。
スポーツ得意で体育の成績が超優秀な爽やか青年。料理をするとたちまちダークマターへと変わる。不思議。好物は唐揚げ。
・後輩
可愛い系ではなくカッコイイ系の顔の双子。だが甘えん坊の甘党。兄の菓子の虜。甘えるとなんだかんだ言って甘やかしてくれる兄が大好き。好物はショートケーキとシュークリーム。
・女子
腐った脳をお持ちの方々と、イケメンファンの方々の2択。
腐った対象に見られてることに気付いてないのは、実は兄だけ。つまり爽やか青年確信犯。
自分たちより女子力の高い兄を認めているファンクラブ。むしろ弟子入りしたい。彼らに近付く女は排除の一択だが、妹は除外している。最近、妹に兄の旦那として認められるのは誰かと熱く議論する姿が見られたとか何とか。