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88話目 神の使者

 どうにか間に合うか。そう思った途端、ウェルの集めた光が歪んだ。


「うっ……」


 組んだ手をそのままに、地面へと跪くウェル。

 光は歪み、徐々に散り散りになっていく。

 罠かと思う結城だが、今更そんな姑息な手段を、こんな少女が使うとも思えない。

 それを異常と察知した結城は即座に戦闘を中止する。


「これはいったい……ゾーイ、一旦退け! エア、ウェルの様子がおかしい!」

「なに? なッ! ウェル!?」


 エアはゾーイなどもはや眼中にないと言うふうに急降下。ウェルの元に降り立ち、苦しむウェルの身体を引き寄せる。


「このッ……リミッターを無視しようとしたな!?」

「ごめん、なさい」

「こんなことで意地を張って……」

「そりゃ意地も張りたくなるさ」


 その言葉に反応し、エアは結城を見上げる。


「自分の愛が、誰かに負けるなんて耐えられないものな」

「それでこのザマでは意味が無いだろう」

「そりゃまあ。だがそのリミッターとやらがなければ俺がやられてた。むしろ褒め称えてやるべきだ」

「そんなことは、当たり前だ」


 どうやら言うまでもなかったか、と結城は二人を眺めていた。

 ゾーイが結城の傍らに降り立つ。


「戦闘終了、お疲れ様でした」

「お疲れゾーイ。どうだった、エアは」

「大気を操ることで高エネルギーのプラズマを自在に操ることで、対兵器戦も可能のようです。妄想のアシスト、ありがとうございました」


 結城は振り返り、ドクを見る。


「で、この後は?」

「うーん、できれば傑作同士の対戦をもっと見たかったんだけどね。ちょうど連絡が入ったんだよ」

「連絡?」

「うん。とうとう来ちゃったみたいなんだよね」


 その言葉に、結城はやはり歓喜の笑みを浮かべていた。いよいよもって、来るべき時が来たのだ。





 時間は、少し遡る。


 そろそろ日が暮れる頃合。

 空を鮮やかな赤に染め上げる、大海原の夕焼け。

 リング状になった要塞の、テラスの一角から眺めるのは、海上移動要塞アトランティスの作業員。


「いやぁ、平和だなぁ」

「本当にな。理想戦争って結局なんだったんだ?」

「あれだろ。ユートピアのコンピューターがバグったんだろ?」

「いや、マッドサイエンティストの壮大な実験って話じゃなかったっけ?」


 用務員たちが掃除をしながら無駄口を叩いている。ふと、夕日の陽光が影に覆われた。


「サボりすぎたか?……はっ?」


 と、一人が夕日の方を見る。


「お、おい、みんな」

「なんだ、小便か?」

「マジかよ、せっかくさっき掃除したのに。もう便所掃除嫌だわ」

「ち、ちが、あれ、アレ見ろ!」

「あん?」


 一同が夕日の方を見た。

 その瞬間、用務員たちは微動だにせず、「ソレ」に目を奪われていた。

 「ソレ」がもうすぐ頭上に差し掛かる頃、ようやく用務員の一人が震えた声で叫んだ。


「ほ、ほうこく! 報告しないと!!」

「報告ったって、あんなんどう説明すりゃいいんだよ!?」

「知るか馬鹿! どう考えたって、このままじゃヤバイだろうが!」





 結城たちは、あの薄暗くもだだっ広い、ドクの部屋に集まっていた。


「ということで、これがその画像だよ」


 巨大なモニターに映し出されたのは、また巨大な雲と、その雲ですら覆いきれない城塞の頭。

 結城は我慢できない。


「えっ、なにこれは。天空の城? ねえこれ天空の……」

「駄目ですわ結城、それ以上はお控えなさいな」

「便宜上、これを空中要塞と呼称するけど、こいつは現在この大陸に向かって北上しているようだね」


 ドクはフライドポテトをつまみながらモニターを見ながら実況している。

 痺れを切らした隣の朱が問う。


「で、どうする。ヤるのか?」

「とりあえずは戦闘準備のまま待機だ。きっと向こうから何かしらの接触をしてくるだろう」

「先にこっちから先手を打ったほうがいいだろうが」

「朱、相手は盗賊じゃあないんだ。もしかしたら、この世界の存在を許してくれるかもしれないよ?」

「思ってもないこと言いやがって」


 ドクが楽しそうに笑い、椅子を回して結城たちの方に振り返る。ポテトを食いながら


「アレの到着予想時間は今から6時間後だ。意外と移動速度は遅い。先ほどのテストの疲れもあるだろうし、存分に身体を休めてくれたまえ」

「食うか喋るかどっちかにしてくれないかな」






 そして、要塞はドクの告げた時間通りにこの陸地へと辿り着いた。

 それからはユートピアとアルカディアの間、ちょうど中央に位置する。

 だが、そのままなんら動きは無く、やがて夜明けを迎えてしまった。

 いい加減待つのも飽きた、ということで、ドクの判断でまずはこちらから動きを見せるということになった。


「それじゃあ、お出迎えといこうか」


 バベルの塔の頂上、雲にすら届きうるその先端が、開花のように裂けて開く。

 そこから、あの空中城塞もよく見える。それほど大きい物体だということだ。


 ドクの表情は非常に楽しげであった。

 結城が知るのはこの世界の、三人の目的だ。

 神を殺す。この世界を認めない、全ての神を殺し尽くす。

 理想を叶えるためのこの世界、理想を遂げられなかった者たちが報われるかもしれないこの世界。

 それは神の庇護下にはありえない理。神はそれを許しはしない。

 この世界の<主>は、神より継いだ力によってこの世界を創世してみせた。

 では、「主」と接点を持つ数少ない者、ドクとアルカはなにを思って神と対峙するのか。


「来るよみんな、一応隙は見せないようにね」


 ドクのやや強張った声に気付かされる。

 城塞のほうから、純白の階段が伸びてきたのだ。

 それは開花したバベルの端に接続され、どうやらアルカディアのほうにも延びているようで、向こう側に一筋の白い線が見える。


「来たよ」


 不思議なことに風のないこの場所。コツン、と唐突に足音が響いた。

 見れば、ちょうど階段から降りたばかりというような、三つの人間の姿。

 最も目立つは真ん中の、白地に金の装飾、黄金の錫杖を右手に携え、胸元には銀の十字架をかけた白髪の老人。

 両サイドには、白銀の甲冑を着込んだ騎士が二人。その眩さはクロードの完全武装にも劣らない。

 老人は一歩前に出ると、ドクもまた数歩前に出た。

 

「初めまして、理想の方。突然の訪問をどうかお許しいただきたい。私は……」

「やあ、信徒の方。用件があるのは君達かな。それとも君達のご主人様かな?」


 出鼻を挫き、老人はたじろいだ。しかし両端の騎士は微動だにしない。


「まあそれはどっちでもいいことだね。それでご用件は?」


 もはや完全にドクのペースだった。

 相手の意図や思考などどうでもよいという、口数の多いマッドサイエンティストの独壇場は、神の使いですら翻弄している。向こうから見れば、さぞ口達者の悪魔に見えることだろう。

 しかし、老人は逞しくも中断させられたところから話を再開した。


「私は、大いなる主に仕える者、あなた方に過ちを気付かせ、主の導きを伝える役目を担っております」


 大いなる主。それがいわゆる神であることは全員が察した。


「この世界は主の定めた理に反しております。主はこの世界をお許しにはなりません。このままでは、あなた方はみな地獄に落ちることでしょう」

「おお、それは怖い。それで、どうすれば地獄に落ちずに住むのでしょうかね?」


 ドクは完全にからかいモードだ。しかし老人も自分の口上に酔ったか、ペースを乱されない。


「あなた方が救われるのは唯一つ。己の古き理想を捨て、新しき楽園で幸福を享受するのです」

「ふーん。新しい楽園かぁ。そこではどんな幸福が得られるんだい?」

「そこは罪も悪も無く、主によって守られし楽園です。あらゆる悲劇が起こることなく、誰もが平穏に、豊かに永遠に在る」

「それだけ?」

「主は我らに永遠の安息を、悠久の営みをお与えになるのです。そこには一切の苦しみも、飢えも在りません」


 ふむふむ、とお気に入りのフライドポテトをよく味わうように、ドクは頷いた。


「うん、それは素晴らしい」

「そうでしょう。主は寛大であらせられる。理に背いた貴方達にはいくつかの試練を受けていただくことになりましょうが、我らに習えば必ず……」

「それは素晴らしく、つまらないな」


 まさに青天の霹靂だった。

 快く語っていた老人の顔も凍りつき、やり取りを見ていた一部の者たちも引いていた。


「よく聞きたまえよガキの使いくん。私達の抱く理想は、それぞれが各々の最高の理想をもって挑むために居るのだ。そんな安い理想郷、こっちじゃ既に間に合っているんだよ。君達のつまらない理想に付き合っている暇などないんだ。日々、自分の理想を叶えようと、意気軒昂な者たちが切磋琢磨しているのだから、邪魔をしないでくれないかい?」


 と見下す風にして言い切るドク。


「……と、君達のご主人様に伝えてくれ。話は終わりかな? いい加減帰ってポテトを食べたい。あ、君達の理想郷にはあるのかい? フライドポテトは」


 もはや老人から笑みは失せ、侮蔑の視線で目の前の狂気博士を睨みつけていた。


「それはあなた方の、この世界に住む全ての者の総意と受け取ってよろしいのですかな」

「まあそうだね。楽園なんぞに心動かされるような意志薄弱な存在は、そもそもこの世界には来れない」

「そうですか……残念ながら、主はこの世界をお認めにはなりません。我らは主に仇なす者を滅さねばなりません」

「なら好きにするがよいさ。君達がなんであれ、私達がすることは変わらない」


 ドクの箍が外れかかる頃合、老人は溜息を一つこぼした。

 そして鋭い眼光を向け、最後の警告を口にする。


「もう一度だけ聞きます。理想への執着を捨て、我らと共に主の楽園へと至る気は」

「ふむ、私は無いが……どうだね君達、先ほどの話で、気が変わった。神様のいる天国に招かれたい。そう思ったなら、私は別に止めはしないがね?」


 振り返るドクは、悪魔の笑みでそう問う。

 楽しんでいる。ドクはこの状況を、心の奥底から楽しみ、歓喜しながら大仰な演技に興じている。

 そういったことに最も反応するのはもちろん彼らである。


「クックック……哀れで愚劣な神の使いよ、よく聞くがよい。我はケイオス。ケイオス・エル・ハザード・アブソルートは、決して神を赦しはしない。俺達を救わなかった神なんぞ……究極の混沌が喰らい尽くす」

「偽りの幸福、偽りの輝き……化けの皮を剥がすぞ。貴様等も所詮は上辺の信仰者だ。この無尽の闇黒で貪り尽くす」


 黒衣の男女が一組、前に出る。

 そして二人の声が重なり謳う。


「我らは<神魔ヲ降ス闇黒ノ徒>。貴様の神、この我が屠ってくれようッ!」


 キメ顔で名乗りを上げる二人。その後に、ドクは頷いてクロードの方を見た。


「安全無欠は?」

「せっかくだけど、僕も遠慮させてもらうよ。僕には僕の理想がある。神様の理想にはお供できない」


 安全無欠の勇者は、雅と魔耶を見る。


「私も同じく。というより、私は天狗だ。むしろ神と呼ばれるのは私のほうだが」

「私は魔女よ? むしろ狩られちゃうわね」

「あはは……そういうことで、お誘いはお断りします」


 クケカカ、とドクは箍の外れた声で笑う。


「ご覧の通りだよ宗教家。理想家は君らの神様の理想になんて付き合って入られないそうだ」

「え、ちょっと待って。なんで俺スルーされたの!?」


 結城は訳が分からないという風に問う。するとドクはやや面倒そうに再び振り返る。


「いやだって君は、もはや言うまでもないというか。もう自分の世界創り始めちゃってるし、神様みたいなものじゃないか。あの<彼>と同じさ」

「そりゃまあそうだけど! 俺だって恰好つけて神からのお誘い断りたいんだけど!?」

「そうは言ってもなぁ、尺も無い」

「ぐぬぬ」


 そしてドクは、改めて男に向き直る。


「さあどうする、宗教家? こちらとしては大人しくお引取り願いたいんだがね?」


 朱、そして結城たち全員が嘘だと確信した。ドクはそんな穏健派ではない。

 研究と実験を繰り返し、その過程であらゆる犠牲も厭わず、公園で遊んでいる子供や犬猫でさえも、自販機でジュースを買う程度の気軽さでモルモットに仕立て上げる。そんな人間性の持ち主だ。

 向こうが大人しく引き下がるわけが無い。そう見込んだ上での挑発だ。


「では、致し方ありませんな……我らは神のみ名において、お前達とこの世界を打ち砕く」


 老人が指を鳴らした次の瞬間、遥か下方から爆発の音が響いた。

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