86.5話目 森羅に充たす混沌の主
満たし、充たし、混沌を充満たす。
クロウデルは気付く。自らの闇黒の力が、遥かに弱まっている。
「シン・クロウデル・ダークロード、お前の力を少し返してもらう」
「ケイオス、まさか解放する気か。始原の闇を」
ケイオスは視線をクロウデルからクロードとアクアマリンに戻す。
「我が混沌を満たし、我が力を充たさん。我は魔人神、森羅に充たす混沌の主。万象は闇黒に染め上げ、全てが我が手中。、神魔を凌駕す闇黒の人。我は真なる闇黒統べる絶対者。我が名は……ケイオス」
「はぁっ!!」
クロードの振るう白銀の剣。しかし閃光のような闇黒の刃がそれを軽々と弾いた。
「私を忘れてもらっては困ります」
地中から飛び出してくる高水圧。しかし混沌が全てを飲み込む。
そして、不敵な笑みを浮かべる。
「ククク……安全無欠。もはやお前の理想は我には届かない」
「なにっ!?」
「お前の理想は、綺麗過ぎた」
神魔への特効は望めない。しかし、二人分の中二病を取り込むことで、その理想の力は跳ね上がる。
「せいぜい足掻け。神魔を降す我が力、存分に堪能するがいい」
「なんだどうした!」
「知らないわよ!」
雅がガイアモンドを抱えて、高速で飛び回って弾丸を回避する。
ケイオスの混沌がMGたちの装備に染み付いてから、ガイアモンドの生成した鉄壁の効果が薄れ始めたのだ。
「遅いぜ!」
「くっ!」
平行して飛行するフェイから、身を翻して離れる。
飛行速度までもが雅に迫るほどになっていた。
飛行速度で圧倒的優位に立っていた雅は、フェイによって阻まれる。
「どうすれば……」
「そっか、これが私たちの理想か!」
苦虫を噛み潰すようなガイアモンドに対し、フェイは楽しげに笑っていた。
「パティ! これが終わったら、あの時の続きをもう一度やるぞ!」
「……私は、お前と戦いたかったわけじゃない」
「うん?」
「いいから、さっさと仕留めろ」
「おう!」
フェイはリベンジャー、で雅を追い詰め、ルージュの読みにくい飛行の仕方で雅の進路を遮る。
「くっ、あの剣士、油断ならない」
フェイたちは改造人間。燃料さえあればいくらでも飛び続けられるうえ、損傷さえ無ければ疲労も無い
対して雅は天狗といえど生身の生物。連続して飛行し続ければ疲労は蓄積する。
そして疲労困憊し、僅かに滞空し身体を休める。
そこにパティが標準を定めた。
「今だぜパティ!」
「ファイアッ!!」
衝撃と共に撃ち出された砲弾は、空中で無数の細かい弾頭へと分裂した。
「これが、ユートピアかッ……」
「なに諦めてんのっ!」
<無現金物>の鉄壁を幾重にも生成するガイアモンド。
しかし、弾丸は穴を穿ち、雅の背と羽を傷つける。
「ぐあっ……!」
「カラス、あなた!?」
ボロボロの翼はもはや空気を打てず、ゆっくりと降下して不時着する。
「ぐっ……だ、大丈夫だ」
「カラス……雅、しっかりなさいよ!」
「飛行は無理だが、まだお前は戦えるな」
ガイアモンドがフェイたちを睨む。
「降伏するか?」
降伏。この戦闘は試験のようなもの。降伏したところで、気分が悪いだけで済む。
だが、ガイアモンドにはそれが何よりも我慢ならない。
「いいえ、私はしないわ。雅はリタイアだけどね」
「ガイア……」
「私は未だに、全員ぶっ殺したっていいと思ってるけど」
「なにを、言って?」
「身体を張ったあんただけは、生かしてあげることにしたわ」
ガイアモンドは雅を背に立つ。
「テストなんだから、事故っても文句言わないことね。<無現金属>」
「抵抗するなら、撃つぜ!」
ガイアモンドの周囲に、水銀のような液体が湧く。
「名を、名を付ける。私の金属、記念すべき一作目……ミスリール!」
「撃てッ!」
流体の金属一気に集い、ガイアモンドの前に壁を作る。
同時に放たれた弾丸。リベンジャーの弾丸とパティの砲弾、全てが壁にめり込む。
「……んっ?」
弾はめり込む。めり込むが、貫くには至らない。
「どうなって……もういっちょ!」
「いや、勝負ありだ」
フェイの砲撃を、博士が止める。
見れば、ガイアモンドはミスリールの壁に背を預け、気絶していた。
「許容量を大きく上回る能力使用の結果、気絶か。理想の目覚めた異能にはリミッターがないのか?」
と博士が分析する。
雅も戦闘不能。フェイは次の目標としてクロードとアクアマリンの方を見る。
「よし、あっちの支援に行こうぜ!」
「それは無理だ」
「なんでだよ!」
「私たちは時間切れだ」
パティは座り込み、ルージュも着陸してすやすやと寝ている。
フェイも飛行を続けられなくなり、地面に転がった。
「わわっ、ちょ、ってことは?」
「引き、分け、だな……」
その言葉を最後に、パティも眠る。
「ちぇっ……まあ、異能者を倒せたんだ。よしとするか!」
と言うと、フェイは装備を外し、大の字になって寝転んだ。
『終焉の時は来たれり……』
そしてケイオスは左手の混沌の玉を翳す。それはまるで眼のようであった。
アクアマリンは幻影の存在を向かわせる。
しかし、波打つ闇黒がそれらを全て絡めとり、飲み込んだ。
「その程度か、アクアマリン」
「…………」
アクアマリンは直感していた。これには、勝てないと。
「クロード、お聞きします。勝算はありますか?」
『終焉の時は来たれり。深く、遥か深き深淵の最果て。最も闇黒き我が闇の思想より来たらん……』
「分からない。でも僕は諦めるつもりは無いよ」
『さらば、神を討ちて、魔を降すは、思想研ぎ澄まされし究極められし闇黒。世界すら喰らう混沌の崩壊』
「同感です。では……行きます!」
動き出したアクアマリンの声と共に、クロードも動く。
尚も、ケイオスは詠唱を続けている。
『世界は混沌に満ち足りて、闇黒が覆わん。森羅万象を混濁し、混沌へと回帰し、全て我が手中へと収まる……』
彩光の光が一点に収束。そこに魔力を込め、圧縮。そして一気に解き放つ極光。
「アイリスストームッ!」
彩光の奔流が迫ると同時に、クロードもまた剣に白光を宿す。
「この光に、理想を込めて……仲間に迫る災厄を焼き払う光を剣に込めて!」
クロードのペルフェルクトに、眩い白光が宿る。
だから気が付かなかったのだろう。三人の足元に広がる、深すぎる闇の影に。
「ペルフェルクト・ホワイトアウト!」
「時間切れだ」
瞬間、全てが暗転した。
何が起こったのか、まるで何も分からなかった。
アクアマリンが気が付くと、そこは暗闇だった。
そして瞼を開けると、自分は地べたに這い蹲っていた。
身を起こし、周囲を見回すが、特に変わった様子はない。
ただ、ケイオスとクロードの二人だけが立っている。
「アクアマリン、リタイヤ」
「えっ?」
アクアマリンは耳を疑い、博士の方を見る。
博士の表情は、苦悩、あるいは苦悶の表情だった。
しかしそれよりも、自分が戦闘不能に陥ったという実感が無いままに、それを宣言されたことの違和感のほうが遥かに大きかった。
「博士、私は……」
「細かい説明はあとだ。今すぐそこから……二人から離れなさい。巻き添えを食らうぞ」
強い声色に、アクアマリンは黙して従った。
すでにMGの三人も、ガイアモンドも雅も回収されていた。
あの戦場に残されたのは、クロードとケイオスのみ。
「なんという、なんという力だ」
博士は怖れるような声でそう呟いていた。
「必ず、護るだろうと思っていた。お前に影響が無いのは、その鎧のおかげか」
「ケイオス、今のは、今のはなんだ。一体何をした!?」
クロードが珍しくも声を荒げる。
それに反してケイオスは無表情で語る。
「神とは世界の創造主、そして支配者だ。神を降すということは、どういうことか……」
「創造主、支配者……」
「掌握だよ、クロード。世界を奪い、この手に握る。つまり……」
「あの瞬間、世界を切り取りやがった。発想がぶっ飛んでやがる」
と、結城は参った風に言う。理解できない新月は、首を傾げて結城を見た。
「どういうことですの? 確かにとてつもない干渉力でしたけれど」
「あれに耐えたクロードも相当だが、こんな芸当が思いつくなんてな……」
「結城がそこまで評価するなら、よっぽどなんでしょうけれど、そろそろ説明をお願いできませんこと?」
「結城、私もあの現象を解析しきれませんでした。解説をお願いします」
ふむ、と結城はコーヒーのおかわりを口に運ぶ。
「奴は一時的に世界を切り取って、自分のモノにした。ブラックアウトは、その上で行った現象だ。奴に切り取られた世界に存在する全ての物は、奴の影響下に晒される。今頃あいつも急に自分の世界の一部が欠落して、違和感を感じていることだろう」
「……もっと詳しくお願いしますわ」
結城は少し黙考し、答える。
「つまり奴は、この世界から一定の空間を自分の世界として掌握できる。その世界の中にいたアクアマリンは奴の影響下に入り、一時的に絶命させられた」
その場にいる全員、結城の言葉を理解することは出来た。
しかし、信じることは到底出来なかった。
「え、ええ……そんなこと、出来ますの?」
「やってることはパーヴァートと似たようなものだ。ただ世界を丸ごと切り取るなんて芸当はよっぽどの力がないと出来ないな。それが奴の、神魔を降す、の真意だろう」
世界を創造する力を持つ神と呼ばれる存在。その気になれば現実を終わらせることも、改変することなど容易だろう。
そして、他の世界を自らの支配領域とする芸当は、まさに神に刃を向ける魔王の如き所業。
「神魔を降す」の真意とは、神の世界を奪い、掌握するということだった。
「クロードがその影響を受けなかったのは、あの鎧のおかげだ。仲間を護るという、基本的に防御特化な理想だったためだろうな。あの場にいる中ではおそらく、ケイオスの影響に抵抗できる」
「随分とタチの悪い能力ですわね。ならクロードは勝てますの?」
新月の問いに、結城は首を横に振る。
「いや、勝てない。もう戦ってるのはこの二人だけだ。クロードが護るべき仲間はもうリタイヤしたし、もう危険が及ばない以上はブーストがかからない。影響を受けないとはいえ、もうケイオスに効果的な一撃は繰り出せない」
「では、ケイオスの勝利ですね」
ゾーイの出した結論に、しかし結城は首を横に振った。
「いや、ケイオスの<掌握>は確かにヤバイが、しかしクロードの鎧には防がれた。分からないが、恐らくクロードには何も通じない」
「マスター、ではこの勝負は……」
レイランの言葉に、結城は頷いた。
「この勝負、引き分けとする。両者、矛をおさめろ」
クロードとケイオスは、互いに注視し続ける。
博士でさえ、これほどの力を止めることはできない。
二人の力は、あまりに規格外だ。恐らくはドクの作品でもなければ。
マクスウェルがエアを見上げる。
「エア、止めたほうが……」
「いや、その必要はないようだ」
見ると、二人の足元にある闇は徐々に薄れ、クロードも鎧を光へと戻した。
「認めがたいことだが、貴様の力は我が力に匹敵するようだな。忌々しい白銀の鎧、砕くのは次の機会としよう」
「……仲間を護りきれなかった時点で、僕の負けだよ」
それはアクアマリンのことを意味していた。
世界を切り取られ、掌握され、アクアマリンを一時的に絶命させられた。
それを防げなかった時点で、クロードは安全無欠として敗北していた。
「……貴様がどう思おうと、貴様の勝手だ」
こうしてテストは終了した。
「二人の戦いを見てたら滾ってきたな」
「マスターならば必ずや勝利できると、このレイラン、確信しております」
「ふふ、ありがとうレイラン」
「私とのデートですのよ! 従者といちゃこらするんじゃありませんわ!」
結城とレイランの甘い雰囲気を、新月が結城の腕を抱いて引き剥がす。
「失礼致しました」
「もう……それに、結城が勝つのなんて当然ですのよ。あれくらい、私だって余裕ですもの」
「強がる新月、可愛いぞ」
「ふふん、見くびられたものですわね」
会計を済ませ、店を出る一行。
ふとゾーイが言う。
「ドクからメッセージが届きました。データ収集は完了した。今から作戦を立てる、と」
「じゃあもう少し遊んでてもいいな」
「問題ありません」
「それじゃあ、行くか」




