86話目 プリズマティック・アクア
変幻自在の藍玉。ファンタズマゴリア・アクアマリン。
彼は青い髪の隙間から、その漲る眼を覗かせている。
そこには揺ぎ無い、確固たるものがあった。
「やっとか。ならば、混沌の究極たる俺と対峙する資格がある」
「それはどうかな」
ケイオスが前に出ようとするのを、クロウデルが遮った。
「もしかしたら自棄になっているだけかもしれない。私はそんなものを認めるわけにはいかない」
アクアマリンの周囲には、次々と水の玉が出現している。
「ファンタズマゴリア・アクアマリン。そう言ったな」
「ええ。これが私の新たな……いえ、真名」
「生まれ変わった、と言いたいようだな。ならば私の魔眼に多少は抗って見せるんだな」
クロウデルの眼が闇の深みを露にする。
視界の焦点、その一点を消失させる最上級の魔眼の一つ。
「クロウデル、本気か」
だがケイオスは止めない。むしろアクアマリンがどう対処するのかを、興味深そうに観察していた。
アクアマリンは即座に水球を正面に集わせる。
「ケイオスの竜に対しても同じようなことをしていたな。バカのひとつ覚えか」
「クロウデルッ!」
全てを見通す透視と併用し、確実にアクアマリンを視界に捉える。
そして確実に焦点を合わせた。
「死ね、アクアマリン!」
瞬間、視界が一変した。
映るのは、ケイオスの姿。
「な、何を……」
「チッ!」
ケイオスは舌打ちすると、即座に闇黒の混沌で身の回りを囲んだ。
ケイオスの混沌は透視をもってしても様々な像を映し出し、ケイオス自身を映せない。
混沌の球の3分の1が消し飛んで、なおもケイオスは楽しそうに、不敵な笑みを浮かべていた。
対してクロウデルは己の技がケイオスに干渉したことに動揺を隠し切れない。
「ば、馬鹿な。私は確かに奴を捉えて……」
「クロウデル、魔眼で奴を見てみろ」
「わ、わかった」
言われたとおりに魔眼で見る。そしてクロウデルは気付いた。
「これは……魔力!?」
その言葉に、弾丸を凌いでいたガイアモンド、観戦していたエアとマクスウェル、オーバーヒートまでもが驚きの表情でアクアマリンに注目した。
それも当然である。異能は理想を代償として空想科学を身に宿す行為。魔法に勝るとも劣らない現象を引き起こす能力だ。
だが、いかに魔法と見紛うような現象を引き起こそうとも、それは科学由来であって魔法ではない。魔力が発生、宿ることなどありえない現象である。
しかしクロウデルの眼、そしてマクスウェルの目には確かに映っていた。
アクアマリンの身体、操る水に宿るのは、紛れもない魔力である。
「しかも、私の擬態魔力じゃない……」
「どういうことだ、マクスウェル」
「安全無欠の勇者のメイヴ、魔耶が使っている、純粋な魔力……」
誰もが驚く中、オーバーヒートとクロードは納得していた。
「俺と同じだ。これは……」
「理想だよ。理想が彼に新しい力を与えたんだ」
理想を失いかけたアクアマリン。しかし彼が抱いた新たな理想。不遇を殺すことからの、不遇なき理想郷を築くという理想が、アクアマリンの力をも一新させたのだ。
「そして……」
ケイオスは、アクアマリンの所業を見抜いていた。
「あらゆる力を歪曲させる、魔力を保有した水の偏光レンズか。奴がその気になればクロウデル、お前はカウンターを受けて死んでいた」
「っ……!?」
つまり、この時点でクロウデルの敗北が確定した。
クロウデルは歯噛みしながらも、船上から退避した。
「さて……2対1か」
魔耶は既に戦闘続行が不可能。MGシリーズはガイアモンドと鴉天狗に手を焼いている。
ケイオスの前には、アクアマリンとクロード。
「申し分ない、来い。我が究極なる混沌に迫ってみせろ」
するとアクアマリンは即座に動いた。
足裏から高圧の水を噴射し、瞬く間にケイオスへと近づく。
同時にケイオスと同じように水を扱い、その右手に氷の刃を作り出す。
「氷狼・フェンリルの牙」
アクアマリンの斬撃、ケイオスは闇の刃で迎え撃つ。
竜の吐き出す火によって瞬く間に消失した時とは違い、闇黒に対して氷塊は呑まれることなく力を拮抗させていた。
「やるようになった」
「貫けッ」
アクアマリンが言うと、突如ケイオスの足元から高圧の水が幾本も伸びる。
「暗黒物質」
ケイオスは水の軌道上に小さな黒の球体を配置すると、水はその闇によって遮られた。
反撃、ケイオスもまた地に這わせる混沌から触手のような棘を伸ばす。
アクアマリンは即座にバックステップを踏みながら、触手を水の刃で切断し、逃れる。
「…………」
互角。ケイオスはアクアマリンを見て微笑んだ。
「そうだ、それこそが、この私の求めていた同族だ。なあ、変幻自在の藍玉。気分はどうだ?」
問われ、アクアマリンは構えたままに語る。
「私は貴方に憧れていた。それは確かだった」
中二病という独り善がりの妄想のなかで、それを理想にまで引き上げ、掲げ続けるその姿。
それは決して平坦な道のりではない。しかし、己のやりたいことを存分にやり、活き活きとしているその姿は、アクアマリンの瞳にはあまりに輝いて見えた。
アクアマリンの冷めた価値観に、再び熱を帯びさせる。沸き立つ熱湯の如く。
「中二病。それは妄想によって作られた理想の自分……私は理想で中二病を越える」
アクアマリンの周囲が太陽の光を反射しはじめる。
きらきらと輝く空気中の水滴。それはやがて一つの幻影を生み出す。
それこそ、空想に架かる幻想の橋。彩光の輝き。紛れもない幻影。
水が映し出す光は七色の光を映し出し……
「なるほど、プリズムか」
プリズム、光の乱反射。七色の影。
入り混じる混沌、闇黒を投影する自分とは似て非なるモノだとケイオスは楽しみ笑んだ。
「俺が混沌の影、闇黒の化物であるならば、お前は……」
ケイオスの正面、光り輝くアクアマリンの周囲には、赤色の鳥、白色の虎、深緑の亀、黄褐色の馬、そして極彩色の鱗の龍。
光輝の影、彩光の怪物が並んでいた。
「虹を使うのはキャラ被りなんだけど」
と、結城は空中に映し出されたディスプレイに向かって呟いた。
「<空>に架かる虹の<幻>、心に浮かぶ<夢>を己が心の<理>と掲げ、<妄>想の光を映し出す。これをもって五想となし、現さえも塗り替え、神にも届く創造を成す……」
喫茶店に入った結城たちは、各々好きな物を飲んでいた。
ふと結城が「あいつら今なにやってんだろうなぁ」と呟いたところ、ゾーイがバベルでの状況をモニタリング出来るので見せてもらうことにしていた。
「しかしまあ、ホラーゲームみたいなぶよぶよした化物までいるんだな」
MGシリーズが戦っていた謎の気味の悪い肉塊は、見るからにヤバイと思わせるものだった。
「生物兵器部門。バベルの中でもあまり有益ではありません」
「そうなのか」
「ですが、人類絶滅思想事件の際、人類を嫌悪するミュータントの数体かが高い戦闘能力を有し、エアと互角に渡り合ったという戦闘記録があります」
「じゃあ、それを量産すれば凄い戦力に……」
「実験材料が人間であるため、増産は事実上不可能でした。現在はクローン技術を研究している模様」
「なるほどなぁ」
と、結城はコーヒーを一口。
結城たちは大したことは行っていなかった。
映画が始まるまでの時間をゲームセンターで費やし、ゾーイの機械的な速度と精密さの店内全てのプレイングでスコアがカンストを記録。UFOキャッチャーで商品を獲得しまくり、出入り禁止を言い渡されてから映画を鑑賞。ファンタジーと恋愛で人間の感情、嗜好情報を収集させてから、昼食として喫茶店に入り、パスタなど食べてから一服。
「どう、ゾーイ。役に立ちそうかな」
結城が問うと、ゾーイは少し考えてから答える。
「理想を追い求めるという欲求、生命を脅かされるという恐怖を貴方から教わり、喜怒哀楽を情報として身につけはしました。しかし遭遇した状況に対して、どのような反応が適切なのかが判別できなかった。それが今回の課題でした」
「ふむ」
「今回のことで理解できたのは、私の中身は空であるということです」
「空っぽ?」
ゾーイは頷いてみせる。
「生き物には細胞があり、それらは遺伝子を引き継いでいます。遺伝子とは情報の記憶媒体であり、遺伝子には膨大な情報が組み込まれています。感情はおそらく、それらの要素によって生まれた現象なのでしょう。ならば、私はたった一つの記憶媒体に生き物の細胞が受け継いだ全ての情報を保有しなければなりません」
「お、おう」
「魂についてはまだ分析が不可能ですが、生命、および感情においては、より多くの情報を獲得することで発達させることが可能だと予測します」
「なるほど、な」
分かったような、分からないような。しかしゾーイが納得しているので、とりあえずは良しとする。
「ところでゾーイ、この勝負、どっちが勝つと思う?」
「不確定要素が多く、判断は不可能です」
「予想でいいよ。俺はそうだな、クロードのチームが勝つ」
「…………」
ゾーイはどうやら真剣に考えているようだ。生真面目なところが可愛らしく、どこか親近感を覚える。
「私はMGシリーズの勝利と予測します」
「へぇ、それはどうして?」
ガイアモンドに苦戦するMGシリーズ三名、そして新たに発動したアクアマリンの真なる能力。
どちらが有利かで見れば、クロードと異能者のほうだと結城は思っていた。
「MGシリーズは戦闘兵器ですが、理想を伴いません。が、今回の場合はそれを補う方法が一つ、仮説ですが存在します」
「理想の力を補う?」
「ケイオスの混沌の汎用性が鍵となります。彼らがそれに気付けば、戦局は逆転するでしょう」
圧倒的不利に陥ったケイオス。しかし、その顔には余裕の笑み。
「神魔を降す闇黒の徒、その名の真意を見せよう……集え、輩たちよッ」
ケイオスがその手をかざし、叫ぶ。
MGたちが攻撃の手を止めることなく、フェイは問う。
「なんだケイオス?」
「敵を降したくば、我が元に集え」
「何か、策があるのか?」
ケイオスは不敵な笑みでフェイの問いに答える。
「よし、下がるぞ二人とも!」
「正気か?」
「……まぁ、このままじゃ弾薬が尽きてどっちみちこっちが負けるし」
パトリオットの砲弾も、ルージュのプロペラも、そもそもMGシリーズの稼動時間は無限ではない。これ以上長引けば、燃料切れによる敗北が予想される。
MGたちは攻撃を続行しながら後退する。
「輩は集った。我らはともに神を討ち、魔を滅し、邪を払い、聖を穢す」
ケイオスは呪文のように、祝詞のように語る。
するとケイオスの混沌が、三人へと伸びる。
「お、うおっ?!」
「神に抗う徒を晴らし、徒な空想は覆り、味方なき孤独な徒を独歩し、夢無き徒刑に屈することなく、徒只管に己が妄想を貫く」
霧のような混沌はフェイたち三人に纏わり、その装備を変容させていく。
「すげぇ!」
「なんだ、これは?」
「私たちの、装備が……」
「我らは心の徒、心徒なり! 神の定めた条理に抗い、幻想を抱き続ける者なり!」
絶世顕界・アブソリュートカオス。
フェイは元気な女の子だった。
「うわぁ……かっこいい!」
やたらと火器や兵器が好きな女の子だった。
彼女の住んでいる世界は、理想郷と呼ぶに相応しいほどに平和だった。
長く続いた戦争も終わりを告げ、全ての人間が仲良く、平和に暮らしている。まさにユートピア。
だが彼女にとってその平和はあまりにも退屈で、それが何よりも苦痛だった。
「もっと戦いたい!」
戦争と言う過ちを二度繰り返してはいけない。
その思想から、世界からは兵器が無くなった。
ゲームや漫画、悲惨さを周知させるための映像記録には残っていたが、現存する重火器、兵器の類は完全に消滅したのだ。
彼女にとって、この退屈な世界で、戦争や武器、火器だけが自分が関心の持てることだった。
だからよく近所の友達と<戦争ごっこ>をしたし、それでよく大人に叱られたものだ。
やがて大人になっていくにつれ、平和の中にある闇を垣間見ることになった。
機能しない法律の上で、奴隷のように消耗させられる労働者。
戦争の頃の傷跡を残されたまま、心的障害を引きずり、今も憎悪する障碍者。
自らの権利を主張し、男を圧迫する女性活動家。
その闇を目の当たりにし、フェイは気付いてしまった。
これこそが、争いの火種であると。炸薬であると。
ならばこれに火をつければ、もう一度戦争が起こせるのではないか?
不平不満が連なるこの世界で、退屈すぎるこの世界で自らが戦争の火種となれるのではないか。そんな期待に豊満な胸を膨らませてしまった。
フェイは戦った。それは権利の主張や運動ではない。火力と暴力による実力行使によって。
平和ボケした彼らに、戦争を望んだ彼女たちへの対処など、ほとんど出来なかった。
彼女の火種は、瞬く間に燃え広がった。
平和に抑圧された者たちが、自らの生きる証を世界に刻むかのように、拳を振り上げたのだ。
違法経営者への天誅を、戦争の咎人らに応報を、女性の横暴への報復を……
それはフェイが望んだ戦争とは少々違ったが、それでも彼女の退屈を取り除くには十分なほどの刺激があった。
それはやがて、彼女が望んだ本格的な戦争へと発展した。
銃が満ち、砲が並び、ミサイルが立つ。
彼女にとってこれこそが楽園だった。これこそ、追い求めていた理想郷に違いない。そう確信して疑わなかった。
旧友に銃口を向けられるまでは。
パティは愛国主義者だった。
より正確に言えば、愛国主義者そのものに憧れていた。
国の為に忠を尽くし、戦うその姿は、パティにとって英雄と呼べる存在であった。
とはいえ、すでに戦争の無くなったこの世界では、そんなものはごっこ遊びの中でしか実現しえない。
それでも諦めきれないパティは、燻った思いのまま大人になっていく。
ある日、友人が革命をおこした。クーデターだ。
いつのことか、戦争をしたいという友人の言葉に呆れながら諦めるように勧めていたにも関わらず、わずかながら期待していたことを思い出す。
クーデターによって、自国はその本性を現した。
重火器は放棄されておらず、兵器の類も隠し持っていたのだ。
そしてそれを扱う者たちも、秘密裏に育成されていた。
口惜しい。自分も出来ればその中に一人になりたかった。国の為に命を賭して戦う英雄の一人になりたかった。
そんなパティに、民間の企業から勧誘を受ける。それは自国の為に、傭兵として働くというものだった。
パティは喜んでその中の一人として参列した。
パティは意欲的に働き、好成績を収めていく。だからこそ、二人は出会ってしまったのだろう。
「悪いが、これも国のためだ」
罪悪感も、躊躇もあった。しかし、心も身体も驚くほどに冷徹だった。
まるで友に向けている銃身のようだった。
ルージュは独りだった。
独り、剣術道場の一人娘として育てられていた。
類稀なる剣術の才能を持っていたルージュだったが、彼女にとっては二人の友人と戯れるほうがずっと有意義であった。
やがて、自分たちは大人になり、それぞれの道を歩んでいく。
ルージュは戦争などにまったく興味などなかったし、そもそも弾丸飛び交う現代の戦場で、刃物を振るうだけの自分が役に立つはずも無い。
だが、戦争は彼女の心情などお構いなしに戦火を広げた。
迫り来る敵を斬り伏せ、襲い来る敵を切り裂いた。
鉄火場越えて十重二十重。薄刃を交わして紙一重。
流浪に旅して行く万里、向かうは旧き友の場所。
辿り着いたが一足遅く、凶弾飛び交う鉄火場に、人切り包丁二振り持って、彼奴らの心を斬りに行く。
ふらりと暢気な性格が、がらりと変わりて柄にも無い、銃弾食ってもタダでは死なぬ、砲弾食っても筋は斬る。
肉を穿たれ骨砕け、叫ぶ姿は猛虎か獅子か。
気付けば刃は朱に染まり、己の身体も紅色。満足そうに微笑むは、さらば愚かな銃砲愛好者。いずれは絶えるも未練無し、さらば愚かな愛国主義者。
残る我が身を夕日が抱く。全てが胡蝶の夢のよう。さらば夢から覚めようぞ。
左手刀を地面に刺して、右手刃を我が身に向ける。さらばさらばとその目に涙。
最後に目にした夕焼けは、さらば心は報われた。
そして、三人は再び集った。同じ理想の元に。
パティが右手の砲身を見る。
「これは……なんだ?」
混沌の紫が装備の色を変えていた。
フェイのリベンジャー、パティの主砲、ルージュの刃が紫色の装飾を施されている。
「今のフラッシュバックは……」
「なんだか昂ぶるぜ!」
「我が混沌をお前の理想に馴染ませ、貴様たちの理想を喚起した。存分に力を振るうがいい」
三人は奥底から無限に湧き上がる力に困惑しながらも、再びその銃口を、凶刃を向けた。




