84話目 理想国ユートピア観光
久々の再会を果たした結城とゾーイ、そしてユートピア。
「是非教育係としてここで勤務していただけませんか。ドクもきっと優遇するでしょう」
「私の権限があれば、快適な生活を送ることが出来ますよ」
「まあ、またの機会に」
と、結城は周囲を見渡す。
「ところでユートピア、結局この交流会の目的はなんなんだ?」
「端的に言えばドクの情報収集です。とはいえ、あなたには別の役割が与えられています」
「別の役割?」
「ゾーイの教育と連携、ドクの開発した新型兵器のテストです」
結城は一瞬聞き間違えたのかと思ったが、確かに間違いなくそう聞こえた。
「つまりモルモットか」
「ゾーイや私との戦闘データ元に、安全性は可能な限りこちらで保障します」
「よろしくお願いします、結城」
この期に及んで、未だに人の都合につき合わされるのかとうんざりする結城だが、応えは一つだけだった。
「……分かった。こちらこそよろしく」
そして、ようやくアルカディア側とユートピア側の全員が集合した。
やはり語らいは食事とともに。
古来より続いてきたこの世界の文化により、バベル内の限られた者しか出入りできない食堂で食事会が行われることとなったのだった。
幹事は勿論ドクである。
多種多様の料理を乗せた長机をはさんで、アルカディア勢とユートピア勢は対峙していた。
端から結城らとゾーイ、安全無欠たちと異能者二人、そして闇黒の徒と、新たに加わった三人の乙女が向かい合って席に座っている。
「まあ、私はさっきのデータを解析してるから、君たちは自己紹介でもして適当にやっててくれたまえよ」
「相変わらず適当だなぁ、ドクは」
と言うのは、金髪に勝気の青眼の乙女。
迷彩柄の軍服を崩して着ており、羽織る上着から黒い二つの膨らみが力強く主張している。
「まっ、いっか。私は完全人型戦闘機、ミリタリーガールズシリーズの1番機、フェアリーのフェイだ! よろしくっ!」
次に隣のセミショート茶髪、鋭い目つきは、執拗にケイオスを睨んでいた。
「同じくMGシリーズ2番機、パトリオット」
「三作目、ルーズベルトです……ルージュでいいです」
もう一方の隣には、緑髪の眠たげな乙女。
三人一組、三人ともがケイオスを観察していた。
「お前、見たことあるな。名前なんていうの?」
「……ケイオスだが」
「ああっ! そうだあんたか! いやぁあの時は……」
フェイは友好的に話し掛けながら席に座り、飯を食い始めた。まだ自己紹介が半分もいっていないのにだ。
MGシリーズはマイペースな者たちばかりなのか、左右の二人も座ってフライを摘み始める。
「じゃあ次は俺たちだな。異能者代表、インフィニティ・エアだ。でこっちが……」
「初めま、して。マクスウェルの魔女です……」
無間の風。全力のクロードと戦い、引き分けたという青年。
ユートピア屈指の実力者を、結城はつい値踏みするような見方をしてしまった。
ふと、エアと目が合った。
「信じられん。お前がこのユートピアに決定的に勝利したとは」
「エア……」
「事実です」
更に隣、ゾーイがエアに説明する。
「ドクの最高傑作のうちのひとつ、アルティマティオスを無力化した実力があります」
「俺はアルティマティオスなんて存在を初めて聞いた。お前はどこの所属なんだ」
ユートピア曰く、ユートピアとアルティマティオス、朱の存在はトップシークレットである。
今回は仕方なくアルティマティオス……ゾーイのことは開示したようだ。
「私はユートピアの保有するどの組織にも属していません。ドクに直接開発された機体であり、実戦も結城との戦闘が初めてです」
「あの博士のお抱えというわけか」
エアがアルティマティオスに問う中、クロードは結城に問う。
「あれが結城が戦ったユートピア最強の兵器……」
「まあそういうことになる。仮想システムを有し、俺と同等のことが出来る。ああ見えて、生命を持ってる」
「生命を、って。あれは機械じゃないの?」
「ああ、ゾーイは機械だ。だが意思を持つ、生きている機械だ」
クロードは結城の言葉に混乱していた。
機械が生きているなどと、そう簡単にイメージできるはずがない。
「まあ、そうだよなぁ」
結城ほどの妄想力がなければ。
「まあ、無間の風とマクスウェルの魔女の話はクロードからよく聞かされてるからいいとして……こっちの三人は?」
と、一同が闇黒の徒と対面する乙女三人を見る。
「ミリタリーガールズ?」
「んっ? ああ、私たちか。そういえばあんたらとは初対面だな。ミリタリーガールズシリーズは、人間の臨機応変さと兵器の火力を融合させた最高の人型兵器だ!」
人型兵器、というとゾーイと被る。
それどころか生きているという感触はこちらのほうがあるだろう。
「随分感情豊かなんだな」
「そりゃそうさ。私たちは元々は人間だからな」
「どういうことだ?」
結城の問いに、パトリオットが鋭い眼差しを向けて言う。
「つまり、私たちはいわゆる改造人間だ」
「ああ、なるほど。どおりで」
ゾーイは一から全てが機械で出来ているが、ミリタリーガールズは人体改造を受けた、元は普通の人間であった兵器であった。
ならば感情豊かなのも当然であった。
フェイはドンと胸を叩いて自慢げに言う。
「所属はアーミーで、人々の兵器として役立つのさ」
「自称兵器……そうだ、理想を聞いてなかったな」
「あっ、そういえばそうだった。私の理想は戦って活躍することだ。軍人になる奴は大体そうだ」
「私を一緒にするなフェイ。私は果たせなかったことを果たす。この勝利をもたらしたい」
パトリオットはフェイとは対照的に、少々重みのある理想を抱いているようだった。
「私はかつて、身を捧ぐ国のために戦っていた。しかし力及ばず、国は滅んだ……私は今度は」
俯き加減のパトリオットに、更に問うのは同じMGであるはずのルーズベルトだった。
「それを今度はユートピアで……って、つまりどういうこと」
「つまりあれだよ、パティは国のために戦って、国を繁栄させる存在になりたいんだ。だろ?」
「……私の力で一国を繁栄させること。それが私の理想」
それぞれの理想が混在するこの世界で、また珍しい理想もあったものだと結城は感心していた。
そして最後、ルーズベルト。
「私の理想は……忘れた」
「えっ?」
「何か理想があったような、そんな気はする……でもそれがなんなのかは、この世界に来た時から思い出せない」
「あっ……」
それは結城も同じだった。
理想の世界に来れたはいいものの、当初は理想を見失っていた。
しかし、今では貫くべき唯一つの理想を持っている。
「そのうちきっと思い出せるさ。俺も最初はそうだった」
「ふーん……」
ルーズベルトの反応は極めて希薄だった。
これはどうやら別の理想を見つけかけているところなのだろう、と予想する。
理想がないままというのもこの世界では色々と不便なので、それも一つの手ではある。
新たな理想を見つけることも、ネクストワールドでは珍しいことではなかった。
「俺とマクスウェル……異能者は全てドクの手がかかってる。イレギュラーチルドレンプロジェクトの名の下に、スラム地区の子供や捨て子、また自主志願者や才能保有者を確保し、様々な実験材料に用いられる。クロードは知っているだろうが、異能者は多種多様だ」
「うん、ガンダーラでは苦戦したよ」
「言ってくれるな。異能の種類は大別して現在三種」
地水火風、木火土金水などの元素系
サイコキネシス、テレポータ、サイコメトラー、未来予知などの超能力
魔法や呪術にまで及ぶ超常現象
「ということは、マクスウェルちゃんはマジシャンなんだね」
マクスウェルはこくりと頷く。
「魔法に対抗する、切り札……」
発達した科学はやがて、魔法と区別がつけられなくなるという。
しかしマクスウェルの異能は科学的にして魔力にまで及ぶものだった。
「他にもユートピアには戦闘における技術部門が多く存在する。人格を電子化し、人体を捨てることで致死の加速にも対応する電脳部、異形の怪物を創造する生物部。どれもドクほどではないにしろ、マッドサイエンティストだらけの部署だが……」
そんな勢力を相手に、アルカディアは勝利した。
自分がその要を担った。結城にはあまり実感がない
「バベルは立ち入り禁止が多いが、ユートピアには楽しめる場所はたくさんある。せっかく来たんだから、楽しんでもらえれば幸いだ」
食事の後、それぞれが自由行動ということになる。
「結城」
「いやぁ、ユートピアは凄いところだなぁ」
「ねぇ、結城」
「ん、どうした新月」
「……いい加減、私のことを見ていただけませんの?」
と、潤んだ瞳で見つめてくる新月。
「俺も出来ればそうしたいんだが、こうなるとな」
現在二人はユートピアの大都会の真っ只中に居る。
そして結城の傍らには、言うまでもなくレイランが居る。
そこまではいい。新月もレイランの忠誠心と熱意は分かっている。いっそ犬猫の類と思えば気にならないし、向こうもこちらを気にしていない。
だが、それとは他にもう一人同行者がいた。ゾーイである。
「結城、私は自由行動は未経験です。ご教授願います」
「とまあ、こういうことで」
魅惑の新月。余裕をこきすぎたか、いざというときにまったく間が合わない。
(どうしてこんなことに……私のデートが……)
新月は言いようのない悔やみと惜しみに、その足取りが重くなる。徐々に結城との距離が離れていく。
(駄目ですわ、今回は私が完全に機を見誤ってしまった。もう……)
その歩が止まりかけるその時、暖かな感触が手を包み、緩やかな力で引かれる。
「体調がすぐれないのですか?」
「レイラン……いえ、そういう訳では、ないんですの」
新月は驚きながらも歩みを速めた。
「ありがとう、もう大丈夫ですわ」
「マスターは、お優しい方です」
「えっ? ああ、そうですわね。結城はお人好しですわ」
「今ゾーイの相手をなさっているマスターの心中を思うと、胸が張り裂けそうです」
新月は、ふと結城を見た。
新月は気付く。結城は自分とのデートを蔑ろにするような人間ではない。
そんな彼を信じ尽くすことこそが、結城への捧げられる愛でもある。
そしてそれはレイランに出来て、銀風に出来て、今の自分には出来ていないことだ。
「私は……まだ未熟でしたわね」
新月は次の一歩、力強く踏み込んだ。
「楽しむとしましょう、このデート。全力で」
意気込む新月であった。
「結城、私は貴方のおかげで生命を獲得したわけですが」
「ああ、そうだな」
「生命とはどうあるべきなのでしょうか」
ゾーイの質問はあまりに哲学的過ぎた。この時点で十分に生命と呼ぶに相応しい。
「それを考え、自分なりの答えを探し続けるのが生命なんだよなぁ」
「結城にも分からないのですね」
容赦のない結論に結城は苦笑した。
「まあ、そういうことだな。いや、もしかしたら、生命に定まったあるべきことなんて無いのかもしれない」
「?」
「多種多様な理想があるように、生命もそうだってことだよ」
「……エラー」
そこでふと結城は気になったことを聞いてみた。
「ところで、ゾーイは今どういう理想を持ってるんだ?」
「私の理想は……生命として成長すること」
「そうか。なら苦戦して当然だ」
「説明を要求します」
結城はきょろきょろと売店を品定めしながら語りを続ける。
「理想って言うのはその人間が最も欲する物であり、そして困難である事だ。そう易々と手に入るなら、理想などと大仰な言い方はしないからな」
「なるほど、学習しました。人間の価値観、興味深いです。この価値観を収集し、解析するところから始めてみようと思います」
「それがいい。あ、クレープだって。新月、クレープ食べよう」
振り返ると、新月はやや驚いたような表情を浮かべた後、気恥ずかしさから目をそらした。
「い、いいですわね。甘いものは、嫌いじゃありませんわ」
結城たちはクレープを四つ購入、広大な敷地に樹木立ち並ぶ公園のベンチに座る。
「ゾーイ、食べ物も摂取できるのか?」
「全極地適応がコンセプトの一つですので、有機物は問題なくエネルギーに変換できます。あまり効率は良くありませんが」
「だろうなぁ」
「より生命に近づけるためにと五感を導入されているので、味を感知できます。美味しいです」
ゾーイの顔の部分、上下に分離し、下顎部分が伸びる。思いのほか上手にクレープを食べるので、結城は感心のあまり声を漏らした。
「おーっ」
「結城、生命を獲得し、生きている実感を獲得しました。ですが、未だに生命を理解できていません」
ゾーイは常に生命について考えているようだ。
それは理想を追い求める者として、まさに理想の姿であるといえよう。
結城のほうを向き、真剣な表情で……変化はないが、雰囲気をかもし出しながら問う。
「結城、生命とはどういうものなのですか? いまひとつ、解答が見つかりません」
「そもそも、生命自身が生命を理解していないからな」
「そうなのですか」
「人間は自らで定める。名前も、意味も、分類も。そうやって自分で納得できる唯一の答えを探す」
「唯一の答え……」
「ゾーイも独創性を探ってみたらどう?」
「独創性……失敗。データが不足しています」
うーむ、と結城は唸る。
すると新月が何か思いついたようで、一つ提案した。
「独創性を得たいのでしたら、創作物に触れるのが良いかもしれませんわよ?」
「創作物か。となると……」
街中に溢れる娯楽で、創作物で楽しめるものといえば、真っ先に上がるのはアレしかない。
「映画を見よう」




