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82話目 旅行

 いわゆる報せは、数日のうちに完全に行き渡った。

 神の国が攻めて来る……人々はそれぞれが準備を始めていた。

 ユートピアでは対地、対空の装備を整え、また理想戦争よりも更に強力な兵器や、異能の開発に努めていた。


「どうして俺がこんなことしなくちゃならんの……」

「と言いながら、満更でもなさそうじゃないか? 結城」


 銀風の言葉に、結城は溜息で返した。

 硬いアスファルトの地面を踏みしめながら、二人は信号待ちのために止まる。

 結城たちは現在、アルカディアを離れ、遠く西にあるユートピアを訪問していた。


「いくら俺が<彼>に関わる人間だからって……」

「でも今のお前はその<彼>、アルカ、ドクに並ぶ、理想を叶える権能を有した存在だからな。その上、数多くの強敵と戦った経験があり、その強敵と最終的に友好を築いている」


 アルカディアとユートピア、神の存在を前にして、両国は前の戦争などまるでなかったかのように協力関係を結んだ。

 そして住人たちもそれに賛同した。


「彼らも仲間うちで争っている場合じゃないと気付いたんだろう」

「はぁ……じゃあ、用事を済ますか」


 二人の目の前には、大きな道路の向こう、この摩天楼の中でも一際に高い塔がある。

 この塔こそ、理想戦争に最終決着を付けた場所。

 ユートピア中央部、バベルの塔である。




「共同戦線?」

「そう、アルカディアとユートピアが協力し、神の軍勢へと対抗することが決まったそうだよ」


 正午を過ぎ、穏やかなコーヒーブレイクといったところで、クロードは結城の元を訪れた。


「結城は、何か準備はしているの?」

「俺は別に何も。暇つぶしに妄想世界を書き連ねている。もう必要ないんだけどな」


 神とやらが関わってこなければ、結城はとっくにこの世界から別れ、自らの世界に閉じこもる予定だった。

 それが出来ない以上、結城は妄想世界の出来事を積み重ねること以外に何も出来ない。


「それで、共同戦線するからなんだって?」

「協力関係を結ぶに当たって、アルカディアからユートピアに遣いを寄越したいってアルカが言ってんだ。その遣いとして選ばれたのが、僕たちだ」

「僕、たち?」


 ?マークを顔に表していると、クロードは一枚の紙を取り出し、卓の上に差し出した。


「ユートピアの人達との顔合わせ以外は、ユートピアへの小旅行って感じらしいよ」


 結城は卓の上の紙を覗き込む。

 そこにはこう書かれていた。



 以下の者をアルカディアよりユートピアへと遣わせ友好の証とする。

 移動は直通の列車を推奨する。


 ・クロード

 ・ケイオス・エル・ハザード・アブソルート

 ・結城

 

 尚、護衛等の同伴者は各2名まで許可する。

 以上。


「移動方法まで指定されてんの?」

「バラバラで向かわれたら迎える向こうに迷惑だからだと思う」

「なんで2名まで?」

「予算の都合じゃないかな」


 紙面を見て、結城は唸った。

 今更なのだ。自分の目指すべき妄想の世界を見出してしまった時点で、この世界で行う活動には何の価値も無いと思ってしまうのが結城と言う人間であった。

 自分が興味を持った事柄以外に対して、尽く労力を費やしたくないというケチさがあった。

 が、クロードのせっかくの誘いを無下に出来るほど神経が太くないのも、また結城と言う人間であった。


「せっかくだから、僕の友人も紹介したいんだ。前に話したよね」

無間インフィニティエアと、マクスウェルの魔女か」


 いつぞやに聞いた、クロードと互角以上に渡り合ったというユートピア屈指の実力者。

 結城の心は徐々に動かされつつあった。


「ケイオスは、なんて?」

「彼はもう行くつもりみたいだ。ここでの布教はほとんど終わったから、向こうでも中二病とやらを宣伝するんだろうね」


 となれば、恐らく同伴者としてクロウデルが来るであろうことは用意に想像できる。

 こうなるとクロードは精力的にかなり不利だろう。

 クロードはユートピアと敵対し、その上で被害を0にすることで安全無欠の勇者という異名を持つほどに人気を獲得した。

 ケイオスも救国の英雄であり、中二病というマイナーな嗜好で人気を獲得してはいるものの、やはりクロードの活躍と比較すると劣勢。

 ならば次なる地、ユートピアでは間違いなくケイオスは人気を一定の人気を誇るだろうし、クロードは逆に忌々しく思われるかもしれない。


「……いや、無理強いは良くないね。ごめん結城。アルカは僕がなんとかしておくから」

「待て」


 立ち上がろうとするクロードを静止する。

 結城の良心は、至極繊細であった。


「お前は、同伴者二名はどうするんだ?」

「一人は魔耶なんだけど、メイヴはユートピアみたいな空気の悪いところだと体調を崩すらしいし、リューテも煩いところは苦手みたいで」

「珍しいな。お前にゾッコンな彼女らだったらひと悶着あっても良さそうなのに」

「いや、あったよ」


 クロードが言うに、ひと悶着あり、しかし決着はつかず難儀しているところにユートピアのマクスウェルの魔女と魔耶が魔法で、いわゆるビデオ通話をしたらしい。

 その際、メイヴは空気の悪さが「視えてしまった」らしく、それだけで寝込んだ。

 メイヴがノックアウトされ喜んでいたリューテだが、唐突に鳴った車のクラクションに驚き、それ以降あまりユートピアに行きたがらなくなった。

 最終的に残ったのは……一羽の天狗だった。


「結城が僕の家に来てくれたときは紹介しそびれちゃったね。彼女は雅。烏丸からすま みやび


 と、結城とクロードは上を見る。

 常に羽ばたいて、すぐに急襲をかけられるように待機している雅の姿がある。


「ご紹介に預かりました。雅と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 と言いつつ頭を垂れるが、上空にいるのであまり意味をなさない。

 どうやら雅は結城を未だに敵と疑っているらしい。


「雅、結城は敵じゃないよ」

「クロード殿、油断なされてはなりません。この者がいつクロード殿の地位を羨み、奪わぬとも限りません」

「安全無欠なんて俺が得られる称号じゃないと思うが」


 結城が知る限り、クロードはひたすらに優しい男である。

 見ず知らずの人間にさえ親切に出来、偶然に共にしただけの戦地の部下にさえ、その恩恵によって生存させてみせる。

 結城にはそこまで気が回らない。各々のことは、各々がそれぞれなんとかすればいいと思っているからだ。


 さて、こうなるとやはり黙っては置かない人間が、結城の傍には一人居る。


「なるほど、雅の懸念も一理あります」


 忠実なるしもべ、レイラン。

 彼女はやはり雅の汚言に噛み付いた。


「安全無欠という称号、マスターがその気になられたなら、瞬く間に略奪することが出来ましょう」

「れ、レイラン!」

「……」


 レイランと雅の視線が交錯する。一触即発といった二人。だが、そこに仲介者が現れる。


「貴女たち、自分の主LOVEも良いですけれど、いちいち人に吼えるものではありませんわ。躾のなってない犬のようで、飼い主の品格が疑われてしまいますわよ?」


 と苦言を呈すのは、この屋敷の主であるパーヴァート・<魅惑の新月>。

 金髪のストレートヘアは、今日も眩しいほどに煌いている。ラメでも使っているのか。


「ところで、結城。最近は随分と銀風と行動を共にしているようですわねぇ?」

「ふむ」

「ということで、そろそろ私の番でしょう?」

「いや、あれはそういうのじゃ……そうだチェリー、チェリーはどう?」


 すると、頭の上に乗っているチェリーは気まずそうに言った。


「あそこの空気、あんまり気持ちよくないから……ごめん」


 こうして結城の同行者は、クロードから話を聞いて僅か数分の間に、先着2名様が確定してしまった。


「じゃあ決まりだね。日時は……」


 こうして結城はユートピアへと赴くこととなった。





 パーヴァート、魅惑の新月。

 その実力は銀風に並ぶとされ、誰も寄せ付けない孤高のパーヴァートである。

 好きな物は結城。好きなことは雄豚共の調教。


「ふーん、ふふん、ふんふーん♪」


 鼻歌を歌いながら、新月は髪をとかしていた。

 優雅で流麗なる彼女がご機嫌なのは、今日が結城とユートピアへと向かう日だからだ。

 長らく銀風やレイランにアピールタイムを譲っていたが、そろそろこちらも攻勢に移る時。


「二人きりとはいきませんでしたけれど、銀風さえいなければなんとかなりますわ」


 妖艶な笑みを浮かべ、ピンク色の妄想を嗜んでいる。


「おっと、殿方を待たせるだなんて、淑女にあるまじき失態ですわね。急ぎましょう」


 と、新月は三面鏡の前から立ち上がった。

 一方、結城はアルカディア南部にある駅で新月を待っていた。


「淑女の支度は時間がかかるものですわ。って言ってたけど、もうすぐ出発の時刻だ」


 アルカディア南部に新たに建設された駅。線路はユートピア、ガンダーラへと続く。

 既に噴水のある駅前広場では、ケイオス、クロウデル、クロード、魔耶、雅、結城、レイランと揃っている。あとは新月だけだった。


「まだかな新月」

「だぁれだ?」


 と、結城の視界は唐突に闇に覆われた。

 ふわりと肩にかかる重さと、芳しい香水の匂い。

 そしてぴたりと吸い付くような背中の暖かな感触。


「間に合って良かった、新月」

「ふふ、お待たせして申し訳ありませんわ、結城」


 新月が降りて離れ、結城は振り返る。


「久々の貴方とのお出かけですもの。ついおめかしに時間を費やしてしまいましたわ」


 紫色のドレスを身に纏い、しゃなりとドレスを揺らし、くるりと翻って魅せる。

 子供っぽい無邪気な笑みながら、仕草ひとつひとつは、股座を掌握するような妖艶さを醸し出している。


「新月、お前……」

「いかがかしら?」

「すごい……最初から飛ばしすぎだ」

「まだまだお楽しみはこれからですわ。ライバルの前で醜態は晒せませんし」


 と、新月の三日月のように鋭い視線がレイランをちらりと一瞥する。

 レイランは首をかすかに傾げるだけだった。


「さあ、行きましょう?」


 差し出された小さな手を、結城は握って答える。


「ああ、行こう」


 手を繋いだ二人と、いつもどおり黙して結城の傍で付いていくレイランを除いたクロードたちは、完全に置いてきぼりにされていた。




 アルカディアからユートピアまで、わずか1時間で到着してしまった。

 大平原、山、砂漠、また大平原と移り変わる景色。最終的には大都会の真っ只中。

 が、予定の迎えが一向に来ないので、自ら目的地へと向かっていた。


「前来たときはゆっくり見てる暇はなかったけど……改めて見ると本当にすごいな」


 アトランティスの比ではない。そこはもはや完全に、摩天楼の只中であった。

 大都会らしく、人の波が道を阻んでいる。

 結城たちは苦戦しながらもなんとか進んでいく。


「レイラン、新月、はぐれてないかぁ!?」

「こちらは大丈夫ですマスター」

「もうっ、こんな酷い環境、確かに銀風のスタート地点には相応しいですわねっ!」


 銀風がこの世界に来た時の開始地点スポーンはここだった。

 ここで黒の淫夢と出会い、アトランティスへと移り、結城たちは出会った。


 進みながら、そこまで前のことでもない出来事に懐かしさを感じ始めていると、突如銃声が響いた。


「さすが都会、銃声もあるのか」

「いや、結城。さすがにそれはおかしい」


 クロードの指摘。それもそうか、と結城は思いなおした。


「じゃあ少し見に行くか」


 銃声は続いている。その方向へ行くと、やはり同じ思考の野次馬が集っていた。


「はいはい、ちょっと失礼しますよっと」


 人ごみを掻き分けて、なんとか結城は抜けた。

 と思った次の瞬間、クロードは魔耶の箒に同乗し、ケイオスとクロウデルは自らの闇の力で浮遊し、雅に至っては語る必要もない。


「お前らずっるいなぁ」

「結城だってその気になれば飛べるんじゃないか?」

「あっ……さ、さて、何が起こってるんだ?」


 やけに高いビルの根元で、警察服の人間がビルの入り口を囲むように並んでいる。

 が、彼らは銃を撃ちながらも後退していた。

 射線上、ビルの入り口には、あまりに目立つ巨躯があった。


「効かねぇなぁッ!!」


 3メートルはあろうかという長身。筋骨隆々で、一番細い部位であろう手首でさえ、人間を二人並べたような太さ。凶悪な面相と、逆立つ髪の毛。そして、即頭部から飛び出る牛のような角。この男を一つの名称で呼ぶとすれば、それは鬼とか悪魔が相応しい。


「誰も俺を止められない! 俺は最強だ!」


 鬼の豪快な哄笑が街に響く。銃声すら掻き消す音。

 ご機嫌な鬼はおもむろにその豪腕を振り上げ、コンクリートの地面を叩く。

 大きく揺れ、亀裂が走る。

 だが亀裂は地面だけに留まらず、鬼の背後に聳えるビルにまで拡がる。

 轟音と共に、ビルは結城たちの居るほうへ傾いていく。このまま倒れれば野次馬も含めて多くの犠牲者が出ることは間違いない。


「貧弱なお前らじゃあ、ビルでぺちゃんこになっちまうだろうが、この俺様なら痛くもかゆくもないんだよぉッ!! ガハハハ!!」

「……いい加減耳障りだな」


 静かに、しかし深く呟いた。

 闇のように深い、底なしの混沌を思わせる。

 その深淵……ケイオスの影から、闇が溢れた。伸びる闇の触手は即座にビルにまで達し支えた。


「オッ……オウッ?」

「はぁっ!!」


 何が起こったのか分からない鬼。続いてクロードが駆けた。

 警察を追い抜き、困惑する鬼の右手首に目掛け、聖剣ペルフェルクトを顕現して振るう。


「なんっ、ダッ!?」

「雅!」

「御意に」


 手から離れた女性を、雅が上空から急降下、抱きとめて急上昇する。


「このガキィッ!!」


 地面を打つだけでビルを倒壊させる拳がクロードを襲う。


「魔耶!」

「ええ、クロード」


 クロードが伸ばす手を魔耶が取り、鬼の攻撃範囲から紙一重で逃れる。


「ここは一つ、友好アピールってことで」


 結城は普通に歩いて、鬼の前に立っていた。


「貴様等もしかしてドクの差し金か」

「さて、どうかな」

「な、なめやがってェッ!!」


 大きく拳を振り上げる鬼。全力を込めた一撃。


「さっきのとは比べ物にならねえぞォオッッ!!」

「妄想顕現……?」


 感じた違和は簡単なものだった。すぐ眼前に迫った鬼の巨大な拳。それがまったく脅威に感じなかったのだ。

 理想の力こそ、この世のすべて。

 もはや結城の理想は、暴虐の鬼を前にしてさえ、能力を発現するまでもなかった。

 掌で受け止めた拳は思いのほかに軽く、軽すぎた。


「ニ、ニンゲン、じゃないのか!?」

「人間は人間でも狂人ってところかな」

「ヒッ……」


 その微笑は、鬼には怖気の走る不気味な笑顔に見えたか、鬼にあるまじき声を上げた。


「そこまでだ。全員その場を動くな」


 その瞬間、風が唸った。

 肌が触れている空気のすべてが、今にも噛み付きかねない猛犬であるかのような。ゆえに、誰もが微動だにできない状態だった。

 が、覚えがあるのか、クロードは声のほうを見る。


「この感じ……」


 声の主は野次馬が開いた道を歩き、結城と鬼の元まで歩を進める。


「エア!?」


 そう呼ばれた青年は、鋭い眼光のまま振り返る。


「動くなと言って……お前は、クロードか?」


 途端、空気が緩んだ。

 動くことを許されたのか、しかし鬼は顔を真っ青にした動かないで居る。

 結城が振り返ると、クロードが一人の青年に駆け寄っていた。


「ああ、そうか。アルカディアからの訪問者っていうのはお前のことか」

「僕だけじゃないよ。友人もいるんだ」


 エアと呼ばれた青年。

 青空のように深い青の髪、銀色の瞳の少年。

 背は高く、結城はおろか、ケイオスやクロードも越えている。


「いや待て。先に仕事を片付ける」

「お、お前は……」

「俺の顔を知っているのか。なら抵抗はするなよ」

「ふ、ふざけるな気狂い女の狗め! やっと自由になれたんだぞ!?」

「こちらも、貴重なサンプルをそう簡単に逃がすわけにはいかない。お前は人間のモンスター化実験の数少ない成功例だ」


 なにやら物騒な話が聞こえてきている。

 結城は鬼の拳を離し、ゆっくりと横に逃れる。


「待て。お前は何者だ」

「えっ、俺?」

「彼は僕の友人だよ」


 とクロードが言う。


「そうか、なら危険だから下がっていろ」

「ならお言葉に甘えて」


 エアは結城こそがユートピアを陥落させた張本人であるということを知らなかった。


「さて、どうする」

「……っ!!」


 先ほどまで威勢の良かった鬼が、今では蛇に睨まれた蛙。声を上げることすらかなわない。


「それでいい。もとより重罪人のお前には、自由は過ぎたものだ」


 エアが開いた道を迅速に辿り、鬼を取り囲むのは重火器で身を固めた兵士。

 警察の拳銃など玩具に見えるほどの重装備。鬼の肉体といえど、この距離、この人数を相手にすればまず生きられまい。

 鬼は抵抗することなく兵士たちと共に護送車に積まれ、車は走り去っていった。

 それを見届けたエアは、さて、とクロードのほうに向き直った。


「それにしても、どうしてこんなところに? 案内人はどうしたんだ」

「それが、駅には案内人はいなかったんだよ」

「馬鹿な。そんなはずは……いや、すまなかった。俺が案内する」


 どうやらアルカディアからの訪問というのは一通り把握しているらしい。


「こっちだ。と言っても、ここからでも十分見えるあの塔を目指せば、誰でも辿り着ける」


 倒れ掛かったビルは微妙に傾いたままだ。

 大通りに出ると、近くにビルと比べても一際に太く高い塔が遠くにあった。


「客人に出会ったら丁重にと言われているんだが、生憎俺にはそういった知識はない。とりあえず空腹ではないか?」

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