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79話目 妄想の極地

 クロウデルを瞬く間に無力化した邪神を前に、ケイオスは立った。


「やあ、無力な臆病者」

「…………」


 ケタケタと笑う邪神タタリ。

 ケイオスはただ無言で睨む。


「無口だね。もっと大仰なセリフを吐いておくれよ、邪気眼?」

「俺は中二病だ」

「こっちから見れば、どっちにしろ妙であることに変わりはないんだよなぁ」

「我は神を討ち、魔を跪かせる究極の闇黒……最深の混沌、ケイオス・エル・ハザード・アブソルート」


 ケイオスの体を、濃淡入り混じる混沌の闇黒が這う。

 ケイオスの意思に応じ、それは強大な竜の姿となってケイオスの身を囲うように君臨した。


「さあ、混沌の前に跪くが良い。邪神」

「この祟神を随分と舐めているようだ。仕方ない。お前の友の者であったこの力で葬ってくれようぞ」


 タタリの眼が途端に鮮やかな色彩を放つ。


「アヒャハハ! ……ヒャ?」


 しかし、タタリはすぐに異変に気が付く。


「な、なんだ? 目が、目が痛むッ……ぐああっ、がぁあああアアアアアアアアア!!!」


 悶絶し、ふらふらと体を揺らすタタリ。それはクロウデルの時とまるで同じ。


「簡単なことだ邪神。お前ごときにその目は扱いきれない」

「なぁ……ぐぅ、痛い、痛い……」

「人の理想を奪い、道具として扱ったお前にバチが当たったんだろう」

「罰だと……この、この邪神に、祟神に罰を与えるなどとッ!!」

「クロウデル、我が混沌の、唯一無二の戦友よ。真なる力を今こそ示せ!」


 叫ぶケイオスに、一つの声が応えた。


「我が名は、クロウデル」

「な、なんだ!何が来っ……ぐぎゃあああああああ!!」


 より強まった眼の痛みに耐え切れず、ついに蹲るタタリ。

 だが指の隙間から漏れ出す強烈な光は、手すら焼いて穿つ。

 伸びる紫色の光は夜天やてんをも衝き砕き、空間に穴を開けた。

 やがて、光はその縮小して潰えた。


「ち、力が……」

「休んでいる暇があると思うか。クロウデルの魔眼は既にお前を捉えているというのに」

「な、何を言って」

「幻視・妄想視界パラノサイト


 夜天に穿たれた穴の周囲に皹が入り、次の瞬間大きく割れた。

 空間の破片と共に、一人の真黒の乙女がケイオスの隣に降り立った。


「待たせた。ケイオス」


 突如現れたクロウデルを、信じられないものを見るような表情を浮かべるタタリ。


「なぜ、なぜお前は、お前の眼は……」

「よくもやってくれたものだ。お前はタダでは死なせない」


 クロウデルはその目を見開きタタリを睨む。

 眼の色が変幻変色する。


「邪眼・夢幻地獄ヘル・メルヒェン


 色鮮やかな変色を、タタリはその目に焼き付けてしまった。

 次の瞬間、タタリは絶叫した。


 全身を這い回るおぞましい蟲が体を食いちぎり、煌々と光る鉄の串が排泄口から徐々に刺し貫かれ、肉の焼ける匂いが漂う。

 体の先端から骨は圧力によって砕かれ、間接は一つ一つ千切られる。

 筋肉は意思とは無関係に動作し、疲労を超えて断裂。

 悶絶している間にも蟲は穴と言う穴から……



「耳が痛い。何をしたクロウデル」

「アレは今、本物の地獄を体感している。常人ならとっくに気が狂うほどの……でも相手は神。そう簡単に精神は崩壊しない、と思ったから……これで私の味わった苦痛と恐怖を億兆倍にして返して……」


 ケイオスは、一歩だけクロウデルから距離を置いた。


「ちょ、ケイオス?」

「……怖い」




 ほぼ勝敗が決しつつあるある戦況、結城は剣を構える。


「それじゃあぼちぼち、こっちも始めようか」

「……下位より来たれ」

「なんだ、まだ秘密兵器があるのか」

「魔神・アヅラーエル」


 夕輝の足元に、黒い影が落ちる。

 否、影に見えているそれはまるで水溜りのように波紋を浮かべ、見る見るうちに範囲を広めていく。

 広く、大きく、そして湧き上がり、夕輝の体を完全に包み込み、尚も膨れ上がる。


「これはまた、えらいでかさ……」


 それは山を見上げているようだった。

 七つの首を持ち、それぞれの頭部は王冠のように逆立っている。


「神を殺すは神の力。悪の玉座に君臨する、我が魔の神の力を……」

「あっ、悪いちょっと待って」


 夕輝の言葉を遮り、結城は耳を押さえてそっぽを向いた。


「はいはい。いや、そろそろ……ああもう分かった! すぐ出番だから大きな声を出すな。そうだよちゃんと出番あるから! じゃあよろしく頼む。今から召喚するからな。はい、はーい……ふぅ、待たせたな」


 結城が向き直ると、既に七つの竜の頭はその口に力の光を収束させていた。

 だが結城はそんなことは些事というように不敵な笑みを浮かべる。


「お前の敗因は、現実に生きたことだ」

「違う、俺は妄想で現実を捻じ伏せた。お前はただ自分の妄想に閉じこもっただけだ」

「フッ……お前には見えてないんだな、夕輝。なら見せてやる。本当の妄想って奴を」

「やれ、魔神」


 七つの口から、七つの破壊の光が結城へと放たれた。


「来たれ……吹き荒べ、銀風ゥッッ!!!」


 瞬間、光が全て反射し、竜の頭部を撃ち抜いた。

 残るは首無しの体のみ。それも徐々に崩れていく。


「なっ……なんだ、誰だお前はッ!?」

「誰だ、とは連れないな。まさか……この私を妄想しなかったのか?」


 大きく手を広げ、立つのは一人の乙女。

 輝くような銀色の髪。サファイアと琥珀のような青と金のオッドアイ。

 凛々しい笑みを浮かべ、舌なめずりをするその様は発情を禁じえない色香が漂い、鼻腔を刺激する香水に混じった雌の匂いは頭の奥を蕩けさせるよう。

 黒いインナーに橙色の半ジャケット。抑圧されながらも主張する隆起と露出させた腰周りは是非とも抱き締めたく、穴空きグローブから伸びる白い指先は、その妖しい動きだけであらぬ妄想を搔き立てる。

 ショートパンツからすらっとしたカモシカの足は、その中で窒息死することが幸せであると確信させ、皮のブーツはさぞ踏まれ心地が良いだろうと被虐心を煽る。


「このパーヴァート、<彩の銀風>を妄想しなかったというのか?」

「パーヴァート、だと?」


 夕輝の反応に、銀風は驚き、振り返る。


「結城、アレが本当にお前の理想なのか?」

「俺が経た人生と、理想の俺が経た人生はどうやら違うらしい。たぶん夕輝は……」


 銀風は確かめるためにもう一度夕輝を見て、質問を投げかけた。


「お前、もしかして童貞じゃないな?」


 夕輝は思わぬ質問に眉根を寄せた。


「なんだ突然……」

「いいから答えろ。お前は童貞じゃないな?」

「……それがどうした」

「ほら見ろ結城!」


 興奮、否。銀風は憤慨していた。


「こんなものが結城の理想などとは認めたくない。結城、いや相棒。お前の手で引導を渡してやれ」

「もちろんだ」


 だが、夕輝は未だに微動だにしない。


「まだだ。まだ終わっていない」

「なに?」


 銀風は、もう一度頭部を失った七頭の竜を見る。

 よくよく見れば、千切れた首の傷口が、ぼこぼこと沸騰し、泡立っている。


「魔神は不老不死、完全不滅の存在だ。この俺が存在する限り、決して失せない」

「なるほどそうか……待て結城」


 銀風は魔神を睨みながら結城を制止した。


「いや、でも応援を読んだ方が」

「三人が各々で片付けて、私だけ一人じゃ手に負えませんじゃ恰好がつかないだろう。なに、ここは全て私に任せてくれないか?」


 何かしらの策はあるようで、その声は自信に満ち溢れていた。

 結城は首肯し、召喚を中断した。


「分かった。無理はするなよ、銀風」

「お前の相棒に、無理は存在しないさ」


 銀風はそういうと、おもむろに一冊の本を取り出した。


「七つの首を持つ存在……恐らく聖書に出てくるアレがベースだな」


 竜は巨大な尾で銀風を薙ぎ払おうとするが、銀風は片手でそれを受け止めた。

 あまりに予想外で夕輝は声を漏らす。


「なっ……」

「干渉力も知らない奴の妄想が、私に傷を付けられるわけがないだろ。さて、名前はそうだな、アポカリプスビースト……では面白みにかける。マスターテリオン……アポカリオン?」

「人の妄想に勝手に名前をつけるな」


 三つの頭が銀風を食らおうと迫るが、銀風は跳ねて軽やかにその隙間を縫う。


「冗談さ。さあマスターテリオン、生まれ変わる準備はいいか?」


 身を捻り、着地した途端にマスターテリオンに向かって駆け出す。


「パーヴァート・<彩の銀風>の名において、全ての禍ツ者を彩る。いざ、つややかな嬌声で謳い、あでやかな四肢で舞い給え……妄想顕現ッ!」


 光り輝く本と銀風の右手。銀風がマスターテリオンに触れると、その巨躯が光を纏い、見る見るうちにその姿を小さくしていく。

 光が止み、変化が止まったときには、テリオンは銀風よりも小さい少女へと変貌していた。


「……なんと、この私が人の姿に」

「ああ、イメージ通りの愛くるしい御姿だ」


 十の冠が背後に輪を作るように宙に浮いている。

 七つの竜の頭はメドゥーサと同じ形態で髪に互換されている。

 赤竜の首と髪。その瞳は鋭く、ギラリとした朱色。

 白く柔い頬には黒い線で666と描かれている。

 外見の幼さにしては、大きく張りのある乳房を赤い布地が覆い、歪ながらも艶かしい身体から繰り出される全ての仕草が、自身の奥底から肉欲を強引に引きずり出される。


「存在するだけでこの魅惑の淫靡さ……強烈だな」

「なんで自分で強敵創っちゃったの」


 結城の指摘に銀風は堂々とした面構えで答えた。


「もちろん、パーヴァートだからだ」

「それで、どうするつもりだ?」


 どうやら銀風の妄想によって、テリオンの支配権が夕輝から銀風に移ったらしく、夕輝は困惑していた。


「どうなっている、魔神!」

「どういうつもりだ銀風とやら。この我を人の姿にして、何がしたい」

「その強大な力、是非とも性魔の参考にしたいのだ。だがこれで終わりじゃない」


 すると銀風は両手を広げる。


「七と言えば七つの大罪。このテリオンの持つ七つの竜を、七つの性魔へと分割する。とおっ!」

「!?」


 不意を突き、銀風はテリオンを抱き締め、柔らかい唇を重ね合わせ、互いの膨らみを圧し合わせる。

 抵抗するテリオンも即座に身悶えへと変化し、二人の体は再び光に包まれた。


「ぷはっ。うん、では結城、とくと見るがいい。これが私の、性魔図鑑作成で鍛え上げた妄想力!」


 銀風がテリオンから離れると、テリオンが纏う光がより一層強くなり、姿が見えないほどになる。

 光は七つに分割され、しかし大小さまざまなサイズと容姿を現した。


「これこそ性魔版、七つの大罪だ」

「我は色情。色情狂魔のアスモダイである」

「ボクは劣情……劣情禁忌のレヴィアタン」

「あたしは欲情。欲情暴食のベヘモスさ」

「私は淫情。淫情淫魔、リリスよん」

「わ、儂は春情、春情純情のトラソルテオトルです」

「妾は肉情、肉情肉林の妲己じゃ」

わたくしは愛情。愛情恋歌のエロティカに御座います」


 一気に七人もの性魔が現れ、結城の第一声は。


「多すぎ。あと最後の誰だ」

「最後だけは本人の希望で偽名だ。不憫な子でな」


 銀風の中では悲恋の妄想ドラマがあるのだろう。と、此処まで来て夕輝は魔神を切り捨てた。


「人の妄想を奪い去るとは、おぞましい存在がいた者だな」

「黙れ、非童貞ならぬ非道帝が。お前なんぞ簡単に……」

「銀風、後は俺に任せてくれ」

「……まあ、そうだな」


 銀風は言いかけていた言葉を飲み込み、本を開くと七人の性魔を格納した。


「戻ってきたら祝勝会だ。私と七柱の性魔でお前を祝福しよう」

「戻ったらレイランに斬られないよう全力で逃げたほうがいいよ」



 結城は銀風を退かせ、再び夕輝と対峙する。


 悪心、邪神は既にケイオスとクロードが倒した。鬼神もレイランが最初に斬り、魔神も銀風が難なく倒した。

 隔絶された空間の中は、再び結城と夕輝だけになった。


「前座は」

「終わりだ」


 阿吽の呼吸は自分自身であるがゆえか。

 夕輝は橙の剣を向け、結城もまた虹の剣を向ける。


「どうして味方を創らなかったんだ」

「必要なかったからだ。お前の理想とする強さの前に、並び絶つ者など要らなかった」

「寂しくないか?」

「どうでもいい。俺には目指すべき妄想がある。だがお前は違うようだな」


 結城は沈黙する。それが答えであった。


「妄想を糧にするのではなく、妄想の支えなしでは立っていることすら出来ない。歩み続ける勇気さえない」

「それは……」

「お前の要らない優しさで現実にさえ容赦し、結局は自分の命までかけることになった」

「それは、譲れないし」

「それが大きな勘違いだ。お前が死ぬことで、お前が愛し、お前を愛した妄想は悲しむだろう」


 結城は気付いた。夕輝の生き方の意味を。


「お前は甘い。現実に屈しない程度では甘すぎる。現実を屈服させてこそ、己の妄想を護れる」

「……それは、そうかもしれないな」

「それだ。お前はすぐに他人の意志に流される。許容しようとする。優しさは大切な者にだけ向けるものだ。無差別な優しさは弱さでしかない」

「……確かに」


 結城の剣を向ける腕が、徐々に地を向いた。

 夕輝の語る意思の前に、匹敵する意思が見つからなかった。


「納得したか。ならば、頂くぞ」


 認識する暇も無い。妄想によって移動し、妄想によって振るわれた斬撃が、結城の体を切り裂いた。


「などと言う妄想」

「俺たちが許すと思ったか」


 妄想の太刀筋は、光と闇の刃が交差して遮った。


「しっかりしろ結城!」

「どうしようもなく甘えん坊。しかしそれでこそ、か」


 結城の脇から金色の刃と闇色の刃を突き出すは、クリストとダクストだった。


「そうか、まだお前たちがいたな」

「わ、悪い、クリスト、ダクスト」

「まったく冷めたお前をもう一度熱くさせるのは骨が折れるよ。毎度のことながら」

「夕輝よ、覚えておくが良い。優しさゆえに抱えられる闇があることを。さあ結城、今こそ妄想に酔いしれる時だ」


 そう言い残し、二人は消えた。


「妄想に、酔いしれる……」


 それは正気か、あるいは狂気か。それすら判別する必要はない。

 妄想はどこまでも無限で、自由で、永遠で、甘美だ。


「妄想顕現……究極きわめし五想の彩晶剣」


 極彩色の輝き放つ剣は、深き夢想、鮮やかな幻想、高き理想を思わせる。

 空にかかる虹の先に、まだ見ぬ世界を想い描く空想と、世界の最果ての更にその先を思う妄想。


「命をかけることが間違いだと……そう言ったな」

「それが、どうした」

「あんたには……お前には分からないだろう。一人のお前には」


 ここから先、余計な小細工は要らない。

 一心に込めた妄想の剣は、例え不朽不滅でさえ思いのままに斬り割けるだろう。


「お前なんぞ、優しくとも一人だっただろうに」

「ちょっと違うな。俺は確かに独りだったが、一人じゃない」

「また言葉遊びか」

「孤独だからこそ、妄想と繋がることができた。俺は独りだからこそ、一人じゃなかったんだよ。お前とは違う。だから命だってかけられる」


 結城の言葉を待たずして、夕輝は斬撃を打ち込む。

 だがそれは視認できないほどの剣速で弾かれる。


「馬鹿な、その太刀筋は……そうか、そういうことか」

「俺が命をかけて妄想を護れば、妄想が俺を護ってくれる」

「まったく妄想らしい。本当に好き勝手な、都合のいい」

「妄想とは本来そういうものだ。そうだろ?」


 今度は結城が剣を振るう。橙の剣で受けるも、夕輝の身体は浮き上がり、吹き飛ばされる。


「くっ、とぉっ!?」


 なんとか転がることなくステップで勢いを殺す。

 だが、夕輝は苦虫を噛み潰した表情。


「くっ、お前……いや、この俺が力負けするなんてありえるのか?」

「さて、貴様には一つだけ感謝しておく。この世界も居心地はいいが、確かにいつまでものんびりしている場合ではなかった」


 その笑みは、どこか大仰な演技じみていて、しかし迫るものがあった。まるで非現実なものを見ているような錯覚。


「やりたいことがたくさんあるんだ。たくさんの空想を渡り歩いて、幻想に辿り着いて、夢想に舞い、理想を掲げ、妄想を創り続ける……貴様のおかげで思い出せた」


 大きく剣を振るい。切っ先を向け、宣言する。

 その瞳の強さは、もはや決して揺るがぬという意志があった。


「証明の時間だ。これが最後の戦いになるからな。俺の妄想の力を示す。存分に目に焼き付けろッ!」

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