78話目 リベンジ
鬼道。かつて女王として君臨した者が歩んだ王道。
「ゆえに、先ほどの鬼神とは違い、女性というわけか。敵の特性を見極め、更に上回る妄想を顕現する。なるほど、妄想力のなせる技か」
豊満な胸、対して華奢な四肢。全身に黒い刺青がある。
ただの色香漂う小娘の見た目でありながら、やはりそれ相応の理想と妄想からか、ただならぬものを感じ取れた。
だがこの世界は理想の強さが全て。いかに強力な妄想であろうとも、理想が伴っていなければ容易く崩れ去る。
そしてアルカは、この世界に理想
アルカは黄金の剣を振るい、歩を進め……
ふと、アルカの姿は一瞬で邪鬼丸の前に移動した。
しかし鬼神は一切の同様なく、まるでそれが分かっていたかのように対応した。
鬼神の体にある刺青が剥がれ、黄金の刃を受け止めた。
「ほう」
全身から刺青が伸び、無数の棘となってアルカを襲う。
腕を、肩を、脚を、腹を、胸を串刺しにする刺青。
一つ一つが鋭利な矛のようで、体を豆腐のように切り裂き貫いていく。
さすがのアルカも吐血し、よろよろと後退した。
「がはっ……」
「……」
邪鬼丸は感情のない眼で、それでも膝を着かないアルカを見ていた。
そして同じく夕輝もアルカを見る。
「なぜ、全力を出さない」
その声には僅かに怒りが篭っていた。
「なぜだッ、この俺を馬鹿にしているのかッ!!」
「……お前の、理想がどうあれ、私には関係のないことだ」
血反吐で口元を、衣服を汚しながらも、顔を上げて見下すように、微笑んでアルカは話す。
「お前の理想がどうであれ、私は神を討たねばならん。我が同胞とともに」
「なら問題ない。俺の妄想は神をも殺す」
「神は1柱ではないぞ」
「なら向かってくるたびに殺し尽くせばいい」
神を侮っているのかと、普通なら思うところであるが、夕輝の目にはあまりにも強い意思を持っていた。
自分を過信などしていない。彼は正真正銘、命をかけているのだとアルカは確信した。
「なるほど、それがオリジナルとの違いというわけか」
結城は妄想し、理想を追い求めるために余分なものを全て犠牲にした。
対して、夕輝は己の理想を実現させるためにあらゆる敵を打倒してきた。
その強さこそが、彼にとっての「理想の自分」の要なのだと。
「……さて、今ここで私がお前と全力でぶつかり合うのも楽しそうだが、生憎と私は神々の打倒者であり、この理想国・アルカディアを治める王。お前の相手をするために命を危険に晒すなどごめんだ」
「お前の力が俺と互角だと?」
「それに、お前が戦うべき相手はもう来訪したようだぞ?」
ふと夕輝は気付き、周囲を見回す。
背後の扉を、そして次に窓の外……そして天井を見る。
「どこに……」
次の瞬間、体が落ちた。
「っ!?」
一瞬にして細切れにされた床と共に、夕輝の体は落下し始める。
見下げると、バラバラになった瓦礫の隙間から、銀の刃を振るう銀髪に蒼い装束の乙女を見た。
「生憎と、妄想で浮遊すればなんのことも……」
「後は全て任せるぞ、<ユウキ>」
「なっ……」
意識をそれた間にアルカは夕輝の頭上に移動していた。
振りかぶった右手には網膜を焼き切るほどの光が輝いていた。
放たれる光が夕輝を上から下へと圧し潰す。
そして、光と夕輝の行く先には、闇がぽっかりと口をあけていた。
光が突如消失し、何事も無かったかのように静寂が訪れる。
周囲は暗闇。見回すと、そこにはたった一つだけ人影があった。
「やはりお前か、結城」
「……ああ、そうとも。理想の俺よ」
結城は暗闇にしかと立っていた。
夕輝もまた落下をゆるめ、見えない暗闇の床に足をつけた。
「随分と大掛かりな」
「前は街道に引き込まれたからな。今度はこっちの番というわけだ。ここなら……俺の妄想で創った此処なら、被害も出ない」
「ふん、その程度で……」
夕輝は自らの妄想で辛気臭い暗闇から街道へと塗り替えようとする。
が、妄想は不発する。
「無駄だ。この空間は、理想を叶える権限を得た俺が、顕現させた余白だからな」
「余白? ああ、そうか。お前は妄想を書き記すことで世界を創ったんだったな」
引っかかる物言いだった。それはまるで自分は違う方法を選択したと言っているようだ。
「お前は、違うのか?」
「すぐに分かる。俺がお前に勝ち、理想を叶える権限を譲り受け、お前が俺に吸収されればな」
「そうかい……それじゃあ、あんたを吸収してゆっくり見させてもらうとするか」
結城は極彩色の虹の剣を、夕輝は黄金色の黄昏の剣を手に、構える。
ふと、結城は暗闇の足元に切っ先を向け、大きく振り下ろした。
カッと音を立て、暗闇が色付いた。
床は鏡のように滑らかでオーロラのように鮮やかに。
そしてよく見れば、暗闇の中には白い点がポツポツと浮いている。
そう、まるで宇宙のように。
「俺があんたを試してやるよ。神を打倒すと豪語するあんたの力を、理想を叶える俺の力で」
立場は逆転したという宣誓。しかし安い挑発と夕輝は静かに息を吐くのみ。
「さっさと来い。哀れな妄想の亡者」
「来たぞ」
「!?」
決して気を抜いてはいない。そのはずが、夕輝は結城の接近を許してしまった。
否、結城は一瞬にしてその距離を詰めた。
だが夕輝は後手に回りながらも、結城の剣速を凌駕して切り裂いた。
「くっ、違う、これは!」
「そう、妄想だ」
切り裂かれた結城の体が歪み、それを突き破るように本物の結城が現れ、横薙ぎに振るった。
刃は夕輝の腹部を一文字に切り裂いた。
「グゥッ……」
「唸る暇があるとは、余裕だな」
夕輝が行動を起こそうとしたと同時に、剣の切っ先が迫り耳元の髪を数本散らした。
「……なんのつもりだ」
「これが前回の分だ。さあ、仕切りなおしだ」
「なるほどな……だが、お前は必ず後悔する。ここが最初で最後のチャンスだった」
結城はタンッ、と鮮やかな地面を蹴って下がる。
「お前の薄弱な妄想が、俺の妄想に敵うと思うなッ! 上方より来い、鬼神」
アルカのときと同じように、夕輝の頭上に闇の球体が現れ、体を構築する。
邪鬼丸の刺青が肌から剥がれ、変幻自在な棘となって結城へと伸びる。
「妄想の使い魔……」
結城は虹色の剣で軽々と捌く。
「俺はお前のような口だけの軟弱者とは違う。理想の為にあらゆる者を手に入れてきた。全てをそぎ落としてきたお前とはな」
「言って、くれる!」
大きく横に振るい、剣圧で刺青を吹き飛ばした。
「当然だ。俺がお前の理想だとすれば、力ある俺が無力なお前を救ってやらないとな」
「よく言うぜ。あんただって妄想叶わず、ここに流れ着いたくせに!」
回避し、切り払い、徐々に接近する。
「どっちにしろ、同じ結果だったんじゃないか。切り捨てても、掻き集めても」
「切り捨ててきたお前は、徐々にその執着を薄れさせていった。こんな通過点のような世界で、未だにのんびりと現を抜かしている」
「現を抜いて想に浸るのが信条だからな」
接近するたびに濃くなる連撃を、より速く動いて捌き続ける。
だが、あと一歩というところで結城は前進できなくなる。
「なにを言ったところで、お前に俺を凌駕することは出来ない。俺に勝つということは、お前自身の否定になるからだ」
「生憎、その見当はハズレだ」
そして結城は一旦大きく下がった。
「今の俺は、俺が抱いた理想の自分を上回ってるからな」
「なにを言って……」
「理想の俺が、俺と同じ結果に辿り着いた。だが、どうやら抱く妄想は同一じゃないらしい」
そこで刺青の動きが止まった。
「お前……」
「なーに勝手に俺のレイランたちを過去の遺物扱いしてるんだ。オマケに妄想の趣味があわなすぎる。悪くはないと思うが」
「まさか、今のお前が、俺よりも理想的だとでも言うつもりか」
「ご名答。さて、残るは決着だけだな?」
余裕の笑みを浮かべる結城に、夕輝は初めて歯噛みする。
「見たところ、お前は力を持つがあまり、傍に誰も居ないようだ」
誰よりも大事に想ってくれる刀剣の従者も、共に並び立ち戦い抜く変態の戦友も、呆れるほどに優しい主人公の親友も、同好の士となる闇黒の朋友も。
「まあ、今更俺がこんなことを言うのもおこがましい気もするけど」
「全くだ……やれ、邪鬼丸」
それは津波と見紛う膨大な量の刺青の棘。
しかし結城は笑みを崩さなかった。
「向かってくるならそれくらいに相対してやらないと、だよな?」
「はい、マスター」
一筋の斬撃が、自由自在の軌道を描いた。
刺青はさも雑草の如く刈り取られ、森林の如く伐採される。
一つの影が走り、刺青の棘を掻い潜っていく。
茨の道を軽やかに進み邪鬼丸の前に立つは、結城の忠実なる従者。
「マスターの敵は、この刃で尽く斬り伏せる」
邪鬼丸の全身の刺青が密集する。
「居合一閃……」
収まる剣に手をかけ、ぶれる体は次の瞬間には剣を振り下ろしていた。
「斬空剣・縦一文字」
空さえ斬するその刃太刀筋は、刺青の壁ごと邪鬼丸を左右に一刀両断した。
邪鬼丸の両断された左右は闇へと戻り、夕輝の元へと戻る。
「お前は、レイランッ!」
一瞬にして鬼神を倒され、憤慨する夕輝に目もくれず、レイランは背を向けた。
「如何でしたか、マスター」
「上出来だ。ありがとう」
「舐めてくれたな」
夕輝が手にある夕焼けの剣をもって斬りつける。
だが、その刃はするりと抜けて、レイランの体は消失した。
「あんたは自らの妄想の中から喚起するようだが、俺はこの空間の外から召喚することにした。これなら対等だ」
対等、目的がそんなことではないのを夕輝は察していた。
仲間と共に戦うとなると、万が一に戦闘不能に陥った際に護りながら戦うことになる。
しかし召喚という一時的な顕現であれば、何かあっても強制的に元の世界に戻されるため、避難が容易なのだ。
だからこそ結城は気兼ねすることなく戦えるし、呼び出せる。
「さて、次はなんだ?悪神か? 邪神か?」
「なるほど、そこまで言うならいいだろう。両方持ってきてやる。右側より来たれ、左側より参れ。クリアー、タタリ」
地面より湧く闇から姿を現すクリアーと、空間を割って這い出てくるタタリ。
思わず唸るが、結城も応じて召喚した。
「うおっ、こわっ……ならこっちも豪勢にいくか?」
「ありがとう、結城」
「待ちくたびれた」
鏡あわせのように、結城の左右に、二つの存在が召喚された。
一人は白銀の剣をその手に持つ、安全無欠の名を持つ勇者、クロード。
反対に、漆黒の衣を纏う神魔を討つ闇黒の片割れ、ケイオス。
「さあ、準備はいいか邪神風情が。お前はこのケイオス・エル・ハザード・アブソルートが討伐する」
「僕だけの理想ではどうにもならなかった……でも仲間の想いと重ねれば、不屈の主人公になれる!」
ケイオスとクロードは同時に駆けた。それぞれがそれぞれの難敵に向かっていく。
クロードは悪神クリアーと対峙した。
「仲間の仇、かしら」
「危険な目に合わされたけど、それは僕が力不足だったからだ。君を仇というつもりはないよ。でも敵であることは確かだ」
「お優しいことね。それも全て徒労に終わる。現は朽ち、されど妄想は滅んでも尚そこに在る」
「僕の……僕らの理想は、現実だってひっくり返してみせる。彼のように」
そしてクロードは夜天高く剣を振りかざす。
「輝けペルフェルクト! 理想を束ねて!」
眩い白光がペルフェルクトの剣身から放たれ、それはクロードを包み込んだ。
光の中で、クロードの体に纏わりつく光は形を変える。
一つは高貴さを主張する純白の兜。翡翠の宝石が額部分に一つ。
一つは魔性を弾き返す白金の盾。中央に紫色の宝石が一つ。
一つは疾駆する技巧を護る灰白の篭手。甲に赤い宝石が一つずつ。
一つは空打つ翼を持つ真白の鎧。胸部に黒い宝石を一つ。
そして右手には白銀の剣。鍔に透明な宝石を一つ。
「いくらなんでも白すぎでしょう。無駄に細かい色分けまで」
「それでも、皆が貸してくれた力だ」
ならば、とクリアーは夕輝と同じように石化の妄想を発揮する。
するとクロードは自らの盾を構えた。
「……なるほど。伊達ではない」
クリアーは無表情で呟く。その足は膝まで石化していた。
白金の盾が鏡として作用し、紫色の宝石が宿る魔力が妄想の対象を鏡に映る相手へと返したのだ。
白金の盾、名づけるならば<妄想返し>。
「力を合わせる仲間の居ない夕輝の妄想、僕は仲間と力を合わせて越える!」




