77話目 闇黒を留める夕日
クロードから話を聞いて、翌朝。
彼らは早速この屋敷を訪れた。
クロードの次に標的となったであろう彼ら。神魔を降す闇黒の徒である。
神魔を降すというくらいなので、クロードとは違い戦闘に特化している。そう簡単に負けはしなかったのであろうが、傷一つないというのは流石というべきか……
否、流石に違和感を覚えていた。
「結城、あれは一体何者だ?」
「今から説明する」
結城は夕輝についてのほぼ全ての内容を公開した。
アレが理想の自分であることも、自分とアレがいずれ戦い、どちらかが消えるということも。
「そういうことか。通りで尋常ならざる力を感じたわけだ」
「見たところ、無傷なようだけど……もしかして勝った?」
「いいや……我々は敗北した」
苦虫を噛み潰したような顔で言うのは、黒衣の女性。
シン・クロウデル・ダークロード。闇黒の徒の片割れにして、万象の魔眼を保有する。
己の理想が届かなかった、その悔しさを理解しながらも、結城は乞う。
「俺はヤツを倒さないといけない。心苦しいだろうが……」
「案ずるな結城。全て話す」
そう応えてくれたのはケイオス。ケイオス・エル・ハザード・アブソルート。
究極の闇黒を持つ者。
夕焼け色と宵闇がせめぎ合う頃、人気ない街道で一人と二人が向かい合っていた。
「空間を切り取り、隔絶する術か」
「神魔を降す闇黒の徒……神魔を降すというその語り、真実かどうか確かめさせてもらう」
夕輝は先制し、左手に光の針を顕現させ、念じて放つ。
高速飛行する針は、ケイオスへと飛来する。
「闇よ来たれ」
ケイオスは呟くのみ。すると眼前に闇の円が浮かび上がり、光の針を飲み込んだ。
「食い散らかせ、ケイオスドッグ」
ケイオスの言葉に反応し、闇の円は見る見るうちに膨れ上がり、一部が猛犬の形態となり夕輝へと疾駆する。
夕輝は剣を顕現し、それを迎え撃って両断する。
「その程度か?」
「まあ、この程度だ」
両断された犬の断面がざわつく。
次の瞬間、無数の闇の触手が夕輝を挟み撃ちにした。
「混沌の闇は全てを食い千切り飲み干す……」
「俺の妄想なら、その腹を食い破ってみせる」
夕輝が手元に顕現したのは、夕焼けに照らされたような橙の水晶剣。
その夕日の剣を右側に差し込み、捻り、横に薙いだ。
「ッ!?」
妄想技巧・夕薙ぎ。
闇は橙の軌跡を描く刃によって切断される。
「この俺の闇を、破ったというのか……面白い」
夕輝は更に踏み込み……その一歩が、深い影を踏んだ。
「っ!?」
ずぶりと沼に沈み込むような感覚に目を向けると、右膝まで地面に出来た影が飲み込んでいた。
だが、唐突な出来事に面食らうことも無く闇黒の徒を見る。
クロウデルの眼がこちらを捉えていた。
「混沌波動!」
眼に凝縮された混沌がレーザーとなって放たれる。
夕輝はその手にある剣で受けると、それは反射し地面を抉り爆裂する。
「フンッ!」
剣を影に突き刺すと、影ごと地面が爆発してクレーターを作る。
自由になった夕輝は立ち尽くす。
「……なるほど。あくまで本気は出さないつもりか」
「貴様如きの力で、この俺の全力を引き出そうなどと……」
「ならばそのまま死ね。左側より来たれ……邪神・祟」
夕輝の左側、空間が歪む。
軋むような音はどこか人々の悲鳴にも、狂人の金切り声にも似たおぞましい音を発しながら、歪む空間はついに引き裂かれた。
「殺す、殺す……殺して殺して殺して殺してコロシテコロシテコロシ、ツクス」
「タタリ、獲物はアレだ」
「ククク……なぁ夕輝、出番をくれるのは嬉しいけれど、いちいち私たちを呼ぶ必要はあるのか?」
「来るべき時に備える。鈍ったままではこれから先の敵に苦戦を強いられる」
「なるほどレベル上げってわけだ。ヒャハハ! じゃあ遠慮なく食わせてもらいますかね。極上の闇ってのも美味そうなもんだ」
ズルズルと這いずってくるのは、湧き出る流血のような鮮やかな紅の髪と、深淵のような黒の瞳。
その容姿は幼く、見るも憚れる肢体には血管のような刺青が施されている。
「我は邪神の祟り神。貴様の命を贄にして、殺してやろう。恨めや憎め。我が腹を満たせ」
「クロウデル」
「どうしたケイオス」
「ここは一度退く」
クロウデルは驚きケイオスを見た。
「アレはまずい。危険だ」
「……だが、私たちが敗北するなど」
「あれはただならぬものだ。万一ということもある」
ケイオスは絶対に勝てるという相手、つまり一定以内の力で御せる相手でなければ戦わないというやり方をしていた。
とはいえ、闇黒の徒が戦闘を中断するような相手が現れたことは今まで一度としてない。
あの安全無欠ですら、性質の問題とはいえ命の危機にはなり得ない。
だが、あの邪神に関してだけは、ケイオスは軽んじなかった。
「通り魔の相手をして万が一に殺されてしまった、では恰好がつかない。ここは一旦退く」
「逃がすと思う?」
無邪気に笑う幼女。その深淵の瞳が、クロウデルの魔眼と交差した。
「いッ、ぐあっ!?」
突如、クロウデルは目を覆い蹲る。
「ぐっ、あっ、痛い、痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い……痛いぃっ!」
「クロウデルッ!」
地面に倒れ、苦痛にもがき苦しむクロウデルを抱えるケイオス。
「貴様……クロウデルに、何をした?」
「なにって、邪神が、祟る神が、祟る以外に何が出来るっていうのさ?」
飄々と言ってのけるタタリは、ケタケタと不気味に笑う。
「過ぎた力を持つ小娘を祟ったのだよ。もうその眼は使い物にならない」
「なんだと……おい、クロウデル」
ケイオスはクロウデルを抱きかかえて支える。
「助けてくれケイオス、痛いッ! 目が痛いんだ……!」
「ただ能力を奪うだけじゃ祟りらしくないからね、激痛を伴う呪いもオマケしといたよ」
「……言いたいことはそれだけか」
ケイオスは夕輝とタタリを睨む。
「あとは特に言う事もないね」
「そうか。なら……」
「おっ、来るか?」
ケイオスはクロウデルを抱きながら立ち上がる。
その眼差しは、憎悪と必殺の意思に満ち満ちていた。
右手を右方に翳し、そこに闇黒の空間を作り出す。
「さらばだ」
そしてケイオスは闇に身を投げた。
闇がケイオスを飲み込むと、闇もまた霧散し、幻の如く消えうせた。
「……あれ?」
数秒の間の後、夕輝は自分が獲物を逃したことに気付いた。
「これは、予想外だ」
と、結城はケイオスから話を聞き終えた。
「邪神、祟り、呪い……物騒にも程がある」
「苦痛は俺の闇で取り除いたが、能力は戻らない。まさか理想の能力を奪われるとは」
そう、問題はそこだった。
この世界は理想が力となる世界。
だが、その理想の力をそのまま奪う。そんな能力が許されるなどとは思ってもみなかった。
「敵の力も未知数。ギャグみたいな退き方だが、上手い退却具合だな」
と、銀風はクロウデルの瞳を診察していた。
その瞳からは色が失せ、黒目の部分も白くなっていた。
「結城、これはその邪神とやらを倒さない限り解決しなさそうだ」
「どんな感じ?」
「言うとおり、これは呪いだ。この呪いは術者から常に干渉され続けているタイプだな。干渉力の流れから見るに、遮断したところで失われたものは戻らない。一度成立してしまった呪いは厄介だ」
取り戻すには、持ち主を倒して奪い返すしかない。
「結城、本当にあれと戦うのか」
ケイオスは結城に問う。
「ああ、そうしないといけない。理想の為に」
「そうか、理想のためというならば仕方ない。だが一人である必要はないのではないか?」
それはケイオスからの、助力の進言だった。
だが結城はそれを受諾しなかった。
「ありがたいが、気持ちだけ受け取っておく。相手は自分だからな。自分だけで決着をつける」
「だが、安全無欠も、クロウデルまでもがこの状態だ。相手が全力を尽くしたわけでもないのに」
勝ち目があるとは思えない。
だが、きっと避けられない。理想のためには、避けては通れない。
結城はケイオスの視線を真っ向から受け止めて言う。
「たとえ、理想の自分が相手だとしても、この妄想だけは譲らない。そうやって譲らずに生きてきたんだ。今回も同じことをするだけだ。それに、そんな俺を認めてくれる存在もある」
結城はチラリとレイランと銀風に視線を向ける。
銀風は微笑み、レイランは会釈した。
「それに、理想の自分だからこそ、辿りつけない極地がある」
「……なるほど。なら、俺はそれを見届けることにしよう。同じ趣向を持つ朋友として」
「同じ趣向?」
「理想の自分がああ言う者ならば、お前にもあるのだろう。心で彩りし本当の自分が」
結城もまた中二病の一人であり、理想の自分を想い描き、それを体現し続けていたということだ。
「まあ、それくらいしないと貫けなかったからなぁ。こんな妄想の理想は」
苦笑し、過去の記憶を思い返す。
要らない荷物を全て削ぎ落とし、追い求め続けた日々。現に幻を想い続けた人生。
あまりに滑稽で、しかしそんな自分に愛しささえ覚える。
そこまでするのか、と。それほどまでに想い続けた己に賞賛を送りたくなる。
自己愛、自画自賛。例え理想の自分を目の当たりにしても、ここまで辿り着いた自分への愛しさは揺るがない。
「さて、そろそろ行くか」
「はい、マスター」
「いつでもいいぞ」
結城が席を立つと、レイランと銀風は後ろについた。
「どこに居るのか分かるのか?」
「俺、安全無欠、闇黒の徒……この国でそれ以上に力を有するであろう存在といえば、思いつく限りはただ一人……」
結城は窓から、遠くに見える城に目を凝らした。
「たぶん、もう始まってる」
玉座の間にて君臨する理想の王。対峙するのは一人の青年。
「お前がアルカ王。このアルカディアの頂点か」
「いかにも。それで?」
「俺の妄想を証明するため、お前の理想にぶつけさせてもらう」
「まったく……まさかここまで来るほどとは、結城の抱く理想の自分、侮っていたな」
「俺の名は」
「夕焼けの夕に、輝くと書いて夕輝だな」
アルカは玉座から立ち上がり、玉座の後ろに手を伸ばす。
何かを握り引っ張り出す。それは一振りの大剣だった。
黄金の剣身に、大きな宝石を根元に柄に埋め込んだ肉厚の剣。
「面白いと思い、鑑賞させてもらっていたが、そうか。向かってくるというならば、降りかかる火の粉は払わねばな」
アルカの構えには剣術らしさは皆無であった。
片手で相手に切っ先を向けたまま、体勢は横を向いたまま。
「さあ、来るといい。そして知るといい。己の身の程を」
遥かに上から目線のアルカを即座に切り伏せる……それは簡単なことであるはずだった。
なぜなら、あのシンプルな構えの中に、隙は幾つも見つけているからだ。
しかし、どうしてか夕輝には踏み込むことが出来ない。
隙だらけなのにも関わらず、一閃たりとも打ち込むことが出来ない。
「どうした、来ないのか?」
アルカの言葉が言い終えた直後、否、直前、あるいは同時か。夕輝の斬撃は人間の反射神経を軽く凌駕する速度で斬撃を繰り出した。
「なるほど、パワー・スピード、共にトップクラスだ。ただし……私を除いてだが」
ぐっと力を込めれば、夕輝の体は軽々と後方に吹き飛ばされ、あと数センチで玉座の扉にぶち当たるところで止まった。
「これでも万能の王だ。流浪の妄想人にやられるような理想は持っていない」
「さすがにこの世界の基点となった存在。一筋縄ではいかないか……上位より来い、鬼神・百鬼恐惶」
夕輝の頭上に突如漆黒の球体が姿を現す。
漆黒は歪んで不定形な闇となり、夕輝の前方に幾本の筋となって伸びる。
筋が絡み合い、それが人型を形成し、そしてついには、鬼神と呼ぶに相応しい体格の大鬼の姿となった。
「赤鬼、青鬼ならば見たことはあるが、黒とは」
全身が黒の鬼であった。その手には二つの鉄棍棒がある。
「我ガ主ノ敵、貴様ダナ?」
「百鬼恐惶、アルカを潰せ」
百鬼恐惶は軽々とその棍棒を振り回し、最後の一歩の踏み込みで地面を砕いた。
踏み込みから繰り出される棍棒は、玉座の間に暴風を巻き起こす。
「ここは遊び場ではない」
アルカはそう言うと、なんの躊躇もなく鬼に歩み寄る。
「王と教皇は古来より続く因縁があるんだったな。ちょうどいい」
アルカが鬼の領域に足を踏み入れると、鬼は目にも留まらぬ速さでアルカを薙ぎ払う。
が、鉄の棍棒は大きな音を立ててピクリとも動かなくなった。
僅かにアルカの立つ位置を動かした程度だった。
「私は私の道から決して外れ得ぬ。何者にもこの道を阻むことは出来ず、何者もこの私を遮ることは出来ない。我、王道を往く」
ぞっとした黒鬼は後退り、咄嗟に二本の棍棒を重ねて防御体勢を取った。
だがそんなことはお構いなしとばかりに、アルカはまっすぐ、正中線をピタリとなぞるように剣を振った。
「ゴッ……ガ、ッ!?」
棍棒も鬼も、見事に真っ二つに両断されて崩れ落ちる。
「我は万能の王。神さえ凌駕する王だ。鬼神ごときにこの王道を阻めると?」
「なるほど、そういう感じか……」
手駒を一つ失ってなお、夕輝の顔に曇りはない。
そして、大きく腕を上げた。
「新たに来い、鬼神」
再び、漆黒の球が頭上に現れる。
同じように筋が伸び、体を形成していく。
しかし、それは先ほどのような大きな体ではなく、成人女性ほどの体格だった。
「ほう……だが、何時までもお前の妄想に付き合っているほど物好きではない」
と、アルカは闇を斬ろうとする。
だが即座に反応し、伸びる幾本もの闇の刃を弾き、後ろに下がった。
「私を、下がらせるとは」
「我は、鬼神……我は、鬼の道を行く。我は鬼道を往く者……名は……」
「お前の名は、邪鬼丸。俺が作った鬼の……女王だ」
新たな鬼が、闇の卵の殻を破り、姿を現した。




