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76話目 妄想と安全無欠

「ふぅ、これで一段落。さて、今日も結城に味見をしてもらおう。……ヤツの精が枯渇しなければいいが」 


 銀風は分厚い辞典を持って意気揚々と歩いて行く。

 銀風は既に600ページにも及ぶ性魔辞典を完成させていた。


「この分だとあと5冊くらいは作る必要になるな……胸が躍る」


 いつものように銀風は新月の屋敷を訪れる。結城の居るであろう部屋の窓から侵入する。


「ごきげんよう結城、今日も素敵にハッスルして……」


 窓を透過して入室し、銀風はすぐさまその異様さに気付き、動きを止めた。

 あまりにも重苦しい空気は、呼吸するのも一苦労なほどで、非常に息苦しい。

 その胸糞の悪さに似た重圧感は、どこか病的で、しかし逃れ難い呪縛を髣髴とさせた。


「大丈夫……大丈夫……俺は、大丈夫……」

「マスター、ご安心ください。マスターを傷つけさせはしません。マスターの妄想を潰えさせなど」

「大丈夫だレイラン。俺は大丈夫、大丈夫だから……」


 いつものように、ではない。

 パソコンを前にした結城の手は震え、軽やかなタイピングは一打も聞こえてこない。

 大丈夫と口にしながらも、その表情から生気は全く感じられず、無感情のままに強張ってしまっている。

 明らかに、精気どころか生気がない。銀風は一瞬にして異常を察知した。


「結城」

「……あっ、銀風? 悪いけど、今日はちょっと体調が」

「またお前の悪い癖が出ている」


 銀風は結城の言葉をまったく受け付けず、足早に歩いて結城に歩み寄り、胸ぐらを掴んだ。

 強引に結城の体を立たせ、自分の額と結城の額を密着させる。


「覗くぞ」

「ぎ、銀風、いいから!」


 逃れようとする結城。

 だが、銀風はより強く引き寄せ、その体に腕を回して身動きを封じる。


「わっ、ちょっ、銀風?」

「なんだこの弱弱しさは……まったく。レイラン、お前がついていながら酷い有様だな」


 咎められ、レイランは何かを言おうとし……そして深く頭を下げた。


「言い訳のしようもなく」


 銀風は怒りを露にしていた。

 そしてその怒りは、レイランがその度に自分自身に向けているものと同じ物だった。

 大切な人を護れなかった、己の無力さ、不甲斐なさに対する心の呵責、叱責。

 結城を抱く銀風に、今のレイランは何かを言う権利を持たない。


「銀風、レイランはなにも……」

「分かっている。レイランが悪いわけではない。それでも尚、お前の傍に居ると決めた剣が不甲斐なくて仕方ない」


 より強く抱く銀風。柔らかな感触と暖かな体温が、結城に一時的な弛緩の安らぎを与えていた。


「人は不安を抱くもの、恐怖を抱くもの。初体験は誰もが緊張する。だからせめて、お前が信頼した仲間にその弱みを見せることを、恥じるな」


 少しの間をおいて、結城は僅かに銀風へ体を預けた。


「うん、ありがとう」

「それじゃあ、覗くぞ」


 銀風の右手が頭に添えられ、撫でるように優しく誘った。

 額と額が密着し、結城の記憶が銀風へと流れ込む。


 しばらくして、銀風は深く呼吸するして、結城を解放した。


「なるほど、夕凪の夕に光輝の輝と書いて夕輝か」

「…………」

「どうした、名残惜しいか? もっと私の体温を感じたいか? よし分かった今度は直で」

「あーっ! 分かった、もう平気! もう大丈夫本当に!」

「むぅ、つまらない。だが、少しは持ち直したな?」

「ああ、本当にありがとう。それにレイランも」


 しかし、レイランは沈黙したまま頭を下げたままだった。


「れ、レイラン」

「彼女も中々に不器用だな。レイラン、まだ結城は死んではいない。不手際は己が腕で塗り替えて見せろ。それが結城への証明となる」

「そう、ですね」


 気まずそうにレイランは顔を上げる。

 満足げに笑んだ銀風は、二人を見る。


「さて、それじゃあ作戦会議だ」





 とにかく、敵を知ることが大切である。

 銀風の提案により、結城、銀風、レイランの三人はクロードを尋ねることにした。


「俺の妄想で迷惑をかけてしまった……会いたくない」

「気持ちは分かるが、向こうもお前には恩義があるだろう。確か、安全無欠の勇者録?」


 安全無欠の評判は、かつての戦時以上の評判を得ていた。

 森での一件を書いたものから、理想戦争での細かい活躍、そして魔物の凶暴化した時の活動の記録。

 救国の英雄と呼ばれた闇黒の徒はこの世界に来てからまだ日が浅い。

 それに活躍した場面も少ない上に万人に理解される嗜好ではなかったため、今では下火だ。


「でも、その勇者も流れ者にやられたら面目丸つぶれじゃあ……」

「そこは理想の世界、想いが強いほうが勝つ。当然の摂理だ。安全無欠もそこは納得するだろう」


 ふと三人は歩みを止めた。

 目の前にある邸宅は、新月の屋敷ほどではないにしろ、四人住むにしても十分すぎる規模の家だと言える。

 現在はクロードはここで自宅療養しているらしい。


「恐らく魔耶やメイヴがな看病しているところだろうが、こちらにも遠慮している余裕はない。いいな結城」

「ああ、わかってる。俺も必死だ」


 切羽詰っているとはまさにこのことだと、思いながら結城はインターホンを鳴らす。


「……出ないな」

「マスター!」

「伏せろ結城!」


 結城が即座に身を屈めると共に、レイランの斬撃が落ちて来た何かを弾き、銀風は迫り来る暴風を完全にそよ風へと変えた。


「随分と手荒い歓迎だな。それが恩人に対することか」


 扉より右側の庭の方向に言う銀風、それをただ無言で敵意を向けるのはメイヴ。


「剣を納めてください」

「さて、それはこちらのセリフ。大人しく切り捨てられてくれればこちらも手間はかからんが」


 レイランが構える左側の庭に、飄々とした口ぶりに反して、表情は真剣なリューテ。

 そして、左右を見る結城の背後、玄関扉から伸びる手が、その首を掴んだ。


「っ!?」

「砕け、壊れ、弾けて混ざれ、自壊し、腐敗し、全て万物は回帰する。有にして無の界に……」

「即死系呪術か」


 蠢く闇が結城の首から滲み、黒煙が扉から伸びる手に絡みつく。


「きゃっ!」


 悲鳴と共に手が扉の奥へと引っ込んだ。魔耶の仕業であることは間違いない。

 結城は扉から距離を取り、魔耶を警戒する。


「ダクストに感謝だな……」

「結城、上だ!」


 クリストの声に反応し、顕現させる虹色の剣を上に突き出した。

 刃と刃の重なり合う音が耳を劈く。

 見れば、そこには黒い翼を持つ乙女。


「受け止めたっ!? さすがクロードが評価するだけのことはある……」

「こいつは、まさか件の天狗……?」


 反動をつけて天狗は再び舞い上がり、天狗は玄関の前に滞空する。

 ここにエルフ、天狗、アマゾネスの三種族が揃った。

 そして玄関を開けて普通に魔耶も姿を現す。


「よくも顔を出せたものね」

「アルカから聞いてる。俺と同じ能力のヤツに襲われたんだろう?」

「同じ能力のヤツ、ね。貴方、酷く滑稽よ」


 完全に結城を犯人だと思い込んでいる。確かに発端はそうであるが。

 銀風が弁明する。


「話を急くな。結城は無実だ!」

「それを私たちに信用しろと?」

「クロードが俺を疑っているのか?」


 結城が問うと、魔耶は表情を曇らせる。


「その様子だと違うな……あんたらが警戒するのは無理もないが、俺はアイツをなんとかしないといけない。情報が欲しいんだ。だから頼む、協力してくれ」

「…………」


 尚も警戒を解かない魔耶たち。結城も当然か、と諦めかけた。


「分かった。協力するよ」

「っ!?」


 魔耶が振り返ると、玄関の奥からよろよろとふら付いた足取りのクロードがそこに居た。


「く、クロード! まだ安静にしていなければ……」

「魔耶、彼は既に理想を叶える権限を得ているんだ。そんな彼がここまで必死になる理由、あの男以外に考えられないよ」

「しかし、ここまで疑わしいと」

「大丈夫だよ魔耶。皆も、得物を納めて」


 魔耶の横を通り過ぎ、太陽の照る下へと出るクロードは、結城を見た。


「役に立てればいいけど」

「助かる……今回は思う存分頼らせてもらう」


 結城の言葉を聞くと、クロードは重い足取りなど無いかのような笑みを浮かべた。





「お前が安全無欠の勇者だな」


 ふと気が付けば、僕たちは人気のない路地を歩いていた。買い物をしに大通りを歩いていたはずで、路地に入った記憶など無いのにもかかわらずだ。

 そして灰色の外套に身を包んだ青年が一人、僕たちの前に立っていた。

 その時点で、リューテもメイヴも、魔耶も警戒していた。


「君は?」

「俺は夕輝。夕日の夕に、光輝の輝と書いて夕輝」


 結城。そう、君と同じ名だ。

 驚いたけど、まあ名前なんて偶然同じになることもあるだろうと思った。

 夕輝……彼は名乗った後、こう続けた。


「妄想の主を凌駕するため、お前を踏み台とする。許せ」


 そして彼は外套を払い、懐から抜いたんだ。輝かしい虹色の剣を。

 僕は咄嗟に自分の剣を、ペルフェルクトを顕現した。その内に駆け出した彼と、その往く手を阻むようにリューテが飛び出した。


「失せろ!」

ッ!」


 剣を振るう彼に対し、リューテは完全に見切ってカウンターを放った。

 ところが彼は、リューテの爪の刺突を左腕で受け止めたんだ。


「左腕?」

「そう、左腕」

「篭手とか盾は?」

「無かった。少なくとも生身にしか見えなかったよ」


 カウンターを止められたかと思えば、今度は爪を握ったんだ。手が切れるなんて心配は全くしてない様子で、彼はリューテの動きを一瞬だけ封じた。

 その一瞬、彼はリューテの腕を引っ張り、即座に手を離して肘で顎を打ちぬく。

 脳を揺さぶられて、リューテの体は崩れ落ちた。

 あまりに呆気なくリューテが沈黙させられたことに、メイヴは驚いていた。その隙を突いて、彼は即座にリューテの腰から引き抜いたナイフを投擲した。

 メイヴは咄嗟に身を退いて回避し、魔耶はそれにあわせて魔術を放った。

 彼の踏んだ地面が光、魔法陣が囲む。彼の体は足元から見る見るうちに石化を始めた。

 突然の襲撃に驚いたけれど、その瞬間、誰もが勝利を確信したと思う。


 でもそうはならなかった。


 彼の剣が極彩色に光り輝いて、体中の石はまるでメッキのように剥がれ落ちたんだ。

 目を疑ったよ。でも魔耶は冷静に、メイヴも次の一手を打とうとしていた。

 でもそれは、二人の足元に魔法陣が現れて、その体が石化し始めたところで意味を成さなくなった。


 二人がそれぞれ石化を解除する間に、彼は二人を大きく跳び越え、僕の後方に着地した。

 勿論、彼からは目を逸らさず、でも迂闊には踏み込まなかった。


「この石化、魔法じゃない!?」

「それは俺の妄想だ。お前の魔法を真似ただけの者。だがそれゆえに、魔法での解除は手間だろう。邪魔されたくないからな。さてクロード、始めよう」


 今のところ、死傷者は0。

 だがそれは、僕が安全無欠たる理由とはまったく違う。

 生かされている。僕は、三人の命を手玉に取られていることを実感した。


「…………」


 互いに構えるも、どちらも踏み込まずに静止したまま。


「なら、こちらから……」


 瞬間、僕は動いた。

 主人公補正が働いて、眼前の敵を上回る力を有する。

 一歩踏み出し、攻撃の一手を打とうとした。

 ヒュバッ、と風を切る音、ズンッ、と一歩の地鳴り。

 そして一矢のように迫った切っ先は眼前にあった。

 僕は死を前に硬直した。

 あともう少し深く踏み込んでいたら……


「ふむ……ではこうしよう」


 剣を引き、飛び退った夕輝は指を鳴らす。


右側うそくより来い、悪神あくしん・クリアー」


 すると夕輝の右側、地面に影が出現した。

 よく見れば、それは水溜りのように波紋を立たせ、沸々と煮え立ち始めた。

 黒い水、否、泥は噴水のように天に上り、夕輝の背丈と同程度までくると、次に形を作り始めた。

 それは人型となり、黒い泥人形はついに人間を模した姿となった。


 足元の影にまで達する黒髪と、相反する白い肌。

 鮮血のような赤い瞳と、淫魔を思わせる肉付き。

 肢体を覆うゴスロリの衣装は、さながら漆黒のウエディングドレス。


悪神あくしんクリアー、降臨」

「悪神、男以外の魂を奪え」

「御意」


 その目の赤みが微かに煌いたかと思うと、クリアーの右方、左方、上方に色鮮やかな球体が出現した。

 ひとつは翠色、ひとつは褐色、ひとつは紫色。


「これらはクロード、お前たちの仲間の魂と連動している」

「……!?」

「クリアーはこの魂を黒く染め上げ、お前たちの仲間を自らの一部として取り込み、そして使役することが出来る。さて、お前が勝てば、この魂を解放しよう」

「夕輝!」

「だが、俺が勝てば、この魂はクリアーのものとなり、永遠にクリアーの一部として使役される」


 仲間の危機、となれば、安全無欠たるクロードの能力は最大限に発揮される。

 僕は無意識のうちに奥歯をかみ締めていた。


「僕を、試しているのか……ッ!」

「さあ、お前の本当の力を見せてみろ。安全無欠の勇者・クロード」


 理想が、能力が、白刃の剣が輝きを放つ。

 安全無欠、その所以を示す。




「そして、僕は負けた。あっ、その後にメイヴとリューテの提案で天狗を一人護衛として紹介してくれた」


 クロードは自室のベッドで横になりながら語っていた。

 紹介された天狗は警戒の眼差しを結城に向けながら、軽く会釈をするのみ。

 結城は一通り聞き終え、俯いた。


 全力を持って臨んだクロードが、その理想が届かなかった。

 夕輝が自分の理想であることが、やはり誇らしく感じてしまう。

 だがそれは同時に、倒さなければならない敵でもある。


「あれ、でもリューテたちは生きてるな」

「ペルフェルクトの力で、三人にかけられた状態異常だけは解除できたんだ。あとは魔耶の魔法で逃げ延びた」

「間一髪ってところか」

「それで、どうだろう結城。彼に勝てるあては見つけられそうかな」


 クロードの問いに、結城は頷くこともできず沈黙した。


「ていうか、なんだよ右側うそくって、なんだよ悪神って」

「それは恐らく、妄想で生み出した使い魔だろう」


 クリストが心の中で語りかけてくる。


「お前も昔は創作していたじゃないか。俺たちのように」

「クリストたち……そういうことか」


 クリストもダクストも、ユートピアとの戦いで創りだした存在も、この水晶の剣も、全ては自分の妄想の産物だ。


「アレとの勝負は、妄想力の勝負になりそうだな」

「それならユートピアのときに経験済みだ」

「いや、ユートピアは妄想ではなく仮想だった。妄想同士の対決となれば、重要視されるのは妄想の強度だろう」

「妄想強度……」


 妄想強度とは、その妄想に対する思い入れの強さのこと。

 強い執着、固執、偏愛、愛執が、妄想をより強大にし、濃度を高める。


「やることはお前が毎日世界を構築しているのと変わらない。妄想の存在に、物語を付与したりすればいい」

「分かってる。でも今から即興で創り上げたんじゃ、どっちにしろ効果は薄い」

「じゃあ、どうする?」


 そして結城は口元を歪めた。


「居るじゃないか、こっちにも。丹念に育て上げた妄想が」

「お前、まさか……」

「ということで、お二人ともよろしく頼む」


 結城はクリストとダクストの二人で、夕輝の使い魔に対抗することにした。




 協力してくれたクロードに礼をしつつ、結城はクロード宅を後にした。


「にしても、理想のお前か。一目見てみたいものだな」


 と銀風が結城を目線を送りながら呟く。


「ふふっ、そう心配するな。私の相棒。寝取られってことには絶対にならないから」

「どうだかな」

「おや、この程度の信頼は勝ち得ていると思ったが?」

「あれが俺の理想であるとするならば、当然のことなのだが……俺は、アイツに負けて欲しくないと思ってしまってる」

「なに?」


 銀風は足を止め、結城も、そしてレイランもまた合わせて止まる。


「銀風、アイツが俺の理想の有様なら、誰ならアイツを倒せる? いや、誰なら倒して良い?」

「……話が読めない」

「だって、自分の理想だぞ? 誰にも負けて欲しくないと思うのが自然だ。たとえ相手がクロードでも、ユートピアだとしても、誰にも負けて欲しくない。勝ち続け、勝ち誇って欲しい」


 理想の自分であるがゆえに負けて欲しくない。だからこそ自分の理想が誇らしい。


「クロードが負けたと聞いたとき、俺は心のどこかで喜んでいた。あいつの言うとおり、理想の俺が強いことが証明されているから」

「だから、例え自分でも、理想の自分を負かすことができない、と」

「ああ、その通りだ」


 すると銀風は、容赦ない冷ややかな目を結城に向けた。


「な、なんだ?」

「呆れて物も言えない……なんというか、お前がその程度だったとは」

「なんでだよ。何か間違っているなら言ってくれ!」

「何も間違っては居ないさ、結城。だが間違っていないからこそ、今のお前の言うことは至極<つまらない>」

「つ、つまらない?」

「そうだ結城。今のお前は冷めた湯船だ。何の魅力も感じられない。私でなかったらとうに愛想を尽かしていたところだぞ」

「ええ……」


 しかし、その言葉に反する者が一人。


「お言葉ですが銀風、私はマスターに対して愛想が尽きるなどということはありません」

「そうだろうな。ではレイランは、結城の理想を、アレをどう思う?」

「どうも思いません。私が仕えるべき主君はここにおられます」


 レイランは迷い無く即答した。毅然とした真っ直ぐな態度、曇りなき刃のような眼差し。

 相変わらず、レイランはブレることがない。太刀筋も、思想も、理想も、結城への忠誠心も。


「例えあの者がマスターの理想であったとしても、私が仕えるマスターは、結城ただ一人です。この世界で出会い、この世界で共に戦場を共にし……私の我侭も聞いて下さり、お傍に置いて頂ける。私のマスターは唯一無二、こちらにおられる結城様ただお一人です」


 その言葉は疑いようも無く、これまでの思い出すべてが証明してくれる。

 とはいえ、ここまでべた褒めされて流石の結城も照れくさい。


「レイラン……」

「予想以上にも程がある。この銀風、甘く見ていた」

「?」

「いや、こちらの話だ。さて結城、お前はあれが理想の自分であるというが、どうだ?」


 見ると、銀風の顔は穏やかに綻んだ。


「その様子なら、心配は要らないか」

「ああ、助かった。ありがとう銀風、そしてレイラン」


 確かに理想の自分に憧れていた。だが今は、自分には自分の幸福がある。それを自覚した。


「レイランに慕われないくらいなら、今のほうがずっといい」

「私もお前じゃないと相棒とは思えないからな!」

「銀風はまだ見たことないだろ」

「分かる分かる。なんたってお前の相棒だからな」

「また無茶苦茶だなぁ」


 結城たちは夕暮れ色に染まる街道を歩き、帰路についた。

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