74話目 〆
クロードの持つ能力が推測どおりのものならば、この暗い森の夜道でさえ、目的の場所へと辿り着けるはずだった。
そして月明かりが照る下、ついに辿り着いた。
「誰かと思えば、今回の英雄様じゃないか」
本当に唐突に現れる天狗に、クロードは驚きながらも表面に出さないように努める。
が、それは徒労であった。
「ああ、天狗は心が読めるから、変に取り繕う必要はない。神通力ってやつだ」
「そうか……えっと、あなたは確か」
「天魔・黒羽だ。クロードよ」
「黒羽、メイヴを返して欲しい」
「ほう? それはまたどうして」
「どうしてって……」
クロードは考えた。自分なら、その答えを出すことが出来ると思った。出せるはずだと。
「メイヴは、苦しそうだった。僕は彼女を助けたい」
追い詰められた彼女の顔は、どこか縋るようで、あまりに哀しかった。
胸に抱いた誇りを決して手放しはしないとする姿は誇らしくも、泣きじゃくる子供みたく悲しげだった。
天魔の手を取った時も、やはり躊躇いがあった。
「それで、どうやってお前はアレを救うと?」
「それは、まだ話してみないと分からない」
「そうか。なら、試してみるといい。未だ未熟な勇者よ。お前の蛮勇があの女を生かすか、殺すか……」
黒羽がまた消失すると、月明かりが差し込み、一人の女性を照らし出した。
銀色の髪、黒ずんだ肌、グレーの瞳。しかしその面影は間違いなく、夢の国の女王。
「メイヴ?」
月明かりに照らされたダークエルフ・メイヴ。
闇に染まってもなお、その美しさに衰えはない。
「なにをしに来た」
「君を、助けに来た」
メイヴは、さして興味も無さそうな瞳でクロードを見た。
「お前の助けなど要らない……いや、違うな。私はもう、お前にも救えない」
「それでも助ける。仲間は助ける。メイヴは絶対に助ける」
「なぜそこまでする。私とお前になんの関係がある」
「そ、それは、それは貴女が……」
答えに詰まるクロード。
メイヴは答えを待つ気などなく、闇の魔力を這わせる。
「もはやどうでもいいことだ。私はもう戻れない」
「どうでもよくなんかない!」
クロードが断言し、メイヴは薄く笑う。
「もしメイヴが戻れなくなっても、僕がメイヴの味方になる」
「そういえば、あの時どうして私を追ってきたのか、その答えもまだ聞いていなかったな。ほら、最初の時の。きっと同じ理由なんじゃないか?」
「……そうだよ」
「お前は私に対して何か目的があるようだ。ダークエルフとなった今、私にどんな利用価値があると?」
「利用価値だなんて……僕は、ただ」
なおも躊躇うクロードであったが、覚悟を決めたのか、まっすぐな視線でメイヴを見た。
「僕はただ、メイヴが好きなんだ」
「妙なことを言う。私がお前に気に入られるようなことをした覚えはないが?」
「そうじゃなくて、女性として僕はメイヴが好きなんだ。僕が物語の主人公だったら、絶対にこの人にヒロインになって欲しいってくらいに、一目惚れしたんだ」
メイヴの表情は自嘲気味な微笑から、困惑と苦笑に変わった。
「ず、随分と場違いな冗談を言う。空気とかそういったものを読まないのか?」
「冗談じゃない。僕は、メイヴが好きだ。メイヴが例えエルフに戻れなくても、受け入れられなくても、僕はメイヴの味方だ」
「そういう割には、私をこうなるまで追い詰めたじゃないか」
「まさかそこまで意志が強いなんて思わなかったんだ。リューテと戦ったときは勝ったけど、メイヴと戦ってたら僕は負けてた」
「まさか……いや、いや信じられない」
元は誇り高きエルフ。現在は闇に身を染めたダークエルフ。
だが今のメイヴはまるで生娘のように頬を染め、まんざらでもない様子であった。
「おかしい、人間ごときに心を惑わされるなど……クロード、お前は何か魔術を使ったな?」
「僕はメイヴが好きだと言っただけだよ。メイヴのためなら、僕は命をかけられる」
きゅん、とメイヴは胸の苦しさに手を添えた。
「い、いや、確かにエルフの女王たる私の美貌となれば、人間の目には絶世の美女、美の女神のようにも見えるのだろうが……」
「初めて会ったときから好きだった。一目惚れだった。だから僕は君を助ける」
「に、人間風情が、私と付き合えるなどと、本当に思っているのかぁ……?」
あまりに覇気のない声であった。しかしクロードは真剣な表情で続けた。
「メイヴ、君の望みはなに?」
「っ、私の、望み?」
「天狗を滅ぼすこと? アマゾネスを潰すこと?」
「違う。そんなことを欲するわけがない。私は……誇りを取り戻したい。エルフとしての誇りを」
エルフとしての誇り。
それは至高にして孤高であること。
自然を愛し、自然に感謝する。他を侵さず、しかし侵されれば圧倒的な力でこれを返り討ちにする。
決して戦闘能力全振りのアマゾネスや、神通力の天狗の間に存在するバランスタイプなどではない。
「それが、メイヴの理想?」
「理想……そうだ、私の理想は、私にとってのエルフは、凛々しくて、強くて、美しい」
エルフとしての理想、理想のエルフ。メイヴの抱く理想は自分ひとりで成り立たせられるものではない。
ゆえに、時には強引な手段で周囲を巻き込む必要があった。
「そんな理想を目指して、このザマだ。ダークエルフと成り果てて、私は孤高のエルフとなるだろう」
「メイヴ……」
理想の変質は、そう珍しいことではない。
抱く理想がより高いものになったり、むしろささやかなものになったりすることはある。
内容に多少の修正がかかることも当然ありうることだ。
だが、クロードはそれに納得しなかった。
「それじゃ駄目だ」
「なに?」
「それで、本当に悔いはない? 過去の自分に、胸を張って言えるの?」
クロードの問いに、メイヴは眉根を寄せた。立ち上がり、少しずつ近づいてくる。
「何が言いたい」
「今の僕は、過去の僕の積み重ねだ。過去の僕が報われたと思えるような理想を遂げなきゃ、あまりに不憫だ」
「過去など過程に過ぎない。ただの足跡だ。そこに哀れみなどもってどうする」
枯れ木がメキメキと音を立てる。まるで怒っているかのように。
「それでも、諦めきれないのが理想だと思う」
「じゃあどうすればいいッ!?」
月光を反射させ、メイヴの持つ刃の切っ先はクロードの眼前に。
「私は祈った、願った、望んだ、欲した、求めた! 力も手に入れた。理想を貫いた! だけどッ……」
剣は力なく下がる。折れかけているのは、メイヴの心。
「お花畑のような奴等じゃ、私の理想は理解できない。現に、私の理想は潰えたに等しい……これ以上、私にどうしろっていうんだ……」
力なく項垂れるメイヴを、クロードはなんとか励まそうとする。
「だ、大丈夫だよメイヴ。僕がついてる」
「クロード、お前……」
「とにかく、ああなってしまったものは仕方ないよ。戦争でどうにかするのは失敗になったけど、何か別の方法でエルフの誇りを取り戻すことが出来るはずだ」
「別の方法と言われても……」
「例えばほら、年に一度交流って名目で代表者が戦うとか。それなら強さは示せる」
「確かに……だが孤高さが足りない」
どうやらメイヴは誰よりも特別な存在になりたいらしい。
「それはメイヴが孤高になりたいの? それともエルフという種族を孤高にしたい?」
「それは勿論エルフ……いや、待て」
深く俯き、メイヴは考える。
そしてふと顔を上げた。
「この際、もうエルフなんてどうでもいい」
「!?」
「エルフが孤高でないのなら……私が孤高になればいい。否、私こそが真のエルフだ」
その眼差しは力強く、新たな決心の火が灯っていた。
「私がすべてのエルフの頂点に立つ。真のエルフの有様を見せ付ける……」
が、言って一息、エルフは自分の手を見た。
「でも、今の私はダークエルフ。森にさえ嫌悪される、闇のエルフだ。こんな私が今更どうやって……」
「そっか。そこまで思えたなら十分だ。あとは僕に任せて」
クロードは己の剣を引き抜いた。白刃の、理想の剣を虚空から引き抜いた。
「な、なにをするつもりだッ!?」
「じっとしてて、動くと危ないから」
「せめて答えろ!」
「……メイヴのためだから、秘密を明かすよ。僕の能力の正体を」
クロードは、自分の能力を簡単に説明した。
その力は主人公補正。己の望む主人公のような能力を、場面ごとに発揮していく。
圧倒的な実力差がある相手と対峙するときは、それに匹敵する身体能力と白刃を付与される。
狙撃やトラップに対しては、天啓のような超直感で察知する。
通常では対抗手段を持たないはずの魔法や魔術の類を相手しても、剣が聖剣化して破魔の力を発現する。
「僕の能力で、<ダークエルフの魔力>を切り取る」
「馬鹿な。そんなことが出来るわけが……」
いくらこの世界に来たばかりの、まだ自分の能力も掴めていなかった青年がアマゾネスの女王に勝ったという実績があったとしても、それは到底信じられる話ではない。
「でも、試してみる価値はある。体を傷つけるようなことはないようにするから」
メイヴは熟考する。
そして、頷いた。
「このままではどちらにしろ成しえない理想……分かった。クロード、お前を信じよう」
覚悟を決めたメイヴは己の剣を納め、両手を下ろす。
「さあ、やってくれクロード」
「うん……」
クロードの白刃が高々と振り上げられる。
月明かりに煌き、夜闇すら照らすような美しい刃。
闇夜と共に、闇の魔力を切り捨てるべく。
「…………」
だが、クロードは中々その刃を振り下ろせない。
それも仕方が無いことだった。
大まかな概要は分かったクロードの能力であるが、完全に網羅されたわけではなく、懸念は残る。
もしかしたら、クロードやローラの予想以上に強力な能力で、振り下ろしたとたんにメイヴの命を奪ってしまうほどの力があるかもしれない。
闇の魔力だけを斬る。そんな芸当が果たして本当に出来るのか……
「お前はこの私を信じさせた」
「……」
「その偉業を成した、自身を、その理想を信じるがいい」
「……うん、ありがとうメイヴ」
月光に照らされていた刃が疾駆った。
その夜、一人のエルフが救われた。
「とまあ、森での出来事は大体こんな感じだよ」
「なるほどなぁ……一つ聞いていいか?」
「なにかな?」
「船で話を聞いたときは、クロードとメイヴが初めて出会ったのはアルカディアで、と聴いた記憶があるんだけど」
ああ、とクロードは頭を下げた。
「ごめん。あれは、実は二度目なんだ。アマゾネスに戦争に参加してもらえないか交渉に行ったときも、リューテに会ったのは二回目」
「どうして言ってくれなかったんだ?」
「それは……」
「今までの話を聞いて、理解できなかったのか?」
と、メイヴの辛らつなコメント。結城は苦笑した。
「えーっと……」
「私たちが元々人間を見下している種族だった。そんな過去を知られれば、人間と友好を築くことができない」
「ああ、だから初めて出会ったのをユートピアが攻めてきた直後にしたのか。人間に敵意が無いように見せるために、人間に敵意を抱かせないために……聞いた感じ、杞憂だと思うけど」
蓮華とローラのサポートがあったとはいえ、最後は一人のエルフを自力で救い出したのだ。
その行いの価値を理解できない者は、この世界では少数派だと思われた。
「そうか、だから俺が今これを打ち込んでいるのか」
「そういうことよ。よろしくお願いするわ」
と、魔耶が深々と頭を下げた。
「……こう言っちゃ難だが、俺は責任が嫌いだ。これは仕事じゃないし、俺のただの趣味だ。お願いもされない。俺が勝手にやるだけだ」
魔耶はしゅんとなるも、クロードは微笑む。
「ありがとう」
「じゃあ、とりあず纏めるから今日のところは帰ったらどうだ?」
「あら? いいんですの?」
と、いつの間にか背後にいた<魅惑の新月>が抱きつく。
「お泊り会でもするのかと思って、色々用意していましたのに」
「……じゃあせめて俺の部屋ではやめてくれ」
「ふふっ、分かってますわ。ささっ、皆さん夕食が出来てますわ。ご一緒に召し上がれ?」
ぞろそろと連れ出されるクロードたちを見て、結城はふと思った。
もしかしたら、これが理想の友人というものなのだろうか、と。
と思っていると、クロードが振り返った。
「結城?」
「結城、夕飯が冷めてしまいますわ。それとも、ここを食堂にしてしまいましょうか?」
意地の悪いことを言って笑みを浮かべる新月に、結城は溜息をこぼす。
「マスター」
ふと横を見る。最も近くに居てほしい、最も身近に居てくれる従者。
「お疲れでしょう。栄養を摂取し、休憩なさいませ。さぁ、お手を」
いつにも増して甲斐甲斐しいレイランに甘え、結城は手を重ねた。
「いつもありがとう、レイラン」
「勿体無いお言葉です。いつまでもお仕え申し上げます、マスター」
発行から数週間が経った。
結城はいつもどおりに自分の世界を構築していた。
「安全無欠の勇者、人気を取り戻し始めたそうです」
「そうか、それは何よりだ」
「安全無欠の由来、戦争ではなく、森での一件以来、森では未だ一人も戦死が出なかったというところから始まっていたのですね」
三つの種族が最後にした戦争は、クロードたちによって終結させられた。
そのあと、誰も命を落とすことのないルールを作った。
蓮華やローラが死なないのは当然ながら、リューテを裏切った二人が生き残ったこともあり、クロードの仲間になった存在は、決して死ぬことが無いという尾ヒレがついたのが、安全無欠。
クロードは、仲間を一人として死なせない。
安全無欠は、仲間を一人として死なせない能力。
クロードの能力が主人公補正であることは、限られた者しか知らない。
「まあ今回の本で周知されるだろうが……まあ、その誠実さがクロードの良い所か」
そう呟いてコーヒーを啜っていると、扉がノックされた。
「結城、お客ですわ」
「どうぞ」
新月の声に応えると、扉は開かれ、いつぞやの勇者と魔女が入ってきた。
「こんにちは、結城」
「やぁ。どう、売れ行きは?」
「即売会とはいえ、ほとんど配布みたいなものだけどね。で、一つ相談があって」
「相談?」
「単刀直入に言うと、続編を作ってほしいんだ。僕が理想戦争に参加したときの」
「……まだ満足しないのか」
あはは、とクロードは苦笑し、隣の魔女は当然、と声を張った。
「……分かった。じゃあまた好きに語れ。俺は打ち込むから」
そうして、結城は二巻目の製作に入った。




