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73話目 森の戦火

 戦は始まってしまった。

 誰がその火蓋を切ったのか、答えを出すのは難しくない。

 ならば、この戦を止めるにはどうすれば良いか。


「友好は築こう。だが攻撃を受けたとなれば、反撃をしない理由はない」


 摩天楼はそう言い残し、クロードたちから離れた。この戦中、長が居るべき場所に向かったのだ。


「起こってしまったものは仕方ありません。この戦争を止める方法を考えましょう」


 ローラは慌てた様子もなく言う。


「とりあえず戦ってる奴等を全員ブッ倒していけばいいんじゃないか?」

「えぇ……蓮華、それはちょっと無茶じゃ」

「それだとちょっと時間がかかりすぎちゃうよ、蓮華ちゃん。迅速に事を終わらせて、被害を最小に抑えたいの」

「いや、そこじゃないと思うんだけど……」


 ローラと蓮華の力があれば、即座にこの戦争を終わらせられると思われたが、強引に終わらせたところで種族同士の軋轢は埋まらないだろう。

 説得が必要なのだ。

 今この瞬間に、戦うと同時に意思を見せる必要がある。彼らの心を動かす必要がある。

 ふと、眼鏡が呟くように言った。


「この状況、もしかして相当危ういのでは?」

「どういうことよ」

「天狗に攻撃を加えたアマゾネスとエルフ、誰が関係しているのかは簡単に予想が付く」


 アマゾネスであれば、恐らくレイアではなくリューテの企てだろうし、エルフであればメイヴだ。


「だが、攻撃を受けた天狗がそれらを見分けられる……いや、見分ける気があると思うか?」




「フン、エルフ如きと手を組むことになろうとは」

「こちらも、お前たちのような蛮族と協力することになるなんて」


 リューテとメイヴは数人の護衛を連れ、森の中で対面していた。


「互いに困ったものだな。友好を結ぶなど」

「蛮族と一緒にするな。覚えていろ。お前たちと共闘するのは天狗を倒すところまで。そこからは知らぬ存ぜぬとする」

「ああ、天狗が滅んだ時点で、な」


 脅威である天狗を倒した後は、そのまま互いを攻撃するのも、罠にかけるも自由。


「精々、生き長らえるがいい」

「少なくとも、お前よりは確実に生きることになるだろう」


 互いに睨みあい、同時に踵を返した。

 護衛たちは互いに警戒しながら来た道を戻っていく。


 

「貴方たちの想い通りにはさせない」


 突如として響く声と、リューテらとメイヴらを取り囲む硝子のような壁が出現する。

 そして、振り返るとそこにはアマゾネスでもエルフでもない者の姿が二つあった。


「お前は確か……」


 見覚えのある姿にリューテは自分の記憶を探る。

 その答えにたどり着く前に、メイヴがその名を口にした。


「クロード」

「ああ、そうか。お前は確かレイアの協力者」


 クロードはローラのほうを向かずに、合図を送った。


「いいよ、頼む。ローラ!」

「はい、時の最果てに、空の最果てに、私はそれを切り取って、大切に握り締める。あるべき場所へ連れて行く……時空移植」


 次の瞬間、結界の外側の景色が一変した。

 鬱蒼と茂っていた木々が消え、だだっ広い平原の真ん中に、繰り抜かれた木々の空間と、クロードたちの姿。


「なんだ、これは」

「今の魔法は、あの女がやったのかッ……」


 面妖さに呆気に取られているリューテと、ローラの魔法に恐れ戦くメイヴ。

 だが、それもすぐに次の驚きに塗り替えられた。


「メイヴよ、周囲を見ろ」

「なにを……ッ!?」


 言われたとおりにメイヴは周囲を見る。その目が見開かれる。


「なんだ、これは……!?」


 見開かれた瞳に映る。平原に拡がる軍勢は、アマゾネスとエルフのものだ。

 軍勢はこちらを向いている。天狗と戦うために……勝つために纏めた軍勢。

 しかし、その進撃は止まっていた。たった一つの人影を前に。


「まさか、まさか……」


 人影の、口元が歪んだ。


「ほらほら、そんなんじゃ大天狗にすら勝てないぜ?」


 緑色の髪、翡翠色の瞳。勝気な笑みを絶やさず、華奢な体ながら、その構えは武の達人に勝るとも劣らない完璧さを誇る。

 たった一人の彼女、蓮華にエルフやアマゾネスの軍勢は推し留められている。

 と、蓮華がこちらに気付き振り返る。


「おっ、来たか」


 ニッ、と笑む蓮華に、ローラが頷いた。


「クロードさん、準備は整いました。あとは……」

「うん、ありがとうローラ。あとは僕に任せて」


 クロードはローラより数歩前に出る。

 警戒するエルフとアマゾネス。しかし、リューテだけが同じように前へ出た。


「なるほど、人間風情が肝の据わった真似をする」

「りゅ、リューテ様!」


 衛兵をリューテは片手で制する。


「良い。こいつのあまりに無謀な蛮勇に免じて、私が直々に相手をしてやろう」


 リューテの両腕には鉤爪が備わっている。

 得物を前にした猛獣のように、口元が歪んだ

 敵を狩るための構えさえ、猛獣を思わせる前傾姿勢。まさに前門の虎。


「では覚悟は良いな?」


 ローラの結界により、リューテとメイヴどころか、クロードにすら逃げ場はない。

 次の一瞬で、クロードの命が狩られるかもしれない、絶体絶命の状況。


「……うん、いつでも」


 それは一か八かの賭けだった。

 クロードの持つ能力ちからは、予想が正しければ次の瞬間に発動するだろう。


 瞬間、風さえも置き去りにしてリューテの姿が消失した。

 もしかすれば、天狗の速度を凌駕しうる。そう思わせる急加速。


「クロード!」


 ポニテが思わず叫び、眼鏡も目を瞑った。

 だが二人の予想は、一度だけ響く金属音に裏切られる。


「……あの時もそうだった。お前の力など微々たる物のはず」


 クロードの右手には、白銀の剣が握られていた。

 その刃はリューテの首を狙うも、左の爪に止められ、右の爪は逆にクロードの喉をすぐに掻き切れる寸前にまで迫っている。

 しかし、リューテの表情は険しい。


「お前の得体の知れぬ力、興味が湧いた」


 直後、左の爪が折れた。同時にリューテはバック転して後退する。


「衛兵! 武器を寄越せッ!」

「は、ハッ!」


 衛兵の一人がリューテに向かって槍を投げた。

 リューテは体を捻り回転しながら槍を掴み、そのままクロードへと斬撃を繰り出す。

 クロードは槍を上に弾き、袈裟懸けに剣を振るう。

 今までの稚拙な動きが嘘のように、迅速で無駄のない動作だった。


 それでもなおリューテの技巧を凌駕するには至らない。

 回転の流れを使って後退し、間合いを取って突きを繰り出す。

 片手で軽々と長柄を扱い、巧みな突きにクロードは後ずさる。

 弾こうとするが、直線的に迫る軌道は素人には捉え切れない。

 ならば、とクロードは真っ向から剣を振り下ろした。槍の矛部分に直撃し、地面に突き刺さる。


「やりおるッ……」


 間髪いれずにクロードは前に出た。

 姿勢を低くすると同時に槍の柄を切断し、そのままくるりと回転する。


「次ッ!」


 リューテは地面に這うように伏せ、頭上を刃が通り過ぎると共に逆立ちし、クロードの顎に蹴りを当てた。


「がっ!?」

「小童がよくやるわ!」


 よろけるクロードに対し、リューテは体勢を立て直し、新たに投擲された武器を受け取る。

 一振りの片刃剣を左手に握り、隙のない演舞を見せて挑発する。


「嬲ってやろう」

「やっぱり……なら、まだ足りないのか……?」

「戦闘中に独り言とは、舐めている、なッ!」

「っ!」


 急接近するリューテをクロードが迎え撃つ、放つ斬撃。

 しかし、その姿はするりとすり抜け、幻のように姿が消えた。


「残像だ」

「くっ!?」


 何も無い方向へ逃れながら振り返ると斬りかかるリューテの姿があった。

 ギリギリのところで斬撃を防ぐも、二撃目の爪に対応しきれず、腕を掠める。

 慌てて下がる。リューテはクロードを品評の目で見ていた。


「いい反応だが、やはり技巧不足か。男も捨てたものではない……やはり惜しい。お前はその優秀な遺伝子を提供してもらおう」


 ふとリューテの背後に居るメイヴが声をかけた。


「苦戦しているようだな。手伝おうか?」

「無用な気遣いだ。むしろ手を出したら天狗よりも先にお前を殺す」

「得物を横取りされたくない、か。アマゾネスの無駄に高いプライドは天狗に似ている」

「気が散る。口を閉じろ」


 その憂さを晴らすかのように、リューテはクロードに……飛び掛らなかった。


「最後の通告だ。私の元に来い。お前も男なら、女体に飢えもしよう?」

「せっかくだけど、お断りするよ。僕には別の理想がある」


 迷いなく、きっぱりと断る。

 その澄んだ瞳を見て、リューテは不機嫌な表情を浮かべる。


「迷いの無い目だ。そうか、ならば仕方ない……家畜のように生かしてやる。必要ならばその両腕を落とし、両足を断ち、排泄口に捻りこみ、最後の一滴までアマゾネスの未来に捧げるがいい!」


 リューテは左手の剣をクロードに投げた。

 矢と同等の速度で迫る剣を、クロードは咄嗟にだが、見事に弾いた。


「衛兵ッ、八爪はっそうを用意しろッ!」

「ハッ!」


 連続で投擲される細身の剣、それをリューテは舞うように……否、舞いながら掴み取る。

 片手四本、五指に挟む。両手の剣は鬼の爪の如く、形相はまさに鬼と呼んで遜色がない。


鬼神女帝アマゾネスオーガ・リューテ。名乗りは決着の宣誓。私とお前、どちらかが屈するまで終わらん」

「うん」


 クロードは両手で剣をしっかりと握った。


「僕の理想なら、きっと応えてくれる」

「八爪、八百万連斬地獄ッ!」


 ザッ、と踏み込んだリューテは瞬間、全てを引き裂く怒涛の斬連撃を繰り出す

 秒間に百連斬、それほどの斬撃を与え、しかしリューテは違和感に気付いた。


「なにッ……!?」


 連続で斬撃を受けているにも関わらず、クロードの剣はまったくブレていなかった。

 どころか、正確に斬撃が来る方向に対応している。

 この連撃に反応できる存在は、アマゾネスの中では極限られた者、そしてレイアくらいしか居ない。

 それでもここまで凌ぐなど、ありえないことだ。


「取るに足らない力のはず。しかしこちらが斬り込むと、それに匹敵する力でこちらの刃を阻む……そうか、お前の力はそういうモノか。だが……ならばその力が発揮される前に、一瞬でお前を凌駕すればよい」


 両腕を開くような斬撃でクロードを押し退ける。

 開いた間合い。しかしリューテは見開き笑い、地面を蹴り付けた。


「八爪、地獄牙突」


 上下に開かれた両手の剣が、噛み付くように突き出される。

 だが、クロードは容易く横に避ける。そう来ることが分かっていたかのように。

 クロードは大上段のまま爪に狙いを定めた。


「ここだッ!」


 放つ一太刀が、八本の爪を断ち切った。

 その瞬間、リューテはやっとクロードの内にある脅威に気付いた。

 まだ誰も、本人すら知りえない力に、リューテは飛び退った。もはやその手に得物はない。


「なんだ。手詰まりか?」

「…………」


 メイヴの問いにも、リューテは沈黙を続けた。

 そして、クロードを見た。


「お前の要求はなんだった」

「正しくは僕のじゃないんだけど……」

「お前が勝者だ。お前の口から言え」

「……天狗やエルフとの争いを止めて欲しい。そして人間も含めて、友好を築いてほしい」

「なるほど……つまり異種族同士で、敵ではなく共存できる関係が欲しいわけか」


 少し違う気がしたクロードだが、言い出したのはローラで、詳しく説明する自信も無いので、とりあえずはそういうことにした。


「そ、そうかな」

「おい、リューテ。なにを勝手に……」

「確認する。天狗に敵意は無いな?」

「その心配は無い」


 いつの間にか解かれた結界。クロードの隣に降り立つのは、巨躯を誇る摩天楼。


「我が名は摩天楼。天狗の長が一角」

「一角……天狗の頭は一つじゃないわけか。我が名はリューテ、アマゾネスの女王」

「これまでの戦争の発端は、こちらの不手際。それを止めること叶わなかった我の不手際。どうか許されたい」

「噂に違わぬ、偉そうな口ぶりだが、なるほど……だが我らとて狩猟民族、生き物だ。鳥だって食うぞ?」

「そちらの領土内であるならば、こちらは干渉せぬ」

「なるほど……いいだろう。いくつか条件をつければクロード、お前の言うとおりにこいつらとの争いを止めてもいい」

「待て……待ちなさい」


 認めたリューテと天狗。ただ一人認められないのはメイヴだった。


「そんな、馬鹿なことが……」

「メイヴ、私たちはすでに役割を終えました」


 メイヴが振り返ると、そこには衛兵を連れたティターナ。


「ティターナ……そう、そうだ。お前が、お前が人間なんぞを受け入れたから……」

「メイヴ、彼らは結果的にこの森に平和をもたらそうとしています。これ以上、私たちがやるべきことはありません」

「なっ……この森を、私たち森の管理者ではなく、人間たちが救ったと、そう言うのかお前は!」

「それが事実ですから。クロードさんのおかげで、友達も一歩踏み出すことが出来ました。」


 その背後から、レイアが姿を現す。


「私たちがその証です」

「いや、私はティターナ以外と友人になるつもりは……」

「メイヴ、それ以上は森の怒りに触れます。森の管理者として逸脱した私欲の結末は、あなたも知っているはずです」


 エルフであるならば知らないはずはない、その末路。

 私欲に満ち、強欲に堕ちて、闇に染まるエルフの姿。

 白い肌は黒ずみ、髪の金は銀に染まる。瞳は新緑の翡翠から、灰色の瞳へと変貌する。

 それらはダークエルフと呼ばれ、その魔力は生命力の溢れるものから、穢れたものへと変質し、森からは忌み嫌われる。

 森の管理者としての役割を担っていたエルフのなれの果てであるダークエルフ。森に忌み嫌われる原因はその魔力にあった。

 穢れた魔力は、あらゆる自然に対して侵食するのだ。

 土は荒れ、草木は枯れ、時に土葬された生き物が死霊と化して蘇る。邪悪な魔力は感染し、正常なエルフを闇に誘うとされており、同じくダークエルフとなるか、死霊の仲間となるか、何かしらの呪いを受けるか、ともかくただでは済まない。

 それほどまでに害を成す存在であり、森の管理者にとっては森に最も害を成す存在に堕ちることは禁忌とされている。

 そうなればもう二度と、元のなエルフに戻ることはできない。


「お願いですメイヴ、私は友人を……貴方を失いたくはありません」

「私は……誇りを失うくらいなら、友人だって切り捨てるッ……」

「その言葉に偽りはないか」


 それはいつからそこにいたのか。いや、元々そこに居て、今まで見えていなかっただけじゃないのかと思うほどに自然に、そこに浮いていた。メイヴの頭上におり、見下ろしていた。


「な、何者だ!」

「友人を裏切ってでも、己の誇りを貫き通す。その言葉に偽りはないか? 早く答えろ」

「ああ、それがどうした、天狗ッ!」


 天狗の山で見た天魔・黒羽クロウ

 

「ならば俺と一緒に来い。お前が望んだ道に誘ってやろう」

「いかん……黒羽、また罪を重ねる気かッッ!!!」


 摩天楼の怒声が平原に、森に響き渡る。

 周囲の天狗どころか、エルフやアマゾネスまで怯むも、黒羽はまったく意に介してない。


「さあ、この手を取れ」

「……」

「メイヴ!」


 ティターナの声を無視して、メイヴは差し出された手を掴んだ。


「ようこそ、黒い翼へ」


 瞬間、宙を舞う黒い羽だけを残し、メイヴも黒羽も姿も消失していた。


 もはや敵対する者、争う者はおらず、戦争は呆気なく、唐突に終わりを迎えた。






 数日が経過した。

 エルフ、アマゾネス、そして天狗は、未だ友好とは程遠い。

 というのも、アマゾネスは元々が好戦的であり、天狗はプライドが高い。

 そしてエルフも森の管理者として劣るわけにはいかないという使命感がある。

 これらの要素が、彼らの衝突を避けられないものにしていたのだ。

 そこでローラたちは戦争に代わる闘争を提案した。細かいルールを定め、総力戦ではなく代表者による1対1形式を提案したのだ。

 これなら森への被害も最小に抑えられ、かつ戦争よりは安全に<力比べ>をすることができる。


 と、現在はそのルール決めで激しい討論がなされているのだが、クロードにはそういった小難しい話に参加できる能力はない。

 クロードは戦争を治めた貢献者として三つの種族すべてからもてなしを受けている。

 そもそもリューテを退ける人間ということで、あわよくばこちら側に引き込もうと、三種族全てが企てているところである。

 では蓮華はというと、あれほどの力はむしろ御せないということで、さっさと森から出て行ってもらいたいというので、三種族の意見は一致していた。


 さて、クロードは今はアマゾネスにおける最高の部屋で、最高の美女と一緒に居る。


「……あの」

「はい?」

「何もしないの?」

「あ、いえ、僕は別に」


 アマゾネスは怪訝な表情でクロードを見ている。不能とでも思われているのかもしれないが、クロードは今は別のことで頭がいっぱいだった。メイヴの消息である。

 戦争そのものは解決したが、エルフの要人が天狗に拉致されたまま、というのは、クロードとしてはどうしても放っておけなかった。

 エルフら自信はティターナの人望が厚すぎるためか、メイヴはもうすでにダークエルフと化してしまったので忘れてしまおうという、思いのほか薄情な対応で済ませていた。

 そしてクロードは意を決してベッドから立ち上がった。

 応じて、ついに来たかとアマゾネスも立ち上がる。


「すいません、ちょっと出ます」

「なら、シャワーは貴方が先に……えっ?」


 クロードが部屋を出てしばらく、アマゾネスは状況を理解できずに固まったままだった。


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