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71話目 天駆ける狗

「それから数日間、特に何事もなくエルフとアマゾネスは友好的に暮らすことが出来た。僕たちも協力者として歓迎されたよ」

「アールヴァニアへと亡命したアマゾネスが思いのほか多くてな。下手に手を出してこちらの戦力を削られるより、天狗からの襲撃に備えた方がよいと考えただけのこと」

「アマゾネスがしり込みをしているうちに、クロードたちは今度は天狗に接触を試みようとしていた。そのときはさすがにティターナも止めていたが」


 クロードとリューテとメイヴが微妙にまとまりのない話し方をするため、結城の指の動きが鈍る。

 が、なんとか質問して情報を抜き出していく。


「天狗っていうのはよほど扱いにくいのか」

「あれはなぁ……」


 クロードからリューテまで、あのローラですら苦笑している。


「結城といったか? お前もせいぜい、天狗とは極力関わらないようにしておくことだ。理由はこれからすぐに知ることになろう」





 二日後、アールヴァニアの自然を堪能したクロードたちは、そのまま天狗とも接触することになった。

 ローラの望む平和に理解を示していたエルフやアマゾネスたちであったが、その彼らでさえ三人を止めようとしていた。

 魔法のランタンの灯が照らす書斎、一人のエルフの青年が言う。


「悪いことは言わない。やめておけ」


 彼は天狗と戦い、生きて帰ってきた数少ないエルフのうちの一人である。

 国内でも指折りの戦士だったエルフは、今は若いエルフの育成係を担っている。

 

「俺は……いや、俺たちは全力で戦った。精霊の加護も受けていた。不備は何もなかった。対応も、最善だった……」




 その時は、エルフは森の管理人として、天狗に停戦するように警告しに行く途中であった。

 部隊は六人編成が五つ。剣士二人、弓兵二人、精霊使い二人。

 その誰もが同時に魔法も使いこなせる精鋭であった。


「そう、主力といっても良かった……それが今じゃこのザマだ」


 青年は自虐を呟き、苦々しい表情を浮かべる。


「一瞬だった」


 一瞬、暴風が襲った。

 気付けば、八の字の先頭に立つ剣士が、血溜まり上に倒れていた。

 そして倒れる二人の間に立つ、漆黒の両翼を持つ者。


御主おんしらぁ、失敗やまったな」


 奇襲。そう気付く前に、すでにそれぞれが戦闘態勢をとっていた。

 いつでも動き出せる。その準備はすでに出来ていた。


「こんなとこで何しゆう……」

「わ、我々はエルフ! 君たちはアマゾネスと……」

「なんてな」


 鴉のような黒髪の男は、ニタっとした笑みを浮かべた。

 右手には血の滴る刀。左手には、二つの頭。

 眼前の現実、迫る脅威に目を一瞬奪われた。


 そして、風が吹いた。

 二つの頭を、天狗は弓兵に投げつけた。


「っ!?」


 警戒ゆえに、弓兵二人は投げられた頭を射抜いた。


「い、居ない!?」

「警戒を、警戒を怠るな!」

「ふふ……難儀な」


 周囲から響き渡る声に、弓兵はさらに惑わされる。

 二人の背後、精霊使いの頭をぶら下げていた。


「大天狗ジジイ共に使われるのは癪だが、暴れられるならこれも悪くはねぇ」


 流れるような滑らかな動きで、片方の弓兵の背部を貫く。

 口から漏れる驚愕と苦痛の声に関心もなく蹴り飛ばす。

 気付いたもう片方の弓兵が風の魔法を行使する。

 矢に風を纏わせ、音速を超える速度で矢を飛ばす魔法。

 だが、螺旋に集うはずの風は意思に反して、力を失い霧散した。


「ま、魔法がっ!?」

「そんな低俗な加護で、俺等おらの神通力をどうにかできると思ったか」


 こみ上げる笑いを抑えることもなく、一閃。放たれる矢は天狗の髪を掠め、木に突き刺さる。

 天狗の持つ刀の切っ先はエルフに届いていないにもかかわらず、弓矢ごと胴を横に切断していた。


「さて、あと一人……」


 その眼光が、虚空を睨んでいた。




「奴は気づいていたんだ。俺の存在に。万が一、全滅した時の為に、あらかじめ最初から姿を透過させていた、俺に……」


 苦戦するようなら、そのまま背後を取って援護することも出来た。

 しかし、そんな余裕すらなかった。その上、向こうはこちらの存在に気付いていた。


「もう一度言う。奴等には、天狗には関わるな。」




 というような話を聞けば、必ずテンションが上がってしまう人間が一人居る。


「そんな強い奴がいるなんて……ああ、今から楽しみで仕方ないぜ!」


 蓮華である。

 クロードたちはエルフの話を聞いた後、外に出た。

 アールヴァニアは自然が多い。

 そしてその自然に全く手をつけていないため、整地や道を作るなどのこともされていない。木々の間に小屋が建っている。

 木漏れ日の中を、三人は歩いていた。


「やっぱり、エルフたちの忠告を聞いたほうがいいんじゃ……」


 とはいえアマゾネスの女王が交戦を避けるほどの乙女。それほどの力量を持っているのであろう。

 だがクロードは極度の心配性であった。

 そんなクロードに、即座に反応してみせる蓮華


「何を弱気なことを!」

「私は天狗さんたちと仲良くなりたいです。だから私は行きます」


 ローラも諦めていなかった。


「私も行くぜ!」


 二人は行く気満々。エルフの制止もアマゾネスの助言も、特に意味をなさなかった。

 では、クロードは?


「僕は……」

「そういえばクロード、私が助けに行ったときに持ってた剣はどこにやったんだ?」

「えっ? あっ、そういえば」


 クロードは自分の体を見回すが、どこにも見当たらない。


「此処に来るときも持ってなかったし、もしかしてリューテと対面して自分の力に目覚めたんじゃないかと思って」

「僕の力。あれが、僕の?」


 突如として右手に現れた剣が一本。

 目を奪われるほどに美しい白刃の剣身。

 それこそがクロードの力なのか、確認する必要がある。


「じゃあ確かめてみるか」


 蓮華がクロードのほうを向き直り、構えを取る。


「ローラ、私はよく分からないからどうすればいいか教えてくれ!」

「えっ、蓮華さん?」

「蓮華でいいぜ、クロード」

「れ、蓮華。何をしようとしてるんだ……?」


 蓮華がローラを見ると、ローラは苦笑してクロードのほうを向いた。


「クロードさん。あなたはリューテさんとの交戦時に、能力に目覚めた可能性があります。それを確かめるために、能力が目覚めた時と同じ状況を再現します」

「再現って、まさか……」

「蓮華をリューテ役にして、クロードさんを追い詰めます」

「とまあ、そういうわけだ!」


 蓮華が自信満々に言うが、説明を丸々ローラに任せている。


「ま、待って! 僕は盾も剣も持ってない……」

「さっきみたいに、生み出せばいいのさ!」


 蓮華は姿勢を低くし、獣のように飛び出した。


「くっ……出て来い!」


 クロードは剣を握り、翳すような動作をする。

 しかし、何も出ては来ない。

 そして蓮華の手がクロードの喉を穿つ。


「がっ……」


 クロードの体は浮き上がり、後ろに飛ばされ転がる。


「がはっ、ごほ、げほっ……」


 咳き込み、涙ぐんだ目で見上げる。

 拳を大きく引いた蓮華の姿が、瞬間に残像を残し、額を叩いた。

 弾かれクロードの頭は地面へと打ち付けられる。


「っ……」


 ぐにゃりと歪み転げまわる景色。一体何が起こっているのかを理解する間もない。


「蓮華ちゃん、そこまで!」


 ピタリと、蓮華の体が停止した。その指先がクロードの胸の中心に触れるか否かというところ。


「うーん、何も起こらなかったな。何が違うんだ?」


 蓮華が誰にとも無く問うが、答えは分からない。

 が、ローラは冷静に情報を整理する。


「状況を考えると……蓮華ちゃん、たしかクロードさんの他にもう二人いたよね」

「ああ、アマゾネスが二人居たな」

「もしかして……」


 ローラは少し考えた後、顔を上げた。


「私に考えがあります」




「えっ!? クロードが私を呼んでる?」


 訪れたのはアマゾネスがエルフから提供された土地に、アマゾネスが建築した木造小屋が並ぶ場所である。

 故郷から亡命した彼女等は持ち前のサバイバル知識でもって、アールヴァニアに自分たちの住居を築いた。

 そして、クロードと共にリューテと対峙したアマゾネスを呼び寄せた。


「そ、それで、何の用よ……」


 ポニテのアマゾネスは素っ気無い態度でクロードの前に現れた。

 一度、乙女に恥をかかせてしまった手前、クロードも気まずい。

 しかし、彼女自信は溢れんばかりに高まった期待と高揚を押さえるのに必死だった。


 もしかしたら、思い直して自分の誘いをOKするかもしれない。もしかすれば、気付いたときには自分のことで頭がいっぱいになって、夜も衝動を治めるのに手を焼いた挙句、やっと本能に忠実に、自分の元へとやむなく足を運び、きっとこれから毎夜が熱帯夜よりも熱い夜になることだろう、と。


 だが無惨にもその幻想は打ち砕かれることとなる。眼鏡のアマゾネスも来たからだ。


「それで、私たちに何か用か」


 その頃には見るも無惨な、轟沈したポニテの代わりに応対する眼鏡、という姿があった。

 そしてクロードの能力を目覚めさせるために、ついでに天狗と交渉するための遣いとして同行して欲しいと頼む。


「悪いがそれは断る」


 きっぱりと断られた。一切の迷いが無かった。

 とはいえここで引くわけにも行かず、クロードは食い下がる。


「でも、いずれは天狗とも友好を築くべきだと思う。今は蓮華さんもローラさんもいるし……」

「だから、蓮華でいいぜ?」

「私もローラで構いませんよ?」

「……蓮華も、ローラもいる。万が一交戦することになっても、ある程度は対応が出来るし」

「駄目だ。天狗だけは一気に殲滅する気でもない限り、下手に手出ししないほうがいい」


 元アマゾネスでさえ、あまりに弱気な姿勢だった。

 それほどまでに天狗という存在は大きいのかもしれない。


「天狗は話し合いすら通用しない相手だ。こっちでも何人か不意打ちで殺された」

「殺され……」

「エルフはそこまで好戦的な種族ではない上に、友好を望む姿勢があったから私たちもここまで歩み寄れることが出来た。だが天狗あいつらは別だ。せっかくの理想を叶えるチャンスを無駄にするな」


 天狗の危険性はエルフやアマゾネスの両方から激高の評価をされている。


「そっか、ありがとう。ごめんね、無理を言って」


 クロードは礼を言って、二人のアマゾネスに背を向ける。


「おい待て。本当にやめておけ。せっかく……お前は私たちアマゾネスと友好を築けた記念の男なんだ」


 アマゾネスは惜しんでいた。クロードという人間に、多少の情を抱いていたのだ。

 そのことを純粋に嬉しいと感じ、クロードは再びアマゾネスと向き直る。


「お前にも理想があるだろう。こんなところで果てていいのか?」

「でも、僕は理想を叶える為の能力にさえ目覚めていないんだ。どうすれば使えるようになるのかも分からない。やれることはなんでもやってみたい」


 偽ることのできない心の思い。クロードは偽り無く口にした。


「僕は行くよ。なんとか生き残ってみせる。主人公は生き残るものだし」

「……なるほど、それがお前の意志というわけか」


 すると、眼鏡はクロードに詰め寄った。

 圧倒され一歩下がるクロードに、更に一歩踏み込む。


「気が変わった。お前の意志、どれほどのものか見てみたい」

「えっ? それじゃあ……」

「同行しよう。ただお前の手伝いで命をかけるなんて真っ平ご免だが、お前の意志の強さに興味が湧いた」


 思わぬ展開にクロードは一瞬驚いたが、その手を取って礼を言う。


「あ、ありがとう!」

「ぬっ……」


 咄嗟に眼鏡は手を引いた。拒絶されたと思ったクロードは、苦笑しながら誤る。


「ご、ごめん。つい」

「いや……いい。少々驚いただけだ」


 眼鏡のアマゾネスが振り返る。


「どうする?」

「どうするって……あなたともあろうものが、その三人の気にあてられた?」

「何を、酔狂はアマゾネスの矜持じゃないか」

「にしたって、相手は天狗でしょ? 命がいくつあったって……そもそも、レイア様たちはなんて仰ってるのよ」


 ポニテの問い。しかしクロードはそれなら、と答える。


「天狗は確かに危険だけど、僕たちになら任せられるかもしれない。その気があるならお願いしたいって」

「それは、エルフのほうね?」

「レイア、のほうは……特に何も」


 その答えにポニテは腕を組んで俯き唸る。

 すると眼鏡が鼻で笑う。


「リューテじゃないが、<アマゾネスは常に強者たれ。強さこそが唯一絶対の誇り>。私はそういう旧い考え方も嫌いじゃないんでね」


 それは眼鏡なりの挑発であった。

 アマゾネスは、皆が強者としての誇りを持っている。

 それはリューテ派もレイア派も変わらない。違うのは他者への対応の違いのみだ。

 そしてポニテもまた、眼鏡と同じくアマゾネスであった。


「そこまで言われちゃ引き下がれないわね。私だってアマゾネスよ」


 こうしてアマゾネス二人がクロードの仲間となった。





 天狗の住む場所は森の東方。高低差の激しい山々がある地帯。

 奥深く、山に囲まれたところに天狗の集落があるという。

 クロードたちは道無き道を進み、天狗の集落を目指し進む。


「ここはもう、天狗の縄張りなの?」

「はい、一応、警戒しておいてくださいね」


「本当に来ちゃったよ……」


 小鳥の囀りから怪鳥の雄叫びと、鳥の声が多く聞こえる。

 時折、草葉ががさごそと動き、獣の気配がそこかしこから感じ取れる。

 そして、先頭を行く蓮華が立ち止まった。


「来るぜ」


 その一言に、クロードとアマゾネスは構えた。





 鳥たちがいつもより騒がしく、青年は山の中腹から目を凝らして警戒していた。

 木々の枝に立つ彼は、一見すれば顔の整っただけの美青年であるが、その衣服は流行を追う若者のそれではない。

 修験者のような着物を纏い、葉を並べたような扇子を左手に仰いでいる。

 そして何より、背に生やされた一対の黒翼は、彼が人間でないことを決定的に主張していた。

 そう、彼は天狗。鴉天狗であった。


「あれは……」


 鴉天狗が目を凝らす。その先には木々の隙間より見える団体が一つ。

 天狗の領域で恐れることなく先頭を行く緑髪の乙女、その背後に陰気そうな茶髪の乙女。後尾には男性が一人と、両脇に褐色肌の女戦士アマゾネスを抱えている。


「侵入者とは、いつ以来だったか」


 前の外敵を撃退したときは、ほぼ全滅させることが出来た。

 半端ながらも不可視化した者を一人逃してしまったが、天狗への恐怖心は確実に植えつけることが出来ただろう。

 確か緑色の衣服を着ていた妙な一団だったような……と、そこからは思い出せず、考えることをやめた。

 ともかく、今更この天狗の領地に侵入する愚か者が現れたことは確かだ。

 しかも人間まで連れている。


「久しいゴミ処理業務、精々楽しませてもらおうか? 小童ども」


 天狗は黒翼を大きく羽ばたかせた。


 瞬間、嵐を残してその姿は消失した。

 後に残った嵐の暴風は周囲の木々をしならせ、無数の木の葉は散り散りに空へと流された。




「よっと」


 それはあまりに唐突だった。

 蓮華は掛け声と共に軽々と跳躍する。

 クロードたちがその姿に気を取られていると、急降下する黒い影と重なる。

 同時に響く鉄の音、舞う刃。

 地面に降り立つ瞬間、派手な黒翼だけは視認できた。

 翼は翻り、こちらに背を向ける。そこにローラが反応した。


「ごめんなさい…」


 羽ばたこうとした翼が硬直し、その体が地面に倒れ伏した。


「ガッ……クッ……!?」

「呪縛・魔陣掌握」


 呪縛・魔陣掌握は、ローラが自作した呪術の一つ。

 自らの魔力で一定の範囲の魔力に干渉することで範囲内に存在する、より大きな濃い魔力を持つ者に対して魔力を共振させることにより、呪的拘束を付与する魔技。

 魔力を用いるが、術式や道具を用いないため魔術でも魔道でもない、純粋な魔法である。

 ここで呪という文字が使われているのは、対象にとってローラの存在が呪的に感じられるであろうということから。


 対象の保有する魔力が膨大であるほど、濃厚であるほどに、呪縛の力は大きくなる。

 ただし、この技法だと自分の魔力が凌駕された場合は破られる。

 つまりローラの魔力保有量は現時点で天狗を凌駕していることを意味していた。


「と、いうわけです……分かりましたか?」

「な、なんとなく」


 硬直して動けないでいる天狗を他所に、何が起こったか状況を把握できないクロードとアマゾネスに説明していた。


「それで、蓮華は一体何をしたの?」


 不意に跳躍し、黒い影が襲い掛かってきたかと思えば、刃が弾けて真横の木に突き刺さっている。

 それがこの天狗の持っている刀のものであったことは、倒れている彼の右手に握られている物を見れば分かる。


「えっ、普通に折っただけだぜ?」

「普通に?」


 クロードと、アマゾネスの眼鏡とポニテが顔を見合わせる。

 アマゾネスの動体視力ですら視認できていなかった。


「私は蓮華が跳んで、黒い翼が飛んで来たところまでは見えたけど」

「天狗であることはなんとか判別できた。が、あの刃はどうやっても見切れなかった」

「そうだったのか。いや、山のほうから何かが跳んでくるのが見えてな。目で追ってたら頭上まで来ていきなり急降下したもんだから、とりあえず迎え撃った」


 さも簡単そうに言う蓮華。

 否、彼女にとってはきっと簡単だったのだろう。


「で、あの刀は?」


 三人の視線は木に突き刺さる刃に向けられる。


「急降下と同時に刀を振り下ろしてきたから、叩き追った。こうやって」


 蓮華はジェスチャーして動作を見せる。

 ただの裏拳だった。


「振り子をイメージすると良い裏拳が打てるぜ!」

「そ、そう」


 もはや理解の範疇にない。桁の違いを見せ付けられた三人は、蓮華からは目をそらして改めて天狗に向けた


「……な、よ」

「えっ?」

「調子に、乗るな、よッ……小童共がぁ!」


 怒号が響き渡る。天狗は呪縛を引き千切らんともがいていた。

 しかしローラの持つ理想も魔法も生半可のものではなく、天狗うつ伏せのままに動けない。

 そう思われていた、次の瞬間。


「っ!?」


 全員が目を見張る。天狗の姿が忽然に消えていた。

 周囲を見回すクロードたちだが、ローラだけは前方を見据えていた。


「速い……」

「まあ、私ほどじゃないがな!」


 蓮華はローラのすぐ前に立っていた。天狗が消えた一瞬と同時に、ローラの身を守るために傍に寄ったのだ。


「蓮華、ローラ、あの天狗は……」

「逃げられたぜ。仲間がいたらしい」


 蓮華とローラが説明する。

 つまり、もう一人の天狗が突如現れ、遠方から超高速で駆け抜け、ローラの呪縛が体に影響するより早く、天狗を連れ去ったのだ。


「全く姿を捉えられなかった……ねえ、やっぱり私たちは足手まといなんじゃ」

「そんなことは……」


 クロードは躊躇った。自分もまた天狗の姿を視認できなかったからだ。


「まあそこはお前たち次第だぜ。自分たちの理想が本当に信じられるものなら、なんにも怖がることは無いんだから」


 自分の理想を信じる。クロードはもう一度、自分の理想を見直した。

 主人公になること。

 仲間を助け、仲間に助けられる。人々の中心、そんな存在になること。

 その理想が天狗の強さを凌駕するかどうか。

 それを、信じられるかどうか?


「それじゃ、先に進もうぜ!」


 蓮華が先陣を切り、ローラ、クロードらと続く。

 道は傾斜がついて、山へと入った。




「俺でもちょっと、速すぎて姿が見えない奴を相手にするのは嫌だな」


 結城は再び指を休める。

 そろそろ疲れが溜まってきたのか、ペースが衰えてきた。


「そろそろ休憩入れるか」

「それがよろしいかと。あまり根を詰めても仕方がありません。それに、そろそろ昼食のお時間です」

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