70話目 森の歴史
「アマゾネスは最強。それは今でも疑っておらんよ」
リューテは迷いなく、不遜な態度で言い放った。
「だが、だからといってあらゆる存在を外敵として見做す必要はないと、クロードを見て思った。こんな者がいるのから、人間も救われていよう」
クロード一人の存在で、人間という種族の全てが救われている。
アマゾネスはそう豪語した。
結城はそれに僅かな嫉妬と対抗心を抱きながら、レイランをチラリと見る。
「どうかされましたか? マスター」
「ううん、なんでもない。さて、続きを書くか」
「はい、マスター」
俗世の穢れを感じさせないいつもの、慈愛の女神のような微笑を向けられ、気を取り直して結城は指を動かす。
隣ではレイランが新たにコーヒーを淹れていた。
アマゾネスのなかでも最強の力を持つ者が女王となる。
つまりリューテは最強のアマゾネスであるということ。
森の中、彼女らの絶好のフィールドでありながら、臆すことなく、むしろ一興の笑みさえ浮かべながら、一人の乙女は対峙する。
「私は蓮華、理想は地上最強だ!」
「貴様……」
アマゾネスは直感した。
この乙女の口から出た地上最強への理想。でまかせではない事が肌で感じ取れた。
百手の武器を持つアマゾネスを前にして素手、その上で余裕の笑みさえ浮かべ、堂々と名乗りを上げる。
構え一つとっても隙が見当たらない。
彼女がアマゾネスであったなら、きっと次代の女王となるだろう
蓮華は振り返らずそのまま話しかけた。
「クロード、両手に花だな!」
「れ、蓮華さん、どうやってここが?」
「いや、あれだけ怒鳴ってりゃ誰だって分かるぜ。なんかレイア、レイアって言ってたろ?」
リューテ自身によって、蓮華が呼び出されていたのだ。
「私は後から行くから、お前たちは先に行ってローラと合流しろ。こいつは私がやっつける!」
「いや、僕も加勢を……」
「クロード、私の理想は地上最強だぜ? 相手が複数人ならともかくタイマンなんだから……」
蓮華は一歩、大きく踏み込み、構えから一撃を放つ。
「私が理想の地上最強へと近づくせっかくのチャンスなんだぜ? このチャンス、逃させないでくれよ?」
「蓮華……本当に大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ!」
蓮華の強さがどれほどのものか、クロードは知らない。
だが、自分に出来ることはないと、無意識に理解していた。
「人を呼んでくる」
「人は少ないぞ、エルフのほうがいいぜ」
クロードは後ろ髪を引かれながらも、左右のアマゾネスと共にアールヴァニアへと急ぐ。
どれほど駆けたか、息も切れているクロードだが、二人のアマゾネスはまったく疲労を見せない。
むしろクロードを案じていた。
「後もう少しだ、頑張って!」
「私が先に行って様子を見てこよう」
ポニテとクロードを残し、もう一人……メガネのアマゾネスが行った。
「あなた、あのリューテ様に挑むなんて、勇敢なのね」
二人きりになると、途端にポニテが話しかけてきた。
「ありがとう、でも蓮華が来なかったら僕は負けていたよ」
苦笑するクロード。しかしポニテは首を振った。
「勇敢であることそのものに意味があるのよ。リューテ様たちは甘っちょろいって言うかもしれないけどね。それだけ勇敢なら、人間も捨てたものじゃないかもしれないわね。レイア様が言うとおり」
「そう思ってもらえれば、頑張った甲斐があるよ」
「それでさ……その、あの時に言った事覚えてる?」
「あの時?」
「あなたを飼うって話」
クロードは返答に困った。まさか本気だとは思っても見なかった。
クロードも男。そういったことに興味が無いということもない。
「そ、その、貴方から見て、私ってどう?」
「どう、とは……」
「体付きとか、ムラっとくる?」
クロードはポニテを改めて見る。
茶色の頭髪を後ろで結い、高めの位置にポニーテールを作っている。もみあげは残してあり、肩まで届いている。
小ぶりな胸であるが、妙に不自然な形をしている。まるで弾力のある球を無理矢理に押さえつけているような。
腰は細く、猫のような身軽さを思わせ、臀部も小柄、太腿もまた引き締まっており、未熟ながら高い機動性を誇るバランスの良い線を描いている。
端的に言えば、健康的な色気がある。
「い、いいと思います」
「ほ、本当?」
「そ、それより、どうして牢屋の時と口調が変わってるんですかね」
あの時は男のような口調であったはずが、今ではそこはかとなく女性らしさを感じさせる言葉遣いになっていることに、クロードは違和感を覚えていた。
「し、仕方ないでしょ? リューテ様の方針で、女性は強く逞しくあれっていうんだから。レイア様はそこらへんはあまり気にしないみたいだから、こっちの自然体でいるだけ。それで、受けてくれるの?」
アマゾネスに飼われる。それが意味するのが普通の交際なのか、それともアマゾネス独自の、自分が知らない全く別の何かなのか……
どちらにせよ、今のクロードにその誘いを受ける知識も覚悟も好奇心も持ち合わせていなかった。
「ごめん、僕はこの世界に来たばかりで、まだ自分の力が何かも分かっていないんだ。今は、そういう誘いは受けられない」
「……そっか。うん、変に誤魔化されないだけマシだった」
「えっと、あの」
「気にしないで、アマゾネスは貴方が思っているよりずっと強い種族だから」
しばらくすると、メガネのアマゾネスが戻ってくる。
二人を見比べ、全てを察しながら、平静に努めて言う。
「……後もう少しでエルフの派遣隊と合流できる。ひとまずは安心だ」
しばらく会話もないまま進むと、乗馬するエルフの騎士と馬車に乗るエルフたちと遭遇した。
馬車の中から、ティターナ、そしてローラが現れる。
「クロードさんも無事でしたか! あぁ、良かったですっ!」
ローラは豊満な胸に手を当てて大きく息を吐いた。
「ローラさん、蓮華さんが!」
「蓮華ちゃんなら大丈夫です。お二人もこちらへ。レイアさんからは貴方がたで最後と聞いていますから」
「だ、大丈夫って……」
「蓮華ちゃんは絶対に負けませんから、すぐに戻ってきます」
その確信に満ちたローラの言葉に、クロードは疑問に思いながらも従うほかなかった。
そして、それが正しいことを間も無く知ることとなる。
「止めだ」
「うん?」
距離をとっていた互い、飛び込まねば互いに攻撃が当たらない距離で、アマゾネスの女王は両腕の刃を下ろした。
「此処でお前を殺すのも、いちアマゾネス、武人としては一興ではあるのだが」
「なら遠慮はいらないだろ?」
「だが私も女王という身だ。私が深手を負っては国が滅びかねん」
「あくまで自分が負けるっていう話はしないんだな」
アマゾネスが鼻を鳴らし、見下すような目で蓮華を見た。
「私にはエルフと天狗を打ち負かし、最強を示すという野望がある」
「野望? 理想じゃなくて?」
「そうだ。欲深なお前たちには分かるまいが、理想と等しく譲れぬ意地というものがある」
「ふーん」
蓮華はあまり興味が無さそうだった。
「じゃあ今回はお開きか」
「一つ聞いておこうか。お前はなぜエルフに味方する?」
「うん? いや、私は別にエルフの味方なんかしてないぜ?」
「なに?」
「私は地上最強を目指しているから戦うだけだし、ローラの手伝いと、あとは新しく出来た友人がまだ危なっかしいから助けただけだぜ」
「……なるほど」
「てなわけで、戦わないなら帰るぜ。またなー」
手を振る蓮華に不気味さを感じながらも、木々に飛び込み姿を消した。
「それじゃあ帰るか」
それを見届け、蓮華もまた踵を返し、クロードたちの後を追うのであった。
そして何事もなかったかのように、無傷で帰還した蓮華。
アールヴァニアの中庭で、ローラが真っ先に出迎えた。
「蓮華ちゃん!」
あまり運動神経のよろしくないたどたどしい走り方でむかえてくれたローラを、蓮華は抱きとめた。
傍から見れば二人はまるで姫と騎士のようであるが、実際は拳士と魔女である。
「相変わらずローラは心配性だなぁ」
「でも、相手はアマゾネスの女王。心配もするよ……」
「まあこうして無事に帰ってきたことだし。なにはともあれお腹すいた!」
「ああ、それなら……」
アールヴァニアの広場では、野外パーティが開かれていた。
アマゾネスとエルフが、なにはともあれ友好の接点を持てたことへの記念のお祝いという名目。
そして異文化の交流ということで、互いにポピュラーな料理を振舞っている。
広場には木の卓が並び、様々な品物が並んでいた。
エルフ側は果物、食べられる野草などを使ったサラダや料理を提供し、アマゾネス側は魔物の肉を主に焼く料理を繰り出す。
エルフは基本的に肉は食べない。木の実や果物といった<植物の一部>を自然から「頂く」のだ。
対してアマゾネスは野菜はあまり食べない。強さを追い求めるアマゾネスは、命を狩り、<自分の一部>としていく。
「肉ってこんなに良い匂いがするのね……」
「火を扱わないエルフは基本的に肉を焼くってことしなかったんだろう。肉は焼くだけで大分変わる」
切り分けられた肉を差し出され、エルフはそれを一口で頬張る。
顎があまり強くないエルフは心配だったが、思いのほかすんなりと噛み切れたことに驚く。
「んっ……すごっ、柔らかい」
「叩いて柔らかくしている。あといくつかの植物を使って味付けもしている」
「そういえば覚えのある風味が……」
昔からの風習やしきたりのせいで知りえなかった知識もある。エルフたちはそれを痛感していた。
逆にアマゾネスも拘りのために見落としていた部分が多々ある。
「これは果物から作った飲み物よ」
「果物から飲み物? エルフは妙なことをするな」
「いいから飲んでみなさいな」
勧められ、木の杯に入った黄色く濁った液体を口に含む。
芳醇な香りと濃厚な甘さが口内を満たし、肉の旨味とはまた違った甘露に舌が喜ぶ。
「っ……!」
「どう? お味のほうは」
「このような嗜好があるとは。なるほど面白い」
「じゃあこっちもお試しあれ」
差し出されたのは緑色の液体。
見るからに不味そうだが、アマゾネスはきっとこれも趣のある美味さを持っているのではと期待に目を輝かせている。
「毒のように見えるが」
「植物から抽出したもので、健康にいいのよ。さあ、召し上がれ?」
まじまじと見つめるアマゾネス。エルフと傍らにいる妖精の悪魔の微笑に、さすがの狩人も気付けなかった。
「どれどれ……不味ッ!?」
反応を見て、妖精とエルフがくすくすと笑う。
「うおぅ……おのれエルフめ、謀ったな……」
「不味い以外は本当に体にいいのよ? ……くすっ」
ところどころ危ういところも見られるが、そこそこ順調に交流会は進んでいる。
そして、一際仲の良いエルフとアマゾネスのペアがそこには在った。
「すまないティターナ、私が未熟なばかりに……」
「いいえ、レイア。作戦は成功です。これは大いなる一歩です」
「だが、何人かの犠牲が出てしまった。私は未だに弱者のままだ」
身長差が大きくある二人、串に刺さった肉と果汁飲料を手にする。
「ですが、今日は記念すべき第一歩です。共に祝いましょう、親友」
「……そうだな、親友」
レイアとティターナ。アマゾネスとエルフが友好を築くことが出来る。そんな理想が叶い始めていた。
「蓮華さん、無事なんですか?」
クロードたちもまた、彼らに混じって卓を囲んで肉と果汁を食していた。
「ああ、ぜんぜん大丈夫だぜ」
リューテと対峙したはずの蓮華。掠り傷、衣服にも傷一つすらない。
「だって、あいつ戦わないで帰っちゃったしな」
「帰った?」
「口ほどにもない奴だったぜ!」
クロードはその話に違和感を覚えていた。
リューテと言葉を交わしたのはほんの僅かの間。
それでもリューテというアマゾネスが、一太刀も交わさないというのが不可思議だった。
「どうしてリューテは戦闘を避けたんだ?」
「リューテはすでに戦士ではなく、女王として行動しているということだ」
クロードは振り返る。
ティターナが小さく頭を下げ、やや視線を下げたところに、レイアが居た。
「見下すな!」
「いや、僕は……」
「まあいい。私の母、リューテは誰よりも強く、誇り高いアマゾネスだった。戦士として、母であることも、一時期は女王であることも忘れて戦闘と狩猟に明け暮れていた」
ここでいう戦闘とはアマゾネス内での闘技や、エルフや天狗を相手に戦果を稼ぐという意味であり、狩猟とはより強力な魔物を狩るという意味である。
「だが、今のリューテは女王として、一族の命運を背負って立つ長として、君臨している。容易に手の内を明かしたり、安易に傷を負うようなことは避ける慎重さを身につけてしまった」
「へぇ……あの、そもそもどうしてこの森ではアマゾネスやエルフが争っているんですか?」
クロードの問いに、レイアとティターナが顔を見合わせた。
「そういえば人間には私たちのことはまったく話していないんだったな」
「そうですね、人間と関わることがなかった上に、関わる気も無かったから」
「なら話そう。私たち、森の民の歴史を」
遥か昔、森に住む者たちは出会った。
森を駆け、魔物を狩るアマゾネス。彼女たちはまだ途上のアルカディアから人間を時々攫い、子孫を増やし勢力を伸ばしていった。
獲物は狩り、人間は攫って奴隷とする。いうなれば、彼女らは驕っていた。
自らはこの森で最強の存在であると。
そんな彼女らがまず最初に出会ったのは天狗だった。
エルフは魔法に長けた者たちであり、外界との接触をあまり好まない。
反して天狗は妖術や幻術を駆使し、自らの招待を隠したりはするが、アマゾネス以上にプライドが高い種族でもあった。
ある日アマゾネスは積極的に野鳥を狩っていた。
「言い伝えによれば、その頃は鳥の胸肉が高タンパク低カロリーで強くなるのに最適な食べ物であるから流行ったらしい」
「鳥の胸肉、か」
「その乱獲が鴉天狗の癪に障ったらしい」
「随分と地味な理由だな」
困惑するクロードと、オブラートさの欠片もなく感想を言う蓮華。
「アマゾネスと天狗の仲は次第に悪くなり、やがて本格的に争いを始め……」
そこで語り部はレイアからティターナへと移った。
「そして、天狗が起こす暴風により、木々が傷付きました。こうなると、エルフとしても見過ごすわけにはいきません。一応は森の守護者という役割もありますから。ですから、本来は争いを止めることが私たちエルフの目的であるはずなのです」
それが今やアマゾネス、天狗に並ぶもう一つの勢力という位置についている。
それを目指したのはメイヴだった。
「メイヴは森の加護で、力で二つの勢力より優位に立とうとしました。森にとって正しい行いをしている私たちなら、敗北する理由はないと」
が、それが大きな誤解であった。
天狗は妖怪であり、自然の擬人化に近い。一種の神や精霊とも呼べる存在だった。
そしてアマゾネスもまた、自然に抗う人間と似たようなもので、抗う力は相当なものだった。
「ティターナ、アマゾネスが人間と同じという言い方は好かない」
「レイア、いずれは人間とも仲良くしなければ。そのためにローラさんがいらっしゃったんですから」
レイアの視線がローラに突き刺さる。
ローラは頬をかいて苦笑した。
「私も、人間は苦手なんですけどね。でもきっと仲良くできると信じてます。私と蓮華ちゃんみたいに」
「もぐもぐ……」
蓮華は話など自分には関係ないと、料理を貪っていた。
ローラはまた苦笑した。
アマゾネスと天狗の敵対、そこにエルフの介入。
だがこれを快く思わなかったのがアマゾネスだ。
「アマゾネスが? 敵が共通しているなら、むしろ喜びそうな気が」
「クロードさんの言うとおりです。ですがアマゾネスは……」
「リューテたちにとって、それは獲物の横取りに見えたようだ。私はそのときはまだ生まれていなかったから詳しいことは分からない」
獲物の横取り。誇りをかけた戦いに介入されたアマゾネスはエルフをも攻撃し始めた。
こうして三つの勢力が争う関係が出来上がってしまった。
「そしてそれが数百年は続いたでしょうか。この世界の住人は不老ですから、リューテもずっと闘い続けてきました」
「ちなみに私がここに来たのはだいたい20年前だ。リューテの娘として生まれ落ちた」
そう、この世界の者らは、この世界でいえば少女の姿でもふとした老人よりも生きていたりする。
物理的に絶命することが無い限り、理想を抱く者は不老であり続ける。
「そして今日この時まで、争いは続いている、と」
「はい。それを止めるための最初の一歩を、今日踏み出したのです」
記念すべき日と、エルフとアマゾネスは謳う。
夜が空を覆っても、宴は続いた。
「そういえば、エルフとアマゾネスは居るのに、天狗は居ないな」
「うん、天狗は最後まで僕たちの説得には応じてくれなかったんだ。だから戦争にも参加しなかった」
結城は記憶を振り返る。
理想戦争において天狗を見かけたことは一度も無い。話すら出なかった。
もしかしたら天狗が参戦すれば、アルカディアはより優位に立っていたかもしれない。
「いや、さすがの天狗も戦闘機には勝てんよ」
リューテが冷静に言う。
「それはつまり……」
「あの小雀どもは、勝てない相手とは戦わん」
誇り高いというにはあまりに小物臭。
「仲間意識が強く、仲間を傷つけた者にたいしては一切の容赦がない。黒翼で空を自在に飛びまわり、扇によって暴風を呼び起こし、刀を振るう。神通力でふざけたことをする」
「神通力とはまた面白そうな」
「天狗の話ならこれから存分に聞けるだろう。そうだろうクロード?」
クロードは苦笑し、そして結城を見る。
「それじゃあ、ここからは僕とリューテ、メイヴと一緒に話すよ」




